10.俺は救えなかった。……誰も

 俺達は荷物をまとめ、ダマに乗ってエークの町に向かった。

 とは言っても、俺はホムラの後ろに乗っているだけなんだが……。


 その途中で、カリガが先に向かっていたエンカからの手紙を運んできた。

 それによると、三人はエークの町に着いたあと、モンスが用意してくれたウパの馬車に乗り換えてハールに向かったらしい。

 ウパの足は遅いから、途中で追いつくだろう。


 その後、俺達もエークの町に着いた。

 モンスが帰ってきたことで、町からはゴロツキが一掃されていた。

 反乱軍の勝利に町は賑わっていたが、前見たときと違って非常に穏やかな雰囲気だ。

 先を急いでいたので、俺たちはモンスの所にちょっとだけ顔を出してすぐにエークを出発した。



 レジェルは、少しだけ話をするようになったらしい。

 ただ、ミジェルには自分しかいないから自分がしっかりしないと、としきりに言っているのが心配だと、エンカの手紙には書かれていた。


 レジェルだってまだ大人じゃない。誰かに甘えたいときだってあるだろうし……エンカの心配はわかるような気がした。

 やっぱり、ヤハトラよりレッカの城の方がいいかもしれないな……。キラミさんもいるし。

 水那も、あの家族のおかげで落ち着いたというか、結構救われたもんな。


「レジェルたち……レッカの城に預けられないかな?」


 幾度目かの夜。テントの横で食事をしながら、ホムラに相談した。


「まぁ、レッカの方は構わないんじゃないかと思うが……巫女に聞かなくていいのか?」

「……そうだな」


 今回の経緯については、俺が寝ている間にホムラからレッカを通じてネイアには知らされている。

 だけど、俺自身はまだネイアと連絡していなかった。

 ネイアと話すには勾玉の力を使う必要があるから、俺の調子が戻るまで控えていたのだ。


「じゃあ、聞いてみる」


 食事を終えた後、少しその場を離れた。

 胸の中の勾玉に意識を集中する。


“……ソータか”


 ネイアの声が聞こえた。


「ああ」

“……なかなか大変だったようだな”

「いや、まあ……俺は……別にいいんだけどさ」

“……”

「それで……このあと、二人はどうしたらいいんだ? エンカには心を開いてるみたいだし、キラミさんもいるからレッカに預けた方がいいんじゃないかと俺は思ってるんだが……。ミズナの時もかなり助かったし」

“今は闇が蔓延している訳ではないし、無理にヤハトラに来る必要はない。ミジェルはフェルティガエではないからな。だが……とりあえず一度、こちらに来てほしい”

「何でだ?」

“本人に会いたいのと、ジャスラの涙の記憶を視たいからだ”

「あ……」


 そっか……。ベラたちがどうしてあの場所に隠れ住んでいたのか、そしてジャスラの涙をなぜ持っていたのかを知る必要があるからか。


「多分、先代のヒコヤが関係していると思うんだけどな」

“何故だ?”


 俺はネイアに崖の下の住処と旅の記録について簡単に説明した。

 俺の話を聞いたネイアが溜息をつく。


“なるほど……な。あり得ない話ではない。しかし、それだけではレジェルが浄化の力を持つ理由にはならん”

「うーん……」

“とにかく一度、ヤハトラに連れてきてほしい。本当の所が分からなければわらわとしても今後どう対処したらいいか分からぬからな”

「……わかった」

“では頼んだぞ”


