6
「黒川君、黒川君。さっきの話、なんだったんですか?」
「ええと、なんの話かな……?」
昼休みが終わり、午後の授業中。教室中から話声が聞こえる。それもそのはず、科目担当の先生が忘れ物を取りに職員室に戻っているからである。先生からは静かに自習をするようにと言われていたが、そこは高校生。友達とおしゃべりをしてしまう。
ソフィアはこれぞチャンスとばかりに隣の雫に先ほどの事を訊ねた。
「とぼけないでくださいよ~。お昼休みの時間に話してたことですよ~」
「お、お昼休み? ああ、教室で弁当食べながらカービー達と話してたゲームの話ね。ソフィアさんいなかったからねー。なんだソフィアさんもゲームやるなら一緒に────」
「そうじゃなくて。屋上の扉の前で話してたことですよ」
「ああ、その、えっと……」
誤魔化すのに失敗した。雫は心の中で舌打ちをすると同時に勝平を恨んだ。
(勝平のやつ……。ソフィアさんはこれ以上関わってこようとしないんじゃないのかよ……。興味津々って感じじゃないか……)
ソフィアの目を見ると爛々と輝いている。明らかに先ほどの話について根掘り葉掘り聞きたがっている雰囲気である。
「シャムってなんですか? グレモールってなんですか? 神機ってなんですか? 異世界ってなんのことですか?」
「あーー……」
矢継ぎ早に質問を繰り出してくるソフィアに雫はお手上げ状態となっていた。
(ほぼ全部の話聞かれてるじゃないか……! 聞かれた内容が中途半端だったらまだ誤魔化すことが出来たかもしれないのに……)
雫は救いを求めて教室を見渡す。だが
「カービー君、昨日のあの番組見た?」
「いや見てねぇな。疲れてたからそのまま寝ちまったわ」
勝平とカービーは他愛ない世間話をしているようである。ソフィアが小声で話かけてきているせいでこちらの会話は向こうには届いていないようであった。
(……)
雫は教室の前方、ケインの席の方に視線を移した。
「zzzzzz……」
ケインは爆睡していた。そもそもこの自習時間の前、授業開始と同時に寝始めていたのだが。
(オレ一人で切り抜けるしかないのか……)
雫は改めてソフィアの方を向く。相変わらずソフィアは目を輝かせて雫からの答えを待っている。
「あれはですね……」
「はい!」
「その……」
「はい!」
「……ちゅ、中二病というやつなんだよ!」
「ちゅ、チュウニビョウ!?」
雫が数秒で考えて出した誤魔化し方がそれであった。我ながらいろいろな意味で酷いと思ったが、もうこれで行くしかない。
「チュウニビョウってあの伝説の?」
「おお、知ってたのかソフィーさん! そうその伝説の!」
何が伝説なのか雫はわからなかったが、誤魔化すために話に乗ることにした。
「うーん……」
「ど、どうしたのソフィーさん?」
「いや……。私チュウニビョウって聞いたことはあるんですけどよく知らなくて。なんか非現実的な話をする人の事を言うんでしたっけ?」
「そ、そうそう! 中二病っていうのは、『オレには火を操る能力がある』とか『オレは一般人とは違う才能を持っている』とか思いこんじゃう痛い人たちのことだよ!」
「イタイ……? イタイってなんですか?」
「ああっと。痛い人っていうのは一般人から見たら恥ずかしい言動や仕草をしている人たちのことで……」
喋っている途中で、雫は自分たちの会話がまさにそれだなと考えていた。冷静になると人に聞かれるのは恥ずかしい。
「それがさっきの会話だったんだよ! いや~、ソフィアさんに聞かれてたか~、恥ずかしい恥ずかしい」
「……」
なんとかソフィアを誤魔化しきれたと思っていた雫。これでソフィアも呆れてもう関わってこないだろう。そう思っていた。
しかし、ソフィアからは予想外の言葉を返された。
「ええ~、恥ずかしがらなくていいじゃないですか~。私も仲間に入れてくださいよ~」
「……はぁ?」
思わず雫は素っ頓狂な声を出してしまう。この人は何を言っているのだろうか。雫の頭の中では考えが追い付いていなかった。
「な、何を言ってるんだよソフィアさん……。中二病って他人からドン引きされるようなことで────」
「それですよそれ! 私、チュウニビョウに憧れてたんですよ~」
「な、なぜ……」
興奮したソフィアが雫の方にグイグイと詰め寄ってくる。反対に気圧された雫はじりじりと椅子ごと後退する。
「私が元居た高校ってそういう人全然いなくって。みんな真面目過ぎるんですもん」
「元居た高校って……。ど、どこだったの?」
「そう言えば黒川君は自己紹介のときにいなかったですよね。聖ヴェルディーユ学園ってところです」
「ヴェルディーユ学園……。聞いたことあるような……。……ああ、あの金持ちの行く学校か!」
雫が思い出したように手をポンと叩く。
「そうなんですよ~。みんなお坊ちゃん、お嬢様ばかりで~」
ソフィアは金持ちが行く学校と言われても否定をしなかった。
「でもよく知ってましたね、県外の高校なのに」
「いやまあ……。オレも通うことになりそうだったからさ……」
「えっ、そうだったんですか?」
ソフィアは驚いたように返事をした。
「親父の勝手な考えでね……。どう考えたってオレには合わないとこだよ、あそこは」
「あはは……。私も合わなくってこうして転校させてもらったんです」
ソフィアが頬をポリポリと掻きながら苦笑い気味にそう言った。
「ソフィアさん、あの学校嫌いだったの?」
雫がソフィアにそう質問をする。
ソフィアは困ったような表情になった。
「嫌いというか……。私には堅苦しいところだったいうか……。さっきも言った通り性格的に合わなかったんだと思います」
「ふーん。……というか、今更だけどソフィアさんってお嬢様なんだよね? ヴェルディーユ学園から来たってことは」
「お嬢様……。なんですかねぇ?」
「いやオレに聞かれても」
雫は苦笑いしながら返す。
「で、そのお嬢様がなんでこんな普通の高校に? さっきの話だと元居たとこが合わなくて親に駄々こねた感じ?」
「そ、そうです! やっとつまらない生活から抜けられたんです! 両親を説得するのに苦労しましたよ! 『お前はもっと大人しくしなさい』とか、ずっと言われてたんで! 面白味の無い生活が嫌だったんですよ! それで条件付きで────」
興奮したソフィアは勢いにまかせて捲し立てたが、突然言い淀んだ。
「ん? どうしたのソフィアさん。……てか今条件って────」
「な、何でもないです、何でも……。き、気にしないでください!」
無理やり誤魔化そうとして再びグイグイ距離を詰めてくるソフィア。雫は勢いに負けてしまう。
「そ、そう? ならいいけど……。……なんかソフィアさんってお嬢様的な雰囲気もあるけどおてんば然とした雰囲気もあるよね。人の話盗み聞きしたり」
雫はイタズラっぽくウインクをしながらそう言った。
「す、すいません……。……あっ、そうです! さっきの話から脱線してしまいました!」
「あ。しまった……」
せっかく話を逸らせたのに自分で話題を戻してしまったことに雫は心の中で舌打ちした。いい感じで話題を変えられたと思ったのだが。
「それでそれで! どこまで話しましたっけ? ……そうだ、元居た学校は真面目過ぎてチュウニビョウみたいな人がいなかったんですよ!」
「まあ、そうだろうね……」
「私、本とかで読んだ一般的な生活に憧れてて! その本の中でチュウニビョウって言うのを知ったんですよ!」
「どんな本だよ……。てか、一般的な生活って……。どんだけお嬢様だったんだ……」
目をキラキラさせながら昔の思い出を語るソフィア。それを見て雫は明らかに自分と住む世界が違うな、と考えていた。
「いいですよねー、チュウニビョウ! 『我が堕天の炎を味わえ!』とか『俺の闇の中で永遠の眠りにつくがいい!』とかでしたっけ? は~、もとの生活では一度も聞けなかった言葉です!」
「ホントになんの本を読んだんだ……? というかソフィアさん、声のボリューム落として……」
興奮しているのか徐々に声が大きくなってきているソフィア。雫は周囲をキョロキョロしながらソフィアに注意した。こんな話の内容、周りの生徒に聞かれたらたまったものではない。ソフィアのこれからの学園生活が痛い目にさらされないように。そして自分自身もそうならないように。
「でも黒川君はそういう事をやってるんですよね? なんで恥ずかしがってるんですか?」
「そ、それは……、その……」
誤魔化しているため、とは言えない。好奇心旺盛なソフィアが『あの事』を知ったらどうなるか。雫は容易に想像できた。
「?」
首を傾げて雫の返答を待つソフィア。
その時
「おーい、スマンスマン。帰って来たぞ~」
担当科目の先生が教室に帰ってきた。
「ほ、ほらソフィアさん! 先生帰ってきたからまた今度!」
「……はい」
なにやら腑に落ちないといった態度だがソフィアが黒板の方に向き直った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます