第12話 1年365日、お盆でハロウィン
全ての夢を見る者は、眠っている間のどこかのタイミングで。
精神が身体から抜け出し、異世界へ冒険に出かける。
それは、まだ幼い子供が見るもの全てに興味を惹かれて、あちらこちらとさまよい歩くかのよう。
多元宇宙の各世界を結ぶ、オーロラの道は。常にそんな、ウロウロ歩きの魂たちであふれている。地球でもそうだが…どこかが昼間なら、どこかは必ず夜なのだから。
毎晩、氷都市へ夢召喚されてバルハリアへ向かうイーノ。その途中経過の記憶は、夢のようにひどくぼやけたものだった。
でもその日の夜は、どこか変だった。
見えるのだ。オーロラゆらめく光の路が、そこを鳥のように飛ぶ自分の姿が。
季節を無視したお盆のような、ハロウィンのような。百鬼夜行であり同時にワイルドハントでもある、カオスな霊たちの大行進が。
夢召喚の術によって、夢渡りをコントロールされているためか。
イーノはその列から離れ、明確な指向性をもってバルハリアの方角へ高速で引かれ続けている。
ところが、そのイーノに追いつこうと。さらに信じられない加速で飛んでくる白いネグリジェの女の子がいた。実体がない、ある種の精神体だからこその挙動だった。
「そこのおじさ〜ん、お届けものだよ!」
栗色の長い髪をなびかせた、赤い瞳の少女がイーノに並走する。
「…あの、どちら様で?」
夢渡り中とはいえ、あまりに現実感の無い光景に呆然とするイーノ。
「あたしね、夢渡りの民マリカ。アウロラちゃんに夢召喚を教えたベナンダンティのひとりだよ!」
夢渡りの民が種族名、ベナンダンティが部族の名だと少女は名乗った。
バルハリアの女神、アウロラの関係者なのだろうか。
「イーノといいます。アウロラ様には、色々とお世話になってますが…」
「これこれ!お届けもの。差出人は、名も無き地底の主」
またまた、覚えのない名前が出てきた。
いったいどうやって、どこから取り出したのか。マリカから、イーノが煌びやかな宝石箱のようなものを受け取ると。さらにおかしなことが起きた。
ここにアバターボディは無いのに、イーノの姿がユッフィーに変わったのだ。
「変なおじさ〜ん!女の子だったの?」
「いえ、これはアバターボディによる変装のはずで…」
わけがわからないよ。
「ね〜ね〜、開けてみて!」
無邪気な顔で強く勧められて。ユッフィーが宝石箱をおそるおそる開けると。
つぶらな瞳の、小さな赤いドラゴンと目が合った。
げふっ。
いきなり、火を吹かれた。げっぷみたいに。
「あはは、おもしろ〜い♪」
まるで、身体を張ったコントのオチみたいに真っ黒けとなるユッフィー。
マリカは、お腹を抱えて笑っていた。
「あ、そうそう。差出人からメッセージもあったんだ。伝えるね」
「お願いしますの」
名も無き地底の主を名乗る、正体不明の誰か。
その真意を確かめようと、ユッフィーの表情が変わる。
「大望を抱く者よ。汝がその夢に近付く手助けとして、この夢竜を遣わそう」
イーノの望みを、どうやって知ったのか。謎は深まる。
あるいは、詳細までは知らなくても。その気配を察したのか?
