1.俺は相変わらず、旅をしている
「……ただいま」
デーフィの東、広大な牧場に囲まれたひときわ大きい屋敷の扉を開ける。
「ソータだ!」
「おかえりー!」
「あそんでー!」
ガキどもが団子になって俺に向かって突撃してきた。
「ちょ……だぁ!」
ガキどもの猛烈な勢いに押されて床にすっ転ぶ。
子供といえど、三人固まればその威力は半端じゃない。
「こらー! 押すんじゃねぇ! 俺はメチャクチャ疲れてんだ!」
「えー」
「だってー」
「むー」
「こら、あんたたち!」
少し不満そうなガキどもの背後からセッカが現れ、三人を叱りつける。瞬く間に順番に拳骨を食らわせた。
「イッテー!」
「イタイ……」
「わーん!」
「いきなり飛びつくなって何度言えばわかんのよ!」
「だって、とーちゃんはいいって言うもん」
長男のゴータが頭をさすりながら不満そうに口を尖らせる。
「そりゃホムラだけだよ……」
俺は溜息をつきながら立ち上がった。
「ソータ……ごめん。痛かった?」
次男のカイが心配そうに俺を見上げる。その後ろでゴータとカイの妹のミッカも「いたいの?」と俺を見上げていた。
そんなつぶらな瞳で見上げられると「痛い」とは言えなくなる。
結局「まぁ大丈夫だよ」と言いながらガキどもの頭を撫ぜ、俺は居間に入った。三人の子供たちもぞろぞろと付いてくる。
「ただ、遊ぶのは明日な。俺、帰って来たばっかりで本当に疲れてるから」
「はーい」
「わかった」
「……うん」
三兄弟は俺に手を振ると、外に飛び出して行った。
「ごめんね、ソータ」
セッカが俺に水を出しながら申し訳なさそうに笑った。
「……いや。仕方ないよな。ホムラとセッカの子供だもんな」
「どういう意味よ」
「力が有り余ってる」
俺はごくごくと飲みほした。セッカの家の湧き水は相変わらず美味い。
闇を回収する旅を終えて……しばらくして、俺は再びジャスラを巡る旅に出ていた。
ヤハトラの神殿に消えた水那を取り戻すために、ジャスラ全土に散らばっている『女神ジャスラの涙の雫』を集める旅だ。
その間も獣と闘ったり、土地の開拓の手伝いをしたり、村人の小競り合いを収めたりしていたら……ハールとデーフィの全土をまわるのに8年近くかかってしまった。
これからラティブとベレッドを巡る訳だが、ラティブはハールやデーフィと比べるとかなり広いし、ベレッドは北の果てだ。
このペースだと、十年以上はかかりそうだな……。
「それで……これで、デーフィは終わったの?」
「んー……そうだな」
俺は袋の中の雫を確認した。デーフィの西半分全部を巡って拾い集めたので、かなり重量がある。
「いったんヤハトラに戻って、次はラティブだな。だから、当分こっちには来ないと思うが」
「そっか……。あたしもついていきたいんだけどねぇ」
「子育てがあるんだから、無理だろ」
旅を終えたあと、セッカとホムラは結婚した。
……とは言っても、ホムラはハールの海の仕事があるので、漁が盛んな時期は別居している。ジャスラでは、こういうことはよくあるらしい。
ただ、もうすぐ漁の季節も終わりだから、そろそろデーフィに戻ってくるんだろうな。
さっきのガキどもは、二人の間の子供だ。
上から、ゴータ7歳、カイ6歳、ミッカ4歳。両親に似て、異常に元気だ。
「デーフィだとこの家で休めたから、すごく助かったよ。今日、ダンさんは?」
「仕込みの確認に行ってる。そろそろソータが戻るから美味しい肉を準備しなきゃって言ってた」
「そうなんだ。楽しみだな」
俺は椅子から立ち上がると、首をポキポキ鳴らした。
ここ1か月はずっと野宿だったし日中は歩きっぱなしだったから、かなり疲労が蓄積している。
「……あ、そうだ! ソータ、ちょっと待ってて!」
セッカは急に大声を上げると、リビングから駆け出して行った。
……何だ、と思ったが素直に待っていると、ものすごい足音が聞こえてきてセッカが再び現れた。
「ラティブに行くんなら、これ!」
そう言ってセッカが俺に差し出したのは、以前の旅で何回か見かけた『旅の記録』だった。
案内人がヒコヤの旅の様子を書き綴った、日記のようなものらしい。
「……何で?」
