4、霊能師の仕事

 翌日さっそく畔田はその家へ出張した。東京駅から新幹線で二時間、北へ。駅から二十分タクシーに乗って着いた。

 土曜日で家族四人揃っていた。畔田は一通り家を見せてもらって、特に二階でじっと神経を凝らし、一階の居間に落ち着くと、ギスギスと猜疑に満ちた夫と、そんな夫に不満を抱き怯える母子に、さっそく怪奇現象の原因を示した。霊視の結果それが原因に間違いないと畔田は確信した。三津木の用意したプリントに目を通した夫と妻は驚愕した。

「この家の前の持ち主にそんなことが……」

 正確には今建っているこの家の前に建っていた家の家族に、だ。

 その事実を見せられて夫も納得するほかなかった。これでは、恨まれても仕方ないのだろう……

 畔田は言った。

「そういうわけですので、いずれ、後二ヶ月もすればお化けは自然と出なくなるでしょう」

 その言葉を聞いて妻も、夫も、慌てて言った。

「そんな。それまで我慢してろと言うんですか?」

 畔田は困った顔でうなずいた。

「ま、というのも無理でしょうな。今夜一晩だけ、ご家族でどこか別のところに泊まっていただけますか? わたしが、話してみましょう」

 夫婦は承知し、これから郊外の大型ショッピングセンターに行って子どもたちを遊ばせ、今夜はそのままホテルに泊まることにした。

 家族は出かけ、畔田は一人家に残った。

 畔田は更に霊視を深め、彼らの心のよりどころとなっているアイテムを探り当て、三津木に電話した。

『……はあ……、そりゃあちょっと難しいかもしれませんよ。じゃあ……、大至急捜して送らせますが……、まいったなあ、ひょっとするととんだ出費になるかもしれないなあ……』

 畔田は恐縮して言った。

「そうなのかい? それじゃあ……、僕の分の取り分はいいから……まさかもっとするのかい?」

『いやあ、僕も詳しくは知りませんが、するようですよ、かなり』

「そうなのか。ま、じゃあ、できたらでいいよ。相手ももう子どもじゃないから」

『出来るだけやってみますが、ま、あんまり期待はしないでください』


 しかし夜の十時になって即日配達の特急便でそのアイテムは届けられた。三津木に礼の電話をすると十万円もしたと言われて驚いた。

『とんだ出費ですよ』

 とグチを言う三津木に畔田は

「まあ、たまには純粋な人助けもいいだろう」

 と慰めた。しかし畔田自身これがこんなにするとは思わず、まったく、苦笑いしてしまった。


 夜中。

 灯りは全て消して真っ暗な中、畔田はじっと彼がやってくるのを待った。待っているのは今や夫が一人で寝ている寝室だ。蒸し暑くてたまらないが、クーラーはつけず、窓も閉め切っている。

 畔田の霊感が上に彼が現れたのを感じた。自分の家の階段から下に降りてきて、家族を捜し、父親を求めて、来た。

 戸は開いている。そこに小学二年生くらいの彼は立って、いつもの父親と違う畔田を見て、立ち尽くした。

 畔田はにこやかに

「やあこんにちは。お邪魔してます。さあどうぞ、こちらへお座んなさい」

 と、あぐらをかく自分の前を示した。彼は警戒する顔をしながら、少し離れて体育座りした。畔田はニコニコ見ている。

「これ、捜すのに苦労したんだよ」

 と、自分の前に置いた物を示した。少年はずっとそれを気にしている。畔田は彼が手に取れないことを知っていて、彼が眺めているのを自分もニコニコしながら眺めていた。

 少年が怒ったような顔で畔田を見た。畔田は優しい顔でうなずいてみせる。

「うん。これは君のじゃないよ。君が、いや弟さんが埋めた物は、もうショベルカーでグチャグチャに踏み固められてしまったからね。これはおじさんが友だちに頼んで手に入れた物だ」

 それは、数年前に子どもたちの間で流行ったゲームのキャラクターのトレーディングカードで、その中のボスキャラのレアカードだった。

 じいっと畔田を見つめる少年に畔田は優しく言った。

「もうね、無くなってしまったんだよ。君も、分かっているんだよね? ここはもう君たちの家じゃなくて、新しい別の家族が住んでいるんだ。君のお父さんはここにはいないんだよ。分かって、いるよね?」

 少年は泣き出しそうにして恨めしそうに畔田を睨んだ。畔田はあくまで優しく話しかける。

「悲しかったかい? 悔しかったかい? お父さんを、恨んだかい? 君は、お父さんが、許せないかい?」

 うっ、うっ、うっ、と少年は顔を歪ませた。畔田はそれこそ父親のようにうなずいてみせた。

「わたしはね、君の姿がはっきり見える。君の気持ちがよく分かるよ。でもね、わたしのような人間にしかはっきり姿が見えない今の君は、ふつうの、本当の自分の姿をしていないんだよ。

 君、弟の姿をしているけれど、ほんとうはお兄ちゃんだよね? 弟さんは、もうここには遊びに来てないだろう? 君だって、本当は一人じゃ寂しいだろう?」

 泣きながら、少年の姿が薄くなっていった。畔田は優しくうなずいて言った。

「これを君に送るよ。きっと君はなんでこんな物が自分に送られてきたか分からないだろうけれど、気になったらわたしの所へ訪ねてきたまえ。手紙でもかまわないよ。きっと返事を書くから」

 少年は姿を消し、突然表で蝉が鳴き出した。畔田は笑った。

「こんな夜中におっちょこちょいなやつだ」

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