第6話 放課後②
赤石は昼間に自分が想像した、最悪に展開が現実になった事を瞬時に理解した。しかし彼は昼間の彼ではない。ここは彼の陣だ。
「なんのことだ」
「ふーん、あくまでもシラを切るわけだ」
赤石の毅然とした態度にかすかな違和感を覚えるが、彼女の中では未だに自分はこの場では上に立っていると感じている。この優位を生かすという考えで、彼女は捲し立てるように話を続ける。
「私知らなかったなー。せんせいがこんな趣味だったなんて」
彼女は、右手で持っている『ワンハンドレッドワン』赤石にわかりやすいように振ってアピールしてくる。
「だから、いったいなんのことだ」
どうやら昼間の勘違いが本物になるなんてな。さぁいくらでも無茶な要求を言ってくるがいい、悪いが昼間とは状況が違う。そして言ってやるよ「『だが断る、この赤石一が最も好きな事のひとつは自分で強いと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ」って
赤石は昼間の彼女とのやりとりとは違い、自分の優位が楽しすぎて、おかしいテンションになっている。それはもう、オタバレを隠すのに有名漫画のセリフを有用するくらいには、現状が理解できていない。
「しらばっくれたっても無理無理、こんな証拠残ってるのにぃ?」
追撃をするために彼女は持っているライトノベルを指で開いて、他の挿絵のページを開いて見せる。
「ねぇ、見てこのページなんて、ほら。この女の子ほぼ裸だよ」
「だから、それが?」
それより、そのページをそれ以上めくるな、そこから先のページはまだ読んでないんだ。ネタバレになる。読みたい楽しみにしている作品のネタバレほど萎えるものはない。
「いやー、清廉潔白な立場である高校教師が、女子しかいないクラスの担任で、女子高生ぽい女の子の裸が出てくる本を読んでるのどうかなーって、ちょっと疑っちゃうよねー。こわいよー」
彼女は、わかりやすいように自分の体を抱きかかえ、おびえる演技をしてみせる。
「話したいことはそれで終わりか?」
「え」
彼女は一切交渉のテーブルに乗ってこない赤石の態度に、さすがに強い違和感を感じ、別の可能性を予想する。
「え?。じゃねぇよ早くそれ返せ。それは
もちろん、嘘である。本当は先月から続きを、読みたくて読みたくて楽しみにしていて、買うときには別の店舗の購入特典まで考慮したほど、彼が大切にしているものである。
「なーんだ。やっぱりそっか。おかしいとは思ったんだよね。20台後半の男性がこんな趣味なんて。
たった今、彼女の言葉という見えないムハンマドアリによって、赤石は1ラウンド目開始10秒でテクニカルノックアウトを取られた。
「なんだとはなんだ、人を疑っておいて」
もう赤石の精神はボロボロである。
「ちぇ-、せっかく先生を
彼女は先ほどの、鬼の首を取ったような態度とは打って変わり、手にしているライトノベルを赤石に手渡した。
「で?なにしに来たんだ?」
「まあ、まぁ。そんなに急ぎなさんな。私は
「
要求ではなく、交渉だと、てっきり昼間と食堂での話だと思っていたんだが、なんだかめんどくさい事になる匂いが。
「まあそんなこと突っ立ってないで、お茶でも入れてよ。ねっ!」
そういって彼女は勝手に職員室の奥へ入っていき、応接セットのソファに座った。
「おい、おいちょっと、」
「はーやーくー。ここのお店、サービスわるいよぉー」
「………はぁ」
ここで、いくら言っても事態は進展しない事を察した赤石は彼女の言葉に従うのだった。
「で、なにが交渉なんだ桜葉」
そういいながら、赤石は彼女のはす向かいの応接用のソファに座る。結局のところ彼女の言葉に従い、来客用のお茶と、さらに茶菓子もを用意させられた。
「で、じゃなーい。しらばくっくれても駄目よ。優幻ちゃんの話よ」
彼女の声のトーンがまた変わる。先ほどのやり取りでの、責め立てていた雰囲気ではなく、今まで彼女からは感じたことのない真剣さを感じた。
「ああ、確かに食堂でのことならお前に助けられた。で、それのお礼が欲しいのか?」
「なんであんな無茶したのよ!」
「無茶?」
いったい何のことだ、そして、こいつは何でこんなに俺にキレてるんだ?
