第6話 混浴サウナでご対面

 神殿長エンブラの執務室。あいさつを済ませたユッフィーが、その正体を知られぬまま。人の良さそうな微笑みを浮かべたエンブラと、言葉を交わしていた。


「あなたも、アリサ姫のようにご苦労なされたのですね」

「お噂は、うかがっております。わたくしの祖国も、機械侵略者『マキナ』の脅威に立ち向かっておりますが…」


 口から出まかせだが、ボロを出さないように話を合わせる。偽神戦争マキナでの、キャラ設定をそのまま話しても。おそらくはどこか遠い異世界の話だと思ってくれるだろう。


「アリサ様のような、ひとかどの武人と比べれば。わたくしは余りに未熟者ですの」


 和風世界トヨアシハラの武者姫、アリサ。かの地を治めていた十二支の獣人たち、ケモノビトのリーダー。

 イーノが夢渡りで見た、勇者の落日における彼女の奮戦ぶりは。まさに一騎当千と呼べるものだった。

 ウサビトの身軽さを活かし、サラシに緋袴だけの寒そうな軽装で縦横無尽に戦場を駆け。扱いを誤れば使い手が呪いの力に呑まれかねない、鬼骨の妖刀「忍刃丸にんじんまる」を巧みに振るって、数十体のアニメイテッドを単身で圧倒する。

 それでいて滅多なことでは刀を抜かず、鞘に収めたままで戦うアリサの姿は。素人目に見ても、抑制のきいた剣士の理想像だろう。


 そんなアリサでさえ。

 氷都市の宿敵、庭師ガーデナー勢力が多元宇宙の各世界にばら撒いた「災いの種カラミティシード」のせいで異常強化された鬼たちに敗れて。バルハリアまで落ち延びてきたのだ。


「氷都市にいる間は、周りの皆が家族と思って良いのですよ。ここで心身を磨き、再起に向けて力を蓄えるといいでしょう。この街から、多くの勇者が巣立ったように」


 氷都市は、多方面に勇者や英雄を輩出している街だ。

 クワンダやミキたち「蒼の民」も、落ち武者同然で氷都市に逃れてきて。後に再起を果たし、故郷奪還を成し遂げた者のひとりだった。


「ありがとうございますの!エンブラ様、氷都市の皆様」


 演技抜きで、ユッフィーの姿のイーノは神殿長の暖かな人柄に感銘を受けていた。


「オレっちも応援してるっすよ!ユッフィーちゃん」

「はいですの。わたくしも修行、頑張りますわ」


 謎めいた仮面の女性、ゾーラ。種族は確か、ゴルゴン族。

 その容姿はまるっきり、ギリシャ神話のゴルゴーンを連想させた。けれども彼女はとても親しみ易い性格で、あの怪物メドゥーサの同族とはとても思えない。

 石工職人をしているというが、まさか人を石化させて石材を調達したりはしてないだろう。普段は仮面で、石化の邪眼を抑える分別があるのだから。


 自分の母親代わりとも呼べるエンブラについて、イーノに知ってもらえたことを察し。エルルもユッフィーに穏やかな笑みを向けていた。


◇◆◇


 執務室を出たユッフィーとエルルが、廊下を歩きながら話している。


「…エンブラ様は。エルル様のことを大事に想うが故に、イーノという男を警戒しているのですわね」


 イーノのことなど、まるで他人という口ぶりで。

 ユッフィーの姿で、イーノはエルルに感想を述べた。


「そうですよぉ、ユッフィーちゃん」


 エルルも、面白そうに口裏を合わせている。ユッフィーの正体は、エルルとイーノ本人と…アバターボディの使用を許可したアウロラ、三人だけの秘密だった。

 アウロラには、多種多様な技能や能力を持った数百人の夫たちがいる。だからこそイーノに対しても、彼がどんな才覚を持ちどのように氷都市の役に立つのか。機会を与えて、見極めようとしているに違いない。


 アウロラがユッフィーの正体について、黙っていてくれる理由について。イーノはそのように推測を立てていた。


 その後は、エルルが先生役になって。

 ユッフィーは掃除や参拝者への応対など、神殿内の雑務をこなしながら巫女としての初歩的な修行を体験した。中には何故か、サウナの準備という仕事もあった。


「氷都市のみなさぁんはぁ。『大いなる冬フィンブルヴィンテル』の悪影響に負けないために、サウナで身体の調子を整えてるんですよぉ」


 地球では、北欧の人々がサウナを好むことでよく知られる。

 エルルの故郷アスガルティアでも、北欧風の文化が色濃く残っていたらしい。その影響か、氷都市でもサウナ文化が広く定着していた。


 広々とした、神殿内のサウナルームで。階段状のベンチに敷くタオルの交換を済ませると。ユッフィーもエルルも、バスタオル一枚を胸元に巻いた姿で部屋が温まるのを待った。

 さきほど、エルルがサウナストーブにくべたのは。薪ではなく、透き通った石炭のようなものだ。炉内でそれが赤い光を放つと、ストーブの内外に描かれた炎の紋章やサウナストーンに刻まれたケンのルーンが熱を発し。徐々に室内が温められてゆく。

 アバターボディやフリズスキャルヴなどのSF的ガジェットが存在する世界だが、こういうところはファンタジーらしい。


「あれはぁ『星霊石』ですよぉ。氷都市の地下でよく取れますぅ」


 私が気になって聞いてみると。植物の育たないバルハリアで木材は高級品であり、このサウナルームの内装に使われている木の板も、全て「オティス商会」が一番近い異世界から取り寄せたものだという。私たちの地球の日本と同じく、輸入品への依存度は高そうだ。


 フィンブルヴィンテル。

 この世界、バルハリアを数百年前に襲い。今なお大きな爪痕を残している大災害。それについて、私たちはお互い知っていることを語り合った。


「北欧神話は、日本のRPGでは定番ネタの一つですの。『ラグナロク神々の黄昏』も様々な解釈で使われていますけど…」

「そぉなんですかぁ?」


 エルルが言うには。かつてアスガルティアと地球の北欧地域は「つながっていた」時代があり、人やモノや文化など多くの面で交流があったらしい。その痕跡が神話やルーン文字などに残っているとも。

 故郷の文化が日本でどう扱われているか、エルルも私の話を楽しそうに聞いてくれる。


「その、ラグナロクの前触れとして起こるのが『フィンブルの冬』ですの」


 夏が全く訪れないまま「風の冬・剣の冬・狼の冬」が三度続けて起こり。吹雪があらゆる方向から吹き荒れ、無数の戦乱が起こり、兄弟同士が殺しあう。そんな苛烈極まる出来事だ。


「バルハリアの大いなる冬はぁ、もう何百年も寒いままですぅ」

「惑星丸ごと、氷漬け。かつて、わたくしたちの地球にも同じような時期があったと考えられています。それを『スノーボールアース』と呼びますわ」


 一見して、生命の死に絶えた時代のようだけど。

 実はこの冬が、酸素呼吸を行う生物や多細胞生物の出現など。生物に劇的な進化をもたらしたと聞いて、エルルは目を輝かせた。


「バルハリアにもぉ、大きな変化が起きるといいですねぇ!」

「その担い手は、きっと氷都市のみなさんですの」


 もちろん、その中には私もいる。そうなりたいと、想いを込めて言葉を紡いだ。


「バルハリアの大いなる冬はぁ、寒いのも大変ですけどぉ。一番困ってますのはぁ、あらゆる生命活動の停滞ですかねぇ」


 人々は成長も老化もしなくなり、まるで長命の種族にでもなったかのように何百年も同じ姿のままとなる。中でも深刻なのは、子供はずっと子供のままなことと、新しい命が生まれないことだ。

 出生率が極端に低いとなると、副次的な影響として社会の停滞が考えられる。ここは、少子高齢化の進む現代日本そっくりだ。やはり日本とバルハリアには、何らかの関係があるように思える。


