この碌でもない世界に禍いあれ

ユキアン

この碌でもない世界に禍いあれ


妹が好きだった乙女ゲーの世界に転生して早20年。気づいた時には軽く絶望した。乙女ゲーとは名ばかりのバリバリ高難度RPGの世界だからだ。妹にRPG部分は全部投げつけられたが、普通にシステム面などが優秀で遊びごたえがあったので研究や検証を重ね攻略サイトの構築に協力もしたほどだ。


その知識はゲームとリアルの違いで誤差は生じた物の稼ぎ場や失われた高位魔法などの習得などは可能だった。これで中盤に発生する魔族の王都襲撃でも問題なく生き残ることが出来る。このイベントで主人公が呪詛に罹り、呪詛を解くために必要な薬草をルート確定者が取りに向かうのだ。


このイベント以外で王都が危険に陥ることはない。何せ最終決戦で敗北しても最終的に異世界召喚で勇者を呼び出して魔王を殺すENDが発生するぐらいだから。まさかあそこでコマンドを間違えるとは。蘇生アイテムと回復アイテムを間違えて負けてそんなエンディングを見た。


そして私は侯爵家の三男、予備ですらないので気楽にやらせてもらっている。王宮勤の騎士で第1連隊副連隊長だ。連隊長には伯爵以上の嫡男か銀鷲獅子勲章持ちでなければならない。ちなみに鷲獅子勲章は殿を受け持った上で被害をほぼ出さずに達成しなければならない。銅は軍の全滅判定、つまりは士官の2割の戦死状態、銀でガチの半壊、金はむしろ逆激をかけて戦況をひっくり返す必要がある。


そんな勲章を持っているのはガチの英雄だけというか、銅鷲獅子ですらこの20年間で授与された者はいない。つまり、私の身分的には頂点まで上り詰めたことになる。上司は名前だけで仕事は全部回されるが、逆に言えば好き勝手に出来るということだ。書類を整えて判子をくださいと言って判子を押してもらえば予算から人事まで第1連隊を好きに出来る。この2年でゴミの排除とリサイクルは完了した。日本とは比べ物にならない位の環境で働けるって良い。高収入だし、制服姿で街に出れば憧れの目で見られるし、可愛い婚約者まで居る。


乙女ゲーの主人公の友人となり、それとなく好感度を教えてくれるキャラクターだ。ルートが確定する中盤以降は登場しない。見た目もモブに近い。人気もそこまでない。というか、出番が少ないから仕方ない。だが、実際に会って話せば、これほど合う女性は他に居ないと確信した。副連隊長の地位に着いているのも彼女と婚約するためだったりする。卒業後に私が婿入して分家を作ることになる。早くストーリーを終わらせて新婚生活を送りたい。そう余裕ぶっていた。


その婚約者が呪詛に罹った。悪魔の襲撃は夏祭りの時だ。そんな時に数少ない友人の婚約者が傍に居ないわけがない。そして集団で呪詛に罹ったと説明されていたはずだ。王都の悪魔の殲滅と後始末に時間がかかり、初動が遅れた。市場にある分の薬草は全て王族と高位貴族に使われた。残っていると思われる場所は一箇所しかない。部下に後を任せて王都に存在するダンジョンの50階を目指す。


たどり着いた目的地にそれはあった。知識と同じように一輪だけ咲く白い花。それを摘もうとした所で人の気配を感じる。継承権の低い王子、近衛騎士団長の魔術師としての才能に溢れる末子、宰相の正義感が強すぎる長子、第1連隊でも世話になっている商会長の商人としての才能がない長子、オレと似たような地位を目指す平民の5人。攻略対象達が勢揃いしていた。


逆ハールートですら王子が一人で取りに来るのに、何故か全員がいる。まあ、どうでもいい。邪魔をするなら切り捨てるだけだ。それを寄越せと叫びながら切りかかってきた王子の首を刎ねる。詠唱を始める近衛騎士団長の末子には無詠唱のマッチ程度の火を眼球に発生させて怯ませる。死ぬことはないと高をくくっていて動けないでいる宰相の息子の心臓に剣を突き立て、銃をこちらに向ける商会長の息子にナイフを銃口に投げつけて暴発させる。槍を振り回して初速をつけようとしている平民には一足で懐に飛び込み腕を捻り上げて背後に周り首を360度回転させる。痛みに蹲る近衛騎士団長の末子と商会長の息子の首を宰相の息子から引き抜いた剣で刎ねる。最後に魔物を呼び寄せる匂い袋をありったけばら撒く。この階層には炎属性の魔物が多い。跡形も残さず処分してくれるだろう。これで証拠も残らない。


急いで婚約者の彼女の下に戻り、呪詛を払おうとした。だけど彼女はそれを拒んだ。自分より親友に使ってあげて欲しいと、自分は私に救われるべきではないと。自分は不義の子で侯爵家に瑕を着けるためだけに婚約させられたのだと。そんなことは関係ないと訴えても、彼女は治療を拒み、自分のことは忘れて幸せになってほしいとだけ告げて静かに息を引き取った。


彼女の望みを叶えるために重い足取りで主人公が療養している王城の離れに向かう。副連隊長の私は顔パスで参内することが出来、継承権の低い王子の私兵に花を見せ、彼女のことを出汁にして無理を言って部屋に通してもらう。通された部屋にはそれほど侵食されていない主人公が寝かされていた。


ああ、そうだよな。ゲームでは確かに10日の猶予があった。襲撃から3日しか経っていないのなら余裕だよな。別ルートでの入手も余裕だろうと怒りが湧きそうになるのを抑える。治療を施し、説明は護衛の私兵に任せてそのまま去ろうとしたが主人公の呟いた言葉に足が止まる。


余計なことをして。これじゃあルートがわからないじゃない。


瞬間、私兵ごと纏めて愛剣を抜刀して切り捨てる。レベルが高いのか主人公はまだ生きているが時間の問題だ。だが、私の怒りは収まらない。素手で手足を引きちぎり、バラバラに解体する。悲鳴を聞きつけて城内の騎士たちが向かってきているのが分かるが、もうどうでもいい。彼女の居ない世界に未練はない。私が使える最大の炎系の魔法を足元に撃ち込み、全てを燃やす。







そして始まる三度目。二度目と変わらない環境でのスタートに私は歓喜した。スタートダッシュでレベルを上げ、装備を整え、人脈を広げ、彼女に初めて出会った時よりも全ての力が二度目を上回った。


そして彼女は全てを下回った。周りに攻略対象の何人かを侍らせ、貴族としてありえない立ち振舞いで欲に眩んだ瞳。私が知る彼女は居ない。これがバツだとでも言うのだろうか。穢される彼女を見続けろと。


気づけば帰り道の彼女の家の馬車を襲い、証拠の一切を残さず処分していた。彼女を殺した感触はなんとも言えないものだった。同時に私は生きる熱を失ってしまった。建国以来専有されていた鉱山に巣食うドラゴンを狩り、その後は燃え尽き症候群に見せかけてダラダラと生きる。たまに王家からの依頼で護衛についたり、鉱山と同じように危険な魔物を殺す程度で後は引き籠もりに近い生活を過ごす。


家から独立して爵位をもらっていたが、誰かに継がせることもなく王家に返上する予定で社交界にも顔を出さない。ただ心にあるのは1つだけ


この碌でもない世界に禍いあれ

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