16

 ◇

「は~、やっと帰ってこれた~」

勝平が大きく伸びをする。

「お前らはすぐ行って帰ってきただけじゃないか。オレなんて一日ぶりだぞ」

そう言った雫は地面にドカッと座った。相変わらず片腕が無い。

「あーよかった。ちゃんと指定した場所に帰ってこれたぜい」

そう言いながらケインが光の円柱から姿を現す。ケインが出ると光の円柱は音もなく消え去った。

「おいおい……帰る場所の設定、あやふやだったのかよ?」

カービーがケインをギョッとした目で見る。

「いやいや、時間なかったから慌ててセッティングしたからさぁ。まあ間違っちゃったらメンゴメンゴって感じで~」

ケインがテヘッっと舌を出す。キモいんだよ、とカービーからどつかれた。

「え~っと……。ここ、どこですか……?」

安心したような表情を見せる男四人であるが、ソフィア一人だけはいまだ不安な表情を浮かべている。

それもそのはず。自分たちが帰ってきたのは、来るときの路地裏ではなく、どこかの家の庭先のような場所だったからである。

「ああ、ヴェジネさんは知らなくて当然だよね。ここはね……」

「オレの家だ」

勝平の言葉を遮り、雫が続けた。

「黒川君のおうち……、ですか?」

「ああ。まあとりあえず中に入って休もうぜ」

カービーはそう言うとさも自分の家のように親指で家を指す。

「いやここオレん家だからな? なにお前が仕切ってんだよ」

「家主が座りこんじまったから代わりに案内してやろうかと思ってな」

「鍵持ってないだろ……」

雫はため息をつきながら立ち上がった。歩き出しながらソフィアを手招きする。

「ソフィアさん、玄関こっちだから」

「あっ、は、はい」

ソフィアがトコトコと雫について行く。両腕で抱えている雫の左腕の存在は忘れてしまっているらしい。

「大将~、なんか食べるものある~?」

「なにいきなりたかってるんだよ」

「まだお昼食べてないからさ~」

ケインが腹をさすりながら雫の後に続く。

「そう言えばそうだね。僕たちお昼休みの時間に抜け出しちゃったから」

「はぁ……。カップ麺でもあったかな……」

 ◇

「まあそのソファーに適当に座ってくれ」

「は、はい」

ソフィアはリビングに配置されていたソファーに座った。すでにカービー、勝平、ケインの三人は慣れているのかそれぞれリビングの思い思いの場所で座ったり、寝転がったりしてくつろいでいる。

「ソフィアさん、飲み物麦茶でいい?」

「あっ、はい。すいません」

「大将、オレっちコーラ~」

「俺はジンジャーエール」

「僕は紅茶がいいな」

「うるせぇ。水道水でも飲んでろ」

雫はそう言うと隣接しているキッチンの中に入っていった。

「……あっ! そうだ、黒川君! 腕! 腕!」

いきなり自分の手に持っている物を思い出したソフィアが叫ぶ。キッチンに向かって雫の左腕をブンブンと振り回している。

「うおっ!? 血が飛んでくるだろうがバカ女!」

「あっ、すいません」

カービーは飛んできた血を手で払いのけた。

「あーそうだったそうだった。ありがとうソフィアさん。ずっと持っててくれて」

キッチンから戻ってきた雫がソフィアに手を伸ばす。ソフィアは苦笑いしながら持っていた腕を差し出す。

「えーっと……。大丈夫なんですか……?」

「ヘーキヘーキ。ああ、カービー。いつもの頼むわ」

「おうよ」

「?」

そう言うと雫はソフィアから渡された左腕をもとの切り口にくっつけた。カービーは自分のポケットを漁っている。

「えっ、まさかそれでくっつくんですか?」

「まさかぁ。もう一段階踏むよ」

ソフィアが雫の左腕を見る。どう見てもただ切断面を合わしたようにしか見えない。

「おう。あったあった」

「……へっ?」

ポケットを漁っていたカービーはあるものを取り出した。

「……ってそれ、ナイフじゃないですか!」

ソフィアは驚いてカービーの手元を見る。カービーの手には小さめの折り畳み式ナイフが握られていた。

「おうよ。男の必需品だぜ」

「聞いたことないけどなー」

寝っ転がりながらケインがそう言った。

「そ、それをどうするんですか……?」

「これをなー……。こうだっ!!」

そう言ってカービーはナイフを勢いよく雫の喉に突き刺した。おびただしい量の鮮血が噴き出る。

「き……、キャーーーーーーーー!!!」

目の前で起こったサスペンスドラマも真っ青の展開にソフィアが顔を青くしながら大絶叫する。

「な、な、何をしてるんですか、カービーさん!! 黒川君が……、黒川君が……」

ソフィアが半泣きになりながらカービーに掴みかかる。それを鬱陶しそうにカービーが見ている。

「うるせぇなあ。とりあえず黙って見てろって」

「で、でも……。でも……」

「グ……、ガ、ガ……。ギ……」

言葉にならない声を上げ、雫が喉元を抑えながら膝をついた。そのまま前のめりに倒れる。血が床に広がっていく。

それを見てソフィアは腰を抜かしてしまった。口元をアワアワさせながら目を見開いている。

「カービー、マズいってぇ~。ちゃんと説明しないと。いきなり訳も分からずこんなの見せられたら失神もんだって」

ケインが呑気にそう言うと、立ち上がりソフィアの元にやってくる。

「ソフィアさん大丈夫? 立てる?」

「は、はい……。でも黒川君が……」

「大丈夫、大丈夫。大将をよく見てて」

「……」

見てて、と言われても出来れば見たくない。先ほどの腕の腕切断である程度は慣れたとはいえ、こんなグロテスクな殺人現場なんて直視できるものではない。

すると

「……あれ?」

倒れたきりピクリとも動かなくなっていた雫の体がピクピクと動き出した。よく見ると体全体から淡い光も発している。

「こ、これは……」

ソフィアが驚いて声を出す。

「おっ。やっと復活だねぇ」

ケインが雫の体を見ながらニッと笑う。

「黒川君? だ、大丈夫なんですか……?」

ソフィアが心配そうに上から雫を覗き込んだ。雫の体は相変わらずピクピクと動いている。

そのとき

「ワッ!!」

「きゃあ!!?」

雫がいきなり声をあげて飛び起きた。近くにいたソフィアは驚いて再び尻もちをついてしまう。

「やーい。ソフィアさん、ビックリしてやんの~」

雫がケタケタと笑いながら『左の人差し指』でソフィアを指差す。

「え、え、え、え……? ま、マジックだったんですか……?」

「ちげぇよ。ホントにナイフで突き刺したんだ」

「じゃ、じゃあなんで……? あんなに出血してて……。動かなくなってたのに……。それに左腕も……」

ソフィアは混乱して目を回している。今日だけで何回、目を回したことだろうか。

「ほらほら、雫君も悪ふざけしないで。ヴェジネさん混乱しちゃってるよ?」

「ふふん。ビックリさせたのは余計な事に首を突っ込んできた罰だって。それよりも……」

雫は足元に広がっている血だまりを見た。

「片付け大変だから庭でやればよかったな……」

「俺もそこまで気ィまわらなかったぜ……」

どうやって掃除しようか。雫たちはそんな心配をしていた。

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