第4話 学校給食

学校給食とは


 学校給食法において、「学校給食が児童及び生徒の心身の健全な発達に資するもの」とされている。 


 赤石一は給食が嫌いだ。

 定時制のには給食が存在する。教員には勤務時間中であるが、給食指導という名目で生徒と同じ給食を食べる時間がある。

 赤石はこの制度自体は嫌いでは無い。生徒の様子を見ながら、担当科目以外で生徒とコミュケーションを取るとされている建前があるからだ。嫌いなのは味だ。高校生や男性の大人が好むような大味なものもは一切出ない。これは小中学校の給食と同じように栄養士が在籍していて、毎月献立を考え、高校生の成長に必要な栄養素を計算して料理を作っているからである。つまりは非常に薄味なのだ。


 赤石と優幻の2人が食堂に到着した時には、既に食堂には見知った顔の3人の生徒が食事を取っていた。

 

 知ってはいたが、相変わらずの喫食率だな。


「…………はぁ」


 赤石は悲惨な現実を目の当たりに落胆を隠せなかった。

 喫食率とは、全生徒数に対して給食を食べてる生徒数の割合のことである。

 給食はもちろん無料ではない。小中学校は義務教育であるから給食の時間も義務教育の一環に含まれる、よって給食費は強制徴収される。しかし高校は義務教育ではない、よって生徒が給食を、”食べる””食べない”は自由という事だ。

 食べても、食べなくても良い、ではなぜこの制度があるか、それは数十年前まで遡る。当時の定時制課程では多くの勉学に励む生徒がいた。その生徒が仕事が終わり、そのまま学校に来るとご飯を食べる時間が無い、さらに今のようにコンビニやファーストフードのお店も無い、仕事から学校の通勤途中に簡単な食事をとることもできないという背景から始まったのが定時制高校の給食の始まりと言われている。しかし近年はどうせお金を払うなら、好きな物を食べると、コンビニやファーストフード店で給食の代わりに晩御飯を食べる生徒も多い。

 小学中学と同じで、食べるメニューは全校生徒同じ。「今日はうどんの気分」の様に食べるものを選べるわけもなく、年間を通してもメニューのバリエーションも少ない。みんなで一緒にいただきますなんて、そんな事は一切ないし、給食配膳時間内で有れば、早く来て食べてもいいし、時間ギリギリに来てもいい、メニューが日替わり1種類の社員食堂の様な物だ。

 

 4月初めは食育と制度紹介も兼ねて、基本全員給食を食べさせてはいたが、強制力がなくなった途端に3人とはな。


「…………はぁ」


しかし、これで給食をは全員出席か。食べている生徒は全員来ていることを喜ぶべきか、低い喫食率を残念と思うかってところだな。思わず本日何度目かわからない落胆のため息が出てしまう。


「?………ハジメ?」


 優幻が俺のため息を聞いてしまったみたいだ。


「なんでもない、ほら、いくぞ」


 赤石は優幻の背中を軽く押してから食堂へ入っていった。どこからともなく元気な声が聞こえてくる。


「あっ!優幻ちゃーんっ!」


 赤石達が視線を向けると声の主は席から立ち上がり手を振っていた。

 第三久須師高等学校の食堂は1階にある。広さはちょっとした体育館ほどで、8人掛けの椅子が縦に5個それが7列並んでいる。昇降口から直接入ることができ、入り口側から、1年が1,2列目、2年が3列目と座る場所も大まかに決められていて、教員の席は7列目だ。

 給食を食べている人は教員を含めても十数名、食べるテーブルも指定されているのに、そんなに大声で呼ばなくてもわかるだろうよおまえ、それでは公開処刑のようなものだろ龍頼たつらい

 クラスメイトの呼びかけを無視するわけもいかず、彼女はたどたどしく、1年生のテーブルに向かい、赤石もそれに付き添う形で付いていった。突然の呼びかけに最初は萎縮している様子だが、クラスメイトの挨拶を無視することもできず、急いでぺこりと可愛いお辞儀をした。


「こ、こんにちは、た、龍頼さん。桜葉さん」

 

 彼女は今日最大の努力を振り絞り挨拶をした。それに応じて彼女たちも挨拶を返す。そのけなげな彼女の姿が、どうも龍頼には可愛いしぐさに見えたのだろうか、勢いよく席を立ち、目を光らせてこちらに向かってくる。

