第8話 序曲④

 日時は次の日の午後十七時四十分、ショートホームルームの始まる時間だ。


「よぉーす」


 赤石は相変わらず、覇気のない形式上だけの挨拶をして、自分の担任である一年一組のホームルーム教室に入室をする。もちろんクラスからの挨拶も返ってはこないそれが、彼女達の普通である。


 クラスの様子もいつもと変わらず、蹟大美羽、桜葉成見、龍頼陽十美の姦し三人娘は、自分たちの興味のある話題に花を咲かせ、御伽噺楓は、自宅の中華料理屋の税務管理を電卓をはたいて計算、小望月優幻は、周りの目を気にして教科書を読むふり、そして渡部は一人ポツンと座っている。いつも通りだ。


「……えっマジエモすぎないそれ」


「そうなのよ。今日のお昼に偶然見かけてさぁ!」


「私も明日、行ってみようかな」


「えーっと。はるさめを三箱、クコの実を二箱、麻……」


「っ……ここのlog10を三乗して、」


「……」


「起立」


 いつもの通りに、彼が号令を行い、バラバラと彼女達は自分の席から立ち始め、彼と数名だけが挨拶をして、着席をする。いつもであればここで赤石が『連絡事項はたぶん無い、以上解散』と言って終わるが今日はそうではない。赤石が黙ったのだ。


 静かなクラスで三人だけの会話が続く。


「え、まじまじ見せてそれ」


「ほら、どうよこれ」


「今度、」


 三人組のうちその異変に最初に気付いたのは、桜葉であった。彼女達は決して赤石を無視しているわけではない。興味が無いから反応をしないだけで、耳は一応であるが彼の声を聞いている。いつもの彼の「以上解散」が聞こえない事に違和感を感じ、会話をやめて彼に注意を向ける。そして三人で会話をしている中で一人が会話から離脱をすればあとは芋づる式に、注意を引き付けることができる。そして全員の注目が集まったところで、再び彼は口を開く。


「昨日話したことなんだが、保護者会の出欠表を持ってきた奴はいるか?」


 クラスは未だに水を打ったように静かなままだ。誰も反応を示さない。つまりは誰も持ってきては無いし、出す気もないのである。さらに彼は続ける。


「いいか、前にも言ったが、一年生の一回目である保護者会は非常に大切なんだ。お前たちの保護者にこの学校の運営方針や、クラスの状況などを伝える必要があると、上の連中は考えている。それはつまりはな、俺たちはこんなに生徒のことを考えているアピールを、したいんだよ上は」


 教室のどこからか、あきれたようなため息が聞こえる。それもそうだろう、すべて大人の都合なのだから。


「だからだな、この保護者会に出席する保護者が少ないのは非常にまずい。出欠表さえ出ないこのままでは確実に上からは、保護者に電話連絡をして出席を打診しろとお達しが来る」


「そ、そんなの聞いてないよ!」桜葉が抗議の声を上げる。


「ま、まあ落ち」


「だって先生そんなこと言ってなかったじゃん! 横暴だよ、横暴! ねぇ陽十美!」


「えっ?そ、そうだぞー。横暴だー、横暴大根だー!」


 赤石の言葉を遮り、桜葉はさらに抗議の声を上げ、隣の席の龍頼を巻き込んで反対を訴える。


 横暴大根ってなんだよ、おい。こいつ絶対俺のさっき言ったことも理解してないよ……はぁ。


 赤石は手で抗議を制しながら続ける。


「まあ、まあ、まて。話は最後まで聞け。俺だってそんな、面倒くさいことはしたくは無い。しかしだな、上はそれで満足はしないんだよ」


「そんなの先生が、電話かけたことにすればいいじゃん! ダメでしたーって!」


「そうだ、そうだー! ダメでしたーだ!」


 二人の反論は止まらない。彼は止まらない反論に、応戦する。


「今回はっ! それでいいだろう。今回はそれで、上も納得するだろう。しかし、しかしだな。このクラスは確実に百パーセント、上から目を付けられることになるぞ。保護者に出席者が一人も来ないヤバい学年だって。確実にお前たちの今後の行動を見る行動が厳しくなる。言葉は悪いが、親がヤバいはイコール子供もヤバいだ。実際はそうでないかもしれないが、最初のレッテルはそう付けられる」


