第4話 いきなり政略結婚ですかっ!?
これが異世界か。
私は今、自分が現代日本と異なる文化を持つ「異国」に来ていることを改めて強く認識した。
と言うのも。私が夢で見た「勇者の落日」の一部始終を洗いざらい、包み隠さず、全部話して聞かせた結果。アウロラはその報酬として、とんでもないものを提示してきたからだ。
「イーノ様、ご協力まことにありがとうございます。特に、生還を果たした三人が脱出した後の『いばら姫の道化』の行方をある程度追えたことは僥倖でした」
アウロラが、深く頭を下げて謝意を表せば。
エルルは、興奮気味に確認を求めてくる。
「氷漬けにされたベルフラウちゃん、レオニダス様、他の冒険者さぁんはぁ…その大きなレリーフの扉の向こうに連れて行かれたんですねぇ?」
「見えたのは、そこまでです。その後、夢から覚めてしまいまして…」
私は申し訳なさそうに、頭を下げる。
あの夜、夢渡りで偶然、悲劇の起きた地「ローゼンブルク遺跡」に迷い込んだ私は無力にも見ているだけで、何もできなかった。
ただの夢だと思っていたから、最新の3D映画も目じゃない迫力と…無責任な歓声をあげてもいた。それが聞かれることも無かったけど。
なぜ見てるんです!と問い詰めてこないあたり、アウロラもエルルも人格者だなと私は思った。
「いずれ、準備を整えた後に。遺跡の探索は人員を確保して再開します。今後の方針について、有益な示唆を得ることができました」
「人員の確保って、どうするんです?『勇者の落日』で、手練れの冒険者はほぼ全滅に近い被害を受けたように思いますけど」
素朴な疑問をぶつけるイーノ。
5人1組、それが7部隊。35人もの精鋭冒険者たちが、突然現れたひとりの道化のために壊滅させられた。生存者は、わずか3人だけ。
特に厄介なのは、それまで散発的に襲ってくるだけだった氷像の魔物「アニメイテッド」が道化に統率され、意のままに使役されていたこと。
それが、イーノの見た悪夢の断片。
「それでもぉ、オグマ様はぁ!いつか立ち上がるって信じてますぅ」
エルルが悲痛な表情で、無理して強がるように声をあげた。温厚そうな彼女にしては、珍しかった。
勇者の落日に参加しなかった、ベテラン冒険者がいるのだろうか?
「…ミハイルさんを見ていて、思ったんですけど。アバターボディがあれば、地球人だって戦えるんじゃありませんか?素質のある人をスカウトしてくれば」
ふと、思いつきで提案したアイデアだったが。
「いえ、それはできません。市民でもないお客人を、私どもの都合で戦わせるなど」
あれ?
なんかよくあるアニメとか、ライトノベルと違うぞ!?
普通だったら、ここで異世界人の力を借りるところだろう。そう思って不思議そうに、アウロラの話を聞いていると。
「イーノ様、あなたは戦う力こそありませんが。夢渡りに関して特異な素質をお持ちです。氷都市の未来のために、ぜひ私の夫に加わって頂けませんか」
今、何と言ったのか。
聞き間違いではないかと、私が耳を疑っていると。
「アウロラ様はぁ、惚れっぽいですからねぇ♪」
急にはやし立てるように、エルルが黄色い声をあげてきた。
「まさか、神話の通りの…?」
私には、ひとつ思い当たる節があった。
小説を書く参考に、ネットをいろいろ検索していて見つけたのだけど。
暁の女神アウロラは、あるとき愛と美の女神アフロディーテの嫉妬を買い。人間の男性に見境なく恋する呪いをかけられた…。
てっきり、イケメンだけを選り好みすると思ってたけど。
アウロラから、情熱的な眼差しを受けて。私はいたたまれない気持ちになり、そっと目をそらした。
私はこの歳まで独身で、恋愛経験も無い。いくら何でも急過ぎるし、女神様から惚れられたといっても、それは呪いの効果によるものに過ぎない。その弱みにつけこむのは、良心に反する。
「私みたいに頭のおかしな、ブサメンのおっさんと政略結婚だなんていけませんよ」
「どうしてですか?この姿は、あなたの好みを推測して安心感を抱いて頂けるよう、アバターボディを調整したものです」
要するに、目の前のあどけなさを残す女神の風貌は。私の好みに合わせて作られたものらしい。容姿は自由自在、相手の望む姿になれる。
「ミハイルさんはどうしたんです?彼の方がずっとお似合いですよ」
「地球に妻と子がいるからと、断られてしまいましたわ」
私の困惑を察したのか、エルルが氷都市の結婚制度について説明してくれた。
「アウロラ様にはぁ、何百人ものだんな様がいましてぇ。ひとりひとりの好みに合わせたアバターボディを複数同時に動かしてぇ、皆様をおもてなししてるんですよぉ」
なお、その数百人の夫たちはいずれも。武勇や知略、その他何らかの一芸に秀でた多士済々であるという。全員が戦えるわけでは無いが。
