第10話 パーティメンバーはバイト仲間(加筆1)

 あなたは、冒険者と聞いて何を想像するだろうか。


 魔物討伐、宝探し、あるいは商人の護衛。その他、様々な依頼を引き受けて。

 一攫千金を夢見ながら旅を続ける、無頼の流れ者。そんなところだろうか。


 異世界「はじまりの地」に、オティスという男がいた。氷都市では、伝説的な冒険商人として知られている。

 彼は研究熱心な紋章術の探求者でもあり、それを商売に役立てる才があった。彼の商会は魔法道具の商いなどで財を成し、豪商の名をほしいままにした。


 けれども、彼はただの商人で終わらなかった。

 はじまりの地の生命全てを脅かす、世界を滅ぼす魔女「いばら姫」。彼女の率いる不死身の怪物アニメイテッドたち。

 その弱点を唯一見抜ける、不思議な感覚を持つ「蒼の民」の勇者たちが世界の裏側で人知れず繰り広げる…壮大な叙事詩。

 オティスは、両者の戦いに巻き込まれたのだ。


 世界の危機に、オティスは自ら築いた財力と商会の組織力で密かに勇者たちを支援する。

 しかし、善戦虚しく。あるとき蒼の勇者たちは、いばら姫の軍勢に大敗を喫した。そして数百年もの間、歴史の表舞台から姿を消した。


 オティスは商会を後継ぎに任せ、消えた勇者の謎を追う。そして数十年に及ぶ長い長い旅の末、異世界バルハリアに通じる秘密の通路「オーロラの道」を探し当てた。それは、多元宇宙の各世界を結ぶ光の路。全ての夢を見る者は、夢渡りの際にオーロラの道を通る。

 故に、ドリームウェイという名でも呼ばれた。


 バルハリアに到達したオティスを待っていたのは、惑星全土が凍てついた過酷な極寒の世界と。大いなる冬フィンブルヴィンテルの影響により都を失い、地球での北方狩猟民イヌイットのような生活を強いられていたローゼンブルクの民たちだった。

 オティスはその中に、凍れる時の呪いで成長も老化も止まっていた蒼の勇者たちを見つける。さらには、滅亡前のローゼンブルクで生まれ長い間子供の姿のままでいた新世代の勇者たちも。


 探索の旅の途中で見つけ出した「時の遺跡」の力により、極度に老化の遅い身体となっていたオティスは。地球の南極大陸にも似た氷の大地バルハリアに新たな都、氷都市を築いた。はじまりの地のオティス商会とも連携し、不毛の地で暮らすための優れた物流システムを構築した。

 他にも、はじまりの地では貴族階級の独占物だった紋章術を誰でも学べる氷都紋章院の設立など、彼の功績は数え上げればきりが無い。


 さらに数十年後、ローゼンブルク遺跡の探索で技を磨き力を蓄えた蒼の勇者たちは氷都市を巣立ち、はじまりの地へ帰還。幾多の戦いを経て、長い暗黒の時代から故郷の人々を解放した。

 オティスは冒険商人として未だ現役であり、庭師ガーデナー勢力と災いの種カラミティシードの根絶を目指す百万の勇者たちとの戦いの最前線で、勇者たちをサポートし続けているらしい。


 現在の氷都市で冒険者と言えば、実質市民軍に属する民兵だ。そう呼ばない理由はオティスの探索行に敬意を表してとも、故郷を取り戻すための遺跡探索に力を入れているからともされている。

 一般的な流れ者という意味での冒険者は「ごろつき」と呼ばれ、あまり好意的には見られない。

 まれに自力で氷都市の存在を探し当てる者がいるが、彼らがここで活動するには。市への貢献を認められ、市民権を獲得し氷都市民となる必要がある。


 かつて落ち武者や難民として逃れて来た者も。氷都市で社会の一員として受け入れられる努力の末、市民となったのだ。


「…という、お話なんですよぉ」


 氷都市内の、エルルがよくアルバイトしている酒場の一角で。ユッフィーがエルルの語る物語に耳を傾けていた。これらの話は、氷都市民であれば当然知っておくべき基礎知識とされていた。

 店の名は、白夜の馴鹿トナカイ亭。ここ氷都市でも、酒場は冒険者の社交場だ。


(ミハイル様は、初めから英雄扱いでしょうけど。地球人の一般人は…あまりいい顔はされないかもしれませんわね)


