見送り
日が高く上った頃、庭先に出たエドマンドは陽光を浴びて目を細めた。
伝承とは異なり、カルミラの民は太陽を厭わない。人間と同等程度に暑さ、眩しさを感じるだけ。晴天に清々しさを感じるのも、人間とまったく変わらない。
エドマンドは『良い天気だ』と和みつつも、鈍い痛みを放つ左頬を撫でさする。
果たして赤くなっているのか、青くなっているのか、鏡を見て確認する度胸はなかった。力ある同族に付けられた傷は治りが遅いため、もう少し痛みは続きそうだ。
暴行の犯人たるヴィオレットは、黒いコートをまとって眼前に立っている。
上着の内側はドレスとハイヒールではなく、シャツにベスト、パンツとブーツの男装姿。これが彼女の正装だった。自分の無実を晴らすために石榴館へ赴こうとしているのだから、気合も入るだろう。
「では、行って来る」
見送る者たちに向けて短く告げるヴィオレット。ラスティとシェリルは至極不安そうな表情で押し黙っている。
「短慮を起こしてはいけないよ、ヴィー」
忠告しながらも、エドマンドは陽光のもとに立つ女に見とれていた。丁寧に梳かれた黒髪は後ろで一つにまとめられ、微風になびいている。眠気もすっかり覚めたようで、目尻はきりっと吊り上がり、背筋はしゃきっと伸びて、どこからどう見ても麗しい貴公子だった。
「わかっている」
襟を正しながらヴィオレットは言った。その視線の先にいるのは、エドマンドではなくラスティとシェリル。
「私の不在中になにかあったら、エドマンドを盾にして自分の身を守りなさい」
「わかった」「はい」
めいめいに頷く二人に、エドマンドは苦い顔をした。二人とも、屋敷の主人に負けず劣らずいい性格をしている。
「エド」
その女主人はようやく、屋敷の留守を預かる者に声をかけた。
「先ほども言ったけれど、ラスにいろいろ教えてやってちょうだい」
「わかっているよ。人間の相手は慣れているから」
「まったく、物好きめ」
ヴィオレットは失笑を見せた。エドマンドには反論など出来ない。彼が酔狂な変人だと家族にまで囁かれていることは、事実なのだから。
「いってらっしゃいませ」
シェリルの辞儀を受けたあと、女の姿は霧となってかき消えた。
頭を上げたシェリルの不安げな溜め息が、残された者たちの間を抜けていく。
「本当に大丈夫なのでしょうか。ヴィオレット様の力は今、全盛期の半分ほどしかありません」
「大丈夫だよシェリル。同族ならば、彼女を一目見さえすれば、長いこと人間の生き血を吸っていないことがわかるよ。……君からしか摂取していなんだろう?」
シェリルはまた息を吐く。
「おっしゃる通りです。わたくしだけを愛でて頂けるのは嬉しいですが、従者の血だけで生命を維持することはできるのでしょうか?」
「一応ね。でも、『力』は確実に弱まっていく。理屈はわからないけれど、ぼくたちは『人間』の生き血が必要不可欠だ」
「左様ですか……」
ずしりと音がしそうなほど沈むシェリル。その肩に、エドマンドは優しく手を置いた。
「ま、ヴィーなら大丈夫だよ。ぼくがなんの手もなく、彼女を一人で行かせるわけがないだろう」
あえて軽快な声を出し、ついでにウインクも付け加えた。
「母上が石榴館に行っている。きっと上手に取り計らってくださるさ」
「まあ、オルドリッジ夫人がわざわざ……」
シェリルは恐縮して眉尻を下げるが、すぐに大輪の花のような笑みを見せた。
「それならば心配いりませんわね。お茶を淹れなおしますわ。中へ入りましょう」
「おるど……誰だ?」
ラスティが首をかしげたが、メイドは答えることなく、ただエドマンドに視線を向ける。
「殿方同士、存分に語らいあそばせ」
どうやら女主人の命令を忠実に守らせる気らしい。ちゃっかりしている。
「超越者か……」
エドマンドは改めてラスティを
年は二十前後といったところ。上背があり、捲り上げたシャツの袖から覗く腕はなかなかに逞しい。
『
「どう見ても、ヴィーの好みのタイプではないのだが……」
ジト目を向けると、ラスティは困ったように後頭部を掻いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます