《どうやら囮にされたらしい》

「へえ!随分と立派な宿じゃないか!治安が悪いって言うから宿ももっと汚いのかと思ったが。」


南東の宿に着くとミグルがそう感想を漏らす。他の二人も満足そうに頷いている。


「ようこそ、ゲイツの宿へ!あなた達が入り口から連絡のあった方々ですね?私は冒険者ギルドの職員であなた方の馬車の見張りをさせて頂くボーグと言います。どうぞよろしく!」


俺達が宿の前にいると宿から男が出てきて声をかけてきた。


「どうも、ミグルと言います。それより連絡ってなんのことだ?」


ミグルが代表して返事をしてからそう質問する。


「入り口から盗難に遭う可能性の高い人達がいると冒険者ギルドの方に連絡が来るんです!可能性の高い人達には冒険者を見張りに付ける事になっているんですよ。」


そう言って説明するボーグというギルドの男。冒険者って確か依頼を受けて魔物と戦ったりする人達だよな?そんな人達が見張りにつくんだ?ちょっと楽しみだ!


「そうなのか。だが、冒険者は依頼がないと動かんだろ?誰が依頼を出してるんだ?」


ボーグから説明を受けたミグルがそう質問する。


「ええ。だから、この盗難に関する依頼はこの町の領主様から出ています。まあ皆で分配すると大した事はないんですが犯人に賞金がかかってるので受けてくれる冒険者は多いんですよ。」


どうやら見張りの依頼は領主とやらが出してるらしい。でも、入り口の登録で見張り代も含んだ料金を払ったよな?


「依頼が領主から出てるなら登録料はなんだったの?あれに見張り代も含んでるんでしょ?」


俺と同じことを思ったのかミーナの叔母が質問する。


「あれは冒険者に対してではなくて、我々ギルドの職員や役所の職員に対する人件費なんですよ。冒険者だけだと魔が差すような者も居るかもしれないので私達も見張りに付くんですよ。」


なるほど。冒険者以外も見張りに付くからその為の費用ってことか。


「なるほどね。でも危なくないの?冒険者ならともかくボーグさんは職員なんでしょ?犯人に襲われた見張りの人もいたんでしょ?」


そう言えば受付の女性が見張りが倒されたって言ってたな。


「まあ、仕事なんで仕方ないんですよ。襲われたら運が悪かったと思うしかないんですよね。一応殺される心配はないようですね。」


そう言って苦笑いするボーグ。まあ、頑張ってくれ。


「そう、大変ね。それで?馬車は何処に置けばいいの?」


いつまでも話してても他の人の邪魔になるからとミーナの母親と叔母が宿の手続きに行き、俺達はボーグの案内でミグルと一緒に宿の裏に向かう。


「今日はあなた方の馬車しかいない様なので停めるのは何処でも大丈夫だそうです。」


裏に行くと壁で仕切られたスペースが沢山あった。以前は満杯に成る程、商人などが利用してくれたらしいが今は利用者が居らず停める場所が沢山あるらしい。


「それじゃあ、後の事はボーグさんに任せるが冒険者は来てないのか?」


俺達と馬車を一番手前の場所に置いたミグルがそうボーグに質問している。


「それが実は見張りの冒険者がまだ決まっておらず、先に私だけ来たんです。後から来ますので馬車と馬の事は私に任せて、どうぞ宿で休んでください。」


そう言ってミグルを見送るボーグ。とりあえず1人で見張るらしい。


それから一時間程。太陽も沈み辺りが暗くなる中、相変わらず冒険者は来ておらずボーグが1人で見張りをしていた。俺の隣では疲れたのかシンディーが眠りについている。すると宿の裏手のこの場所に2人のガラの悪い男がやって来る。


「ちっ。見張りが居やがるぞ!どうする?」


男達はボーグがいることに気付くとそう言っている。すると、1人がナイフを取り出した。


「1人なら大丈夫だろ。おい!テメエ死にたくなかったら馬から離れてろ!」


どうやら目的は俺とシンディーらしい。ナイフを向けられたボーグはナイフに怯まず男達に向かって質問する。


「そのナイフで私をどうするつもりかは知らないが質問がある。最近多発している盗難の犯人はお前達か?」


ボーグの口調が少し変わった。問い詰めるような声に男達は一瞬だけ驚くが、


「そんなの俺達が知るかよ!今日町に戻って来たばっかりなんでな。その馬で稼がせて貰うぜ!」


そう言ってナイフを持った男がボーグに向かっていく。もう1人の男も横から同時に襲いかかる。危ない!


「あまり舐めないで貰いたいね!」


俺が心配して心の中で叫んでいるとボーグが男のナイフを持った手を掴み、横から来てるもう1人の男に向け投げ飛ばす。


「テメエ。邪魔するんじゃねえよ。」


横から来ていた男は仲間を避けて1人で向かってくる。だが、ボーグが懐に入り先に鳩尾に肘打ちを食らわせる。


肘打ちを食らった男がその場に倒れ込む。気絶したみたいだな。


「このヤロー。ぶっ殺してやる!」


今度はナイフを持った方の男が起き上がって向かっていくがボーグがナイフを奪って男を殴って気絶させる。


「まったく。人の物を盗んで楽に儲けようなんて最低ですね!」


男達を倒したボーグがそう呟く。いやービックリ!ボーグ強いじゃん!相手がナイフを持ってるのに余裕で制圧したよ!


「さすが元Dランクの冒険者なだけあるなボーグ!チンピラ相手なら1人で余裕だったみたいだな。」


俺がボーグの活躍に興奮していると男達が数人近づいてきた。1人がボーグに声をかける。


「ダンさん。あなた方が何故ここに?もしかして今回の見張りはあなた方が?それにしても来るの遅かったですね。」


どうやら彼等は冒険者らしい。ボーグが声をかけてきた男性と話しをしている。ダンと言うらしい。


「いや、そのな。お前には悪いが本当は一時間前には着いてたんだよな。」


ボーグに聞かれたダンが気まずそうに答えている。じゃあ、何で顔を見せなかったんだ?


「じゃあ、もしかして隠れてたんですか?何故?」


ボーグもそう質問している。ボーグとダンが話していると一緒に来ていた冒険者が気絶している男達を連れていってしまう。


「とりあえず、奴等は俺の仲間がギルドに運ぶぞ?それで何で隠れてたかって言うとだなギルドマスターの指示だったんだよ。」


ダンが気まずそうに言うとボーグが嫌そうな顔をする。


「はぁ。成る程、わかりました。つまり囮にされたって事ですね?」


ため息を漏らしてそんな事を言うボーグ。囮?


「ああ。今回、犯人が狙う可能性の高い馬がいて、見張りが1人なら相手も油断するだろうってさ。ついでに他にも馬鹿な真似する奴等がいたら捕まえろって指示されたんだ。流石に知り合いのお前を囮に使うのは嫌だったがマスターに直接指示されたもんでな。」


成る程、ね。犯人を誘い出す為の囮に俺達とボーグがされたって事か。まあ、先に犯人よりチンピラが来たからダン達が出てきたって事なんだな。


「ギルドマスターの言う、犯人もお前だけなら油断するってのは分かるけどな。見た目だけならお前は弱そうだし。」


ダンはそう言って苦笑いしている。確かに!俺もボーグが強いとは思わなかったし。


「まあ、事情は分かりました。つまり、ダンさんは隠れて犯人が来るのを待つんですね?」


ボーグがダンにそう質問する。


「ああ。例の犯人が来るかも知れないからな。」


ボーグの質問にダンがそう答えた。その時、


「そう思うなら、ちゃんと見張っておくべきだったね。あのチンピラは只の囮だよ!」


宿の屋根から人が俺の所に飛んできた!ボーグとダンが素早くこちらに向かってくる。どうやらコイツが真犯人みたいだ。


「はっ!遅いんだよ!じゃあな!」


現れた犯人はそう言って何かを取り出して地面に叩きつけようとする!


「な!?転移石か!」


ボーグが犯人が取り出した物を見て驚いている。転移石?つまり転移!?俺は騒ぎで起きたシンディーを見る。そして犯人に体当たりをした。


「「な!?」」


犯人とボーグ達の驚いた声が重なる。犯人が体当りをされながらも転移石を地面に叩きつけると俺と犯人が光に包まれる。


そして、俺は宿から姿を消した。

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