11.何があったのか、知らなくては

 気分を落ち着けてから、何食わぬ顔でエンカ達と合流した。

 ネイアに言われたことをレジェルに説明すると、レジェルはしばらく考え込んでいたが、

「真実は……知りたいです」

とだけ答えた。

 そのあとそのままヤハトラに留まるか、レッカの城に行くかはレジェルが決めていい、と言うと、黙って頷いた。


 横穴で見つけた布を渡すと、レジェルはベラを思い出したのか顔を埋めて泣き出してしまった。

 ホムラが

「洗って縫えばちっちゃい嬢ちゃんに着せれるから、キラミに頼んでやろうか?」

と言ったけれど、レジェルは

「私が持っていたいから……」

と首を横に振った。


 そのあとの旅の間も、レジェルは布をじっと眺めては、何かを考え込んでいるようだった。

 俺に対しては、殆ど目も合わせなかったし、口もきかなかった。

 怒っているというよりは……母親の死の間際のことを思い出して、辛いのかもしれない。

 傷が癒えるまでにはまだまだかかりそうだけど……とりあえず、ちゃんと生きようとしているようだったから、少しホッとした。


 レッカの城に寄って、レッカとキラミさんに今回の事の次第を説明した。

 ヤハトラでネイアとの面会を終わらせたらレジェルとミジェルを預かってもらうかもしれないとお願いすると、二人とも快く引き受けてくれた。

 特にキラミさんは女の子が二人ということで


「無理にとは言わないけど……遠慮しないで、是非来てね。楽しみにしてるわ」


とにっこり笑ってレジェルに声をかけた。

 エンカとはここで別れる予定だったが、レジェルが心配だったのか


「漁の時期が終わって暇だし、俺も行く」


と言ってそのままついてくることになった。



 ――そうして何日かかけて、ハールを通りすぎ……ヤハトラに着いた。


「……じゃ、俺たちはここでお別れだな」


 ホムラがニヤッと笑った。ホムラはここから西のデーフィに向かう。

 セッカと子供たちが待つ家に帰るのだ。


「落ち着いて元気になったら、俺ん家にも遊びに来いよ。ガキどもも喜ぶし」

「……」


 レジェルは黙って頷いた。


「俺もホムラのところに行こうかな。もしレジェルが俺の家に来るなら、俺が連れて帰った方がいいよね」


 エンカはそう言ってレジェルに笑いかけた。レジェルは

「話を聞いたら……ちゃんと考えて、決めます」

と言って頭を下げた。


「ホムラ、ありがとうな。俺……ちょっと休んだら、また旅に出るからさ。しばらく会えないと思うけど……」

「おう。何かあればいつでも言えよ」

「ああ」

「じゃあ、俺は一足先に戻るからな」


 ホムラはエンカにそう言うと、ダマに乗り込んだ。

 俺達は手を振ってホムラを見送った。ホムラは大きい声で「またな!」というと、ダマを走らせて去って行った。あっという間に見えなくなる。


「エンカも、本当にありがとう」


 俺はエンカに向き直ると、改めてお礼を言った。エンカは「あはは」とやや照れ臭そうに笑っている。


「俺はウパでホムラの家に向かうよ。もし決まったら、連絡を寄こしてね」

「ああ」

「ありがとう……ございました」


 レジェルは頭を下げると、少し微笑んだ。

 そのとき、ヤハトラの神官が音もなく現れた。


「ソータさま。……お帰りなさいませ」

「ただいま。じゃあ、頼む」

「……はい」

「エンカ、じゃあ、またな」


 俺はエンカに軽く手を上げると、神官の手を取った。

 神官がレジェルにもう片方の手を差し出す。

 レジェルがおずおずと握り返すと、周りの景色があっという間に変わって……地下になった。


「ここが……ヤハトラ……」


 レジェルが不思議そうに辺りを見回す。

 寝ていたミジェルが起き出して、泣き出してしまった。


「……大丈夫よ。お姉ちゃんがいるでしょ」

「う……」


 レジェルがあやすと、ミジェルはまだ泣いてはいたが少し大人しくなった。


 神官の後をついて神殿に向かう間も、レジェルは黙ったままだった。

