2.俺たちは繋がっている……はずだ
俺の、旅の記録……。
当然、俺の知っていることしか書かれていないはずだ。
読んだって、ラティブについて何かわかる訳じゃない。
それでも――俺の手は本を閉じようとはしなかった。
もう……この中でしか、水那に会えないから。
◆ ◆ ◆
〈十代目ヒコヤイノミコト ソータの旅〉
ソータはミズナと一緒にデーフィに現れた。二人とも19歳で、あたしより3歳年下だ。
――(中略)森でネジュミを倒したけど、ミズナは倒れてしまった。ソータはずっとミズナを抱えて放さなかった。
ソータはミズナの保護者みたいなものだと言っていたけど、あたしから見たら、ミズナが大事で仕方ないんだと思う。
ミズナも、ただ守られてるんじゃなくてソータの役に立ちたくて無茶をしたんじゃないかな。
二人はお互いすごく大事に思っているのに、何でこんなに伝わらないんだろう。
――(中略)レッカとカガリの戦の間、あたしはずっと飛び回っていた。ミズナはレッカの城に籠りきりだし、ソータは弓部隊の指揮や闇の探索で忙しいらしい。
あたしがいないと二人は全然近づこうとしないから心配だ。戦で気を抜けないのは分かってるけど、二人の時間だって今しかないのに。
……大丈夫かな。
――(中略)ミズナのお腹に赤ちゃんがいることがわかって、ソータとミズナはお互い謝ってばかりだった。
どうしてだろう? 経緯はいろいろあったかもしれないけど、二人の間には確かな気持ちがあって、何も二人を隔てるものはないはずなのに。
――(中略)ミズナが神殿の闇の中に消えてしまった。ミズナはソータの正式な伴侶として、闇を浄化してジャスラを救うために、自分の幸せよりも自分の使命を選んでしまった。
……思えば、ソータも旅の間はずっとそうだった。自分の気持ちより自分の使命を優先して行動していたように思う。
重大な立場になると、個人の気持ちはどうしても後回しになってしまうのかな。でも、そんなの納得できないよ!
でも、ミズナの浄化が進めば……ヤハトラの神殿から闇が消えれば、ミズナは帰ってくる。
ソータは今度こそ、自分の幸せのための旅に出るんだね。
◆ ◆ ◆
「――セッカのやつ……旅の記録というより、これはお前の日記だろう……」
そう呟いたものの、俺は涙がこみ上げるのを抑えることができなかった。
本を放り出して仰向けに転がり、両目を右手で覆う。
――もう8年も経ってしまったけど……水那の姿は、今でも鮮明に残っている。
最初は怯えていたっけな。俺に、だと思っていたけど……そうではなくて、役立たずな自分が俺に邪魔に思われないかと怯えてたんだよな。
ハールの祠では淋しそうに微笑んでたよな。あのとき俺が思い切って水那に告白していれば、もう少し嬉しそうな笑顔にできたのかな。
その後も、ちゃんと二人の絆を深めていけば……ジャスラに残るにしても、水那が自分に
胸の中にある勾玉に左手を当てる。これだけが……俺と水那を繋いでいるものだから。
何度も何度も、話しかける。
でも……水那の声は、聞こえない。
* * *
何日かセッカの家で休んだあと、俺はヤハトラに戻った。
「……よく戻ったな」
ネイアが笑顔で出迎えてくれた。ネイアはもうすっかり大人の女性になっていた。
ネイアの傍には小さな女の子が纏わりついている。ネイアと同じく銀色の髪に碧の瞳で、セイラという名前だ。
ネイアは『
『結契の儀』とは、ヤハトラの巫女が後継者を生むためにフェルティガエの男性を迎えて……まぁ、その……そういうことだ。
そしてその後、男性の記憶は消されてしまう。巫女との距離感を一定に保つためだそうだ。
ヤハトラでミュービュリの人間が徹底的に排除されているのも、この巫女の血筋を守るためだと言う。
巫女は女神ジャスラの分身を祖としており、ミュービュリの血が混じってしまうと『過去を視る』という巫女特有の力が正しく伝わらないのだそうだ。
「これ、デーフィで集めた雫」
俺は袋に入った雫をネイアに渡した。
