第6話 放課後③

赤石と桜葉の二人っきりしかいない職員室にチャック開ける音が響く。




 「んっ………ほらぁ、せんせー早く、早く。出してぇっ」


 「そんなに急かすな、桜葉」


 「だってぇ、そんなこと言われたら、尚更……っ期待しちゃう」


 「がっつくなよそんなに。いつもは、時間があるときにしか、やらねぇから結構、奥の方にしまっちゃってるんだよ」


 「で、でもぉ……も…ぉ…もう、ガマン、のっ…限界なの……っ」


 「はぁ……仕方のない奴だな。………ほらっ」


 赤石は満を持して彼女が望むを取り出す。


 「うわ…っ、何これ。すっごい……想像以上より、そしてすっごくっ匂い濃い……ね」


 桜庭はの匂いを嗅いだだけで、半分トリップしてしまっている。


 「そんなにかぁ、いつも嗅いでる匂いだから、俺にはわからねぇな」


 「うそぉ……やっぱり生って感じする…っ。今日もいろんな人の嗅いだけど、一番っ」 


 「ねえぇ、先っちょだけ、先っちょだけ、少しでいいからっ……


 「何が先っちょだ、いったい。このままかじるのも駄目だ。体に悪い」


 どんどん彼女の息が荒くなってくる。を目にして、もう我慢の限界が近いのだろう。


 「おい、おい、勝手に触るな。手汚れるぞ。ちゃんとした手順があるんだよ。これをまずよじってだな……」


 慣れた手つきで、赤石はを使用できる形に整えていく。


 「そしてこれを張って完成だ。ほらよっ」


 彼から許可の出た瞬間に、彼女はソレを口に咥える。そして

 

 

 その余りにも必死すぎる彼女の姿を見て、赤石の中のクラスでの落ち着きのある彼女の像が崩れ去っていく。


 「……ジャンキー過ぎるだろ」


 そして彼女は10秒間ゆっくり、ゆっくりとタバコを堪能をした後に煙を吐いた。


 「最高」


 「それにしてもタバコが吸いたいなんて、お前それでも高校生かよ。新しいのまで用意させやがって、昼間にピースあげたろっ」


 赤石は抗議をしながら、部屋に匂いが籠らないため、職員室の窓を開け始める。優幻が入学してくる前の1年間は赤石はここで喫煙をしていた。しかし優幻が初めてに来た時に、あまりの臭さに赤石に猛抗議した結果ここは禁煙となっているのだ。


 「だぁってぇー、手巻きタバコあるなんて聞いたら、吸いたくなるじゃん……はぁぁーそれにしてもこれ最っ高」


 そんな赤石に目もくれず、彼女は昼間見たように美味しそうににタバコを吸って、ソファでリラックスをしている。


 「はいざらー、どこですかー」


 「俺のバックの、外ポケットに入ってるから自分で出せ」

 

 「はーい!」


 職員室の窓をすべて全開にして、さらに台所の換気扇もつけて赤石は彼女の前の席に再び腰を下ろす。


 「で、これで満足か?」


 「ちがう、ちがう。手巻きタバコあるって興奮しちゃって話とんじゃったけど、じゃない」


 「おい、じゃあ返せよそれ」


 「いっやでーす、いいでしょこれは食堂の借りイチってことで!」


 「………はぁ。じゃあなんだよ。早く言えよ」


 じゃれていても話が前に進まないので、赤石は単刀直入に質問を投げつける。


 「んーと、」


 彼女はもったいぶるように、すこし恥じらいながら赤石に答えた


 「明日も、ここで?」

 

 「残念だな。ここは禁煙なんだ。じゃあこの話は無かったという事で」

 

 めんどくさい臭いを感じた赤石は、交渉を打ち切るために立ち上がろとする。


 「それは、嘘。いや、嘘ではないけど。あるはずでしょっ?」


  クッソ……流石に気づいているか。

 

 「ここでは、吸ってないのはわかるよ。言ったでしょ私、鼻いいから。ここからは臭いしないもん」


 彼女は昼と同じように、再び自分の鼻を指を指して自慢をする。


 「でも、どっかで吸えるはずなんだ。先生がたまに匂いするから、吸ってるのは確定」


 彼女の言いたいことは、はっきりと分かったが、その内容に赤石はうなだれる。


 「………はぁ。つまりはお前の話をまとめると、優幻にクラスで便宜を払うから、学校でタバコを吸わせてくれってことか?」


 「そうでーす。あっでも、優幻ちゃんの件は別に勝手にやるけどね」


 こいつはこれがどれだけヤバいことかわかって、言ってるんだろうか。ただでさえ校則違反をしているのに目をつぶっているのに、その場所まで用意させようとしてるのか、こいつは。真面目そうに見えてやっぱり狂っている。