 しばらくして、胸の中からネイアの気配が消えた。

 俺はちょっと溜息をつくと、少し不安な気持ちを抱えつつホムラのところに戻った。


   * * *


 ダマを駆け、ひたすらラティブを東に進む。そろそろエンカたちに追いつけるはずだった。

 畑では、男達の姿が見えた。闘いが終わって帰って来たのだろう。

 収穫の時期を迎え、家族総出で働いているのがよく見えた。


 この国も、これからいい風に向かっていくといいな。

 そして闇も漂わなくなって、みんなが穏やかで、誰も犠牲になることのない国になっていけばいいのに……。


 数千年もの間、闇に翻弄されてきたジャスラ。

 その闇におびえる必要のない、澄み切った風が吹き渡る世界……それを未来のジャスラの民にもたらすために、水那は祈り続けている――。


「……あれじゃねぇか?」


 ホムラの声で、我に返る。日に焼けた太い指が前方を指差していた。

 二頭のウパに赤い幌。手紙に書いてあった通りの特徴だ。

 どうやら道の傍らに止め、休憩しているようだった。


 ミジェルを連れているからな。あまり長い時間、馬車に揺られるのはよくないんだろう。ひょっとして昼寝でもしてるんだろうか?

 俺は少し離れたところでダマから降りると、そっと近づいた。


「……ソータのことさ、恨まないでやってよ」


 不意にエンカの声が聞こえ、俺は思わず足を止めた。

 俺の話をしている……さすがにこのタイミングでは声をかけづらい。

 ふと、外に顔を出したエンカと目が合った。エンカが俺に目配せをする。


 多分、そのまま黙って聞いてろってことだろうな。


 そう思って後ろを振り返り、俺は唇に人差し指をあてた。後から来たホムラにも黙っているように伝える。

 ホムラはちょっと頷くと、足音を立てないように俺の傍まで歩いてきた。


「……恨んでる……訳じゃ……」

「今日さ、いい天気だよね」

「えっ?」


 急にエンカが話題を変えたので、面食らう。レジェルも驚いたようだった。


「俺には全然見えないけどさ。闇も……全くないでしょ?」

「うん……」

「あのさ。俺の親父もさ、フェルティガエなんだ」

「え……」

「9年前にね、発現して。その頃はもうかなり闇が蔓延してて、普通に地上で生活できなくなって、地下に潜ったんだ。その頃ハールは揉めてたから、親父はヤハトラには行かなくて、障壁シールドでどうにか凌いでさ……」

「……」

「8年前にソータが現れて、ジャスラの闇を回収する旅をしたんだ。ミズナさんと一緒にね。そのときミズナさんが闇に浸食されそうになったりして、いろいろ大変だったみたい。その旅の途中でね、ハールの内乱にも協力してくれて、地上から闇も祓ってくれて、ジャスラは平和を取り戻したんだよ。親父もさ、普通に生活できるようになってさ」

「……そうですね。確かに、あの頃……一時辺りの闇がなくなった記憶があります。ルフトに攫われる直前ぐらい……」


 多分……俺がデーフィの祠の闇を回収した頃かな。ベラが俺が来たことが分かったっていう……。


「でもさ……闇って、絶対なくならないんだって。回収してヤハトラの神殿に集めてるけど、またいつか……溢れてしまうんだって」

「……」

「闇を消すことができる浄化者は、そのときミズナさんしかいなかった。だから、ソータの旅が終わったあと、ミズナさんはジャスラから本当に闇をなくすために、神殿の闇に飛び込んだんだ」

「……」

「馬鹿だよね。二人の間には子供もいたんだからさ。自分達が幸せになる道を選べばよかったのに」

「馬鹿って、そんな言い方……」

「ソータはさ」


 エンカはレジェルの言葉にはお構いなく話を続けた。


「ミズナさんの浄化を助けるために、ジャスラに留まって旅を続けてる。二人の間の子供はおじいさんに預けて、ミュービュリに帰してしまって」

「……」

「フェルティガエもそうでない人も……みんながずっと、地上で仲良く暮らしていけるように……そのために、頑張ってる。ソータとミズナさんってさ……そういう人達なんだよ」


 それ以上聞いていられなくなって、俺は足早に馬車から離れた。

 そんないいもんじゃない。俺はただ……水那を取り戻したいだけだ。

 周りも、水那も、みんなが満足できる方法がこれしかないから……。


 ――水那。早く……お前に会いたいよ。


 どれだけ切実に願ったところで、到底叶えられない想い。

 俺は歯を食いしばって、涙を堪えた。

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