 赤石の言葉にクラスは再び静まり返った。


 「目を付けられると非常に面倒くさい事になる。授業中の監視の目や、休み時間の君たちを見張る先生が出てくるかもしれないし、いつもすぐに終わホームルームだったて、しっかりやれと言われるし、今は行っていない帰りのショートホームルームをやれと言われるかもしれない。今までは『一年生だから右も左もわからないししょうがないっか』で済んでいたものが、やっぱりあの学年ヤバいと様々なところで君たちの自由を奪うようになるだろう」


「そんなこと言ったって無理なもんは無理だよ! 親だっていきなり仕事を休むことなんでできない、それは先生達だってわかってるでしょ! 普通、常識的に考えてよ!」


「そうだー常識的に考えろー!」


「だから上の連中は、一年生の保護者会お知らせのお便りは、入学式の日に配布するようにしているんだよ。いきなり休めないは言い訳にはならない」


 桜庭の反論もむなしく、彼の言葉を打ち破るには至らなかった。


「だから、上の連中を納得させる必要がある」


「だから親は来れないって」何度も同じようなことの堂々巡りに、ううんざりした態度で言葉を吐く桜葉。


「違う、建前を作るんだ」


「建前?」


「いいか、シナリオはこうだ、このクラスは非常に生徒が優秀で、学校貢献もしたいし、少人数であるが、クラスの中も良好だ。だがしかし、今回は、今回に限り保護者会は、それぞれの保護者がどうしても外せない用事があり、だからどうしようもなく、しかたなく、保護者の出席者は居ない、とする」


「なにそれ、ウケる。先生考えたの?」桜庭が彼を嘲笑する。


 担任があまりにも突拍子もない話をするので再びクラスの集中が彼に集まる。


「そうだよ、ウケるかもしれないけどそれしか道は無い、何度も言うが俺だって、お前らの親に電話するのは避けたいんだ」


「で、クラスが優秀なのは……まあいいけど、学校貢献と仲良しこよしってどうするのよ。みんなで手でもつないで歌でも歌えばいいの?」


「あ、あたし音楽の成績は3だったよ!」


「陽十美ちょっと黙って」初めてこのショートホームルームで蹟大が発言をした。


 いいぞ、初めて俺の話に食いついたな、やはりお前はよっぽど親が嫌いなんだな。


「やることはいたって単純だ、この紙に名前を書くだけだ」


 そう言ってクラス全員にプリントを一人一人に配布する。


「部活動申請書?」再び桜葉が声を上げる。


「そうだ、お前達にはクラス全員で同じ部活に入ってもらう。活動内容は紙に書いてある通り天文学部だ。本校の定時制という特色を生かしてこの学校を大いに盛り上げてもらう。もちろん新設立だから、幅を利かせる上級生も居ないし、顧問は俺だ」


「でも、放課後残るのはナー」白々しく補足のための合いの手を桜葉は入れる。


「言ったろ、顧問は俺だ。一応の活動日は決めておくが、参加は自由とする。出席も取らん。とりあえずは入っておくだけでいい。文化祭などには少しは働いてもらうことがあるかもしれんが、基本的には自由とする」


「入るけど何もしない部活って、そんなの意味あるの?」今度は彼女の純粋な疑問をぶつける。


「大いに意味がある。部活動に入部しておけば、卒業時の経歴に四年間の活動したと記録が残る。それは圧倒的に就職に有利だ。それにお前たちが思っているよりも上の連中は部活動加入率を気にするんだ。この一年一組の部活動加入率はこれで百パーセントになる。さすがの上も黙らざる負えないってわけだ。じゃあ名前を書いたら紙をくれ」


 長いようで短い問答が終わり、教室全体には「じゃあ、仕方ない」という空気が流れそれぞれが筆記用具を取り出し名前を記入し始める。


「はい」


 こいつが一番先に出すとはな、やはりコイツと家の関係はだいぶ拗れているようだ。余程親に電話をさせたくないらしい。……それにしてもコイツ字綺麗だな。


 差し出された部活動申請書を、まじまじと見つめる担任に疑問を覚える蹟大。


「なに?」


「あーいや、なんでもない。ちゃんと上下に名前が書いてあるか確認してただけだ。ありがとう蹟大」


 彼女は赤石に部活動申請書を提供して、自分に関わる話が終わり興味がなくなったか、席に戻ってスマートフォンを触り始めた。その後は龍頼が自分の名前を書き間違えるトラブルはあったが、赤石は六人全員の部活動申請書を集め終えることが出た。


「おし、全員出してくれてありがとう。副校長には俺がよろしく言っておくわ。それと第一回の活動日は一応明日の放課後だ、来れるやつは一応だが来てくれ。以上解散!」


 そう言って赤石は教室を出て行った。


「意外とあっさり行ったもんだったな、もっと出し渋ると思っていたんだが」


 赤石は社会科職員室で先ほどのショートホームルームと副校長への報告の感想戦を一人でしていた。


 ショートホームルーム後、赤石はその足で副校長に、自分の学年からは保護者の出席者は居ない、電話で打診をしたが、全員が外せない用事があったと、虚偽の報告をし、その後クラス全員がこの学校を大いに盛り上げるために積極的に部活動を頑張ると報告をした。保護者会の件はかなり難色を示されたが、部活動加入率百パーセントを達成した赤石の前にそこまで突っ込むことはできなかった。やぶ蛇は突かない日本人の美徳である。


「それにしても演技がうまかったな、桜葉は」


 ショートホームルームでの赤石と桜葉大立ち回りは、すべてが蹟大美羽に納得は行かずとも、学校に不快感をあまり持たせないで、部活動申請書を強制的に出させるために行われた。昨晩赤石は桜葉に今日の作戦の概要を説明し、あえて悪役に回ってもらったのだ。目をつぶり昨日のやり取りを思い返す。


「いいか、流れはこうだ。俺がお前たちに保護者会の参加同意書を出していないことを迫る、いろいろと面倒くさいと言い訳を付ける。例えば親に電話するとか」


「うっわ、ひっどくねそれ、言ってないよね」


「ああ、言ってない。まあ本来であればする必要があるのだが、面倒くさいから俺はしない。お前は今みたいに俺を非難してくれ、そして龍頼を乗せて流れを作ってくれ」


「陽十美を?別にいいけどなんで?」


「お前がクラスの意見をまとめて代弁しているように見せてほしいからだ。お前ひとりだと、お前だけが不満を述べているように思える。それではだめだ、お前が全員の意見をまとめているように錯覚するのが大切なんだ」


「ん?だったら私だけでも十分じゃないの?正直陽十美は私と先生の口論に参加できるほど頭良くないよ」


「可哀そうなことを言うんじゃない、じゃあ質問だ桜葉。お前街角でいけ好かない奴にナンパされたらどうする?」


「どうするも何も無視一択でしょ。キモ過ぎて相手もしたくない」


「そうだ、相手から無理難題を押し付けられたら一番いい方法は、交渉の席に着かない事、無視することだ。たとえお前一人が俺を反論して、口論の結果納得をしたとしても、それはお前と俺の二人だけの口論だ。その交渉に蹟大は入っていないから彼女は無理の一言で突っぱねることができるし、最悪その口論の内容も聞いていない」


「ああ、なるほどねぇ。だから陽十美も巻き込んで、あたし達の反論にするわけだ」


「話が早くて助かるよ。そうだアイツは所詮にぎやかし程度にしかならないようだがお前達、姦し三人娘の三分の二が参加するんだ、必然的にあいつは仲間意識で、口論の行く末を見届けるだろ」


