第2話 桜葉成見の秘密①

 煙草とは


 タバコはポルトガル語。喫煙の習慣はアメリカ-インディアンにあり、これがコロンブスによってヨーロッパにもたらされたという。アメリカ-インディアンは日常の喫煙のほかに、宗教的な目的でも用い、シャーマンは霊格と交信のため、または患者の身体から病気を追い払うためなどにも用いた。南米には人食い女の死体を焼いた灰からタバコが生じたなどのタバコ神話がある。 世界宗教用語大辞典より引用


 


 どうして桜葉がここに居るんだ、いや、そんな事よりやるべき事をしなくてはならない、ここで 崩れるほど俺の隠れオタクとしての仮面は脆くない。

 目に見えぬ最速で左手に持って居た『animate』の袋を、右手で持っているバックの後ろに持ち替えそして、平静装いながら桜庭の質問に答えた。


「ああ、一人だ」


 大丈夫だ、完璧なはずだ。手に持って居た『animate』の袋はぱっとみわからないし、今は桜葉からは見えない角度だ、次は目下の首に掛けている外したイヤホンの片側から流れている深夜アニメのオープニングが聞こえてないかが心配だ。よし、このまま距離を保ちながら自然な動作で音楽を切ろう。そうしよう。しかし、ここで俺は、動揺して急いで音楽を止るような怪しい行動をして、感づかれるような真似はしない。俺の17年培ってきた隠れオタクスキルはここで発揮されるのだ。


「ではこちらにどうぞー」


 彼女は特に気にした様子もなく、今来た道を回れ右して店内を進んでいく。赤石は自然な動作でさぞ当たり前かのようにスマホ を操作して音楽を止めて、まだ着けていたイヤホンを外し、ぐちゃぐちゃにしてスーツのポケットに押し込み『animate』の袋をバックに閉まった。


 これで完璧パーフェクトだ。 


「こちらですー」


 桜葉の声で現実に引き戻される。彼女は気を利かせてか知らないが店の奥にある、壁側の二人用の席に案内してくれた。これで彼女が居なければ赤石は優雅な1日を過ごせただろう。


「おう、ありがとう」


 2人用の席の片方に今持って居たバックを置きながら、あたかも彼女がこの場に居ることがだったように会話を続ける。そして頭の中では、灰色の脳みそをフル回転させ、この後の予定を急速に立て直し、さらになぜコイツがここにいるかなどの情報を引き出す質問を考える。


「桜葉、いつからここのバイトをしているんだ」


 まずは、当たり前のところから聞き出していこう。桜庭は人差し指をほほにあて少し思い出すようなしぐさをして


「んー、2週間前くらいかなー」


 何とコイツは俺の聖域を2週間も前から侵犯して居たのか、実に許せん。いや2週間目で偶然の俺で出会えてよかったと思うべきだろうか。いや、安堵している場合ではない、問題はコイツがどれだけバイトに入っているかだ。平日なら問題はないが土日だと最悪だ。本格的にに来られなくなる。


「そうか。週何で入っているんだ?あんまり学業に支障のない位にしろよ」


「今のところ週3!……それより先生!やっ………」


 遠くから桜葉を呼ぶ声が聞こえる、恐らく店主のおやっさんだろう。


「呼ばれちゃった。てへっ☆。それではごゆっくりどうぞー」


 ごゆっくりする予定だったけどそれもお前のせいでおじゃんだよ!クッソ……しかし必要な情報を聞き出す事ができなかった、少し質問が遠回しになってしまったせいか。それにしても何か言いたげだったな。まだ時間はある、何曜日にバイトに入っているかを聞く作戦は、いったん後回しにしよう。もっと重要な問題を処理するのが先だ。

 

 赤石はよくここには来て居るが、これといってメニューを決めているわけではない。ふと店内の本日のパスタと書いてあるサインボードを発見する。

 

 今日の日替わりパスタはピリ辛チョリソーのナポリタンか、こういった美味しそうな時にのはやっぱり辛いな。


「すいませーん」


 ちょうど隣のテーブルに料理を運んで来た、いつもの定員を捕まえて通常メニューにあるパスタをオーダーをする。


「さてどうしたものか」


 さながらゲン〇ウのようにポーズを取りながら赤石は、桜庭成美と出会ってしまったことで誘発されてしまった問題を解決するために再び思考を巡らせる。 

 アイツに合ったってことは、1日休暇は取り消しにしなきゃいけない。どうする。

副社長ふくこうちょうに体調が悪いといった手前、俺は家もしくは、病院にいなくてはいけない存在だ。しかし出会ってしまった。今日俺が突然学校を休むようなことがあれば、龍頼たつらいあたりが、「先生の休んだ理由を当てよう!」とか、くだらないこと言い出すだろう。もしくは俺の代わりにホームルームを行う副担任あたりに理由を聞きに行くだろう。しかし桜葉アイツが俺のスーツを着ている姿を見ている。ここで矛盾が発生し龍頼はずる休みと騒ぎ立て、次の日にめんどくさいことになる。いつもに偉そうなことを言っている手前、ズル休みなど不名誉なうわさが流れることは避けなくてはならない。まあ本当のことなのだが。避けなくてはならない。副担任が休む理由をはぐらかすことも、まずないだろう。だとしたら。


「………はぁ」

 

 心の底からの深いため息が出る。

 ここは仕方ないが、苦肉の策として『医者に行ったが思ったより体調が悪くなかったから、仕事のために少し無理をして学校に来た』感を出して学校に行くようにしよう。


「………はぁ」


 再度、心の底からの深いため息が出る。

 楽しみにしていた遠足が雨で中止になった時の小学生と俺は、今同じ気持ちだろう。本来ならここで昼食後、コーヒーを飲みながら優雅な読書をした後に家に帰ってネトゲをしようと思っていたのに。


「お待たせしました。お先にアイスコーヒーです」


 赤石はいつもの定員さんからアイスコーヒーを受け取り次の問題について思考する。

 次にあいつが話しかけてくるタイミングで今度こそ何曜日にバイトに入っているかを確認しなくてはならない。こちらから話しかけると変な勘ぐりを入れているように聞こえるかもしれないので自然な流れかつアイツが話しかけに来た時だ。土曜と日曜にシフトが入っているなら残念だがここはもう使う事はできないだろう。UFOキャッチャーの商品や海浜幕張の戦利品を抱えて入店した時に終了だ。今のご時世オタクというのは、やっと人権を得たようだが2000年代からオタクをやっている俺にはオタバレは死に近い。もちろん教師という職業でオタクという点もあるし、年齢の事もあるが、この年代のオタク感というのは今よりもオープンではなく、オタクというのは隠すべき事であるという価値観を持っているからだ。今でも中学生の頃にライトノベルを隠れながら読んで居たのを思い出す。当時は女の子のイラストが描かれていれば腫れ物のように扱ったものだから、表紙を外して学校に持っていっていた。オタク同士なら良いのだ、オタクと一般人では………

 ひたすら長い言い訳と、オタクについての定義を、オタクらしく一人で悶々としていた赤石を桜葉の声が現実に引き戻す。


「お待たせしました先生。こちら、ずわい蟹とアサリとタケノコのスパゲッティです」


「お、おう」


 集中していたせいで桜葉の接近に気付かなかったようだ。しかしコイツから近づいて来たことは好都合だ。勘ぐられない内容でストレートに


「桜葉、お前何曜日にバイト入っているんだ?俺ここかなり通っているけど桜葉とあったの初めてだな」


「んー ……今は火、水、木かなー」


 セーフ!これで俺の………


「そんな事より先生っ」


「ん?」


 彼女はするりと赤石の席の後ろ側に回り込んできて、両手で肩を掴み、恋人かのような小声とトーンで耳元で呟く





「先生も  の人だったんだね」





「はぁ?」



 余りにも衝撃の一言に俺はよくわからない声を出してしまった。とりあえず口を衝いて出て来たのはありきたりの言葉だった。


「な、なんの………こと……だ?」


 なぜバレた、なぜバレた、なぜバレた、なぜバレた、なぜバレた、なぜバレた、なぜバレた、なぜバレた、どこでミスをした、俺、やはり入店時に見られていたか、それともanimateに入るのを見られたか、それとも先週学校で


「そんなに動揺しなくても良いじゃないですか、せんせーぇ。というかそんなに驚いてるの初めて見たよぉー」


 またしても赤石は彼女の声で現実に引き戻される。身体中から変な汗が沸き出る。体中の毛穴から熱い汗が噴き出すのを感じる。

 そうだ、まず桜葉がなぜこんな事を言って来たか理由を探らなくてはならない。

桜葉は赤石の背後から再び、前に戻りで赤石を見下ろしている。傍目からでは先ほどとは違い、普通に接客しているウエイトレスにしか見えない。決してこっちからはボロを出さないように平静を装うんだ。相手が完全にこちらの優位に立っていることを必ず確認してから……


「い、いったい何のことだ桜葉。あ、あまり先生をからかうんじゃぁないぞ」


 ダメだ……動揺でうまく話せない。


「もう、まだはぐらかすかなー、先生が此処に来た時にチラっと見えたんだよね。がさっ、学校にいる時から、もしかしてーって思ってたけどっ」


 おわった。どうやら俺の人生はここで終わりのようだ。『animate』の袋を持っているところを見られたならもう言い訳ができない。さよなら俺の一般人ライフ………今度からはこいつオタクで陰キャの癖に何偉そうなこと言ってるんだって思われるんだ……かくなる上は


「はぁ………が見られていたならもう言い逃れは出来ないか………降参だよ、桜庭。何が欲しいんだ?」


 赤石は本日3度目の深いため息をつきながら、手のひらを軽く上に向けて降参のポーズをとって見せ、今世紀最高のと演技をし平静を装いる。

 さぁ要求を言え、成績か、出席か、それとも金か!? 何が欲しいんだ。


「んー、欲しいものと来たかー、意外と私にバレたの先生、深刻に捉えてるねっ」


 そりゃそうだ、今後の俺の平穏な人生がかかっているのだから


「まあ、そっか教師ってこともあるし、今のご時世あんまり大腕を振って話せる趣味じゃないもんねー。それじゃあー」


「ん?待てよ。がわかるって事は桜葉お前もそうオタクなのか?」


「ん??、そうだよ。実は先生とクラスの子には、隠しておきたかったんだけども、別に黙ってる必要もないかなってっ」


 そうか!お前もそうなのか!しかし同類であれば、ある程度は上場酌量の余地はあるだろう。オタク趣味で何かヤツの利になるものはなんだ。物か?金か?それとも人出か?とりあえず何かの策を講じて、桜葉には学校のメンツには黙っていてもらおう。まあある程度の出費か人手かか………ん?学校、ん?ん?、そういえば、桜葉は『学校にいる時から』と言ってたな、もしかすると他の奴らも勘付いているんじゃ


「お、桜葉っ!参考に聞きたいんだが、俺がだっていつから疑っていたんだ?」


「ん? 私はもともとが良いからね、初めて会った時からそうじゃないかなーって」


彼女は自慢げに自分の鼻を人差し指で指をさした。


「なるほど……」


 自分からは出さないようにしているが、オタク特有の雰囲気が滲みでていたという事か、それとも物理的にオタク臭いというわけか?オタク臭いとはなんだ、グレープフルーツの匂いか?それとも汗臭いということか?どちらでも、それはそれで問題だ。


