この醜い物語に災厄あれ

私が好きだった乙女ゲームの世界に転生して16年。気づいた時は深く絶望した。乙女ゲームとは名ばかりのバリバリ高難度RPGの世界だからだ。兄にRPG部分は全部投げつけ、2周目からの引き継ぎデータで遊んだくらいだ。一応、序盤と中盤の稼ぎ場と成長しきった後のセオリー戦術、アイテム量産の仕方ぐらいは兄に教えられている。


だが、一番の絶望は私が主人公だという点だろう。このゲーム中、一番危険な立ち位置に存在し、兄が育成に失敗したと何度もレベルリセットを行って最適解を導き出すのに苦労していた。ちなみに最適解はグラップラーシスター。MPは全て強化魔法と持続回復魔法に回して殴りかかる。飛行モンスターは指弾で潰すという姿は、本当に乙女ゲームの主人公なのかと疑ってしまう。


それでも兄はこれ以外だと攻略キャラに合わせて調整し直す必要があると言うので、大人しく言うことを聞いておいた。攻略キャラよりもダメージを稼いで、敵の攻撃でパーティーが半壊するような状況でもピンピンしていて、聖女のはずなのにルビに勇者と書かれているような存在だった。


そしてその完成形を目指そうとして最初の一歩で盛大に躓いた。生き物が砕ける感触に心を折られた。暫くの間、魘されることになる。諦めて使い勝手の良い火魔法を覚え、低火力故に生きたまま焼かれて悶え苦しむ様を見せつけられ、他の属性で斬殺、溺死、轢死、感電死等などトラウマを量産していった。


気づけば全属性の低級魔法と回復と補助のエキスパートになってしまっていた。一番最悪なパターンだ。物語の殆どを占める学園の実技は攻撃力の高さが評価される。回復魔法は教会の方でしか評価されない。なぜなら普通は1つか2つの属性しか得ることが出来ないから棲み分けがされるのだ。


普通に考えれば教会に行くのが正しいように思えるけど、問題は一番近い教会がエロ教祖とエロ神父の巣窟だということだ。地下で奴隷売買とか普通に行われている。宰相の息子ルートだとそこを暴く話に発展するので学園に行くしかない。落ちこぼれ扱いされるだろうが、それでも頑張るしかない。


そして見事に落ちこぼれとなった。攻略対象とのフラグも見事に全て必須条件を満たせなかったが、そこはどうでもいい。あんな波乱万丈に暮らしたくない。面倒のほうが多いと思うのはリアルと2次の差なのだろう。あと、戦争の前線に立ちたくない。


そんな調子で色々ゲームとは乖離してしまったけど、変わらないものもある。主人公の友人となり、それとなく好感度を教えてくれるキャラクターだ。ルートが確定する中盤以降は登場しない。見た目もモブに近い。人気もそこまでない。というか、出番が少ないから仕方ない。だけど、実際に会ってみて出来た娘だと思った。


争いごとは嫌いだけど、否定はしない。基本は優しいけれど、間違っていることには全力で怒る。喜怒哀楽をはっきりと体全身で表し、それでいて煩わしいと思わせない。誰にでも公平で公正であった。何より感性が日本人に近かったのが私達をすぐに仲良くさせた。


ちなみに主人公は平民の生まれだが、光属性が使えるということで準女男爵として扱われる。そのため原作では悪役令嬢に絡まれるのだが、特に攻略対象と話すこともないため仲が悪いということはない。それどころか身分相応の振る舞い方を貴族語で教えてくれる得難い存在なのだ。高圧的な話し方は身分差によってそうなっているだけで、ちゃんと翻訳すれば優しい方なのだ。ちなみに男と女で貴族語は微妙にニュアンスが異なるみたいで若い頃は勘違いが発生するのだ。


その勘違いから困っていた悪役令嬢の派閥に所属する娘の代理人として決闘に出て、補助魔法をかけまくった状態で石畳の舞台を叩き割り、投石で叩きのめし、畳返しで防御したりして、連隊長をぼこぼこにして勝利を収めた。それからは派閥に入っているわけではないが客人待遇でお茶会などに誘われる程度に仲良くなれた。


