17

 ◇

「ソフィアさん、落ち着いた?」

「は、はい……。なんとか……」

ソフィアはテーブルに置かれたコップから二杯目の麦茶を一口飲んだ。いろいろあり過ぎて喉が渇いている。

「いや~、ゴメンゴメン。あんなにビックリするとは思わなくてさ。まあ、さっきも言ったけど、今回の罰だと思って許してね」

「あ、あれでビックリしない人はいないと思うんですけど……」

ソフィアはさっきの惨状を思い出し、身震いする。トラウマになりそうだった。

「あの~、ところで聞きたいことはたくさんあるんですけど、とりあえず……」

そう言ってソフィアは自分が座っている場所の対角線のソファーを恐る恐る見た。

「すいません、どちら様でしょうか……?」

そこには先ほどまでいなかった一人の女性が座っていた。

「フム。この場合、この家に入ってきた君に対して私がその質問をするのが妥当だと思うのだが」

「……えっ? この家って黒川君のじゃないんですか?」

「この家は間違いなく雫の家だ。まあ私は居候しているだけなんだがな」

「そ、そうなんですか……?」

再びソフィアが混乱してきている。ふと気が付いたら見知らぬ女性が部屋の中にいた。それだけでも今のソフィアには新しい不思議のタネである。

見知らぬ女性はスッと立ち上がると、ソフィアの前にやって来て手を差し出す。

「私はマーベル・アナキズム。よろしく、ソフィア・ヴェジネ」

「あっ、よろしくお願いします」

ソフィアは差し出された手を握り返して握手をする。

マーベルと名乗った女性。スラッとした高身長にクールな瞳をしており、長い黒髪を後ろでアンダーポニーテールにしている。

「そいつ、精霊だぜ」

「へぇっ!?」

ボソッと呟いたカービーの言葉に、ソフィアが妙な声をあげて反応する。

「せ、せ、セイレイなんですか……?」

セイレイの事についてはまだ全然わかっていないソフィア。しかし、先ほど、雫を殺そうとやって来たモノと同じだということは瞬時に理解した。そして怯える。思わず握っている手に力がこもる。

「ああ、そうだが。……雫の命は狙ってないよ」

「そ、そうですか……」

確かに。よく考えればここにいるのに雫を含めた男子たちはまったく動揺していない。そもそも先ほど同居人と言っていたではないか。度重なる混乱でソフィアの思考能力が低下しているようだった。

