第2話 桜葉成美の秘密②

桜葉がタバコを吸っていたとはな」


 赤石はタバコをふかしながら、さらに思考を続ける。


 彼女が喫煙者であった事は問題はない。何故なら彼女はだが、20歳だからだ。日本の法律上なんの問題もなく、正統の権利といえよう。

 正直、生徒には煙草を吸っている事は秘密にしていたが、特段バレても問題はない。職場でも公言している訳では無いが、多くの先生方も気にしないであろう。

 約1ヶ月彼女を指導をしてきたが、彼女の性格上おそらく、無理な要求をしてくる事もないだろう。クラスでは面倒なのまとめ役を買って出てくれている、姉のような存在だ。むしろ定時制には珍しい品行方正の生徒だ。


「いや、品行方正だと思っていたか………」


 世間的には桜葉成見は未だに品行方正な、であろう。現役の入学ではなく20歳での入学、性格は明るく、入学時の成績も良い、午前中にはバイトに汗を流し、午後は夜まで勉強、どう見ても絵に描いたような苦学生という品行方正な生徒だ。


「だが、学校ウチだと……か」


 赤石はいつのまにか小さくなった1本目の煙草を灰皿に捨て、2本目の煙草を吸い始め、思考を続ける。

 学校とはインターネットが発達し、情報と情報に埋もれる、この21世紀において、とても特異な場所だ。わかりやすく言い換えると学校とは国だ。校長という国王を頂点に、教員という区長、それぞれ校風という名の歪な文化、校歌という国家、制服、文章化されていない日常ではありえないルール、校則という法律、委員会というNPO法人などがある。学校を国に言い換えてしまえば入学者選抜なんかは入国審査といえるだろう。


「問題は、うちの学校にもあるな………」


 多くの全日制高校つまり昼間の高校では、入学と同時に生徒手帳が支給される。これはその学校における校則が明記されているいわば六法全書である。しかし多くの都立定時制高校では校則はあるが、


「くっそ、無いと思って油断していたな……俺の落ち度か...チッ」


 自分の詰めの甘さが嫌になる。こんなことになるなら、入学時に校則を生徒に事細かく丁寧に説明するべできであった。桜葉が喫煙をするのは構わないが、桜葉の喫煙行為を俺が視認にて確認してしまったことが問題だ。


 都立第三久須師高等学校 定時制

 生活指導部内規

 第2節【喫煙者の取り扱い】

 1.生徒の喫煙行為は禁止する

 2.生徒の喫煙具所持は禁止する

 3.生徒が他の生徒の喫煙行為・喫煙具所持に同席することを禁止する。

 以上に違反した場合、または違反行為が発覚した場合、「特別指導」の対象とする。


「あぁー、めんどくさいな………」


 しかし法律が公表されていない国での違法行為を取り締まるのは横暴であろう。本来であれば入国時もとい、入学時に俺から校則の説明があるはずだったはずなのだから。


「チッ………女子はタバコ吸わないって価値観はのは偏見か」


 クラスの状況を見て仕事をさぼった自分が嫌になる。


「あれぇー、ぜんぜん食べてないじゃん。ふぇんふぇい(せんせい)」


 突然の声に再び現実に引き戻され、赤石は顔を上げる。


「あ?」


 顔を上げるとそこには、桜葉の姿があった。彼女は勤務中にも関わらず、先ほどと同じように、人の机でタバコ休憩をしていた。


「もったえないよー、ここの料理は何でもおいしいんだから、あったかいうちにほらぁ、ほらぁ」


 人がせっかく頭を悩ませているのにこいつは、なんてお気楽そうに、タバコ休憩をしているのだろう。


「ふっ……」


 赤石は鼻を鳴らして、フォークを取り、パスタを食べ始めた。


「そうだよ、早くたべなーよーあれ?でもそれだとこのタバコ休憩も無くなる??あっ……先生ちょっと」


 ばからしい、実にばからしい。俺はいつから生徒の違反行為を見逃さない熱血教師になったんだ。簡単なことだった。俺が見逃せばいいだけでの話じゃないか、なんだ、なんだそういうことだろ。そうだ、そうしよう、むしろここで品行方正で通っている桜葉に泥をつけた後のクラス運営の方がリスクが高い。そうだそう言う事にしよう。


