9.俺に何ができる?

 目を覚ますと、そこはドーの町の宿屋の一室だった。


 レジェルが落ち着くまで待ち、ホムラが縛り上げたルフトを抱え上げた。

 そうして地下の部屋を出ようとしたところまでは憶えているが……そのあとどうしたっけ?

 そうか、浄維矢せいやを使ったから……俺はまた、倒れたんだな。

 8年ぶりだったしな……。


「お、起きたか」


 部屋の扉が開いて、ホムラが顔を出した。


「おはよう……」

「おう」


 ホムラがカップに入った飲み物を差し出す。例の、チャイの睾丸と肝を混ぜて煮出した汁だった。


「……飲まないと駄目か?」

「前もそのおかげですぐ元気になっただろうが」

「……」


 俺は覚悟を決めて一気に飲み干した。

 うおー……相変わらず不味い……。


「で……あれからどうなったんだ?」


 ホムラにカップを返しながら聞く。


「俺達が正面から出たときには、領主側の兵士はみなへばっている状態だったな。気絶したルフトを見てみな項垂れていた」

「ふうん……」


 満身創痍だったからな。闇の力がなくなれば、戦う力は残っていないか。


「モンスが新しい領主になることを宣言したあと、モンスの兵が領主側の兵士をみな拘束して、エークに連れて行った。これからはエークの町がラティブの中心になるみたいだな」

「そっか……」


 俺はふと、辺りを見回した。

 エンカの姿が見当たらない。レジェルとミジェルも。


「レジェル、どうしてる?」

「……ああ」


 ホムラは腕組みをして俯いた。


「母親を川から見送っている間は、ずっと静かに泣いていたな」


 パラリュスでは、亡くなった人を海に流して弔うという風習がある。

 ラティブは海に面していないので、川から送ったのだろう。

 俺はそれにも立ち会えなかったんだな……。申し訳ないことをした。


「そのあと一足先にドーを出たぞ。モンスがエークに向かう車に一緒に乗って行った。エンカは姉妹の付添いで一緒に行ったんだ」

「……そうか……」


 少しは落ち着いただろうか。俺を……恨んでいるだろうか。


「エークに向かう頃には泣きやんでいたが……ちっちゃい嬢ちゃんを抱えたまま、黙りこくってたな」


 ホムラが溜息をつく。


「エンカには少し気を許してるみたいだから、道中、ヤツがどうにかするだろう。女と子供の相手は得意だからな」


 だと、いいけど……。

 これから二人は、どこにいけばいいんだろう?

 レジェルはフェルティガエだからヤハトラでもいいが、ミジェルはまだ幼いし、フェルティガエでもない。

 エンカなら安心できるなら……レッカに頼んだ方がいいだろうか?


「――ちょっと思ったんだけどよ」


 ホムラが急に真面目な顔で切り出した。


「ん?」

「あの母親は、何で嬢ちゃん一人を外に出したんだ? 三人で出ていくか、あるいは反乱軍が領主に勝つまで屋敷で待ってた方がよかったんじゃねぇか?」

「……」


 闇に対する耐性が強いホムラには、あまりピンと来ていないようだった。

 フェルティガエ……特にミュービュリの血を引くフェルティガエにとって、闇がどれほど脅威になるか、俺は知っている。


「多分、どっちも無理だったと思う」

「何でだ?」

「地下から出るのに、ルフトを言いくるめたと言っていただろ? ルフトしか彼女たちを地下から出す人間はいなかったってことだ。そしたら、仮に娘二人に隠蔽カバーをかけたとしても、自分がルフトを振り切って逃げるだけの体力は恐らく残っていなかったと思う。そして、ミジェルの姿が消えればルフトはすぐ異変に気づくだろう。待ち望んでいた、自分の娘だからな」

「……」

「だから出すとしたら、レジェルだけだろうな」

「そうか……」

「そして……ベラはレッカと違って障壁シールドが使える訳じゃない。仮にレジェルを外に出さず、屋敷に籠っていたとしても……フェルティガを発現してしまったレジェルを闇から守りきることはできなかったと思う」