「えーっと、それでなんでこの方はここに?」

すると雫が立ち上がって両手を腰に当てた。

「これからソフィアさんにいろいろと説明していこうと思ってね。それでマーベルにも説明に参加してもらおうかと思ってさ」

「そういうことだ。さあ、先ずは何について聞きたい?」

元の席に座りなおしたマーベルはソフィアの方を向いた。

「も、もはや何について聞いたらいいのかさっぱりで……」

ソフィアが困ったような顔をする。

「フム。まあ無理もない。君にとってはこの二日間で色々あったのだろう」

「はい……。あれ? そう言えばなんでさっき私の名前を知ってたんですか?」

「君たちニンゲンの情報を集めることはわけないよ。いくらでも集められるさ。君のスリーサイズから身長、体重までね」

「それは個人的に興味あるねぇ!」

ケインがグイグイと食いついてきた。

「や、止めてくださいよ! 恥ずかしいですから!」

ソフィアが顔を真っ赤にして手をバタバタと振る。

「そうか。ではまず君が知りたがっている事の大元、精霊というものから説明しようか」

「セイレイですか……。一応、須藤君たちから説明は受けましたが」

「あれは時間が無くて不十分だったからね。もう一度ちゃんと説明してもらったほうがいいよ」

勝平がスマホをいじりながら言った。すっかりくつろぎムードになっている。

「精霊……。つまり私のことだが、君たちニンゲンとは違う生物だと考えてくれ」

「あ、はい。確か別の世界に住んでる人間みたいなものだって聞きましたけど……」

「そうだな、そういう認識でいい。一つ違うのは君たちと違って精霊は他の異世界の存在を認識して、自由に行き来できるんだ」

「私たちがしたみたいな異世界に移動することですか?」

「ああ。そして、我々精霊は他の異世界を管理している」

「か、管理ですか?」

いきなり話が壮大になってしまい、ソフィアがたじろぐ。

「なんと説明すればいいかな。管理と言っても支配しているわけではないんだ。その異世界で何があっても我々は関与しない。例えその異世界が滅ぶようなことがあってもね」

「はあ……」

「基本的に精霊がその異世界に干渉しないように……、つまり精霊が異世界で悪さをしないように見張っているんだ」

「干渉しないようにって……。あの人は……」

ソフィアはさっきの包帯女を思い出した。あれは干渉とは言わないのか。

「まあ待て。君が言おうとしているのはわかる。順番に説明していこう」

「は、はい」

ソフィアが言わんとしている事を読み取ったマーベルがソフィアを静止する。

「精霊は君たちニンゲンと同じようにある世界……『神霊世界』と呼ばれる世界で文化的な生活をしている。異世界管理は職の一つだな」

「はへー。技術的には私たちよりも進んでるんですか?」

そう聞かれたマーベルが腕を組んで考える素振りを見せる。

「フム。難しい質問だな。確かに私たちが暮らしている世界はこの世界で言うところの近未来のイメージ通りなのかもしれない」

「はい」

「ただ大きく違う点があってな。異世界で言うところの……。いや、この世界で言うところの『機械』というものが無いんだ」

「機械がない、んですか?」

「ああ。その代わりにあるのが『神機』、『神具』と呼ばれるものだ」

「シンキ……? シング……? ……ああっ!」

ソフィアは昨日の事を思い出した。どこかで聞いたことがあると思ったら、昨日カービーたちの会話を盗み聞きしたときに神機という言葉を耳にしていた。

「その反応だと聞いたことはあるみたいだね。神機というのは、……まあ『機械』の名称を変えたようなものだ」

「あらら」

ソフィアは拍子抜けした。内心、ここまできたらもっと壮大なものを期待していた自分がいた。

「詳細を話すとだいぶ違うんだがな……。専門的な話になってもしょうがないからね。この世界で言うところの日用品から家電、乗り物、あらゆる物を神機と言うんだ。一言でまとめると、精霊が作ったものを神機と言う、といった感じかな」

「は~。わかったようなわかんないような……」

「そしてそれは武器というジャンルにも該当する」

「ぶ、武器……、ですか……」

ソフィアが頭のなかで整理しているときに、マーベルの口から物騒な言葉が出てきた。そう言えば昨日のカービーたちの会話でも言っていたなあとソフィアは思い出した。

「まあ、これについてはあまり詳しく話すことは今はないんだけどね」

「あれだよソフィアさん。包帯女がオレの左腕をズバッと切り落とした刀。あれも神機だよ」

雫が刀を振り下ろすジェスチャーをしながら言った。

「ああ……。あのおっかない人ですか……」

よほど怖かったのか、思い出したソフィアが身震いする。

「日常生活をしていた君にとってはショッキングな光景だったろうね。……とりあえず精霊についての説明はこんなところだけどいいかな。細かいことや『神具』については今説明しても混乱してしまうだろうし」

「は、はい……。とりあえず頭の中で整理しないといけないですし……」

もうすでに混乱しているとはあえて言わないソフィアであった。

「おいおい」

そこまでマーベルが話したところでカービーが口を挟んできた。

「『私たち精霊は人間の上位の存在で、下等な人間どもにとっての神様みたいな存在です』って言葉が抜けてるんじゃねぇか?」

「ちょ、ちょっとカービー君!」

勝平が慌ててカービーを止めようとする。

「フム。相変わらず君は私に攻撃的なようだね、荒舘彫耶」

「べっつにー。ただ、精霊様が思ってることを代わりに言っただけだっつーの」

カービーがわざとらしく肩をすくめる。

「スマンねソフィアさん。ちょっとこの二人、仲があまりよろしくなくてさ」

「そ、そうみたいですね」

雫がそっとソフィアに耳打ちをした。

「ソフィア・ヴェジネ。確かに彼が言ったことは間違っていない。精霊のほとんどはニンゲンを……、同格に見ていない」

マーベルは慎重に言葉を選んで話しているようであった。

「これはどの世界の生物よりも長い歴史が精霊にはあるからだと思っているが……。気分を悪くしないでほしいが、精霊にとってニンゲンというものは、ニンゲンにとっての他の動物と同じような認識なんだ」

「はあ……」

「聞いたかヴェジネ。俺たちゃ豚や牛と同じ存在なんだとさ」

そこでマーベルがジロッとカービーを見る。もともとの鋭い目つきのせいで睨んでいるようにも見えるがはたしてどうだろうか。

「そこまでは言っていない。少なくとも私自身はニンゲンを下に見てはいない。そうじゃなきゃこうして君たちに協力していない」

「そーだな。さんきゅーさんきゅー、っと」

流石にこれ以上空気を悪くする気はないのか、カービーが噛みつかずに適当に流す。そのままアクビをするとソファーに勢いよく仰向けに倒れた。

「まったくカービーの奴は……。ソフィアちゃん、とりあえず精霊についてはわかったかな?」

ケインがソフィアにそう訊ねる。

「はい。まだ整理できてないですけど……」

「そういうものだと思ってほしい。次の話だが……」

「どうしてオレが精霊に狙われてるか、についての話でいいかな?」

マーベルの言葉を雫が引き継ぐ。

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