第11話 極夜の闇にも光明はある

「なんじゃと?オグマが弟子をとったのか」

「そぉなんですよぉ♪」


 冒険者の集まる、白夜の馴鹿トナカイ亭。

 樹木の育たぬ氷都市では高級な、壁や床から天井に至るまで木材がふんだんに使われた暖かみのあるログハウス調の店内で。エルルが武者姫アリサと話している。

 エルルの表情は、楽しげで明るい。


「ミキ様、またお会いしましたの」

「ユッフィーさんも、馴鹿亭でアルバイトですか?」


 ユッフィーもまた、ミキと言葉を交わしていた。オグマへの弟子入りの件も含めて一同への自己紹介は、すでに終えている。


「姉さんとレオニダス様が、出発前にオグマ様の家を訪ねていたそうですね」

「では、あなたがリーフ様ですのね」


 緑の髪に、マダガスカルジャスミンの白い花を咲かせたハナビトの少年。もっともマダガスカルジャスミンは地球での名称だから、彼の故郷ロスロリエンでは別の名で呼ばれているのかもしれない。


「申し遅れました、僕はリーフ。紋章士ベルフラウの弟で、氷都紋章院でエンジニアをやってます。このたび晴れて、クワンダファミリーの一員に加入しました」

「こう見えて、リーフももう大人じゃからな。祝いの盃を交わしに来たのじゃ」


 自身も若く見られがちなアリサが、リーフの肩に手を回してニカッと笑った。

 少年もとい、青年だった。


「まあ!おめでとうございますの」


 ユッフィーもリーフ青年を見上げ、祝福の笑顔を贈った。


「もうすぐ、予備役冒険者の一斉訓練が始まる。その前に手続きが済んで良かった」


 寡黙なファミリーの主、精悍な壮年男性のクワンダがリーフに暖かな目を向けた。姉のベルフラウが未帰還となり、レオニダスから後を託された今。リーフの存在は、彼の中でも気掛かりだったのだろう。


「クワンダ様ぁ、それなんですけどぉ」


 エルルが、オグマの意向についてクワンダに伝えると。


「そうか、教官役に志願してくれるか」

「お師匠様は、今折れた剣を打ち直していますの」


 エルルとユッフィーが酒場のバイトに出る前。

 オグマはかつて、終末の獣ワールドイーターとの戦いで折られた愛剣を鍛え直すので。しばらく立ち入らぬよう二人に伝えていた。


「あとで祝い酒でも、持っていってやろうかの」


 ときどき、オグマの家を訪れて愚痴などを聞いてやっていたというアリサ。

 今も白いサラシに緋袴の軽装で、その胸元こそ寂しいものの。心はとても暖かく、母性に満ちた面倒見の良い女性のようだ。

 本物の姫様をロールプレイの参考にしようと、ユッフィーを演じるイーノの目にも尊敬の念はにじみ出ていた。それを感じ取ったのか。


「ミキから聞いたが、ユッフィー殿も異国の姫であられるとか」

「アリサ様と比べれば、まだまだ若輩者ですわ」


 ユッフィーの返事を聞いて、アリサが昔を懐かしむように口を開く。


「わらわには、かつて二人の兄がおった。鬼どもとの戦で命を落としてしまったが、ふたりとも優しい兄者であったよ」


 そう言うと、アリサはリーフをぎゅっと抱きしめる。


「あ、アリサ様?」

「リーフよ。これからはわらわが、そなたの姉じゃ」


 侵略者に故郷を追われて以来、長い逃亡生活を姉ベルフラウと二人きりで生き抜いてきたリーフ。たったひとりの家族を失った彼の悲しみは、どれほどのものかと案じていたけれど。


 バルハリアは寒いけれども、そこに住む人の心は暖かい。

 ユッフィーの姿で見守るイーノの心にふと、そんな言葉が浮かんだ。


 氷都市は、それぞれに難題を抱えたワケありの人々が集まる場所だ。それだけに、他者の痛みに理解を示す者が多い。

 もしここに、閉塞感や生きづらさに苦しむ現代日本の地球人を連れてこれたなら。彼らの再起に、どれだけの心強い支えとなるだろうか。

 やはり、イーノが夢渡りでバルハリアへ迷い込んだのは偶然でない。

 自分には、ここでやるべきことがある。


 このとき、イーノの脳裏にはあるひとつの考えが浮かんでいた。


「決めましたわ」


 ユッフィーの言葉に、一同の注目が集まる。


「わたくしも、氷都市民になります。市民権を獲得して、冒険者として皆様の力になりますわ」


 今はまだ、イーノとしての正体は明かせない。それでもユッフィーとして試したいことはあった。


「わたしぃもぉ、ユッフィーさぁんと一緒に訓練しますよぉ!」


 エルルもまた、気炎をあげる。


「お世話役の方は、大丈夫なんですか?」

「…確か、イーノとかいう地球人か。最近姿を見ないそうだが」


 ミキとクワンダが、エルルに目を向けるも。


「イーノさぁんからはぁ、いいって言われてますよぉ?」


 さりげなく、ユッフィーに目配せ。


「ええ。わたくしもエルル様と一緒にお会いしましたので、覚えておりますわ」


 なんとか口裏合わせ。危なかった。


 そこへ、ちょうどキッチンから合図が。気付いたエルルがユッフィーを促し、二人で人数分のエール入りジョッキを運んでくる。なお氷都市では金属や陶器のグラスが多く、木製は高級品。地球のようなガラス製は極めて珍しい。


「それでは、みなさぁん!」


 乾杯の音頭を取るのは、エルル。ジョッキを片手に、一同を見渡す。

 バイト内容としてはウェイトレスなのだが、実質ホステスの役割まで自発的に買って出ている。

 ユッフィーも同じ扱いで、店長の粋な計らいでエルルと一緒にご相伴にあずかってジョッキを手にしていた。現代日本の居酒屋のバイトでは、まずあり得ないだろう。


「リーフさぁんのクワンダファミリー入りとぉ、ユッフィーさぁんの決意表明を祝してぇ…かんぱぁい♪」

「乾杯!」


 一斉に、ジョッキが高く掲げられた。


 太陽の昇らぬ極夜の闇にも、オーロラという光明があるように。

 社会の分断が進み、他者への理解力が失われゆく現代日本にも希望はあるはずだ。それを知らしめるのが。自分の生きる道であり、小説家を志す理由。


 イーノは、そう思うことを選択した。


◇◆◇


 地球で、イーノが自室のパソコンに向かって考えをまとめている。

 その文書のタイトルには「勇者候補生プログラム」と記されていた。

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