 かつて、マキャベリも「君主論」の中で。傭兵は自分本位で、国のために命をかけて戦う気概が無いから信用できないと、市民軍の必要性を訴えていた。


 私たちの地球の日本と比較した場合、氷都市は難民に対してはるかに開かれた都市国家と言えた。落ち武者の隠れ里である以上、偶然の来訪者にまで優しいとは言えないまでも。

 そう思いつつも、ユッフィーが首をかしげる。


「冒険者が、酒場でバイトですの?」


 普通、RPGの冒険者と言えば。モンスターが直接お金を落とすか、何らかの依頼の報酬か。ダンジョンからお宝や、魔物の一部を金目の物として持ち帰るのが主要な金策の手段だ。

 でもここは、本物の異世界。ゲームじゃないんから、魔物が人間の通貨を持ち歩いたりなんかはしない。


「氷都市の冒険者ってぇ、バイトが一番稼げる金策なんですぅ」


 ちなみに、氷都市民になりたいと希望する者にいろいろと「他世界の冒険者」との違いを説明するのもバイトの一種だ。エルルが話しているのも、決してサボりではなく。店の新人研修の一環だった。


 今日のエルルとユッフィーは、二人ともディアンドル姿。

 エルルは水色の肩出しブラウスとエプロン、膝上までの青いスカートの下には白いフリルたっぷりのペチコート。

 ユッフィーは白いブラウスに明るい紫の胴着とスカートで、エプロンは曙色という装いだ。


「一応、他の金策についてもお聞きしていいですの?」

「もちろんですぅ」


 同じバイト先の先輩として、エルルは気軽に答えてくれた。


「バルハリアではぁ、少なくとも氷都市と遺跡周辺では他世界のような危険生物の姿を見かけませんですぅ。また遺跡内のアニメイテッドはどれだけ行動不能にしても、一定時間で復活しちゃう上に。お金になるようなものは何も、落としませんよぉ」

「魔物の討伐依頼そのものが、成立しないんですのね?」


 エルルも、苦笑いを浮かべながらうなずく。


「他の世界で冒険者やってた方はぁ、よく驚かれますよぉ」

「遺跡内のものはぁ、み〜んな『氷結の呪い』に汚染されてますしぃ。お宝の収集って言ったら『紋章』くらいですかねぇ」


 氷都市内でも、暖房や照明や水質浄化など、あらゆる場面で「紋章」は使われ。

 温熱の紋章を描けばそこが暖かくなり、陽光の紋章を描けば太陽光と同等の照明が灯るなど。まるで電化製品のような扱いを受けているらしい。

 それらは全て、滅びたローゼンブルクで使われていたものを描き写し。実験と検証を経て安全性が確認されたものを市内に導入してるらしい。


「遺跡内はぁ、フリズスキャルヴの『閲覧不能エリア』ですしぃ。地球の写真機みたいな道具も発達しませんでしたからぁ、紋章は主に手書きでスケッチですぅ」

「それで、ベルフラウ様は巨大な万年筆型の杖を使ってましたのね」


 勇者の落日で見た、紋章士たちの戦い方に。ユッフィーの中のイーノは納得した。


「未発見の『失われた紋章』が見つかればぁ、一攫千金はあり得ますけどぉ。少なくともここ数十年はぁ、そういうのは無いみたいですぅ」


 他に金策と言えば、遺跡内の特定場所の風景をスケッチして持ち帰る。これは探索の事前調査になり、昔そこに住んでいた元住民や好事家から求められることもある。発見済みの紋章と合わせて、スケッチブックのコレクションを増やすことは冒険者の実績作りの一環とも言えた。

 あまり冒険とは関係ないが、金持ちのパトロンを得る方法もある。本来は実績ある冒険者か、見込みのある新人への投資であり。純情なエルルは詳しくは話さなかったが、愛人契約のような公にしづらい手段で金策をする者もいるのだろうか。


 観光パスが切れる前に、市民権を獲得する。そして他の冒険者がバイトで稼いでいるなら、バイト先で人脈を作っていく。パーティメンバーはバイト仲間。

 そう決めたイーノは、エルルに酒場のバイトを相談した。


「あ、来ましたよぉ」


 エルルが、ユッフィーに目配せする。

 その視線の先には、イーノにも見覚えのある…ベテラン冒険者のクワンダとアリサ、ミキの他に。緑の髪に白い花を咲かせた紋章士の少年がいた。


「いらっしゃいませぇ!」


 エルルが四人に声をかける。ユッフィーも、新人研修中の見習いとして彼女に付いていった。

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