セイラが俺の方に手を伸ばしてきたので、抱き上げてやった。にこぉっと笑って三日月になった緑の瞳が、俺を癒してくれる。
「おお……かなりあるな」
ネイアはそう言うと、「セイラを頼む」と言って神殿に向き直って絨毯の上に座った。
何事かを呟きながら念じ始める。ネイアの手の平の雫が徐々に溶けだし……直径15cmぐらいの1つの珠に生まれ変わる。
――ジャスラの涙の雫が、ジャスラの涙の結晶となった瞬間だった。
「祠にあるジャスラの涙とほぼ同じ大きさだな」
「そうだな。ソータ……よくこれだけ集めたな」
「まぁな」
ジャスラの涙は女神の力を凝縮したものだ。これを水那に渡せば、より浄化が促進される。
それだけ、水那が神殿から解放されるまでの時間が短縮される。
気が遠くなるような作業だけど、俺は今はただ、そのためだけに旅をしている。
「では……ソータ、頼む」
ネイアが立ち上がり、ジャスラの涙を俺に渡した。俺はネイアにセイラを返すと、ジャスラの涙を握りしめ、胸の中の勾玉に問いかけた。
――水那。ジャスラの涙だ。少しでも……お前の助けにしてほしい。
俺の中の勾玉の力を受けて……ジャスラの涙が淡く光り出した。ふわりと浮かびあがり、神殿の中に吸い込まれる。
ジャスラの涙が闇の中に消えて……ゆらりと、闇が少し薄くなったのが分かった。
「……これで少しは進んだかな」
「そうだな。だが……まだ……百年以上はかかるな……」
神殿は闇に包まれており、勾玉はおろか水那の姿も見えない。
「なぁ……本当にこの奥に水那は8年前の姿のままでいるのか? とっくに倒れてるとか、ないよな?」
ふと不安になってネイアに聞くと
「ジャスラの涙が反応して闇が薄くなったということは、ミズナが浄化を進めているということだ」
と言って少し微笑んだ。
「お前の中の勾玉からも……気配は感じるであろう?」
「……」
気配は……確かにする。
でも、声は聞こえない。姿も見えない。
水那の声も姿も……俺の記憶の中にしか、ない。
「……ネイア様」
そのとき、一人の神官が現れた。
「アズマとシズルが、どうしてもネイア様に話を聞いていただきたいと……ソータ様もお願い致します」
「二人が? ソータも?」
ネイアが意外そうな顔をした。
アズマとシズルは、カガリに使われていた双子のフェルティガエだ。
他人を信じられず、ヤハトラに来てもずっと、周りを拒絶していた。
しばらくして――二人がカガリの元に来るまでの記憶を失くしており、どうやらその記憶にない頃の経験が二人を頑なにしているらしい、ということが分かった。
だから、ゆっくりと癒しながら二人の様子を見守って行こう、という話になっていたはず。
そんな状態だったから、俺はこの8年間、ずっと二人には会っていなかった。
ただ、その間も二人の状態は徐々によくなっていたらしく……ネイアは時折二人と話すこともあったようだ。
ネイアは神官にセイラを預けると、自ら二人の部屋に向かった。俺もネイアの後についていった。
「……ネイアだが」
扉の前まで来ると、ネイアがそっと声をかける。しばらくして扉が開いたが、部屋の奥に姿が見えない。
視線を落とすと、双子が床に並んで正座し、手をついて深く頭を下げていた。
「長い間、ご迷惑をおかけしました」
「本当に申し訳ありませんでした」
「謝ることはない。……しかし……どうしたのだ?」
ネイアは優しく微笑むと、二人の目の前に座った。視線を二人に合わせる。
俺は少し距離をとって、ネイアの斜め後ろに座った。
8年ぶりだし、二人にしてみれば俺は仇かもしれない。会いたいと言ってくれていたみたいだが、やっぱり顔を見たくない、とか思うかもしれないしな。
「あの……私達……記憶が、戻ったんです」
「……」
ネイアは黙ったまま頷いた。
二人は顔を見合わせて頷くと、意を決したように俺の方を見た。
「ソータ様……お願いです。ラティブの……ベラとレジェルを助けて下さい!」
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