禁断の地下室
グレナデンは、ここ何年もフィリックスの
久方ぶりの訪問が、同志を伴っての『押し入り』になるとは、つい数時間ほどまで想像さえしていなかった。
フィリックスの屋敷は、すでにもぬけの殻だった。
ルパートの裏切りなど、とうに予期していたのだろう。彼が列挙した『裏切り者』たちも、いつの間にか
罪を密告するのなら、仲間に悟られぬように慎重を期すべきだろうに、まったくルパートという男は救いようのない無能だ。
いや、むしろ泳がされていたのかもしれない。ルパートがグレナデンを引き付けているわずかな間に、ネズミのように逃げ出したのだろう。その証拠に、邸内はひどく散らかっていた。
しかし、なによりも驚いたのは、庭に造られた立派な菜園だった。根菜に葉物、小さな
しかし、カルミラの民は人間のような食事を必要としない。嗜好品として楽しむ程度だ。ゆえに、ここまで多彩かつ広範囲の菜園など無用の長物。収穫物を売って金に換えるほど、貧窮しているはずもない。
「それらの作物は……我々の血で育てたものだ」
ルパートが怯えながら事実を告げる。彼は、同行した
聞いてもいないのに、ルパートはぺらぺらと喋り出す。
「加熱調理すれば無毒になるのでは……、なんらかの薬草と混ぜれば毒が中和されるのでは……、最初はごく微量を与え、徐々に量を増やしていけば耐性ができるのでは……、耐性ができれば、それはもはや超越者と呼んで差し支えないのでは……。そんな調査のために作っていた」
「……そうか」
グレナデンは拳を震わせながら、ただ一言だけ発した。それらの仮説を実証するため、一体どれだけの人間が犠牲になったのか。
「
ルパートの顔が蒼白になっているのは、地下にどんなものがあるか、嫌というほど知っているからだろう。
「ああ、案内してくれるか」
努めて平静に促すと、ルパートは背中を丸めてとぼとぼと歩み出した。
陽気な
グレナデンの知ったことではないが、それでも貴重な協力者として、手元に置いておかねばならない。
グレナデンは、五人だけ引き連れて地下へと向かった。
階段を
あの時も、幾人かの仲間を伴って、隠された地下室へと向かった。そこにフィリックスもいた。彼に支えられながら、徐々に濃くなる血の臭いに足を震わせながら進んだ。
彼がいたからこそ、
今も、背後にいるのは付き合いの長い同胞たちだ。だが、心から信じていいのかわからない。もしかすると、ルパートが把握していない裏切り者がいるかもしれない。地下室にたどり着いた途端、襲われるかもしれない……。
「グレナデン殿」
穏やかな呼びかけの主は、エドマンドだった。
「お気を確かに」
「……ああ」
ずっと年下の青年の激励は、どんな薬よりもグレナデンの心を落ち着けてくれた。エドマンド自身も、小さく震えているというのに。
地下室の扉は、厳重に封印されているとか、錠が掛けられているとか、そういうことは一切なかった。造りも軽薄で、施錠されていたところで簡単に蹴破ってしまえそう。
隙間からは冷えた空気が漏れてきており、状況と相まって、非常に心胆を寒からしめた。しかし、血臭のようなものは感じられない。
誰も彼も、その『禁断の門』を開こうとはしなかった。皆
グレナデンは己を奮い立たせ、扉へ手を伸ばした。気の抜けた音を立てて、あっさりと扉が開いていく。
そこは部屋というより、洞窟といった風体だった。ひんやりとした岩肌に囲まれており、空気も澄んでいる。思いのほか広大なようで、深部まで見通すことができない。
「なにもないな……」
誰かが拍子抜けしたようにつぶやいたが、すべてを知るルパートは震えている。
「ここでなにが起こっていたか知りたければ、奥へ行け。私はここで待っている」
しかし、誰もそれを許さなかった。数人に小突かれ、ルパートは半泣きで歩を進める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます