ゲネラルプローベ
広い、広い、暗闇が見える。何も見えない。何も聞こえない。しかし足裏から確かに地面の感触を感じる。
手を伸ばしてみると、なにか強い抵抗じ押し戻される。
確かに触れる。これは布だ。
よく目を凝らせば感触と合わせてわかる。これは布だ。恐らく非常に長い布が自分を挟んでいる。
長い長い、真上を見上げてもそこには一応の闇が広がるだけ。
目が慣れてくる。巨大な布が揺れるのを感じる。
巨大な布が前後に不規則なリズムを刻んで、揺れている。
まさに壁だ。
大きく巨大な自分を飲み込んで、今にも押しつぶされそうなプレッシャーを感じる。
不規則なリズムはまさに生きているように感じる。強く、強く、弱く。弱く、弱く、強く揺れる
生き物のように揺れ、まるで巨大な生き物に飲み込まれたように感じる。
意識がはっきりし互換が鋭利に研ぎ澄まされていく。
熱い、熱い。息苦しいほどの厚さを感じる。
ここは、なにかの生き物の体内なのか。
光だ。光が差し込む。揺れる布と布間を貫くように一筋の光を見る。
突き進む、光に吸い込まれるように、体が自然に動く。
なんだ。
光り輝く柱の向こうに目を凝らすと、広い広い板張りの床が見える。
ここは舞台、舞台袖だ。
「おや、おや、これはこれは」
芝居がかかった男性とも女性とも取れる中性的な声が舞台袖に響き渡った。
声は複雑に反響し、吸収され、あたりを見渡してもどこから声が聞こえてきたかわからない。
「どうして、貴方がここにいるのでしょうか」
今度はわかった、舞台から聞こえる。
光り輝く向こう、まぶしい光に目を細めると、舞台の真ん中になにが居る。
「舞台の幕が上がる前に、舞台袖に入ってくることはマナー違反ですよ」
彼/彼女の言葉が響いた途端に、背景がよじれ、上下の平衡感覚がなくなる。溶ける。
強い光を目に感じ、鋭い痛みで目を閉じる。
「演目は舞台袖でなく、しっかりと客席で見てもらわなければ困ります」
目を閉じていても今度はもっと彼/彼女の声がはっきり聞こえる。
目をゆっくりと開け、状況を理解する。
ここはオペラハウスだ。
いつの間にか1階の客席の中央に居る。
舞台の真ん中には燕尾服らしき服を着た何かが立っている。
彼/彼女が声の主だ
「しかし一体何を考えているのでしょうか、幕が上がる前に舞台袖にオーディエンスを呼ぶなんて。この劇を管理している私の身にもなってくださいよマキナ」
こちらのことなど、気にしない様子で彼/彼女は虚空と会話を続ける。
「ええ、たしかにノイズが入ったのは、私の不手際ですよ。ですがあなたが用意した機械がポンコツなんですよ、ほぼ壊れかけ。そのせいでうまい操作ができないのです。多少のミスはご愛敬でしょう」
体が動かない。体の感覚を感じない。
「あれ用意したをあなたにも責任があるのですよマキナ」
こちらに視線を向ける彼/彼女。
「おっと、オーディエンスが居る前でした。舞台裏の事情なんてお恥ずかしいお話を聞かせてしまいました」
芝居がかった、お辞儀を深々としてこちらに話しかけてくる。
「はじめまして、私の名前は渡辺、あれ? もしかしたら渡部か渡邊だったかもしれません。すいません、なにせ、セリフが一つもない端役ですので、お気になさらず。あなたは舞台で木の役がツリーの役に代わっていても分からないでしょう? だからあまり端役の名前はなんでもいのですよ。主役も間違える名前ですよ。なんなら、わたちんとでも好きに呼んでください。面倒くさいならワタナベでよろしいですよ。ガイコクとかラグビーとか単語で役名ついていないだけマシなのかもしれませんが、下の名前もないただの数合わせですよ」
「貴方ともっと、お話をしたかったのですが、どうやら時間切れのようです、もう少し時間があれば私自慢の魔笛を披露したのですが」
「もうすでに、あなたは世界とつながり始めている」
「二度とお話しする機会もないでしょうから、私から最後に1つ、アドバイスを」
「この劇の結末はいまだに未完成、あなたと選択と行動で喜劇にも悲劇にもなります」
「どうか、お願いしますよ、我らがネイハム・テイト」
「さぁ、舞台はまだ始まりませんが、これなら始まります」
「どうぞ、ゲネラルプローベの開演です」
D.C.
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