 俺には無理でも、ネイアならレジェエルの心を解きほぐしてくれるだろうか。


 そんな祈りにも似た気持ちを抱きながら、神殿の中に入る。


「……よく戻ったの」


 ネイアがにこりと微笑んだ。傍にいるセイラが不思議そうにミジェルを見つめている。

 レジェルはというと、親し気なネイアの様子に驚いたようだ。

 『ヤハトラの巫女』というと、一段高いところにいる厳めしい人間を想像していたのかもしれない。

 しかし小さいセイラの手を引き、同じ目線で話をしようとするネイアは、普通の一人の女性にしか見えなかった。


「わらわは……ヤハトラの巫女、ネイアと申す」


 ネイアはレジェルに向かって頭を下げた。レジェルはハッとしたような顔をすると、ミジェルを下ろし、慌てて頭を下げた。


「この子はわらわの娘、セイラだ。おそらくミジェルと同じ年ぐらいであろうの」


 そう言うと、ネイアはミジェルに笑いかけた。

 ミジェルは泣きやむと、じっとネイアを見上げて……少し微笑んだ。

 そんなミジェルを見て、レジェルも少しホッとしたようだった。


「とりあえず、小さな子は神官に預けた方がよかろうの。構わぬか?」

「あ……はい」


 同じ年頃の子がいればちゃんと面倒をみてくれるだろうと安心したのか、レジェルは素直にミジェルを神官に渡した。

 傍に控えていた神官がセイラとミジェルの二人を抱え、神殿から出て行った。

 神殿には俺達三人きりになった。


「……レジェルと申します」


 改めて自己紹介をし、レジェルが深く頭を下げた。


「あの……真実が知りたくて、来ました。私達はなぜ隠れていなければならなかったのか。そして、浄化の力のことも……」

「……そうだな」


 ネイアはゆっくりと頷いた。


「ジャスラのフェルティガエで浄化者はおらぬ。闇の浄化をするためにはミュービュリの血を引いていなければならぬから……と思われるが」

「じゃあ、ミズナさんは……」

「ミズナはテスラの民とミュービュリの人間の間に生まれた娘なのだ」

「……私は……」

「――そこだな」


 ネイアは溜息をついた。


「わらわは……対象に触れることでその過去を視ることができるのだ。お前たちをずっと見つめていた、そのジャスラの涙なら知っていよう。その珠を渡してくれないか?」

「えっ……」


 レジェルは少しビクッとした。


「これは……」

「心配するな。視たら、必ず返す。もしこの浄化を手伝ってくれるのなら、その珠は大いにレジェルの力になるであろうしな」


 ネイアが優しく微笑むと、レジェルは少し考えたあと、すっと珠を手渡した。


「ありがとう」


 ネイアは珠を手に取ると、跪いて祈り始めた。

 ネイアの身体から光が溢れる。その眩しさに、思わず手で目を覆った。

 多分、このジャスラの涙が生まれたときから今までを……ずっと巡っているのだろう。

 ネイアがここまで力を使っている所は、あまり見たことがない。

 親父とトーマをミュービュリに帰したときぐらいだろうか。


 やがて……徐々に光が弱くなり、辺りがもとの光景に戻った。

 ネイアは額にじんわりと汗をかいていた。


「……ふう……」


 大きく息をつく。


「大丈夫か?」

「……うむ。しかし……どこから話せばよいのか……」


 ネイアはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したように口を開いた。


「このジャスラの涙は……もともと崖の土の中にあったようだ」

「土の……中?」

「そうだ。そのため、誰も見つけられなかったのだろう。それが、何かの機会に壁が崩れ、外に出てきたらしい。そして崖下に転がっていた……」

「へえ……」

「崖下には一人の男が時折訪れていた。理由は分からぬが……自分の隠れ家のようにしていたようだの。その男がある日、大怪我をしている一人の女性を背負って現れた。この女性は……当代の巫女の妹だ」

「えっ!」


 思わず声が出る。

 ヤハトラの巫女の妹なら、ヤハトラにいるはずだろう。何でそんなところに?


