凶運


命に関わるぐらい不運な私に仕えてくれて守ってくれるミーシャに一生に一度のお願いだと言われ、私の安全を確保するために一日だけ怖いのを我慢して欲しいとお願いされた。学院には2人の付き人しか連れて行けないことが関係しているのだと思う。何度も命を救ってくれたミーシャの負担を減らせるならと了承し、動きやすい乗馬用の服に着替えて馬車に揺られている。


「ねえミーシャ、これから私は何をすればいいの?」


「これからの予定は、ティオネル様の養殖を行います」


「養殖?確か家畜を育てて数を増やしたりすることだったかしら」


「はい。ですが、今回はそれとは異なる意味です。これから向かう先では今回の養殖を手伝ってくださる方と私とティオネル様でパーティーを組み、とある魔物を狩ることになります。その際、ティオネル様がやることはありません。パーティーの魔法の効果圏内に留まるだけです。私もティオネル様のお側に居りますので、実質協力してくださる方のみが戦うことになります」


なるほど、他人に育ててもらうから養殖。ですが、それでは


「それは、協力してくれる方は納得されているのでしょうか。それに報酬の方は」


「問題ありません。これは協力してくださる方からの提案なのです。その方はティオネル様の入学の際に付くことになる執事の戦闘面での師匠にあたり、弟子が守りきれるか不安であることから護衛対象に最低限の備えをして欲しいと」


「具体的には?」


「レジスト・エレメンタル、シールド、ヒール、キュア・ポイズンの習得とそれを十全に使えるだけの魔力量を得ること。また、それとは別に守られる側の心得を得ることです」


守られる側の心得?そんな話は聞いたことがありませんね。


「ご理解が難しいのは分かります。簡単に説明しますと、護衛を信じて勝手な行動をしない。最低限の防御手段を持つ。この2つです。特に勝手に動かれるのが困ります。私と協力してくださる方、そしてそのお弟子さんはこの国でもトップクラスの戦闘力を誇りますが、自分の身を守るのと他人を守るのは大きく異なります。護衛が思う安全圏を危険だと勝手に判断して危険地帯に飛び出し、慌てて護衛がカバーしたものの負傷して、そのまま押し切られて仲良く亡くなられることも少なくありません」


「なるほど、そういうものもあるのですね。ですが、本当に信用してもいいの?」


「戦闘力に関しては信用も信頼も出来ます。ただ、ティオネル様の薄幸っぷりを体験していませんので焦りから多少態度が崩れることも考えられるのをご理解ください」


私を傷つけないために周りくどく薄幸と言い換えてくれているけど、私の凶運は領地の平民にすら知れ渡っている公然の秘密だ。5年前からのことだ。急に命の危険にさらされる機会が増えた。盗賊に襲われたり、食事に毒が混入していたり、シャンデリアに押しつぶされかけたり。3年前にミーシャが傍付きになるまで安心することが出来なかった。


ミーシャは徹底的に危険を排除してくれた。お父様を説得し、危険だと思われる物を徹底的に排除した。高貴な者ほど物を大量に持つことが尊ばれる文化が根付くこの国で、真っ向から安全のためにとお父様を説得して必要最低限の家具以外は全て運び出し、私専用の荷物置きという名の倉庫を作って配置し大量の物を所有していると強弁を張ったり、口にする物どころか私が触れる物全てにキュア・ポイズンを掛けたり、よく降ってくるシャンデリアは人が少ない方向に蹴り飛ばしたり、貴族を襲うような規模の盗賊団を片手間に潰したりと、色々と活躍してくれている。


そのミーシャが信用も信頼も出来るというのなら私も同じように信用も信頼もしようと思う。それにしても一体誰が私なんかのために骨を折っていただけるのでしょう。


しばらくの間馬車に揺られていると御者から目的地に着いたと声がかかる。ミーシャが先に馬車から降り、安全を確認してから手を取って降ろしてくれる。


「ここは?」


「ここはヨーツンハイム領の外れにあります冒険者や騎士、戦闘に関わる方たちの最後の聖地、技神の塔です。全100階層の超大型ダンジョンであり、技神様へ自分の武を奉納するために作られたと言われております。あまりの難易度に近隣の国を合わせても登頂できるのは50人に満たないと言われております。我が国ですと近衛の上位陣、戦闘メイドなどになります。その中でも実際に登頂したのは半分にも満たないと言われています」


「本当に少ないのね。ミーシャなら登頂できるの?」


「可能ですが、最上層区画である80階からは謎解きと言えば良いのか迷路などになっていまして、その手前で引き返すことが殆どです。登頂者が半分に満たないのもそれが原因でして。時間をかけても良いのならまあ、なんとかと言ったところです」


「大変なのですね。それで、協力者の方はどちらに?」


「1階部分はロビーのような形でそちらにキャンプを設営しているとのことです。ティオネル様の薄幸に合わせて道具の整備を前日からすると。たぶん、向こうは気づいているのでそろそろ、

来られました」


塔の入り口から私達よりは年上だと思われる若い男性が渋い顔をしながら出てきた所だ。こちらに気づいたのか渋い顔をやめて真面目な顔になる。


「お初にお目にかかりますティオネル嬢。私はライナルト・ナール子爵。本日はご足労頂きありがとうございます」


ライナルト・ナール子爵、現代の英雄と呼ばれるドラゴンバスター。社交界からも遠ざかっていて干渉を嫌うと聞いたことがある。その子爵が協力してくれる方?疑問は置いておきましょう、まずは挨拶をしなければ。


