12

 ◇

「く、黒川君……。黒川君……!」

腰を抜かし、その場にへたり込んだソフィアは焦点の定まっていない目で雫に助けを求めた。ソフィアの着ている塔音学園のオシャレな制服はテトラの返り血で赤く染め上げられていた。よく見るとソフィアの顔にも血と何か肉片のようなものが飛び散っていた。

「て、て、テトラさんが……。テトラさんがぁ……」

たまらず、ソフィアは泣き出してしまった。

騙した騙されたのなんだとやっても、仲良くなった相手がむごたらしく息絶えてしまった現実を、ソフィアは受け止められなかった。

「うぅ……。おえぇぇ……」

頭の処理が追い付かなかったからか、それともふと見たテトラの死体のグロテスクさにやられたのか、ソフィアはその場に嘔吐してしまった。

「あーあー。……まあ初めてこんなグロいの見たら誰だってそうなるか」

そんな中、雫は一人、涼しい表情をしていた。ソフィアの近くまで歩み寄ると、背中をさする。

「ソフィアさん、大丈夫? 匂いもあれだし、ちょっと離れた方がいいよ」

「!?」

口元を抑えながらも、ソフィアは信じられないものを見たような目つきで雫を見た。

「な、なんでそんなに落ち着いていられるんですか!?」

「いやぁ、なんでって……。まあ、オレ自身も頭パッカーンされたり、胴体真っ二つにされたりしてるからなぁ。さすがに見慣れたよ」

「そうじゃなくて!! 人が死んじゃったんですよ!? 黒川君とも仲良さそうだったし、友達が────」

「いや、死んでないからソイツ」

「……へ?」

ソフィアは話している途中で、雫から思いがけない言葉で遮られた。目を真ん丸に見開き、その言葉の意味を理解するまでのあいだ、まばたきをパチクリと繰り返した。

「……え、いや、だって……。どう見ても生きているようには……」

ソフィアはもう一度テトラの身体を見る。首から上が無いのかと思うほど頭部は爆散しており、とても生きているというには無理があった。

「ほら。今のうちにとっとと帰るよソフィアさん。服も顔も汚れちゃってるじゃん」

雫は呆然としているソフィアの腕を引き上げ、無理やり立たせた。

「えっ、いや……でも……」

どうしたらいいのかわかっていなさそうにオドオドするソフィア。不安げな表情で雫とテトラを交互に見ている。

「とりあえずソフィアさん。こっちに来て。ここだと『転神力』小さすぎて異世界渡航機広げられないから」

「えっ、えっ、あぅ……」

雫に引っ張られる形で歩かされるソフィア。

と、雫と一緒に数メートル歩いた場所で。

シュウゥゥゥゥゥ

「……?」

背後からまるで水蒸気が噴き出すような音が聞こえ、思わずソフィアは振り返る。

「……えっ」

その謎の音は倒れているテトラの身体────主に頭部から鳴っているようであった。

そしてそのテトラの頭部は白い光のベールに包まれていた。

「な、なんですか、あれ……?」

「ッチ……。さすがに早いな」

雫はそれだけ言うと少し早足になり、さらに数メートルその場を離れた。そしてある場所で立ち止まると、制服のポケットからケインの持っていたものと同じ異世界渡航機を取り出した。

「えーっと、元の世界の座標は……っと」

ソフィアから手を離した雫は、地面にしゃがみ込むと異世界渡航機を弄り始める。

「……」

そんな雫の隣でソフィアが固唾を飲んでテトラの様子を見ていた。相変わらず「シュウゥゥゥ」という音と光のベールは出ていた。

────そしていきなり

「────ッッツ!!?」「キャァ!?」

テトラの上半身が勢いよく起き上がった。距離が離れているにもかかわらず、ソフィアは驚いて仰け反る。

「ハァハァ……ハァハァ……」

上半身を起こしたテトラは苦しそうに『顔』に手を当てている。

「あ、あれ?」

ソフィアが不思議がるのも無理はなかった。

目の前で爆散したはずのテトラの頭部はキレイに元通りになっていたからである。跡形もなかったはずの顔には傷一つ付いていない。

「ハァ……ハァ……。こ、ここは……?」

不規則な呼吸をしながら、苦しそうな表情でテトラが呟く。

「よぉ。なんかいつもと違ってやけに苦しそうじゃないか。体力でも落ちたか?」

「……」

テトラの方を振り返りもせずに異世界渡航機を操作しながら雫はそう言った。テトラは苦しそうな表情で雫を無言で見つめている。

「なんで、お前……。いや……これは……」

ふらつきながら立ち上がったテトラはブツブツと何かを呟いていた。

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