第7話 問い詰めた先に

 茉優花まゆかに復讐しようと思ったのに、僕はやっぱりそんな事は出来ないと思った。


 朝まで寝られずに茉優花まゆかの顔を眺めていたら、今までの二人の事が、大切にして来た思い出すら馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 僕には茉優花を繋ぎ止める魅力が足りなかっただけだ。



 僕は別れを決意した。



 お金はいらない。

 ただ、何に使ったかぐらいは知りたい。

 僕が二人の将来のためにと一生懸命頑張って働いたお金だからだ。


 茉優花と離れるなんて、イヤだった。

 だけど愛されてもいないのにすがりついているなんて、みっともなくて。


 お金だけで繋がっている気がして、僕だけが茉優花を好きでいるのがひどく滑稽な気がした。






 雨はすっかり止んで、朝日がカーテンの隙間から僕の部屋にも光の粒子が束になって線を注ぐ。


「おはよう」

「おはよう。どうしたの? 怖い顔して」


 ようやく七時を過ぎたあたりで、もう一時間ほど眠れたが寝不足は明らかだ。

 頭のこめかみあたりがズキンズキンと痛みを放ちながら脈打つ。

 ずしりと体も心も重かった。


 こんな酷いことを茉優花がしてるなんて事実じゃないかも。

 ほとんど無さそうな可能性を心に浮かべながら、僕は唐突に切り出した。


「僕のお金、誰に渡してる?」

「……ああ。バレちゃったか」


 茉優花がしれっとした顔をして、舌を出しておどけた。


「私たちのために投資してるだけ。ちゃんと返すわよ。倍になるから安心して」


 これが僕の好きだった茉優花なのか?

 天使みたいに純真無垢で綺麗な心を持っていると思っていた。


 僕の初めての恋の相手。

 気持ちが通じ合った時の高揚感を今でも忘れない。


 茉優花は“素敵な彼女”だったはずだ。


「健ちゃん……なによぉ? 私の話を疑ってるの?」

「じゃあ、解約して来て」


 茉優花は眉根を寄せて、困ったように笑った。

 憎い気持ちは無くなった。

 僕が茉優花を困らせてしまっていることに胸が痛む。


「要らないよ。お金は君にあげる。僕の前から消えてくれ」

「……分かった」

「さよならだ。茉優花」


 そう茉優花に告げるだけで、僕は精一杯だった。

 僕に初めて人を愛する喜びをくれた人。別れ方はこんなんだけど、僕を好きでいてくれた時間もあったでしょう?


 凍りつきそうな部屋の雰囲気に耐えかねてか、茉優花は着替えをして荷物を手早くまとめた。


 僕は無言で茉優花を見ないように、カーテンを勢いよく開けて外の景色を見ていた。



「健ちゃんのこと、好きだった。でも私は健ちゃんのお母さんじゃない」

「えっ?」

「女に理想を求め過ぎだよ」


 痛烈な茉優花の言葉を受けて、僕の呼吸が荒くなる。


「ごめん、言えた義理なかったね。お金は少しずつ返すよ」

「要らない。もう茉優花、君とどんな物でだって繋がっていたくないんだ」


 僕が茉優花に断言すると、茉優花は涙を流して嗚咽を上げた。

 泣きたいのはこっちだよ。


 大好きな彼女は二股してて、おまけにお金まであげてしまった。


「私、健ちゃんを傷つけるつもりなんてなかったのに。ひどい女になっちゃった」

 茉優花が変わるのに僕がついていけなかったんだ。


「早く出てけよ」


 違う。ホントは出て行って欲しくない。


「さよなら」


 茉優花が扉を開いて出て行く。


 僕は振り返らない。

 背中に茉優花の視線を感じる。


 扉の閉まる重い音が僕の心に反響していた。





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