恋とはどんなものかしら 3

 エドマンドはドキドキ、ムズムズ、カッカしながらヴィオレットを窺う。だが彼女は、『うーん』と呻りながら、不満そうに目を細めていた。


「やっぱり無しよ! お前の背が私より高くなったら、前向きに検討してあげる」

「そんなぁ」


 悄気しょげ返ると、少女はまたころころと笑った。すっかり彼女の手の平で転がされてしまっている。


「どのみち暇だから、とりあえず庭に案内しなさい。今はなんの花が咲いているの?」

「ええと……鬱金香チューリップが見頃ですよ」

「チューリップぅ?」


 ヴィオレットはつまらなさそうに眉根を寄せた。さほど珍しい花ではないから、不服だったのだろう。


「わ、我々の『血』を使わず、普通の肥料で育てているので、とても手間がかかっています。それに、今の時期しか見られない品種もあります。ぜひ、ご、ごら、ご覧になってください」


 ほとんど母の受け売りだったが、渾身の力説が功を奏したようで、ヴィオレットは顔を輝かせた。


「へぇ、そこまで言うなら、案内しなさい!」

「で、では、こちらへ」


 エドマンドはうやうやしくヴィオレットの手を取り、中庭へ導く。

 先ほど『エスコート』したときは無我夢中だったが、今度はひどく緊張してしまい、手のひらがじっとりと汗ばんだ。


「エドったら、こんなにヌルヌルになって!」


 ひどく含みを持った物言いで揶揄され、意味がわからぬまま顔に朱がさす。だが、気持ち悪いと振り解かれなかったため、一安心だ。


 道中、それぞれに従者を連れたカルミラの民とすれ違った。

 三人組の女で、廊下にたむろしてペチャクチャとかしましくおしゃべりしている。放置された従者たちは暇そうな素振りを見せることなく、影のように従順に控えていた。


「あれがアーサーの末の息子よ」

「まぁ、あれが。可愛らしいじゃない」


 女たちのひそひそ話は、エドマンドの耳にはっきりと届いた。『可愛い』と言われたことが照れ臭く、足を速めてさっさと遠ざかろうとしたが……。


「でも、アーサーにはまったく似ていないわね」

「そうねぇ、本当に彼の子かしら」


 幼いエドマンドには、戯言ぎげんだと聞き流すことも、動揺を隠すこともできなかった。ぴしりと硬直し、足を止める。


 女たちの言う通り、エドマンドはアーサーにこれっぽっちも似ていないのだ。母・キャスリーンに生き写し。同じく母似の長兄でさえ、笑うとアーサーの面影があるというのに。


 エドマンドが顕著な反応を見せたことが愉快だったようで、女たちは威勢を強めた。


「疑わしいわね。子どもの本当の父親は、女にしかわからないもの……」

「もし他所の殿方との子どもだったら、アーサーが気の毒だわ」

「それに、キャスリーンもよくもまぁ十一人も子を産んで。まるで獣みたいねぇ」


 エドマンドにとって、己の出自への疑念より、母に対する侮辱の方がずっとショックだった。

 出産はしばしば女の命を奪うという。脆弱な人間はもちろん、強靭な生命力を持つカルミラの民の命さえ。死への恐怖と戦いながら、十一人もの命を生み出した母を『獣』呼ばわりするなど、あまりに許し難い。


 年嵩の女たちから向けられた、剥き出しの悪意がおぞましく、恐ろしく、いきどおろしく、けれど反論の言葉も見つけられず、怒りをぶつける度胸もなかった。


 エドマンドはうつむいて震えながら、傍らのヴィオレットの胸中を推察した。

 この美しい女王は、自身と母を侮辱されて震えることしかできない騎士をどう思っただろう。心底軽蔑しただろうか。


 しかしヴィオレットは、エドマンドの後ろでじっとしている。急かすことも、手を振り解くこともしない。

 試されているような気がして恐ろしかった。このまま彼女の手を離し、どこかへ逃げてしまおうか……。


「言葉を慎め、年増ども!!」


 熾烈な怒号は、ヴィオレットの口から発せられた。

 女たちは――いや、エドマンドも、女の従者たちでさえ――一様に目を丸くして、ヴィオレットを凝視した。

 ヴィオレットは柳眉りゅうびをつり上げて怒りをあらわにし、女たちを順繰りに睨み付ける。


「年端のいかぬ子ども相手に、よくもそこまで醜悪な言葉を吐けるものだ。その性根の歪み具合には尊敬の念さえ覚える!」

「な、なんという無礼な子どもなの!」

「どこの家の小娘だ!」

「不躾な、親の顔が見たいわ!」


 女たちはとびきり忌まわしい害虫を見たかのように顔をしかめ、ヴィオレットを口々に非難する。

 だが当初の威勢はすっかり衰え、ずっと年下の少女に圧倒されているようだった。

 その証拠に、怯えた小動物のように身を寄せ合っている。従者たちも主人を庇うことなく、ただオロオロと戸惑っていた。


 わずか八歳の少女が、年齢不相応の威厳を放ちながら六人の大人をからめ取っている。

 エドマンドは、己が受けた屈辱さえ忘れて、ぽかんと見惚れた。

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