 「いい案じゃない?ウィンウィンってやつじゃないい。優幻ちゃんと私両方とも嬉しい、先生もクラスでの心配事が一つなくなる。あっこれじゃウィンウィンウィンだね」


 俺が昼間あったときに面倒くさがらずに、ちゃんと校則を説明をしておけば、こいつがこんな発想にもならなかっただろうに、いやそんなこと言ったら、入学の時か!?めんどくせぇぇぇ。

 そんな頭を悩ませている赤石を尻目に、彼女はさきほどの1本を、根元まで吸い終わるところだった。

 

 「そんなに我慢できないのかお前?」


 「毎日4限には、ヤニが切れて限界ギリッギリ」

 

 あー。これは重症患者だわ。

 

 赤石はふと時計を確認した時刻は21時50分

 

 ちっ……しゃーないか。くそっ


 昼間同様考えることがばからしくなった、赤石はに目をつぶることにした。

 

「しゃあ」


 突然立ち上がった赤石を見上げる桜葉に、赤井は棚からとあるモノを取り出し、アンダースローで投げる。


 「ほいっ」


 「ん??ん??」

 

 彼女は赤石から投げつけられたモノと、これからの展開が読めずに頭にハテナを出す。 


 「ナイスキャッチ」


 「とりあえず、それ

 

  そういって赤石は応接ブースから、出ていった。


 「えー、なにこれー?」

 

 彼女はいまだにそのモノをどうするかわからない様子で、手元でいじくりまわしている。一向に動こうとしない彼女に赤石はとどめのセリフを衝立越しに投げかける。


 「タバコ吸いたいんだろ、早くしろ」


 「わーい!」


 桜葉はその言葉に歓喜の声をあげ、訳もわからないままブツを手に持ち、彼の背中を追って職員室を後にした。




 

 長く、長く、暗く無限に続くようにも思える廊下。見るものすべてが、昼間とは全く別のものに見える。いつもは騒々しいこの一帯も、ただそこには一応の闇と静寂しかない。水道の蛇口はしっかりとしまっていないのか、ぴちょん。ぴちょん。と水のしずくの落ちる音が静寂をさらに、不気味立たせる。そこに二つの光と二人の足音が響く。

 

 「で、なにをさせられてるの私は?」


 「なにって、だろ?」


 1階から順に始めた見回りは、もうすでに定時制社会科職員室のある4階まで来ている。さすがに彼女は疑問を投げつけた。


 「じゃなくてさ、なんで私までさせられてるのって言ってるの」


 「そりゃ、担任の業務の手伝いだよ。」


 「なに、先生毎日こんなことしてるの?」


 「ああ、そうだが」

 

 「あっ察し…………」


 「何を察したんだ行ってみろ桜葉」


 「いや、先生って職員室でもこう、窓際というかハブられてるんだなって……」


 「ちげぇーよ。ハブられてねぇよ」


 ごめん、ほんとは少し浮いてる。


 「だって、こんな仕事に意味あるの?さっきから懐中電灯片手に学校を徘徊してるだけだよ」


 「徘徊とかいうんじゃねぇ。これでも立派な仕事なんだよ。ただ、めんどくさいことは認めるけどな!」


 「やっぱりハブられててるから、そんな仕事を押し付けられてるんだね…………よし、よし」


 「頭撫でようとするんじゃねぇ。好きでこの仕事やってるんだよ!」


 「徘徊これを好きって先生普通じゃなよ、夜な夜な学校でなにしてるんですか、いやらしい」


 彼女も別に答えを求めてはいない、時間をつぶすための、たわいもない会話を二人で続ける。

 

 「だからぁ…………」


 彼女は今まで感じていた、彼の気配が突然立ち止まるのを感じ背後を振り向く。


 「ほら、こっちだ」


 赤石が立ち止まった先には、教室の違う金属製の扉があった。


 「あれ?そっちは……なに?」


 元々彼女たちは基本的に2階から上には行く事はない。土地勘がないのは当たり前だが、その扉には全くの検討が付かなかった。

 彼女は道を戻り、彼の隣に立ったところで、赤石はその扉を開ける。そこには先が見えない漆黒の闇が、広がる長い廊下らしきものがあった。

 

