第2話 ケンタッキーフライドチキン

凄まじい台風がやって来る。

テレビでは避難勧告を呼びかけている。

しかし、地中深くにあるこの家は核攻撃にも耐え、また5年間は一切外へ出なくても生きられる設備がそなわっている。

土砂崩れが心配だが、それも取越し苦労に終わるだろう。

広い範囲にてコンクリートの粉と土とを攪拌させる土壌改良をしているからだ。

しかしだからと言って、大地震に耐えられるかと言われたら、疑問符がつく。

どんな手の込んだ物も完璧なものは無いという事だ。


男は巨大モニターをマルチモードにして巨大台風に蹂躙されている街を見ている。

男が見ているモニターは世界中の監視カメラ、及びスパイカメラ等とリンクしており、意外な所まで見る事が出来る。

更に、様々なドローンを飛ばして見る事も出来る。

さすがにこの強い台風の中ではドローンを飛ばす事は出来ないが、、、。


男の手が止まった。

気になる映像を拡大し、スクリーンいっぱいに写す。

そこには軒下で叩きつける雨を子犬を抱きながら、何とか凌いで俯いている小学生1、2年生くらいの女の子が映った。

『まずいな、、、』男は独り言をつい呟いてしまった。

この近くは後1時間もしないでダムの放流が予定され、影響が想定される地域だ。

ここから車を走らせて間に合う距離では無い。

どうする?警察か消防に連絡するか?

しかし、おそらくこの状態ではすぐに救出に迎えないだろう。

やはり、自分が行くしかない。男は腹を決めた。


男は紫色の悪そうな顔のウサギのぬいぐるみを装着する。

この、ぬいぐるみはアイアンマンの様なパワードスーツになっている。凄まじいタフさが自慢だ。

ぬいぐるみを着込んだ男は『ジェットスクランブラーにセット』と誰かに命令した。

すると、

『ウサギ型ぬいぐるみをジェットスクランブラーにセット、了解しました。』

と無感情な声が返ってくる。

男『AI、あの女の子のすぐ近くに落とせ、カウント無しで直ぐに発射しろ』

ぬいぐるみは羽の生えた飛行機みたいのを胴体にそうちゃくされた。

いきなり火がともされ、どんどん音も大きくなり、まわりが煙で充満しかけた時、凄まじい横Gを食らう。まるで誰かに思いっきりひっぱられている様だ。

あっという間に豪雨の空に叩きだされ、豪雨のつぶての洗礼を受けている。

一瞬の気休めからフル加速に入る。

ヘルメットにあたる水玉が巨大過ぎて、首が衝撃で吹き飛びそうだ。

あっという間の移動旅行であった。

いや、とても旅行と言える様な状況にない。

ジェットスクランブラーはAIが操縦して、家に戻って行った。

周りを見渡すとモニターで見た事のある風景が広がっていた。


男は急いであの小学校1、2年生の女の子を探す。

あの軒下は?!

モニターで見た軒下を見つけるものの、肝心の女の子が居ない。


更に激しく降る雨。そしてカミナリ。

男の顔に焦りが滲む。

ダムの放水までもう時間が無い。


『畜生!神様の野郎!少しは俺の思う通りになりやがれ!』外部スピーカースイッチが入ってしまったのか、大音量でまるで雷音の如きの悪態が響いた。


あまり大きく無い橋の根本の下から、不安そうに覗き込む女の子の顔が見えた。

『やった!見つけた!』男は橋の根本に近寄った。

『そこの仔犬と女の子、ウサギが助けに来たからもう大丈夫だよ。出ておいで』

女の子『悪いウサギの言う事なんか聞かないもん!まるでブラックジャックみたいにツギハギだし!』

男はデザインした自分を呪った。


『もう少しでここは水だらけになっちゃうんだ。だからブラックジャックウサギの言う事を聞いておくれ』

更に激しくなる豪雨。


『そ、そう言えばブラックジャックって本当は優しいおじさんだね。』

『そうさ、だからおいで』

女の子は仔犬をしっかり抱いて近寄った。


男は同じデザインのウサギ型特殊ビニール製カバーを取り出し、その中へ女の子を入れた。

本来ならばそれは大人用だが仕方ない。

ビニールカバーではあるが、雨風は勿論、爆弾でも破れない、空気で膨らみ保温、ショック吸収、本体との通信など多機能である。更に背中に本体との接続アタッチメントがあり本体に背負われる様になる。

見た目、デカいウサギのぬいぐるみが、少し小さいウサギのぬいぐるみを背中を向け合って背負っている形だ。


女の子『ウサギさん、あったかいよー』

男『もう大丈夫だからね。』


その頃、ダムは決壊してしまい悪夢の様な超大量の水、土砂が街を破壊しまくっていた。


男が気づいた時には真っ黒に10メーター近くも立ち上がった悪魔の様な土砂水があった。


いくら男のウサギぬいぐるみ型パワードスーツが超高性能でも、大自然の怒りに飲み込まれては一瞬で絶命するだろう。

男はパワードスーツの限界まで走らせるが、土砂水のスピードは尋常ではない。

悪魔の黒い手が男と背中に背負った女の子の命を正に奪おうとする瞬間、男は右手で何かをガツンと掴んだ。

ジェットスクランブラーだ。

一度、家に戻したが、ジェット燃料を給油し、再度呼び寄せてあったのだ。


実はこのジェットスクランブラーはシェイクダウンしたばかりでテスト稼働もしていない状況だった。

大抵何らかのトラブルがあるものだが、今回、物の見事にノートラブルだった。

さすがメイドインジャパンである。


悪夢の台風の夜は過ぎ去り、朝日が登り、真っ青な空が広がって来た。


男は女の子の名前を聞きハッキングにより、お母さんが避難所で心配している事を知った。

目立たない所で着地し、避難所近くで女の子にお母さんが待っている事を伝えた。


男『ウサギさんの事は内緒だよ』

女の子『うん、ウサギさんありがとう』

女の子は大事に抱いていた仔犬を男に渡して、お礼にあげると言う。

仔犬に見えたが、汚れまくった仔犬のぬいぐるみだった。

男はお礼にウサギ型パワードスーツそっくりなぬいぐるみと、ケンタッキー5000円券を女の子に渡す。

男『元気で頑張るんだよ』

女の子『ありがとう、ウサギさん』

女の子はお母さんが待っている避難所へ駆けて行った。


男のパワードスーツのモニターには続々と被害状況が入ってくる。

あの土砂水が小学校の一つがまるまる飲まれ、何十人もの小学生が行方不明になったらしい。


男はぬいぐるみの頭を外し、力なく項垂れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る