「だって無茶でしょ。優幻ちゃん1人に陽十美の相手をさせるなんて!」
「俺は生徒間の関係にあまり口を出さない主義なんだよ。そうい
「いいんだよ、しらばっくれなくて!」
「ん?なんの」
「このまま話しててもらちが明かない、もう”!」
自分の考えている以上に、赤石の釈然としない態度に、桜葉はいらだちを隠せない。そして彼女は告げる、決定的な一言を。
「彼女、
彼女の言葉で赤石は意識を切り替える。
「ほう、それで?俺はあいつが体が弱いって、入学式の日に説明しただろ」
こいつ、今度は優幻のことで
「それも嘘。どう考えても変だよそれは。言い訳には下手なカバーストーリー過ぎる」
入学式の日に優幻を説明するために、適当な嘘をついたのがバレたか。
「ほう、それで。どこで気づいた?」
こいつはどうしたら黙るか。考えなくてはならないか。いっそここで、
彼女と話せば話すほど、赤石は自身の心が鋼のように冷えていき、冷静になるのがわかる。
「そんなの入学して1週間もあれば気づいたよ!この学校は何から何まで彼女のために動いている。時間割だって、そう!彼女が休む授業はほとんどが3,4限で、その科目の先生は
「確かにな、ショートホームルームはあからさまだったかな?」
自嘲するような態度で彼女の回答に答え合わせをする赤石
ショートホームルームについては、半分正解だ。もう半分はめんどくさいからやらないだけだが。
「極めつけは、ほかの先生は彼女のことを居ないものとして扱ってること。授業だって彼女が居ないことが前提になってる。3,4限の先生達は、配るプリントだって5枚しか先生用意してこないんだよ。」
「それは確かに脇が甘かったな。以後気を付けるよ」
いつの間にか桜葉は立ち上がっていた。
「最初は3,4限の先生たちが彼女を学校ぐるみで”いじめてる”んだと思った。だっておかしすぎる………でも違った。………優幻ちゃんの事は簡単に調べる事ができた。まさかこのご時世に、未成年の彼女の名前がインターネットの検索で出てくるなんて思わなかったけど……」
そうだ、彼女はそれほど
「で、何が言いたい?」
「だからぁ!」
「悪いが優幻の過去の事ついて、たとえ俺が真実を知っていたとしてもそれをしゃべる権利はない。彼女の特別扱いについても、この学校の誰に話したとしても意味はない。なんだったら教育委員会に行ってもかまわない。
赤石の言葉を受けて、彼女は先ほどまでの赤石の態度の違和感と原因に気づく。
「ちが、ちがうの!別に優幻ちゃんのことで、さっきみたいに、
彼女は今までの自分と赤石のやり取りを反芻し、自分の行動が勘違いされたことに気づいて動揺をする。
「ゆすりたいんじゃなきゃ、じゃあ
「私も、私も!助けたいの!!」
二人しかいない職員室に彼女の嘘偽りのないストレートな心からの叫びが響き渡る。
「きっかけは好奇心だったけど、優幻ちゃんの事知っちゃったらさ、無視できないよ。あんなにいい子なんだよ。なんで彼女が…………せめてあのクラスで馴染めるように私に手伝わせて!」
「……なるほど」
やっとこいつが何を言いたいのか分かった。おかしいとは思っていた。頼んでも居ないのに、ウチのクラスをまとめてくれているコイツが、弱い立場の優幻をネタにゆするなんて。
「…………クソッ」
俺は優幻の傷が治るまで、隠すことで彼女を助けようとしたが、逆にそれが歪だったってことか。
「ま、まあ。
言いたいことが言えて冷静になったのか、恥ずかしそうに頬を描きながらソファに座りなおした。
「ほ、ほら体育とかペアになるやつの授業とか、彼女が苦手なところもっと積極的に助けるよ。それを許可というか、先生に話したくって、というかもう先生には話したし、断られても私はおせっかい焼くからね!」
「お前の手を握るか握らないかは、
その言葉を聞いた彼女は先ほどの真剣な表情から、ニヒルな笑みを見せる。そして向かいのテーブルから身を乗り出して、赤石に近づいてくる。
「優幻ちゃんを助けることはもう決定事項なんだけど…………すこーし私にも甘い蜜をすわせてもらえないかーって」
「ほう、それで」
「先生、私…………
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