「ふうん……」


 ホムラは頭をボリボリ掻いた。


「じゃあ、あの嬢ちゃん一人を外に出して、助けを呼ぶしかなかったってことか」

「……そうだな」

「だとしたら、仕方ないんじゃないか? ここでソータが落ち込んでもしょうがないだろ」

「いや……」


 俺は首を横に振った。


「ルフトがベラに会いに行く前に捕まえられればよかったんだ。そうすれば、もう少し母娘の時間を取れたのに……」


 ルフトがベラに襲い掛かったために、ベラが自分の生命力を使って闇に耐えなければならなくなった。

 だから……俺のミスだ。


「反乱軍が事前の計画より早く突っ込んじまったからな。あれ、領主の兵士が何かの用事で屋敷に入るのを勘違いしたらしいってことだ」

「もう少しきちんとした合図を考えておけばよかったな……」

「んー……そんなこと言ってたら、もう少し早く出発すればよかった、とかキリがなくなるじゃねぇか」

「……」

「それより嬢ちゃんたちにとってこれからどうしてやるのがいいか、考えようぜ」

「……そうだな」


 頭ではわかっている。けれど……やはり、気は晴れない。

 俺は溜息をつきながらベッドから降りた。


「それで、どうする? すぐにダマでエークに向かうか?」

「いや……ちょっと気になることがあるんだ。ホムラも来てくれないか?」

「ん?」


   * * *


 宿から外に出て、俺達は領主屋敷に向かった。

 屋敷は、モンスの部下によって取り壊しが始まっていた。ルフトの権威の象徴を失くしてしまおう、ということなのだろう。

 屋敷の裏手に、崖がある。かなり深い崖だ。


「ここの下に行きたいんだが……。確か、レジェル達がもともと隠れ住んでいたはずなんだ」

「なるほど……」


 ホムラも覗き込む。


「さすがに俺でもただでは済みそうにないな。落ちるしか方法はないのか?」

「隠し通路があるはずだが……」


 俺は辺りをキョロキョロ見回した。

 ……ふと、何か光を感じてそちらの方に近寄って見る。

 ジャスラの涙の雫だった。ポツンポツンと所々に落ちている。

 拾い集めながら進むと、隠し通路の入り口らしきものを発見した。


「……ここか」

「よく見つけたな」

「雫が教えてくれた」


 俺達は通路を進んでみた。幅が狭く高さもないのでしゃがまないといけない箇所もあるが、女ばかりでこっそりと暮らすにはちょうどいいのかも知れない。


 しばらく進むと、少し広い所に出た。

 そこは……岩穴のような場所で、壁にはさらに横穴が開いていた。

 横穴を進んでいくと、二つぐらいの部屋に分かれていた。片方は寝室で、もう片方は食事をしたりする場所のようだった。

 もう誰も住まなくなって長いせいか、かなり薄汚れていた。


 俺は再び岩穴に戻ると、ぐるりと辺りを見回した。

 確かに……デーフィやハールの祠と、似たような雰囲気だ。


 少し歩くと、光が差す明るい場所に出た。上を見上げると、白い空が見える。

 ここが、さっき領主屋敷の裏から覗きこんで見えた場所なんだろう。

 ふと見ると、壁に沿ってジャスラの涙の雫が散らばっていた。


「ホムラ。雫があるから拾っていきたい。ちょっと待っててくれるか?」

「どこにあるんだ? 手伝うぞ」

「いや……それより、横穴のベラとレジェルが住んでいたところを調べてくれないか? ベラが何か残してないかと思ってさ。レジェルに渡せれば……」

「わかった」


 俺達は手分けして作業を始めた。

 俺は雫を集めながら、ぼんやりと旅の記録のことを思い出していた。


 ――領主の屋敷付近でリュウノスケが行方不明になってしまった。裏手の崖に落ちたようだ。この場所にひっそりと隠れ住んでいた母娘に助けられた。


 ……九代目のヒコヤが落ちた場所というのは、ここで……ずっと隠れ住んでいた母娘というのは、レジェルの先祖なんじゃないだろうか。

 だとすると……ここにこれだけジャスラの涙の雫が落ちているということは、ここに五つ目のジャスラの涙があったのかもしれない。

 本当はヤハトラの巫女の指示を仰ぐべきだけど……母娘を守るために、九代目のヒコヤが勾玉の力を込めて渡してあげた、ということなのかもしれないな。


「ソータ、だいぶんくたびれてたが縫いかけの服があったぞ」


 ホムラが俺の方に来て白い布を渡した。


「他のは湿気でボロボロだったけど、これだけ無事だった」


 広げてみると、子供用の服のようだった。当時まだ小さかったレジェルに着せるつもりだったのかも知れない。


「洗って残りを繕えば……ちっちゃい嬢ちゃんがもう少し大きくなったときに着るのにいいんじゃねぇかな。キラミにでも頼んでみるか」

「そこはセッカって言わないんだ……」

「あいつ、服には無頓着でよ。料理はうまいけど裁縫は全然駄目だから」


 そう言うと、ホムラはわっはっはと大声で笑った。

 俺もつられて笑うと、白い布を畳み直して荷物の中にしまった。

 これで……レジェルが少しでも元気になるといいんだけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る