「あ、あと、!」


「え?」


「だからそれよ、その手、そのよ。私の友達も取るのよ」


赤石は肘をついて、右手で鼻から下を手で覆い掴むようなポーズで、彼女を見上げていた。


「お、おう………これか?」


 全く分からん、これがゲ〇ドウポーズならまあ理解できるが、何故このポーズでわかるのか。


「なんかさぁ……先生深く考えってるぽいから言うけど他の子は多分気づいてないと思うよ」


「へぇ?」


赤石は、突然相手からの助け舟に素っ頓狂な声を出す


「現段階では……まあ美羽みうちゃんなら、そのうち気付くんじゃないかな?ほらぁ、でも、ほかの子は正直知りもしないし、興味もないんじゃない?」


 なぜ蹟大あとおいの話が?まあいい、とりあえずは桜葉様が何をご所望なのかを聞かなくてはな


「それで、単刀直入に言うとあいつらには黙っていてほしいんだ。それでな、


「いいよー別に」


赤石が何を言いたかったかを最初から分かっていたように食い気味に返事をする桜葉


「な、そうか。まあタダとは言わん、でなにか欲しいものはあるか?この事実のためなら俺にできるかぎり、最大限努力をしよう」


「え?マジ?」


「マジも大マジだ、タダより高いものない。これは信頼のための投資だ」


「いやーべっつにー、何か要求する気は無かったんだよねー、でもぉ、せんせーが何か要求して欲しいそうだからとりあえず、1本貰おうかな!」


 にこやかなスマイルをしながら彼女は左手を赤石に差し出す。

 1本?1本とはなんだ?ゲームソフトか?BDか?それとも何だ、タペストリーか一体何を指して1本なのか。イッポンという新しい何かのネットミームなのか?さっぱり分からない。とりあえずと言っているのだから定期的か、または、後日‬大量に要求出来るものなのだろうか。しかしとりあえず今は「1本」とやらで俺の平穏な生活が買ってくるなら安いものなのだろう。赤石一は静かに暮らしたいのだ。


「わかったよ。何でも1本奢ってやろう、それで、いつまでに用意すれば良いんだ?」


「もー、まだ焦らすの先生、今すぐに決まってるじゃん。早く一本ちょうだい。これ以上ここに居座ると流石にバレちゃう」


 可愛くジャンプをして地団駄を踏み再び俺の前に左手を差し出す桜庭


「いや、だから、」


「もー、だから今の話の流れ的にこれに決まってるじゃん」


 俺が反応するよりも早く彼女の左手が俺のスーツの胸ポケットに伸びた。


「あっ、おい!」


 突然の彼女の行動に赤石は動揺し動けない。そんな赤石を尻目に桜葉は赤石の胸ポケットから彼がいつも愛用しているタバコを取り出した。


「ほらーやっぱり先生、うわっショートピース吸ってるんだぁー。しっぶ」


 彼女は慣れた手つきで赤石から徴収したタバコの箱から1本を取り出し、火をつけた。


「んー 両切りって初めて吸ったけどなかなかいいかも♪新発見」


 それがとてもおいしそうに一口目を吸い終えた桜葉の感想であった。


「はぁ………っておい、おまえ!」


 タバコ………だと………


「あっ あんまりサボっていると店長に怒られちゃうから行くね、これ置いといてーまた来るからー」


 そういって桜葉は俺の灰皿に吸いかけのピースを置いて店の中に戻っていった。


「おいっ…て…………ん?」


 つまり、つまりっ!セーーーーーフなのでは、なんだよ………な!ヨシッ!セーフだ。なんだ、なんだオタバレじゃないのか。なんだなんだ、タバコのことかよ。

 極度の緊張からの脱力で、いつもより深々と椅子に腰掛け、桜葉によってテーブルに取り出されたピースの箱から赤石もタバコを咥える。


「あー、ほはっは、ほはっは(そっか、そっか)」


 赤石はタバコに火を付け、一服し、天を仰いだ。

 よかった、よかった、本当によかった………


「ん?………つまりは」


 朝から1回もタバコを吸っていなくボケた頭にニコチンが回った事で、ようやく頭が回り始める。


「はぁ………そう言うことかぁ……」


 赤石は本日4回目の深いため息と同時に、今度はテーブルに煙を吐き出す。ニコチンの摂取により彼は頭が冴えたことで、漸く全ての状況を理解することが出来た。それは、桜葉が気づいたことは、赤石のオタク趣味ではなく、喫煙者であること、オタバレを恐れて失態を行なったこと、そして桜葉成美が校則違反をしてしまっている事に気づいた。


「面倒くさいことになったな」


 赤石は、もう一度煙を吐き出して、これから待ち受ける面倒ごとに思考を巡らせる。

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