「……そうだな」


「って せんせー聞いてる?」


 自分の中での結論を決めた赤石はいつもと接してい態度に戻った。


「早く仕事に戻れ馬鹿者、ちゃんと働かないとクビになるぞ」


「はぁ〜い」


 彼女はわかったふりをしたような平坦なトーンで返事し店の中に戻っていった。


「………ぬるいな」


 口に含んだ熱いようで冷たいパスタの温度が、自分の今の態度とシンクロしていた。






 赤石がパスタを食べ終えて、改めて一服をしている所に再び桜葉が近寄ってくる。


「こちらのお皿、お下げしてもよろしいでしょうか」


 俺に話しかけるトーンも営業用の物になっていた。先ほどとは打って変わって、分別はわけてしっかりと労働をしているようだ。


「なぁ、桜葉」


 食べ終わった皿を下げる最中の桜葉に声かける


「ん?」


「お前ウチの校則で禁止なの知ってた?」


 自責の念もあり赤石は、校則の件を深刻に話すのは気が引けたし、重く捉えて欲しくなかったので、軽いノリでテーブルの灰皿を指差し質問をする。


「マ?」


「マ、ってなんだ、マジの略か。じゃあマだよ」


「えっ…?!、でも私20歳だよ!?それでもダメな感じ?………えっほんとに!?」


 今まで見た事もないほどの彼女のうろたえに赤石も若干驚きを覚える。教師という立場がある以上こちらが絶対的に上である事から見て、ここで茶化して弄っても追い詰めているようにしか、本人は感じないだろうと考え、重く感じようにフォローを入れる。


「いやっ…まー………ダメな感じだけど、今はセーフだ。セーフ、だって此処は学校じゃないだろ」


「なんだぁ………もう!せんせー脅かさないでよぉーそんなのわかってるよ、学校でって事でしょー」


 安心した桜葉は、スパゲッティのお皿を持った方の肘で赤石の脇をこずく仕草をする。


「私だってTPOはわきまえてるし、別に、あの子達を誘ったりなんかしないよぉ〜」


「ま、まぁだから、学校に持って来たり、帰りに吸って他の先生に見つかったりするなよって事だよ...はは」


 やんわりと校則を伝えたつもりだったが、言葉が柔らかすぎて少し別の意味で伝わってしまった。まぁしかし桜葉であれば、ほかの教師に見つかるヘマをすることはないだろうし、最悪みつかっても俺がなんとかしよう。


「なるほどねぇ~、やっぱりグレーゾーンなネタなんだね」


「お、おう」


 今更ここでダメなんで言えない。イチからの説明も面倒だしな。


「それではごゆっくりどうぞ~」


 営業スマイルよりも少し柔らかい笑顔で桜葉は、店内に戻っていった。


「はぁ………めんどくせぇ」


 赤石はまた天を仰いだ。





 午後14時50分、赤石はまだレストランに居た。

 昼食を取った後に直ぐに出ていっても良かったが、これでは露骨にも早く学校に着いてしまう。他で時間を過ごしてもいいが、いかんせんそンな気分になれなかった、何よりも


「結構、真面目に働いているもんだな……」


 働いている、いつもとは違う桜葉を眺めていたかったからである。あれから桜葉はタバコを吸いには来なかったが、何度か俺のテーブルに顔を出し他愛もない雑談を繰り返した。


「よしっ」


 そろそろ食後の追加コーヒー1杯で居座るものも迷惑になるだろうし、くだらないプライドのために仕事に行くとしよう。


「あー、めんど」


 立ち上がりながら伝票を持って出た言葉は、本日何度目になるかわからない言葉であった。赤石が伝票を持って立ち上がったのを見て、店主がレジに向かい、桜葉も続いた。赤石はレジの前に来るとポケットを探るような動作をしてその後、桜葉の方に顔だけ向け