「いずれ、バルハリアで汝と出会った時。我に名を与え、我らの願いを叶えてくれることを期待しているぞ」
相手は、バルハリアのどこかにいるのか。
「じゃあ、依頼は済んだからね。アウロラちゃんによろしく♪」
それだけを告げて、夢渡りの民の少女は離れていった。
かじかじ。
小さな夢竜とやらに、頭を甘噛みされながら。ユッフィーの姿のままで、イーノは凍れる白き星へ降りていった。
◇◆◇
観光パスで滞在している、宿屋の一室。
ユッフィーがベッドから起き上がると、枕元に宝石箱があった。夢で見たものと同じだ。
もしや、これは。
箱を開けて確かめようとすると。その前に、蓋がひとりでに開いた。
ぽふっ。
柔らかな胸元に飛び込んでくる、カラフルな鱗に覆われた小動物。
やっぱり、あのチビドラゴンだった。
「今から、あなたはわたくしの竜ですわ。名前はボルクス」
一声鳴いて、夢の竜が応えた。どうやら主人と認めてくれたか。
イーノの「偽神戦争マキナ」での持ちキャラ・ユッフィーには。ペットとしてお供のチビドラゴンがいた。その名前をそのままつけたのだ。
まさかバルハリアで、お供の相棒まで再現されるとは。
ぺろり。
ボルクスが、ユッフィーの頰を舐めた。
ちょっと可愛いな、と思って抱っこすると。
「ちょ、やめ、くすぐったいですの…っ!」
舌が首筋や、胸元にまで入ってくる。なんだか舐め方がえっちぃ。
この主人にして、この従者あり。そんな感じのする出会いだった。
今日から、氷都市では予備役冒険者の一斉訓練が始まるが。
集合時間までの合間に、アウロラを呼び出してさっきの出来事について聞いてみることにする。
「ユッフィー様、おはようございます」
「アウロラ様、おはようございますの」
宿の一室に、浮かび上がるアウロラの立体映像。
これも千里眼の秘宝フリズスキャルヴの機能の一環で、市内どこでも利用可能なサービスだという。
この調子だと、地球の情報もいろいろ見れそうだが。どれだけ、地球人のSFネタを実際に具現化しているのか。
「可愛らしい
ボルクスを見るなり。アウロラは微笑みながら、その珍生物が何であるかを告げてきた。
星霊力と呼ばれるエネルギーから生まれた、幻獣の一種だというが。
「星霊石と、何か関係がありますの?」
サウナで燃料に使われたり、氷都市地下の採掘場で取れたりする半透明で石炭状の
鉱石。今までにも何度か見てきたものだ。
「そうですね。地球の方に理解しやすい例えで説明するなら…黒鉛とダイヤモンドのような関係でしょうか」
「どちらも炭素からできていながら、性質はまるで異なる?」
人の言葉を理解しているのか、アウロラの方をじ〜っと見ているボルクス。
「ええ。星霊力はその名の通り、星の世界より降り注ぐ不思議な光。地上のあらゆるものを透過し、地の底で凝り固まって星霊石になりますわ」
もっと地底深くで、様々な作用を受けて宝石ができるように。
星獣は、星霊力がさらに濃い場所で生まれるものらしい。
ちなみに星霊力は、氷都市で使われている「紋章」の動力源でもあり。紋章に星霊力が当たると、ソーラーパネルに太陽光が当たって電気が生じるのと同様。紋章の種類に応じた効果が発揮されるそうだ。
「詳しいことは、リーフさんにたずねるといいでしょう。きっと喜んで解説してくださいますわよ」
「アウロラ様、ありがとうございますの。楽しみですわ」
ユッフィーは、知的好奇心も強い。これをきっかけに腕利き紋章士との人脈を作れるなら、望むところだった。
「ところで…夢渡りの民というのは?」
ふと、思い出して。ここへ来るまでに会った、ベナンダンティのマリカという少女について聞いてみる。
「彼女に、会ったのですね」
アウロラの表情が変わる。古い知人を懐かしむような様子だった。
「ハロウィンに飾る、カボチャの提灯。ジャックランタンはご存知ですね?」
「はいですの。悪魔を騙して地獄にも天国にも行けなくなった男、嘘つきジャックの伝承が由来でしたわね」
すると、アウロラは珍しく悪戯っぽい微笑みを浮かべて。こう囁くのだった。
「嘘つきのジャックは、地球で最も有名な『夢渡りの民』のひとりですわ」
あの少女マリカも、どこにも行き場の無い放浪者だというのか。
またひとつ、世界の裏側を知った。
だんだん、後戻りできなくなりそうな感覚を覚えるイーノであった。
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