満ち満ちる呪詛

 さらに奥へと進み、ランプの薄い明かりに照らし出されたものを見て、誰もが息を呑んだ。


 岩壁に鎖が打ち付けられており、先端には手枷がついている。一つや二つではなかった。奥へずらりと続いている。


 さらに進むと、いくつもの横穴が見えてきた。そのほとんどに格子こうしめられている。

 まるで牢獄、あるいは拷問部屋か。いや、おぞましい器具が見当たらない分、前者の方が適切だろう。幸い、繋がれている『囚人』は見当たらなかった。


 だが、実際にこの寒々しい地下空洞に囚われていた人間たちがいたはずだ。一体どんな仕打ちを受けていたのか、想像するだけで背筋が凍る。


「まだ、奥へ続いているな。……かすかに水の流れる音がする」


 グレナデンは耳を澄ませた。地下水脈かなにかがあるらしい。同時になんとなく察せられた。人体実験が行われていたというこの部屋に、死臭や血臭、死体そのものが残っていない理由を。


「急いで逃げた割には、なにも残っていないな」


 生存者がいるのでは、と思ったが、もぬけの殻だ。

 はぁ、と大きく息をこぼしたのはルパートだった。安堵の吐息のようだ。


「私の知る限り、一昨日の時点で数人ほど生きた人間がいたが……。おそらく彼らは全員……」


 と、洞窟の奥を指さしたため、グレナデンは足元を確認しながら慎重に進む。おそらくルパートは、凄惨な被害者の姿を見ずに済んで、心底安心したのだろう。


 最奥は崖のようになっていて、不用意な落下を防ぐためか、ご丁寧に柵がしつらえてあった。身を乗り出して、谷底へランプを向けてみたが、なにも見えない。暗闇の奥からは、激しい水音が響いている。


「用済みになったもの・・は、ここに捨てたというのか……」


 グレナデンは慄然りつぜんとつぶやいた。

 人間たちをさんざんなぶりものにして、死せばゴミ同然に水場へ放り捨てる。それは、かつてグレナデンが手に掛けた愚父の行いとほとんど変わらない。


 肌を粟立たせながらも、ふと思い出した。フィリックスは、五年ほど前に引っ越しをしている。

 祖父から受け継いだ広大な屋敷を捨てて、このこぢんまりした屋敷を己の領域に定めた。どこぞの街で知り合った人間から買ったと言っていたが、おそらく、この地下洞窟の存在を知った上でのことだったのだろう。


 ――フィリックスよ、お前はいつからこんなことをしていた? いつからこんな計画を立てていた……?


 屈託ない友の顔を思い浮かべながら苦悶していると、背後から詰まったような悲鳴が聞こえた。何事かと視線を向けると、横穴を探っていた同志が、ふらふらと歩み出てくるところだった。彼は、口元を押さえながら首を横に振っていた。


 さぞおぞましいものを見たのだろう。確認すべきでないと理性が叫んでいたが、怖いもの見たさの好奇心が勝った。他の者たちと共に、なんだなんだと横穴へ近付く。

 無惨な遺体でも残っていたのかと思ったが……一見したところ、なにもない。


 格子扉をくぐり、横穴を奥へと進む。

 ランプで岩壁を照らすと、もうすっかり見慣れた鎖と手枷があるのみ。


 ……だが、妙に背筋がぞくぞくする。

 間違いなく、なにかがある……。


「おい……!」


 誰かが悲鳴混じりの声を上げた。わななきながら、反対側の壁にランプを向けている。

 視線を向けたグレナデンは、ウッと呻いて飛び上がるように後退した。


 壁一面に残るどす黒い跡は、間違いなく血。血で記された文字だった。


 まるで筆記具を使用したかのように、一文字一文字がくっきりはっきりとしており、不明瞭な部分はわずかさえもなかった。文字の一つ一つが意思を持ち、なにか訴えかけてきているよう。

 如何いかに強力な怨念や憎悪を込めて書いたのか、まざまざと伝わってくる。


 これを書いた者はきっと、これを読んだすべての者を呪いたかったのだろう。

 肉体を水路に投げ捨てられてもなお、無念はここに残っている。



 Lord, I curse you.

 <主よ、私はあなたを呪う>


 I curse you, who has given such a cruel ordeal to a devout believer.

 <敬虔な信徒に、かくもむごい試練を与えたあなたを呪う>


 I curse me.

 <私は私を呪う>


 I curse my mother who gave birth to me,and my father.

 <私をこの世に生み出した母を呪い、父を呪う>


 I curse my sister,her husband,and her children.

 <姉を呪い、その夫を呪い、その子どもらを呪う>


 I curse you,and you,you, you

 <私はお前を呪う。お前を、お前を、お前を>


 you, you, you, you, you

 you, you, you, you, you

 you, you, you, you, you

 you, you, you, you, you

 you, you, you, you, you

 you, you, you, you, you......


 

 誰もが言葉を失い、その場に立ち尽くした。

 地上に残っていた同志が心配して様子を窺いに来るまで、ずっと、ずっと。

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