「わるい桜葉、テーブルにスマホ忘れたみたいだから、探して来てくれ」


 無論嘘だ。これは店主に俺のオタク趣味をバラさないように口止めをするために2人っきりで話す口実である。


「ん?………わっかりましたー」


 にこやかに返事をして桜葉は店の中に戻っていった。赤石がパスタと追加のコーヒー値段1580円を払い終えると店主の方から俺にしか聞こえない声で話しかけて来た。


「ねぇねぇ、桜葉ちゃんとどんな関係なの?」


「……えっ?」


 こちらから”俺の趣味”のことについて話そうとしていたから、面食らってしまった。赤石の反応から、謎の確信に至ってしまい、少し嬉しな店主は追加の質問をしてくる。


「やっぱり、付き合ってるの?」


「いやあいつは俺の………」


 一度喉まで出かかってしまった言葉を飲み混んで言い換える。


「いやだよ。俺とあいつは只の教師、生徒だよ。おやっさん」


「あっそうなのー、いやー桜葉ちゃんがすっごく仲良くしてるから、もしかしたらって思ったんだけど、そっちだったかぁーなるほどね。」


 納得してくれたようで何よりだ。


「夜から学校があるって聞いたから、大学か専門学校だとてっきり………そう先生の学校の」


「おやっさん、あいつは見た目通りの明るくて、器用な性格だけど、ウチの生徒なんです」


 最敬礼をする赤石


「あいつを宜しく頼みます」


 頭をあげて、財布から自分の名刺を取り出しカウンターに乗せる。


「何かあれば、直ぐに駆けつけます………それでおやっさん俺の」


「先生、スマホ無かったよ?」


 桜葉のやろう、なんてタイミングで帰って来やがる、ガラにも無いことをして時間を食ってしまったのも問題か


「………あぁ、そうか。すまんカバンに入ってた」


「あっでも、こちらお忘れではありませんか、お・客・様?」


 桜葉は少し芝居掛かった風に、赤石がわざと椅子の上に置いた新品のピースの箱を差し出してくる。


「あぁ………それか、お前にやるよ。就職祝いだ」


「マァ!?」


「マだ、マ」


「やったぁー!」


 赤石は用意周到なオタクである。常にオタバレには最新の注意を払い生活している。パスタを食べ終わってからは、桜葉の姿を眺めながらずっとキッチンのに出ずっぱりの店主にどうやって俺の趣味を口止めしようかを考えていた。自分がレジに立つ時に必ず店主がレジに来る事は分かっていたが、それに桜葉が付いてくる事は簡単に予想されたし、最悪桜葉がレジ打ちをする事も考えられた。だからこそ、スマホを忘れたなんて嘘をついて時間を稼いだのである。しかし探しに行ったスマフォが無くては桜葉の意識は再び俺に向いてしまう、そこであえて、タバコを忘れることで、そこに意識を向けるミスディレクションをしたのである。赤石の唯一の誤算は店主が話しかけて来た事であろう。


「それで、先生なに話してたの?」


「今日のパスタも最高だったってな」


 適当な嘘をついたが、店主は赤石の照れ隠しだと思い何も言わない。


「じゃあな、勤勉に働けよ桜葉………それではまた来ます」


 もう一度軽く店主に頭を下げて店を出る。


「「またのお越しをお待ちしています」」


 出るときにおやっさんが俺だけに見えるようにサムズアップしてるのをしているのは、は言わないという意味なのだろう、そう信じたい。

 赤石は地上へ出る階段を登りながらさっき飲み込んでしまった言葉を思い出す。

 あいつは俺の大切な生徒か…………口が裂けてもあいつらには言えないし、まさか俺がそんな言葉を口に出そうとしてたとはな。

 赤石は階段を登りきり外に出ると、スマホを出して学校に連絡をつけた。学校からは無理をするなと言われたが、生徒が心配と適当の嘘をついた。駅へ向かう道すがら、赤石のスマホに通知が来る。


 |ω・)ジー


 _(:3」∠)_


(⸝⸝⸝ᵒ̴̶̷̥́ ⌑ ᵒ̴̶̷̣̥̀⸝⸝⸝)


「チッ………優幻ゆめに連絡してなかったか」


 顔文字の意味はわからないが、恐らく今日は来ないかの催促であろう。無視するとスタンプ爆撃とか平然とやってくるからなコイツは。

 赤石は歩きながらなので簡潔に返信を打つ。


 あと30分で着く


 俺が出張とかで学校に居ないと絶対帰るからな優夢は、釘を刺しておくとしよう。


 帰るなよ


 直ぐに既読が付き反応が返ってくる。


 ✧*。(◍˃̵ᗜ˂̵◍)ॱ◌̥*⃝̣ ⋆


 5分遅れるごとにハジメのゲームのセーブデータを一つづつ消してくから


「テロリストかよ」


 赤石はスマホをしまい駅へ急いだ。


 テロの首謀者である、第三久須師高等学校 定時制課程 普通科 1年1組4番 小望月 優幻(こもちづき ゆめ)の暴走を止めるために。

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