「先生、私たちの事裏でそんな名前で呼んでたんだ、ショック」


「事実だ、話を戻すぞ。最終着地点は部活動申請書への署名、それを書けばすべて丸く収まるように俺は話を持っていく、苦しいようだが、お前は俺の理論に駄々をこねてくれ。それでいい」


「ほかの三人にはどうするの?優幻ちゃん助けるためとは言え、あたしの印象悪くならない?」


「小望月と御伽噺には事前に話をつけておくよ」


「それでも美羽ちゃんが渋ったら?」


「そしたら、……その時考える」


「ふーん。それは教えてくれないんだ」


「別にいいだろ、奥の手はばれたら奥の手じゃないんだよ。それに幽霊部員だったとしても部活動の加入は必ず四年の時にアイツらを助けることになるんだ」


 生徒を脅して部活動に入れさせて、上司には虚偽の報告とは、我ながらクズここに極まれりだな。


「そうだ」


 赤石は今日のやり取りで気になる事を思い出し、自分のデスクの鍵のかかった引き出しを開けた。仕事をろくすっぽもしていない彼のデスクに、入っている鍵の欠ける必要がある貴重品なんて一つしかない。生徒の個人情報だ。


「あった、これが調査書と入学願書の束か」


 赤石は入学時に提出する書類と、中学校から送られてきた書類を取り出し、該当生徒のページを広げる。入学願書は入学時に本人が書く個人情報であるが、調査書にはその生徒が中学校でどのような生徒だったが、その担任の声が詰まっている。


「やっぱり、どう見てみても普通じゃないよな」


 広げられたページの生徒氏名欄には蹟大美羽と書かれている。


「出身中学校は、東京都で五指には入るほどの偏差値を誇る有名お嬢様学校、その中でも難関校でも評定平均は三年の一学期までオール五、二学期からあり得ないくらい下落を起こして最終的な評定平均はオール三まで落ち込む。三年間風紀委員と委員長を務めリーダーシップにも優れていた。得意な科目は音楽で、そのたぐいまれな才能は他の追随を許さないほどであった。」


 おそらくこの文章を書いた担任は、彼女のことが好きだったのだろう。他の生活態度などの文章の節々から彼女を良く書こう、彼女はこんな子ではないと思いを感じる。


 「なるほどな、二学期から生活が乱れ、欠席が多くなり第一志望であった高校に落ちた。いや違うな、コイツは第一募集でここに来ている。どうしてだ」


 なぜ一次募集からこの学校に? この成績と経歴であればトップクラスの学校は難しいが、正直並みの普通高校もフリーパスのはずだ。


「入学時のテストでは全都高校共通の問題で、まさかの三百点中三百点満点をたたき出した、控えめに言って化け物だ。面接点込みの成績では桜葉が一位だったが、学力だけならこいつがぶっちぎりだ」


 それにこの写真だ。入学時願書にはおそらく中学校でプロのカメラマンが撮影したであろう写真が貼られている。顔はそのままだが、その時の髪型は黒髪のロング、今の金髪のショートカット彼女とは全く別物だ。入学試験の際にあまりの違いに管理職が本人確認を何度も行ったのも、頷ける。


「面接点は百点満点中十点、これほぼおまけの十点だろ」


 面接時には態度が悪く、入退室も適当、受け答えはほとんど「はい」と「いいえ」しかなかったと書いてある。


「こんなに頭良ければ、マジでうちの授業はあいつ小学校で終わらせてるな、いや保育園かもしれないな。授業で寝るのも理解できる」


 彼女の来歴を知れば知るほど疑問は尽きない。そして彼女の今日の反応。やっぱり家か。


「あー、何でうちのクラスはこんなにバライティ豊かなんだよ、クッソ」


 彼女の件は書類を漁っても疑問しか浮かばないし、正直本人も触ってほしくないだろうと感じた赤石は、そんな問題があるやつだから定時制なのだろうと、あきらめて書類を片付け、しっかりと鍵をかけた。


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