超越者

 カルミラの民。

 彼らは、悠久を生きる人外の生物である。


 姿かたちは人間と酷似しているが、その生命活動は根本から異なっている。

 美しい姿と面妖なる力で人間を惑わし、その生き血を啜る。それをしなければいずれ衰弱し果てるゆえに、吸血とは本能的な欲求だ。


 伝承では吸血鬼と称され、地域によっては悪魔と混同されることもあるが、彼らはそれらの呼び名を好まない。民間に語られるそれらの存在と似通っている部分もあるが、多くの部分で異なっているからだ。


 例えば、棺で眠ったりはしないし、疫病をまき散らしたりもしない。鏡にだって映るし、招かれざるとも侵入を果たすことはできる。


 また、血を吸われた人間は彼らの同族へと転じると言われているが、それも厳密には異なる。

 彼らは、特に気に入った人間に対して長時間かつ大量の吸血を行い、同時に自らの『力』の一部を分け与える。


 すると、その者の身体は人間としての摂理から完全に離脱する。そして己の血を啜った者を『あるじ』と認識し、その従属下に入る。

 主人を唯一絶対の存在とし、共に長い時間を生きる、いわば亜種の民となるのだ。決してカルミラの民と同種になるわけではない。

 『亜種』は、主人を世話し、その無聊ぶりょうを慰める『従者』となる。もちろん、『常備食糧』としての役割も果たす。


 カルミラの民が人間の血を糧とする一方で、彼らの血液は人間にとっては猛毒である。

 だがもし、カルミラの民の血を受け入れることができたならば――。


 その人間はカルミラの民の血を食餌とする『超越者』になるという。

 

****


「道端で死にかけていたところに、戯れで血を与えてみたら蘇ったのよ。そのまま人界に放置しておくのも無責任だし、連れ帰って従者として使っているだけ」


 ラスティについて、ヴィオレットはそんな風に説明をしてみせた。拾われた捨て犬のような物言いをされた当の本人は、他人事のようにつぶやく。


「俺って意外と運が良かったんだなぁ」


 のほほんとした男の言葉に、ヴィオレットもシェリルも微笑みを浮かべた。

 超越者の男を中心とした柔らかい空気は、エドマンドにはとても侵犯できそうになく、ひどい疎外感を覚えた。この雰囲気は一体なんだというのだろう。嫉視しっしせずにいられない。


「その男のことがわかったところで、本題に入らせてもらおうかっ」


 妬みの情を隠すため、エドマンドは強い口調で話題を変えた。それからわざとらしく咳払いする。


「ぼくは最近セントグルゼンの街を遊び場にしているんだけど、そこでここ二ヶ月ほどの間に、貴族の少女ばかり五人も死んでいる」


 あまりに剣呑な話題だからだろう、場の視線が瞬時にエドマンドへ集中した。少し満足するが、そんな低俗な優越感に浸っている場合ではない。


「それだけなら、どこかの狂人の連続殺人で済むだろう。けれど、すべての死体には共通してある特徴があった」


 エドマンドは目を伏せる。


「全身に吸血跡。もちろん死因は失血死だ」

「ふぅん」


 ヴィオレットはつまらなさそうに相槌を打った。だがその黒瞳に鋭いものが宿る。

 彼女が話に乗ってきたことに安堵しつつ、エドマンドは続けた。


「少女たちは社交の場から唐突に消え、そして次の日、変わり果てた姿で発見されている。ひと気のない路地裏なんかに捨てられているそうだ」

「あら、無粋だこと」


 女の声がひどく冷たいのは、エドマンドの話に興味がないからではない。『食事』の際、その相手を死に至らしめた挙句、ゴミのように捨てる同胞への蔑みからだった。


 カルミラの民にとっても『殺人』は忌むべき行為である。特に人間に対する殺傷は、同族に対するものよりも強い侮蔑対象となる。ましてや食事の果てに失血死させるなど、強姦殺人に等しい。


「その阿呆と私に、なんの関係があるというんだ? そんな話を聞くのも不愉快だな」


 わずかに眉間にしわを寄せるヴィオレット。エドマンドも険しい顔で続きを語る。


「……被害者の周囲の者たちが、一様に目撃しているんだ。長髪をなびかせた、男とも女ともつかない、美しい若者の姿を」


 ヴィオレットの柳眉がつり上がる。黙って聞いていたシェリルすら、身を乗り出して強い関心を見せていた。


「あまりに美しすぎてよく目立ったそうだ。麗しい貴公子がいると思ってうっとりと見つめると、次の瞬間には女性だと気付く。男装の麗人なのかと目を見張ると、次の瞬間には完全な男に見える。そしてもう一度確認しようとしたときには、その姿はそこには無い。そしてその人物が一体どこの誰なのか、知る者は一人もいない」


 エドマンドは瞳に真剣な光を宿らせ、ヴィオレットの麗姿を真っ直ぐ捉える。


「まるで『君』だ」

「エドマンド様!」


 シェリルが非難の声を上げた。


「そんな、確かにその特徴はこの方です。ですが、ヴィオレット様はここひと月ほどは外へ出ておりません」

「ぼくだって、ヴィーがそんなことをするなんてこれっぽちも思っていないよ。……でもね」


 エドマンドは苦い顔をした。


「『石榴館せきりゅうかん』の奴らが調査に乗り出した。君を犯人だと疑っている。きっと近々、ここに事情聴取にやってくるよ」

「なんだと……」


 女の顔が、さらなる不機嫌に歪む。

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