 また、回復魔法の類も極端に効果が落ちるというから。ダンジョンに挑む冒険者たちの苦労のほどがうかがえた。


「では、ミキ様やクワンダ様は…」

「そうですぅ。ローゼンブルク遺跡がまだ滅びてなかった時代の生まれですよぉ」


 滅びた故郷を、いつか取り戻す。

 氷都市の住人が、厚い氷の下に埋もれた遺跡に通じる坑道を掘り。冒険者となって迷宮化した都市の攻略を150年以上も続けている動機は、それなのだという。


「切ないお話ですの」


 だからこそ、勇者の落日のような事件が起きても。攻略の手は休めない。


 エルルも含め、氷都市の住人はみな外見と見た目の年齢が著しくかけ離れている。

 ミキちゃんは数十年も子供のままで過ごし、素敵なレディになるため蒼の民の勇者たちと異世界「はじまりの地」へ旅立った。エルルはそんな話を聞かせてくれた。


「各地で保護された難民の子供たちはぁ、今は各世界にある氷都市の『衛星都市』で育てられて。成人してからこの街にやってくるんですよぉ」


 落ち武者の隠れ里であると同時に、勇者を育てる修行場としての役割から。氷都市の存在は極秘とされ、表向き衛星都市は各世界に溶け込んでありふれた田舎町などになっているという。


「エルル先輩!お疲れ様です」


 ふと、サウナルームに元気な声が響いた。

 見ると、胸元にタオルを巻き。髪をお団子にまとめたミキの姿があった。噂をすれば影がさすだ。


「エルルちゃん、いつもありがとう。その子は…新入りかい?」


 なんと、ミハイルまで。腰にタオル巻きで入ってきた。どうやら、レッスンが一段落したところらしい。ドイツやフィンランドなど海外では、男女混浴でサウナに入るところも多いと聞くが。私は初体験だ。

 ユッフィーの中の人イーノとしては、エルルと一緒の時点ですでに混浴なのだが。今の自分は女子、という意識が強く。あまり気にしてなかったのだ。エルルも全く、女の子として接してくれていたおかげで。


「『舞姫』のミキ様に、コーチのミハイル様ですわね。エルル様とお話ししていたところですの」


 胸元に巻いたタオルの裾をつまんで、ちょこんとカーテシー。


「わたくしは、ユーフォリア・ヴェルヌ・ヨルムンド。ユッフィーと呼んで下さいませ」

「舞姫見習いのミキです。ユッフィーさん、よろしくお願いしますね」


 ユッフィー。その名を聞いて、ミハイルがおや?といった顔をする。

 PBW偽神戦争マキナでの、ミハイルの持ちキャラ「ダグラス・サンダース」とは。ゲーム内のコミュニティで会話を交わしたことがあったからだ。


 私は人差し指を立ててくちびるに当て、内緒にしてほしい旨をミハイルに伝える。日本人のジェスチャーがロシア人に通じるか、不安になったが。そこは日本のアニメが好きなミハイルだけあって。こちらに目配せをして了承してくれた。


 自分が書いた小説のヒロイン、ミキ。

 彼女に「変なおっさん」という第一印象は、さすがに持たれたくなかった。


 それにしても。イーノにとって同性のはずのミハイルが入ってきたことで、今さら混浴を強く意識するなんて。

 今まで何ともなかったはずのエルルさえ、直視できない。ついつい目が泳いでしまい、ふと気付くと。私の視線はミキの胸元に向いていた。

 ミキの胸元の中央にある、×字の傷跡。それは勇者の落日のときに蒼い光を発して強く輝いていた。かつて、一緒に旅していた芸人一座の仲間を「いばら姫の道化」に皆殺しにされ。道化が戯れに彼女ひとりを生かし、胸につけた傷痕。

 そして今は、彼女の蒼の勇者としてのシンボル。


「これは、わたしの勲章みたいなものです」


 視線に気づいてか、ミキが微笑みながら胸元を指差した。その明るく前向きな態度に、過去の傷を隠すような暗さは感じられない。


「ご、ごめんなさいですの!」


 女性の胸元をじろじろと、しかも傷痕を見るなんて。ユッフィーが恥ずかしさに顔を赤くする。

 そうしていると、本当に女の子みたいだと思ったのか。中の人を知ってるミハイルが、エルルと顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「そう言えばぁ…」


 今度は、エルルがミキとユッフィーの胸元を凝視していた。私もちらっと、エルルの胸を見る。

 エルルがお皿を伏せたような可愛らしい小サイズ、ミキは胸筋が鍛えられてスタイルの整った中サイズといったところか。


「ユッフィーさぁん、少しお胸を分けてくれませんかぁ?」

「ひゃっ!?」


 女の子同士だから、遠慮無しなのか。それとも私をからかっているのか。エルルが指で、ぷにっと触れたユッフィーのバストは。

 トランジスタグラマーというのか。女性陣三人の中で一番背が低い割に、ふっくらとした理想的なお椀型だった。

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