1、手紙1

 八月。


「拝啓 番組スタッフ様。

 是非ご相談と皆さまのお力添えを頂きたく筆を執っております。

 わたくしは三歳と一歳の子どもを持つ主婦で、夫と四人で一戸建ての家に住んでおります。

 この家は住宅会社の建て売りの新築を五月に購入して住み始めたばかりです。

 この家に住むようになってから奇妙な出来事が続き、恐くて、夜も眠れない日が続いています。精神的にもすっかりまいってしまい、どうかどうか、助けてください。


 住み始めて間もない六月からもうそのことは起こっていました。

 夜中寝ておりますと、子どものものらしい家の中を走り回る足音が聞こえてきました。我が家では子どもたちがまだ幼いため親子四人揃って同じ部屋で寝ております。二人の息子はたしかにわたしたちの隣で眠っております。

 足音はずいぶん近いのですが、後ろと左を同じような小さな子のいる家に接して、昼間などは騒ぐ大きな声や家の中を走り回る足音がよく聞こえています。時計を見ると一時を回っていて、夜中こんな遅くにと不快に思いましたが、日によってはわたくしども夫婦も子どもたちを寝かしつけた後、夜遅くまでテレビを見ていることもありますので、お互い様と、とやかく言えないなと思っておりました。

 しかしそのようなことが何日も続き、さすがに近所迷惑だろうと思って夫に言いますと、そんな足音したかなあ、と夫は気付いていないようでした。一人で騒いでも仕方ないかと我慢しておりましたが、夜中の足音は一向に止む気配がなく、わたしは次第に苛々を募らせていきました。


 今年の梅雨は入りが遅く、七月になってからじくじくといつまでも止まぬ雨が本格的に降ってまいりました。その雨のさなかにも、やはり夜中になると子どもたちの足音が聞こえてまいります。神経を苛立たせたわたしは暗闇の中で目を開けてじいっとその足音たちに耳を澄まし、どうやらその足音が二人の子どものものであることを聞き分けていました。それも、表のじとじと降りしきる雨に包まれて、わたくしの耳には、その足音たちがよその家から響いてくるものではなく、この家の中から聞こえてくるように思えてならないのでした。

 そんなことはあるまいと思いながら、ついにある夜、足音が聞こえてくると、わたしは勇気を振り絞って足音の元を辿ってそっと廊下に出ました。

 足音は二階から聞こえてくるようでした。何かを隔てたようなくぐもった感じなのですが、さりとてやはりよそから聞こえてくるものではなく、この家のどこかから確かに聞こえてくるのです。わたくしどもは一階に寝ております。二階は将来子どもたちが大きくなったら子ども部屋に当てようと考えておりますが今現在は夫が書斎として使い、後は荷物を置くだけで使っておりません。

 わたしはそっと足音を忍ばせながら階段を上がりました。タタタタタ、と走る子どもの軽やかな足音が近くなってきます。けれどやはり何か間にあるような、くぐもった感じがしました。階段を上がりきると家の端になり、階段を切った吹き抜けのとなりに廊下が走り、その廊下沿いに一つ広めの部屋があり、奥にもう一部屋小部屋がございます。戸は引き戸を開け放して、中の暗がりが見えます。タタタタタ、と、すぐとなりの大部屋から足音が聞こえ、わたしは心臓が飛び上がるほど驚きました。やはり、子どもが、この家にいるのです。

 わたしは自分を必死に落ち着かせて考えました。足音はどう聞いても小さな子ども、上の子はせいぜい小学校の中学年、下の子もせいぜい一、二年生といった感じです。わたしは何故か自分たちの息子たちの大きくなった姿を想像しましたが、そんな未来の足音が聞こえてきたなどとは考えられません。よその子が毎晩どこからかこの家に忍び込んで遊んでいるとも思えません。外は今もしとしとと雨が降り続いているのです。

 わたしは勇気を出して部屋の暗がりを覗き込もうかと思いましたが、どうしてもできず、震えながら階段を戻ろうとしました。すると突然、下の息子の泣く声が響き渡り、わたしはまたしても心臓が止まりそうに驚きました。それでも我が子の泣き声に慌てて戻ろうとしますと、すぐ目の先に子どもの足がありました。わたしはヒッとすくみ上がり、ガタガタ震えながら見上げると、階段の上の空中、二階の床がある高さに、半ズボンに半袖シャツを着た小学生くらいの男の子がじっとわたしを見て立っていました。わたしは悲鳴を上げることもできず、意識が遠くなり、階段を崩れ落ちました。後で主人に聞きますと、わたしは物凄い音を立てて階段を落ちたらしく、びっくりして駆けつけたと申しておりました。幸いわたしはあちこち打ち身を作りましたが大きなケガはしませんでした。

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