「初めましてナール子爵、ティオネル・ヨーツンハイムと申します。この度は私のために色々と苦労をかけてしまったようで、ありがとうございます」


私の挨拶にナール子爵が微妙な顔になる。何か失敗したのかと思ったのだがミーシャが理由を耳元で囁いてくれる。貴族語で話せていないため違和感があるそうだ。


「所でナール子爵、先程渋い顔をされていましたがどうされました?」


「ショートカットに使う鋼の杭の半分が不可解なほどの摩耗が確認されました。昨日の昼に点検した時は問題なかったのですが」


ミーシャの質問に答えたナール子爵の言葉に顔を伏せる。たぶん、私の所為だ。


「まあ、鋼の杭は予備ですので大丈夫です。本命の純ミスリルの杭は十分用意してあります。そちらにも負担がかかったようですが問題ありません」


「純ミスリルの杭って、何という無駄遣い。一流の騎士が聞いたら怒鳴り込んできますよ」


「ドラゴンを狩った時に腐るほど手に入ったので」


さすがドラゴンバスター、やることが派手ですね。


「それに命をかけるものにお金をかけないで死んだら笑い者ですから」


ごめんなさい、訂正します。派手じゃなくて当然のことでした。私もミーシャのためなら、いえ、それは失礼な考えでした。ミーシャは物ではありません。あれ、では、私はミーシャの働きに何を返せばいいの?








ティオネル様が何かを考え込んでいる間にナール子爵の用意した道具を確認する。重さを感じさせないマジックバッグ、純ミスリルのそこそこ太さの杭が1000本程度、純ミスリルを糸状にしてから綱状に編んだ物が5m2巻、それから各種最上級ポーションが20本、使い捨てのダンジョンからの離脱アイテムが30個。休憩用の簡易調理器具にテーブルと椅子、そして明らかに保存食の量の多い各種食材。すごく嫌な予感しかしない。


そしてその予感はすぐに現実となった。私は背中合わせでティオネル様とミスリル綱で身体を固定し、さらに命綱としてナール子爵とミスリル綱で結ばれる。


「これより、技神の塔の70階層まで登攀します。どんな危険が待ち受けているかは予測できませんが、私が絶対に連れあげます」


ナール子爵が笑顔でそんな事を言うが、ドラゴンを狩ってこいと言われたほうが気が楽だ。そして、ナール子爵の考えは甘い。体験してみないと分からないだろうけど、私にはこの登攀ショートカットが失敗に終わる気しかしない。


技神の塔は10階層ごとにフロアボスが存在し、その奥に上層への階段と休憩場所としてテラス部分が存在する。70階層のテラスまでミスリルの杭を使って登攀するにあたり起こり得る凶運は、杭が折れる、テラスが崩れる、飛行系の魔物の大群に襲われる辺りだと思う。


ナール子爵が塔の外壁にミスリルの杭を打ち込み、足場と持ち場を次々と作って登っていく。私も覚悟を決めて杭を掴んで登り始める。途中、襲いかかってきた鳥型の魔物はナール子爵が無詠唱の初級魔法をピンポイントで撃ち込んで追い払っていた。そして何事もなく70階層にたどり着いてしまった。


「ナール子爵、絶対に何か異常が起きます」


ティオネル様と私を固定していた綱を解いて消耗を確認する。消耗が見られないことからティオネル様の凶運が溜まっていると考えたほうが良い。


「既に起こっている。10階層ごとに居るフロアボスの魔物が見当たらない」


「考えられる可能性は?」


「つい先程、誰かがフロアボスを倒した」


「ダンジョンが自己修復機能を持っているからってそんなに早くないです。ちなみにボスは何でした?」


「確か、カオスオーガとフレアトロールだったはず」


原初脳筋コンビか。確か特殊属性持ちで各種耐性が高い面倒な相手だったはず。それをほぼ抵抗なく仕留める。私には無理だ。


「他には」


「誰かが他の階層に誘導した。この場合は下の階層に誘導したことになるが、あまり意味はない」


「他には」


ここまで聞けば残されている可能性はあれしか無い。


「ダンジョンの魔物はダンジョンの魔力によって生み出される。魔力の濃度で魔物は強くなる。その魔力の濃度が一箇所に集中して強大な魔物が生み出されている」


頭が痛い。今までで一番の厄ネタだと言い切れる。最近は凶運が減ってたのに、ここで揺り戻しでも来たというのかしら。


「中止を進言します」


「却下だ。もう遅い!!」


床を、相手からすれば天井を砕いて何かが姿を現す。身体が近未来的な機械で構成されている四本腕の巨大なゴーレムの上半身がモノアイを光らせる。


「古代遺跡の中でも重要な物を守るガーディアンZZか。ゴーレム系の最終形態、レア度ではドラゴン以上の存在だ」


上半身しか見えていないのに8mほどの高さがある。武器は持っていないようだけどゴーレム、どちらかといえばロボットな見た目だから隠し持っている可能性もある。


「モノアイからの熱線だけは回避、残りはシールドで十分弾ける」


それだけ言ってナール子爵がガーディアンZZに突撃してしまった。ティオネル様は、腰を抜かしてしまったようですね。漏らしてないだけ上出来です。


「後で文句を聞いてもらいますよ!!」


ティオネル様をおんぶしてミスリル綱で縛り、戦闘態勢を整える。


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