確認



ライナルト・ナール子爵。この国でこの名を知らない者は一人も居ないだろう。歴史上ドラゴンバスターはそこそこの人数が存在する。なにせ、ドラゴン討伐に参加して少しでも傷つけた上で討伐後に生き残った者なら誰でも名乗れるからだ。そんな中、たった一人で建国300年間討伐することが叶わなかった最強のドラゴンを単独で討伐し、報酬として御免状と爵位を与えられた英雄だ。御免状により、殆ど社交界に顔を出すこともなく屋敷に引き籠っているが非難されることがない。


その後も伝説級の危険な魔物の討伐を何度か行い、資産を増やしながらも昇爵や領地は全て断り、無礼になるようなことも御免状によって非難されることも処罰が下ることもない。弟子を取ることもなく、結婚や婚約の噂も一切上がらない、使用人は昔から信用ができる数人のみ。そんな人物が目の前にいる。


「初めまして、ナール子爵様。ティオネル様の傍付き、ミーシャ・ユグノーと申します」


「初めまして、ライナルト・ナールだ。ヨーツンハイム公爵から依頼を受けてきた。話は通っているかい」


「はい、お嬢様の入学の際に子爵様が執事として付く可能性があると」


私一人では手が足りないだろうと公爵様が探してくださったのだろうが、まさか現代の英雄を本当に引っ張り出せるとは思ってもみなかった。


「その件だが、私は受けてもいいと考えている。だがその前に確認したいことがあってね。君は何度目だ」


普通なら意味が通じない言葉だっただろう。いきなり何度目だ、と聞かれても、何が、と返すのが一般的だ。それを返せなかったことで気づかれたと同時に気づいた。少なくとも目の前の人物は私と同じ3度目かそれ以上だと。そして私よりRPG部分をやりこんでいる存在だ。その存在が腰の剣に手が伸びていた。言葉を間違えれば切り捨てられるのが嫌でも分かってしまう。


「もう一度だけ聞こう。君は何度目だ」


「……3度目です。1度目は日本人、2度目は主人公のアルベル。中盤で嫌になって人生を終わらせました」


その言葉に剣に伸びていた手を降ろしてくれる。


「私も同じ3度目だ。1度目は日本人、2度目は主人公の親友の婚約者。中盤の魔族襲来のイベントのゴタゴタで嫌になって人生を終わらせた。今は、ただ生きているだけだな」


そう言って、覇気の一切が無くなって目も死んだ魚のような目になった。


「心底愛していらしたのですね」


「ああ、そうだ。彼女の、システィーナの居ない世界に未練など無かった。それでもシスティーナの遺言でカレスの花をアルベルに届ければ同類で、しかも一番に気にするのがルートだぞ。逆ハールートだったのだろうがな」


「どうして分かるのですか?」


「1度目の時、カレスの花の前で中ボスと戦っただろう?あの役に当てはめられた。そこに攻略対象全員が来て、皆殺しにした」


両方にドン引きである。継承権は低いとはいえ王族殺しを平気でやるとは。


「それで3度目のここでシスティーナが2度目で頭がお花畑だぞ。やり直せると思っていた矢先にそれだ。生きる意味を見いだせない。だから御免状を得て引き籠っている」


「心中、お察し致します。私も似たような物ですので。私には恩人であるティオネル様がいましたから」


「ああ、ありがとう。仕事の話に戻る前にもう一つ、原因は何だと思う」


「世界の修正力に類する何か、そう考えています。役目を終えた悪役令嬢は舞台から降ろされるのが運命ですから」


ちなみにゲーム上では賊に拉致られる、事故死、国外追放、隣国の醜い公爵の後妻で退場することになる。後者2つは問題ない。今のティオネル様がやらかす可能性は無い。やらかしそうなら殴ってでも止めるし、いざとなれば私が拉致って国外に逃走する。前者もヨーツンハイム家の補助もあれば頑張れる。


学院ではヨーツンハイム家の補助を十全に受けることが出来ない。賊に関しては内部の手引きがあれば実は楽なので油断も出来ない。棚や大型の照明器具も多く、危険な薬品などもある。私一人では限界がある。


だけど、この方を信頼して良いのかが分からない。能力的には是非とも協力して欲しい。無論、執事の教習を受けてからだが。それでもいざという時に手のひらを返されないか、それが分からない。