「ソータの報告を聞いてから、少し調べていたのだが……その頃、ラティブに五つ目のジャスラの涙があることを察し、当代の巫女の妹が二人の従者と共にラティブに向かったようだ。本来ならそのような立場の者が外に出ることはないのだが……真偽は巫女の血族でなければわからぬからの。そのとき暴漢に襲われ、従者が巫女の妹を見失ったとある」

「……その男が助けて連れてきたってことか?」

「おそらくそうであろうな。二人は恋に落ち、女は男と共に過ごすことを選んだ」

「は……」

「ジャスラの涙を手に入れた巫女の妹は、その力を借りて身を隠した。やがて娘を生み、時々訪れる男と平和に暮らしていたようだが……男の方が不慮の事故で亡くなってしまった。娘が16のときだ」

「……」

「その頃は九代目のヒコヤ――リュウノスケがジャスラを訪れる直前で、ラティブも闇で覆われていた。祠の条件を満たしていた崖下はいくらかマシだったようだが、それでも母娘が暮らして行くには苦しい場所になりつつあった。特に母である巫女の妹はフェルティガで身を隠していた分、衰弱が激しく……寝込むようになっていた。娘に珠を持ってヤハトラに行くように言ったが、母を見捨てるわけにはいかないと言って娘は聞かなかった」

「娘もフェルティガエだったのか?」

「この時点ではまだ発現しておらぬな。男はフェルティガエではなかったが、巫女の直系だから……いずれ発現する可能性は、かなり高かった。だから母親は、今のうちにヤハトラに行くよう説得していたのだろう」

「ふうん……。で、リュウノスケと出会った、と」

「そうだ。怪我をしていたリュウノスケを介抱しているうちに、娘はリュウノスケに恋をする。しかし、妻子があり禁忌を知っていたリュウノスケには拒絶された。リュウノスケにもヤハトラに行くよう諭されたが、娘は聞かなかった。仕方なく、リュウノスケはジャスラの涙に勾玉の力を込め、母娘を守れるようにした。余命いくばくもない母を看取ったらヤハトラに行く、という約束を、娘と交わしたのだ」

「……」

「このとき娘のフェルティガが発現――幻惑でリュウノスケを操ってしまう」

「ん? どういうことだ?」

「娘は想いを遂げてしまい……そして、リュウノスケの子供を身籠ってしまったのだ。つまり、巫女の直系でありながらヤハトラ最大の禁忌を犯したということだ」

「は……」


 思わず言葉を失う。

 それにしても……前から不思議に思っていたが、フェルティガエは妊娠しやすい体質なんだろうか?

 心が拒否した人間との間では懐妊しないって聞いたけど、そうでない場合は逆に確率が高い、とか。

 思えば、巫女の『結契けっけいの儀』もそうだよな。そんなにすぐうまくいくものなのかな。

 俺が首を捻っていると、ネイアが不思議そうな顔をした。


「……何だ」

「いや……」


 レジェルの前で聞くのも何だし、後で聞いてみよう。


「……では、話を戻す。娘の懐妊が分かった頃には、すでにリュウノスケは旅を終えていた。かといってヤハトラに戻ることもできず……崖下でひっそりと暮らすしかなくなったのだ」

「……そんなことが……あったなんて……何も……知らな……」


 それまでずっと黙って聞いていたレジェルが声を震わせる。


「巫女の妹である母親が口止めをした。だから母亡き後も、娘は生まれてきた子供には何も知らせず……ただ、珠を返すために引き継いでいかなければならない、ということだけを教えた。だからその後何代も、何代も……ヒコヤに珠を返す、このことだけを伝えていったのだ」

「……」


 ネイアは溜息をつくと、レジェルの前に歩いて行った。

 そしてレジェルの両手を取り、ジャスラの涙を握らせるとその手を優しく包んだ。


「だから……わらわとそなたには、同じ巫女の血が流れているのだ。碧の瞳は、その証だ」

「で、でも……」


 レジェルは恐れ多いのか、俯いたままネイアの顔を見ようとしない。


「私は、禁忌を犯した人間の血筋で……ここにいては、いけないのでは……」

「当時はそうだったかも知れんが……結果として、ジャスラにはいないはずの浄化者として現れてくれた。それに今は……ジャスラに闇が蔓延はびこらぬよう……フェルティガエも安心して地上で暮らせるように、ミズナとソータが身を削ってくれている」


 レジェルがハッとしたように顔を上げた。

 多分、ネイアがエンカと同じようなことを言ったからだろう。


「レジェルには、浄化の手助けをしてくれると有難い。ただ……今はまだ、無理をせぬ方がよいであろうな。こんな小さな体では……。しばらくは、ヤハトラではなくレッカのところにいた方がよいかもしれぬ。光の下で、よく食べて、よく休んで、自分の身体を治すとよい」


 ネイアはそっとレジェルの手を離した。

 レジェルは珠をぎゅっと握りしめると、再び俯いてしまった。

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