恋とはどんなものかしら 4
エドマンドは、年齢不相応の覇気をまとうヴィオレットを陶然と見つめた。
けれど、すぐにハッと我に返る。たった七年の人生の内に築かれたささやかな
「れ、レディ、ぼくは気にしていないので、庭へ行きましょう」
ヴィオレットが怒ってくれたこと、嬉しかった。
だがこのまま彼女を矢面に立たせておくわけにはいかない。女たちが本気の害意を示せば、二人とも無事では済まないだろう。
ヴィオレットの手を引っ張って促すと、少女は渋々と言った様子で従った。
「オルドリッジ家
女たちは歯噛みして悔しがっていたが、ふと従者の一人がなにかを囁いた。
途端、女たちは一斉にくちびるをつり上げ、ヴィオレットへ下卑た視線を送る。水を得た魚のように淀みなく話し始める。
「ああ、パトリシアの娘だったのか。確かに、あの
「父親がわからないらしいわよ」
「まぁ、種がわからない
あろうことか、今度はヴィオレットとその母のことまで侮辱し始めた。
怒りを押し殺しながらも、エドマンドは女たちへ疑念を抱く。彼女たちは、エドマンドが父母へ告げ口することを一切考慮していないのだろうか。
――いいや、それほどまでに、エドマンドたちのことを侮っているのだ。しょせん子どもだと。仮に告げ口されたところで、しらばくれればいいとでも思っているのだろう。
己の非力さが口惜しかった。情けなかった。けれど、
しかしヴィオレットは足を止めた。わざとらしいほどに大きく嘆息し、再度女たちへ挑む。
「まだ汚言を吐いて耳を穢すのか」
「お黙りなさい、卑しい小娘」
ヴィオレットの『弱み』を知った女たちは、今度は怯まずにヴィオレットを見下した。
「阿婆擦れのところへお帰りなさい。ここは、お前のような者が我が物顔で闊歩して良い場所ではないわよ」
オルドリッジ家の者でもないくせに、なんの権利があってそこまでのことを言い放てるのか。怒りを通り越して混乱するエドマンドなど意に介さず、女たちはクスクスと笑う。
だがヴィオレットはすぅっと息を吸い込むと、再度気迫に満ちた怒号を発した。
「慎めと言っているだろう!」
「お前たちの穢れた言葉を、背後の従者たちに聞かせるな!」
ヴィオレットの次声が放たれた瞬間、女たちの笑みが凍り付いた。対するヴィオレットはさらに気炎を上げる。
「
「なっ……」
女たちは口をもごもごとさせたあと、気まずそうに押し黙り、視線を泳がせた。ヴィオレットの言葉に正当性を感じたのだろう。
カルミラの民は、なによりも己の従者を重んじる。それが種族としての誇りだからだ。ゆえに、従者を粗略に扱う者は、同胞中から白眼視される。
従者の前で醜い悪言を吐き、他者を貶める。それは、あるじを尊崇する従者の心をも貶めているということになるまいか。ヴィオレットは女たちへそう問い掛けていた。
それでも女たちは、『子どもに言い負かされてたまるか』とばかりに踏み止まっていた。頬を引きつらせながらも、ヴィオレットを睨み据えている。
「主公、お控えなさいませ」
一人の従者が声を上げた。燕尾服をまとった長身の青年で、痛ましそうに眉根を寄せている。
「幼子相手に、むごいことをおっしゃいますな」
彼の主人らしき女は、カッと頬を赤らめた。それは従者に
しかし、場は未だ膠着状態。これを脱するために、誰かがもうひと声を上げなければならない。
――こういうとき、父ならどうするだろう。母なら、兄なら……。
惑乱のさなか、エドマンドはふと気付いた。ヴィオレットがずっと手を握っていてくれていることを。そして彼女もまた、掌中からたっぷりと汗を流していることを。
少女が見せた苛烈さは、気性から来るものだけではなく、振り絞られた勇気だった。知り合ったばかりの友と、他人の従者を守るための。
ヴィオレットの心中を察したエドマンドの頭は、恐ろしいほど冷静になった。そうだ、こういうとき、父上ならこう為す。母上ならばこう笑う。
エドマンドはそっとヴィオレットの手を
口元に微笑を浮かべたまま、右脚を引き、右手を胸に当て、左手は横へ伸ばした。ボウ・アンド・スクレープと呼ばれる男性式の辞儀だ。
「ご婦人方、歓談中に失礼いたしました。どうぞ、他愛もないおしゃべりを続けて下さい」
淀みなく言ってからヴィオレットへ向き直り、右手を差し出す。
「庭へ参りましょう、レディ」
少女はぽかんとしていたが、すぐに薔薇色のくちびるをつり上げて、艶然と笑う。
「ええ、案内してくださる?」
再度、二人の手が重なった。
歩を進める前に、もう一度女たちを見遣って、今度はやや意地悪く笑ってみる。
「母は広間におります。言いたいことがあるならば、直接どうぞ」
「うちの阿婆擦れも一緒にいるわよ」
エドマンドの言葉にヴィオレットも続いた。それから二人で顔を見合わせくすくす笑い、わっと歓声をあげて庭まで逃げた。
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