「今回の護衛の依頼を受けた目的をお聞きしても?」


「今の私には生きる意味を持たない。だが、私達の所為で誰かが理不尽を受けるのならそれを正す必要はあると考えている」


なるほど、この方は私とは逆の考えをお持ちのようだ。ようは原作をあまり壊しすぎるなと言っている。私としてはティオネル様を殺そうとする原作など滅ぼしてやりたい所だが、私達は出会ってしまった。おかしな動きをすれば襲撃されると思ったほうが良い。ならば、原作でティオネル様が姿を見せなくなる私達の運命の日である魔族襲来のイベント、それを乗り越えれば継続的に協力してくれると考えても良いはずだ。となると、この3年が踏ん張りどころだろう。


「現実を見れている相手は好ましい。見た所、ビルドに失敗しているようだがそちらも協力しよう。ステータス・スクロールとスキル・スクロールは大量に持っているからな」


目は口ほどに語るとはよく言った物だ。視線だけで当初の目的を変更したことに気づかれた。それにビルドの再構築を手伝ってもらえるのは有り難い。実家やメイドの立場では、正確に言えば給金的に自分の能力を閲覧することが出来るステータス・スクロールとスキルの任意習得と保有スキルを閲覧することが出来るスキル・スクロールを購入するのは難しい所があったのだ。


「ついでにティオネル嬢も鍛えるぞ」


その言葉に渋い顔をしてしまった。何かあると言ってしまったも同然だ。


「何があるんだ」


「ティオネル様ですが、幼い頃から命の危険に晒されていることで大変弱気になっておいでです。信頼できるものが添い寝をしないと熟睡も出来ないような、過保護な状況でしか生きられないような繊細な御心の持ち主です」


信じられないのか、それとも想像できないのか首をかしげるナール子爵に私が仕えるようになってからの幾つかのエピソードを説明しても理解は得られなかった。まあ、その気持はよく分かる。私も巻き込まれたからこそ分かるだけだ。


「つまり、小動物系の臆病な令嬢で良いのか?」


「それで間違いないかと。その、体格なんかも本当に小さくなられていますし、貴族語も話すのが苦手でして」


「……全くの別人として考えたほうが良いのか?」


「えっと、見た目が似ている家族に甘えたがる妹と想定していただければ」


この説明でなんとか理解は得られたようだ。


「その、一応は分かった。だが、本人がレジスト・エレメンタル、シールド、ヒール、キュアポイズンが使えるだけで護衛する身としても楽なのだが」


「ヒールとキュアポイズンは魔導書を取り寄せましたので問題ありません」


「シールドは手に入らなかったか。まあ、魔導書は数が少ないし、練習すれば普通に手に入るシールドの魔導書となるとさらに数が少なそうだな。レジスト・エレメンタルは複合魔法だから魔導書も存在しない。せめてレジスト・ウィンドだけでもどうにかならない、いや、待て。ヒールを何回使えるんだ」


「……その、3回です」


ナール子爵が頭を抱える。それも当然だ。一番魔力消費量が少ない魔法がヒールなのだから。ちなみに原作だと主人公はレベル1でも8回のヒールが使える。


「……養殖するしかない。一日だけ我慢してもらって養殖地に連れて行く。これは私が依頼を受ける条件だ」


私もティオネル様を養殖でもいいから鍛えるのは賛成である。だけど、レベル1に近いティオネル様が一日で行けて養殖できる場所なんてあったかしら。私より知識が多いみたいだし、おまかせしよう。


「ちなみにどちらに向かわれるんですか?」


「技神の塔の68層。ゴーレムパーティーだ」


技神の塔って最後の稼ぎ場なんだけど、そこにレベル1のティオネル様をお連れするなんて


「ティオネル様に死ねとおっしゃるのですか!?」


確か25層ぐらいからフィールドエフェクトによる常時ダメージがあったはずだ。ティオネル様が保つわけがない。


「安心しろ。ショートカットがある。この後ステータス・スクロールで確認するが、筋力値とスタミナさえ足りれば問題ない。ティオネル嬢を背負いながらの移動になると思うが大丈夫だろう」


嫌な予感がしてきたが、諦めた方が良いだろう。むしろティオネル様の説得の方をどうしよう。



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