そんな風に楽しく過ごしていた。中盤に罹る魔族の呪いの特効薬は確保してあるし問題ない。そう思っていた。魔族の襲撃で親友が重症を負うまでは。私を庇い、呪いの大半を受けた彼女が治療を拒むのを強引にねじ伏せ、悪役令嬢の派閥に手の空いている戦える人材を少数だが借りて、原作でルート確定者が取りに行くダンジョンに潜る。


呪いで削られる体力を回復魔法と補助魔法のゴリ押しで誤魔化し、魔力切れには魔力回復薬を湯水のように使って最深部まで潜る。休憩すると呪いの進行で余計に体力を消耗するので疲労も回復魔法で誤魔化すというタイムアタックじみた行為で、3日目にたどり着いた。その場で解呪して、残っている3本も回収して戻る。


ダンジョンの入口に悪役令嬢が居た。その手には親友がいつも付けていたイヤリングが乗っていた。彼女は不義の子で、家の次期当主やその予備が亡くなったのに彼女だけが生きていることに怒った当主が八つ当たりで殺したのだと言う。


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。だが、渡されたイヤリングに付着している血の跡から、少なくとも襲われたということは理解させられた。既に埋葬されてしまったというので霊園に案内してもらう。嫌がらせなのか、霊園の端に適当に用意した小さな墓石が置かれているだけのお墓に、持ち帰った解呪に必要な花を供える。これは餌だ。


思っていたとおり、供えた花を奪いに来た醜い蛙共を拳で殴りぬく。生き物が砕ける感触は気持ち悪い。気持ち悪いけど、目の前にいる醜い蛙共が生きている方が耐えられない。あたり一面が血の海になった所で悪役令嬢が探索に付いてきてくれた騎士たちを連れて現れる。私が仕留めた周りの肉塊の中に第1連隊長や近衛兵が混ざっていたらしい。おかげで私に討伐令が出ているそうだ。あとは、この花の回収も裏で出ているのだろう。王家が盗人とは呆れて物も言えない。


それでも悪役令嬢には色々とお世話になった。だからこれはその御礼だ。3本のうち、1本を私の髪に、1本はお墓に残し、最後の1本を悪役令嬢に渡すと同時に強化魔法を悪役令嬢にかける。そして、悪役令嬢がレイピアを握っている腕をとって、私の心臓を貫かせる。悪役令嬢は一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに私の望みを察して彼女が使える一番強力な炎属性の魔法を放ってくれた。同時に自分に弱体魔法をかける。思惑通り花ごと私の体が焼ける。これで凶悪犯を討伐した功績と治療に必要な花を入手した功績が彼女に与えられる。これで多少の恩が返せたと思いたい。






そして始まる3度目、環境が異なり、今度は騎士爵の娘だ。親友や悪役令嬢が3度目ではどうなるかわからない。せめて中盤のあの魔族の襲撃を乗り越えさせたい。生き物を殴り砕く感覚には慣れたけど、魔法の才能が減ったために下位互換のようになった。それでも十分な強さを得ることは出来た。礼儀作法も悪役令嬢に教えられていた分でカバーすることも出来た。


そして親友を見てがっかりした。たぶん、2度目なのだろう。周りに攻略対象の何人かを侍らせ、貴族としてありえない立ち振舞いで欲に眩んだ瞳。私の親友は死んでいた。


その日のパーティーでは悪役令嬢に会うことは出来なかったが、噂という名の陰口によると、世界に呪われるかのように不運なのだそうだ。暗殺者に狙われたり、山賊に襲われたり、物がよく倒れてきたりと命の危機に晒されることが多いそうだ。だから屋敷から出ることが珍しいとまで言われている。


なんとなくだが運命が働いているとでも言えば良いのだろうか。役目の終えた悪役令嬢は舞台から物理的に排除される。本当に最低な世界だ。唯一、運が良いと言えるのは私の家が、下位ではあるが彼女の家に仕える一族だということだろうか。行儀見習として傍に仕えることも可能だろう。


2度目の恩は返せるだけ返したが、きっと足りていないはずだ。だから、その恩を返しに行こう。物語が彼女を殺そうとするのなら徹底的に物語を壊してやろう。それがきっと3度目の意味だ。


この醜い物語に災厄あれ

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