 「え、なにここ?」


 あまりにも想像以上の光景に言葉を失う。


 「こっちだ」


 そう告げると赤石はずんずんと廊下を進み始め、闇に消えていった。

 

 「なに、なに、なにぃ!、こんな暗がりに連れ込んで何する気っ!」


 あまりの怖さに茶化してみるが、彼は帰ってこない。


 「なんもしねーよ、早く来い。そのために懐中電灯渡したんだ、それ使え」


 闇から赤石の声だけが響く。


 「ああ、そっかー!はーい」


 桜葉は懐中電灯であちこちを照らして、安全を確認しながら前に進む。照らしたところで廊下は特別なつくりではなく、少し長い窓のない廊下であった。赤石は廊下の終わり、再び鉄の扉の前で待っていた。


 「定時制の生徒だろ、これくらいでおじけづくなよお前」


 「えぇー、これはさすがに怖すぎるよ」


 「ほれ、着いてこい」


 そういって扉を開けた先には、上へとつながる階段があった。彼女は行く先を懐中電灯で照らしてみる、そこには今度はボロボロの鉄の扉が見えるだけだった。


 「なんかさー、先生」


 「ん?、なんだ」


 階段をのぼりながら赤石に話しかける。


 「夜の学校ってって感じする」


 「なんだ、特別って」


 「ほら、お化け屋敷とか、ホラー映画の定番って夜の校舎じゃない?」


 「そうだな」


 「それと、なんかすっごく悪いことしてる気分になる」


 「これから悪いことはするんだろう、それに夜の校舎が特別なんてのはお前がまだまだ証拠だよ。俺には昼の学校のほうがに感じる」


 「そんなもんかなーって、いったいどこまで行くの?」


 「あと

 

 そうこうしている内に二人は扉の前にたどり着く。何やら鍵らしきものを取り出して、赤石は勢いよく扉を開ける。突然の明るさに彼女は瞬間的に目をつぶる。目をつぶっていても肌で感じる生暖かい空気、耳で感じる町の音に自分は今どこにいるか彼女は理解する。


 「屋…上?」


 目を開いた彼女には夜の街並みが広がっていた。


 「うわぁ……綺麗」


 そこは地上5階、第三久須師高等学校は住宅街と河沿いにあるので、周りに何もさえぎる大きな建物がない、とっても綺麗とは形容できないが、それ相応の景色が広がっていた。


 「ほら、行くぞ」


 「え、え、ここじゃないの?」


 そういって、赤石は屋上のさらに奥、巨大なコンクリートの建物らしき所へ歩いていく。


 「ほら、先生見てよ!星も見えるよここ!」


 「下らないこと言ってないで、早くこっち来い。そこは


 「なになに、見えちゃまずいんですか?」


 「当たり前だろ、屋上はもともと生徒立ち入り禁止だほかの教員にもばれたらまずい。それにもし、そんなところでタバコを吸ったらご近所さんにバレるだろ。今はそういうご時世なんだよ」


 彼女の彼を追いかけて、巨大なコンクリートの建物へ入っていく。そこは一面コンクリート打ちっ放しの正方形の空間だった。壁の高さは4メールはあり、四方の壁は天井か1メートルほどのところに、窓のように長方形の穴が開いている。その部屋の真ん中には彼女もよく利用する、直立式の灰皿が1個ぽつんと一つ、それにボロボロの木製のベンチが一つ設置されてた。

 

 「うわぁ……なに


 あまりにも人目を隠れてタバコを吸うのには、謎空間に、彼女は言葉を失う。


 「遡ること平成21年、当時は空前のエコと地球温暖化ブームの真っ盛り、世論にバチクソ影響を受けたこの国のトップ連中によってスクールニューディール構想ってのが行われたんだ。簡単にいうとな、エコしようよ、ってこと。その時に国は莫大な金をかけてほとんどの、都立学校にソーラーパネルを取り付けたんだ。ソーラーパネルなんて台風と黄砂が降る日本じゃぁ発電効率なんて、たがが知れてるんだけどな。ここはその時にソーラーパネルのコンバーターを設置する予定だった場所だ」