「だってソータ、結局ラティブには殆ど立ち寄ってないじゃない。だからどんな国か全然知らないでしょ? 何百年も前だから状況は違うと思うけど、一応ラティブがどういう国かは知っておいた方がいいと思って」
「なるほど……」
俺はセッカから受け取ると、パラパラとめくった。二代前から俺まで、全部で三つの旅の記録が書いてある。
「これ、借りていっていいのか?」
「うん。……読んでみて」
セッカがちょっと淋しそうに笑った。俺も、少し淋しい気持ちになった。
――多分、水那のことを思い出したからだろう。
◆ ◆ ◆
〈八代目ヒコヤイノミコト キザエモンの旅〉
キザエモンは42歳のジトウだと言っていた。元の世界では、農村で畑を耕しながらヤブサメなどで弓の腕を鍛えていたらしい。
――(中略)ハールの祠で闇を回収したが、キザエモンは怪我をしてしまった。海の獣と戦ったときのものだ。仕方がなく、我々はウパを調達した。
幸い、ラティブの祠はベレッドへの道の途中にあるので、ラティブには寄らず、すぐに祠に向かった。
キザエモンは、ラティブの祠に着く頃には自分の足で歩けるようになっていた。
〈九代目ヒコヤイノミコト リュウノスケの旅〉
リュウノスケはアシガルとよばれる、30歳の兵士だった。弓の名手で、故郷も動乱の最中だったらしく、最初はしきりにミュービュリへ帰りたがっていた。
故郷には妻と三人の子供がいて、とても愛妻家のようだ。
――(中略)ラティブは農業が盛んで物資の流通も盛んな活気のある国だ。西の端に領主の屋敷があり、領主が民に商売の許可を与えたり、税として物資を徴収したりしているようだ。
しかし、ここ何年かは領主が民を何とも思わぬような暴挙に出ることが多く、民の間に不満がたまっていると聞いている。
ラティブに入ると、すでに民が反乱軍を立ち上げ、領主との戦が始まっていた。
旅を続けるためには、ラティブで物資を調達しなければならない。戦が終わらなければそれもままならないため、我々も参加することになった。
リュウノスケによると、どうやら領主は闇にとり憑かれているらしい。そのため、我々は反乱軍の一員として西に進軍することになった。
――(中略)ある日、領主の屋敷付近でリュウノスケが行方不明になってしまった。裏手の崖に落ちたようだ。
どうしたものかと思っていると、しばらくしてどこからともなく矢文が飛んできた。
それによると、崖に落ちたあと、この場所にひっそりと隠れ住んでいた母娘に助けられたが、足を怪我していて戻れない、とのことだった。
彼女たちのためにも場所は言えないが、動けるようになったら必ず戻るから待ってて欲しい、と書いてあった。
確かに、怪我をした身で戦の中にいてはかえって危ない。わたしは反乱軍を指揮しつつリュウノスケの帰りを待つことにした。
リュウノスケは一週間後に戻って来た。領主に巣食う闇を回収し、戦は終わり、我々は再び旅に出た。
崖の方を振り返るリュウノスケの姿が印象的だった。
母娘と何かあったのか、と聞くと、娘の方にかなり引きとめられて大変だったと答えた。ジャスラの民と交わってはならないし、自分には妻も子もいるからと納得してもらった、とリュウノスケは言った。
心は動かなかったとしても、心配しているのかもしれない。旅が終わったらわたしが様子を見に行ってみよう。
◆ ◆ ◆
「……うーん……」
思わず唸る。
前の旅ではラティブからすぐに北のベレッドに行ってしまったから、俺は西側には全く行っていない。
この本によると、八代目は俺と同じ経路を辿ったみたいだな。そして九代目によると……どうやらラティブの一番西に領主屋敷があって、その近辺に崖があるってことか。
その後、この本ではラティブについて全く触れられてないな……。ラティブがどうなったとか、そのリュウノスケが世話になった人はどうなったとか、全然書かれていない。
他に何か書いてないかと思い、俺はベッドに寝転んだまま本をパラパラとめくった。
すると……〈十代目ヒコヤイノミコト ソータの旅〉という文字が目に飛び込んだ。
ドキリ、と心臓が音を立てた。
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