いったい、氷都市に何人のアウロラがいるのか。
「申し遅れましたが、私はアウロラのアバターのひとり『フノス』と申します」
さすがに、アバターが何体もいると。識別のために個体名を決めるらしい。
目の前のアウロラに割り振られた源氏名は、北欧神話の中でもアースガルズで最も年若いとされる少女神のものだった。私みたいなおっさんにこんな少女をあてがうなど、現代日本では犯罪になりかねないが。
氷都市では、他にも一夫一妻・一夫多妻・多夫一妻・多夫多妻・同性婚が全て自由で。冒険者たちもパーティ全員で「ファミリー」を結成し。全員が法律上、夫婦で家族の扱いになるという。
どこぞのハーレムものなんぞ、比較にならないほどフリーダムだ。
「これもまた、大災害『
アウロラの言葉からは、地球の
ひとりの夫が狩りに出ている間、もうひとりの夫が妻を守る。あるいは辺境の地で近親婚を避けるため、旅人に妻を差し出して新たな血を入れる。
現代の日本人は一夫一妻を当たり前と思っているが、日本だって歴史上ずっとそうだったわけではない。文化の数だけ、婚姻の形も異なって当然だ。
「あの遺跡の様子からして。この世界はもう長い間、ずっと氷河期なんですね」
氷都市のある世界、バルハリアが寒いところであろうことは。夢を見た時から察しがついていた。
夢渡りで迷い込んだ「ローゼンブルク遺跡」は。都市が丸ごと氷漬けになり、数百年前の姿をそのまま変わらずに保っていた…異様な姿の古代都市だったからだ。
就職氷河期世代のおっさんが、文字通りの氷河期の世界に迷い込む。
そこに何故か、私は偶然でない何かの必然があるように思えていた。
「…もし、私ではご不満なのでしたら」
イーノが物想いに沈んでいると。
アウロラが、何か別の提案があるような様子で口を開いた。
「エルルを、お嫁にもらって頂けませんか?この子は、身寄りの無い難民なのです」
「えっ!?」
思わず、私はエルルの顔を見る。
すると彼女の顔が、嬉しそうな恥ずかしそうな…どちらともつかない様子で頰を染めて。
エルルは、思わず立ち上がって目をキラキラさせていた。
「アウロラ様、いいんですかぁ?やったですぅ♪」
私が返事をする前から、もうウキウキわくわく。お祭り気分ではしゃぎ出した。
思わず、私も胸が高鳴ってしまう。ここまでされると、何だか断りづらい。
女神という肩書きから来る、高嶺の花感や。姿を自由に変えられたり、多数の分身がいる得体の知れなさがあるアウロラと比べると。
エルルは、格段に親しみ易く身近な雰囲気があった。身寄りが無いという話が本当なら、放っておけない気もしてくる。
「親御さんとか、本当にいないんですか?」
それでもどこか、イーノには警戒心が残ってしまって。
ごまかすように確認をとってしまう。
「エルルの故郷アスガルティアが、氷都市の宿敵・
無事に逃げ延びた難民たちの行き先までは、アウロラ自身の処理能力の限界などから。千里眼の秘宝・フリズスキャルヴを持ってしても捕捉できていない。
アウロラが、当時を振り返るように語ると。
「わたしぃに親兄弟はいませんけどぉ、親代わりに世話を焼いてくれるアウロラ様や神殿長のエンブラ様。後輩で親友のミキちゃんもいますぅ」
そして、勇者の落日で消息を絶ったベルフラウという女性もエルルの親友だった。彼女は、多くの人に愛されているらしい。
「さっき言ってた、オグマ様ってのは?」
エルルの、故郷での保護者だろうか。
「オグマ様はぁ、ドヴェルグの偉大な戦士にして賢者ですぅ。でもぉ、終末の獣との戦いで本来の力を奪われて以来、氷都市の地下にある採掘場にこもりきりですぅ」
どれほどの恐ろしい敵だったのか。直接見ていない私には、想像もつかなかった。
「分かりました。今からお返事を言いますね」
もう、中途半端にはぐらかすことはできない。もともと、そんな舌先三寸も持ち合わせてはいない。
意を決して、私は口を開く。
「エルルさんは、十分に素敵な女性です。アウロラ様の教えなのでしょうか、外見だけで人を判断しませんし。そばにいるだけで空気が明るくなる気がします」
エルルを見ると、もう舞い上がっている。大丈夫なのかと思うくらい。
「でも、私たちはまだ出会ったばかり。もっとお互いを良く知る時間が必要ですし。エルルさんに目をかけて下さっている方々から、私の事を認めてもらう必要もあると思います」
「日本の文化に則るのですね。それもいいでしょう」
イーノの誠実さを評価しているのか、アウロラも微笑んでいた。
「こんなおっさんでよければ、結婚を前提にお付き合いさせて下さい」
ああ、言っちゃった。
やっぱり環境が変わると、人間って変わるものだな。
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