 説明をしながら、赤石はベンチに座りタバコに火をつける。


 「へー」


 まさか回答が聞けるなんて思ってもみなかったのと、いつもの適当な雰囲気の赤石からは想像もつかない丁寧な説明に彼女は目を丸くする。


 「で、それがおじゃんになって空間だけが残ったわけだ。ちょうど時代的にも禁煙というか、タバコを職場で排斥しようという雰囲気もあってな、当時の学校ここ喫煙者同士たちが余ったスペースを活用し、作り上げたオアシスってわけだ。生徒には絶対にばれないし、ご近所の皆さんにもばれず、雨風も防げる。最高だろ。」


 赤石はここを作り上げた先人たちを誇らしく説明する


 「定時制に俺以外に吸ってるやつ先生ヤツはいねぇ。ここならとりあえず、バレない。吸っていいぞ」


 「わーい」


 彼女は赤石の隣に着席し、ちょうだいのポーズを取る。


 「なんだ、この手は、」


 「いや、先生の1本いただけないかーって!」


 「てめぇ、には自分のあるだろ!」


 「そんなぁ、貧乏学生にタバコ1本も恵んでくれないんですかぁ?」


 ここで粘っても帰宅するのが遅くなるだけと踏んだ赤石は自分のタバコセットを彼女に渡した。彼女は慣れた手つきで、赤石か受け取ったタバコに火をつける。

 

 「あー、うまっ」


 「桜葉、おまえ。それ一本吸ったら帰れよな」


 その発言に彼女は、タバコを口にくわえながら表情で抗議をする。


 「なんだ、その顔は」


 すると彼女は赤石の顔を覗き込みながらこう言った。


 「今日は帰りたくない」


 「くだらん、こと言ってどうする、もう22時10分になるぞ」


 「えー、学校に泊まるとかワンちゃん?」


 「学校にシャワーはあるが風呂はないぞ」


 「ちぇー」


 流石に風呂がないのは彼女には致命傷だろう、まあ俺は2日くらいはいらなくても。しばらく彼と彼女の静寂が続く。

 静寂を破ったのは彼女の狂った問いだった。


 「それでー先生、ここはいつ来てもオッケーなの?」


 彼女のあまりのジャンキー発言に赤石は飽きれる。


 こいつ本当にヤバいな、さすがタバコが吸えるレストランでバイト始めただけのことはあるな。絶対タバコの匂いだけで、あそこのバイト先選んだろ。


 「なに、お前そんなに吸いたいの?」


 「あったりまえじゃーん」

 

 「はぁ……少し待て、何か考える」


 「週5!」


 「馬鹿言うな、出来てもおそらく週3回が限界だ」


 「しゅ、しゅ、週さん??」


  彼女にはわかりやすいようにうなだれる。

 

 「それにお前と二人きりになる理由も考えなきゃならん」


 「なにそれ、先生私の事、本当は狙ってるの?」


 「はぁ?あまりふざけてるとぶっ飛ばすぞおまえ。このご時世はいかなる教育的な理由があろうとも、女子高生と二人っきりになることはご法度なんだよ。ふっつうに考えてみろって、20歳の女子生徒と夜の校舎で二人って時点でもう色々とアウトなんだよ」


 「なにそれ、キモイ」


 「しゃーないだろ。キモイ事したやつのせいで、めんどくさくなってるんだよ」


 「毎週毎週お前が俺の職員室は入りびたるのを誰かが見てみろ、必ず面倒くさいことになる、それに屋上へ上がるカギはさすがにお前には渡せる訳ないだろ」

 

 「ふーん、私は別に噂とか気にしないけどなぁー」


 「大人の世界では人付き合いがすべてなんだよ。自分が良ければは通らない」


 「それもそっかー」

 

 桜葉はすでに1本目を吸い終えて、赤石のタバコセットから二本目を取り出そうとしていたので、赤石はそれを取り上げた。


 「今日はもう帰れ、会える理由はどうにかしとく、約束は守る」


 「ちぇ」


 彼の言葉に納得をしたのか、観念をしたのか、2本目は諦めて桜葉はベンチから立ち上がり、出口へ歩いていく。出口の前に来たところで、赤石に向き返り、胸に手を当てて宣言するように話す。


 「わかったよ、私も約束は守る。というか私も優幻ちゃんを守るよ!」


 「おう」


 「そ・れ・とー、せんせー?」


 「ん?なんだ」


 「先生は小望月さんのこと、本当は優幻ちゃんって呼んでるんですね。じゃあ、さようなら!」


 そう言って彼女は出て行った。


 

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