変わった依頼


引き籠もりとはいえ強大な魔物の討伐依頼が国から来る以上、体を鈍らせないように訓練をするのは当たり前のことである。ゲームのようにレベルが存在する世界だが、サボるとそこまで力が出せない。


日課を終えれば後は自由に過ごす。とは言っても基本はソファーに転がって神話系の本を読むだけだ。暇をつぶすのはこれぐらいだ。オペラは悲劇な終わりばかりで楽しめない。現実が悲劇そのものなのにそれ以上の悲劇を感じて何が楽しいというのか。酒は感覚が鈍る。美食という名の珍味は勘弁して欲しい。女は全て罠と見たほうが良い。だから本を読むしかない。そしてその本も学術書は出鱈目ばかり。冒険譚と言う名の自伝も事実は半分ほどの自慢ばかり。聖書は世俗に染まった物で、歴史書も同じだ。残ったのが神話系の本のみだ。


そもそも本の種類は1度目と比べると母数が少ない。好みに合う本が少ない要因の1つだ。あとは、知識層が少ないのと、一冊の値段が高いのもあるだろう。その数少ない娯楽もそろそろ尽きそうだ。全てを読み終わればどうやって暇をつぶそうか悩む。こうやって悩むのも暇つぶしになるか。


そんな事を考えているとノックが聞こえる。ふむ、珍しい。気配から家令のリチャードだろうが、彼には多くの権限を与えている。雑事の全てを任せる以上、朝にその日の仕事の確認以外で私の元に来ることはない。それなのに私の元に来ると言うことは緊急を要するか、判断に困った事が起きたのだろう。


「入れ」


ソファーに寝転がったまま許可を出すと同時に盆を持ったリチャードが部屋に入ってくる。


「御寛ぎ中失礼します、ご主人様。少し判断に困る手紙が送られてきています」


「内容は」


「仕事の依頼になるのですが、長期間の護衛任務になります。送り主はヨーツンハイム公爵になります」


「ヨーツンハイム公爵が?」


どういうことだ?どちらかといえば敵対派閥のトップが護衛の依頼だと?それにヨーツンハイムはある意味で重要な家だ。なにせ、この世界で役割を持つ人物の家だからだ。


「詳しい内容は手紙に」


ソファーから起き上がり、リチャードが持つ盆に乗せられた手紙を受け取る。封蝋は確かにヨーツンハイム公爵の物だ。念のためにキュアポイズンの魔法を手紙にかける。暗殺の可能性も無いとは言い切れないからな。反応が無かったので毒は仕込まれていないようだ。手紙を広げて中身を確認して眉を顰める。


ヨーツンハイム公爵家にはとある役割を持った娘が居る。俗に言う悪役令嬢なのだが、その娘が恐ろしく運が悪いそうだ。出かければ大規模な賊や居るはずのない高レベルの魔物に襲われ、屋敷に籠もっていれば暗殺者にターゲットと間違えられて狙われ、参加が必須のパーティーに出ればシャンデリアが落ちてくるなど、彼女の命に関わる方面でだけ極端に運が悪いのだそうだ。まるで世界が殺しにかかってきているかのように。


現在はヨーツンハイム公爵家に仕える一族の中の変わり者で有名な令嬢が戦闘メイドとして傍に付いているのだが、半年後には王立学習院に入学しなければならない。貴族は必ず入学する必要があり、在学中は執事とメイドは各1名ずつしか連れて行くことが出来ない。


現在、傍付きはその変わり者のメイドしかおらず、他の使用人が先行して準備を整えたりしていたのだが学園ではそれが出来ない。なのである程度信頼でき、十分以上の社会的信用があり、どんな状況でも適応できる戦闘力があり、ある程度アドリブが効く人材を探したところ、私が、というか、私しか残らなかった。陛下からの許可はまだ取っていないが、依頼を受けてくれるのならどんな手段を使ってでも許可を取り、出来る限りの報酬を用意すると手紙には書かれていた。


「どう思う、リチャード」


判断材料が少なく、リチャードに追加の情報を求める。


「ヨーツンハイム公爵は一人娘であるティオネル様を溺愛しているのは周知の事実でございます。その娘の護衛に我が国の最高戦力であるご主人様を招聘したがっているのは、あり得る話です。また、ティオネル様が大変運の悪いお方だと言うのも事実でございます。なにせ、婚約披露パーティーにおいてシャンデリアに押しつぶされかけたのですから」


「そうなると、手紙の内容は全て事実となるか。陛下から許可が降りると思うか?」


「おそらくですが降りるでしょう。ご主人様は莫大な資産を持ちながら社交界に滅多に顔をお出しになりませんから。縁を結びたい他の家からも援護があると思われます」


ちっ、態々引き籠もるために免状を頂いたというのに。だが、悪役令嬢であるティオネルの不運が気になる。もしかすれば原因は私の可能性があるからな。3年前のあの事件の、彼女を殺したことによる揺り返し、世界の修正力のような物によって殺されそうになっているのかもしれない。とりあえず、もう少し詳しい話を聞いてみよう。


「ヨーツンハイム公爵に返事の手紙を用意する。依頼を受けるかは直接お会いして確認する」


「かしこまりました。馬車とルートを選定しておきます」


私の言いたいことを理解して、目立たない馬車の調達と裏口に回れるルートを選定するためにリチャードが退室する。


「さて、この戦闘メイドは一体何処の誰なのやら」


ゲームではティオネルの傍付きのメイドは戦闘ができない。さらに言えば戦闘メイドと戦闘ができるメイドでは意味が全く異なる。ミリアルラ王国では戦闘メイドとは騎士連隊の中隊長クラスの戦闘力を持つメイドだけが名乗ることを許される。簡単に言えば軍の主力部隊と同じ戦闘力を有するのだ。ゲームでもスポット参戦で仲間になる中隊長がトップクラスの戦闘力を持っていたし、2度目で副連隊長まで上り詰めた経験から間違いない。


そんな戦闘力を持っているならば軍に入隊した方が良い生活が送れる。それが余計に戦闘メイドの数を減らしている。確か2度目だと、この時期なら7名だけだったかな?全員が城に勤めていたはずだ。城勤めの戦闘メイドが公爵家に移籍するのは考えづらい。となると、8人目となるのだが、それに加えてもう一つの可能性を考える。


そのメイドは同類なのか。同類ならば何度目なのか。そして目的は何か。確かめなければならない。


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