 アイツの名前は龍頼 陽十美 (たつらい ひとみ)。出席番号5番、約1ヶ月の俺の指導の中でのプロファイリングでは、明るく快活で誰にでも分け隔てなく接する。クラスの中ではムードメーカーのような存在、成績は学年最下位つまりバカ、学力に問題のある生徒となっている。

 獲物を狙う目だなあれは。

 赤石はこれも一つのコミュニケーションだと思い、心中で合掌をした。優幻は未だに『学友と挨拶を交わした』という1大イベントにドギマギしていて、龍頼の接近に気づいていない様子であった。


「ゆーめちゃんっ」


 周りが見えて居なかった彼女を、龍頼が背後から抱きかかえるように抱きしめる。


「え!?えぇぇ!?」


「あー優幻ちゃん、今日も可愛いなぁ!!なにその可愛さ」


 突然の抱きつき攻撃に混乱をしている優幻に、さらに頬ズリ攻撃が開始される。


「ちょっ、え!?」


「あー、何その反応!!可愛い!、ユメユメ可愛過ぎでしょー!」


「ユ、ユメユメ!?……た、龍頼さん!?」


「もー、龍頼さんだなんて他人行儀だなぁユメユメはっ!同い年なんだし私のことは、ヒトミでいいよっていつも言ってるじゃんっ!うわっ近くで見たけど、肌きれいすぎじゃん。なんか化粧品使ってるの!?」


「えっぁ!?ユメユ、メっていう、のはっ、ひ、ひ、ひ、ヒジョミさん!?!?」


 彼女は、自分のお気に入りの等身大ぬいぐるみを抱くように優幻を抱きしめながら頬ずりをしながら感情に任せて矢継ぎ早に話をしている。一方優幻は羞恥と嬉しさと恐怖の入り混じり混乱している頭で、なんとか龍頼と会話している状態。

 やはり、いきなり龍頼バカは相手が悪いか、このまま放置してもいいが、優幻がオーバーヒートして昔がぶり返しも考えられる。もっといえば、も優幻が給食をしっかり食べる時間を確保するために助けるべきか、やはり優幻には龍頼バカとのタイマンは時期早々だったか。


「スキンシップもほどほどにしとけ」


 赤石は優幻を堪能している無防備な龍頼の背後に忍び寄り脳天チョップを食らわせた。


「うぎょっ!」


「じゃれるのは、小望月が給食を受け取ってからにしろ」


 赤石は突然の学友との仲良しイベントに混乱してる優幻を過去の自分に重ね少し反省をした。怯んだ龍頼から、今だ混乱をしている優幻を引き離し立たせる。


「おい、しっかりしろ早くいくぞ」


「は、はい」


 赤石達は後ろで頭を押さえてうずくまっている龍頼を放置して、食堂の配膳台へ向かい、2人並んで配膳の列に並んだ。


「…………はぁ、あいつも、もう少し自重を覚えたら今よりかはマシになるんだけどな」


 赤石は視線は動かさずに配膳を受け取りながら、彼女に聞こえるくらい小さな声で話しかける。


「は、はぁ」


「小望月、あいつの、、いやなら辞めさせるけど、どうする?」


「い、いや大丈夫です、……ひ、ヒジョミさんも悪気とかじゃないのはわかってるんですっ。た、大切なお、お、お、お友達です」


「さっきから大切なお友達の名前噛んでるぞ、まぁお前がいいなら、いいけどな。いつでも言えよ」


 先に給食を受け取った赤石はそう言い残して、教員用の席へ向かい、彼女と分かれた。彼女も自分の給食を受け取ると、自分に学年のテーブルへ向かった。




 赤石は席に着いて別の問題に対面する。


「さぁ……」


 今日の給食はカレーライスと、原料のわからないサラダ、そしてプリン、うちの給食の中では5段階評価で5をあげられる内容だな。

 赤石は、学校給食なんてものに何も期待してはいないが、それでも今回はなかなかの良い内容のメニューであった。学校給食なんて、ゴム紐のようなラーメン・パスタ、白米と大根のサラダと焼売の白一色、、見たことない野菜のサラダ、ゆかりご飯の亜種などだらけだ。知っているメニューであるはずなのに味わったことのない食感、名前さえ知らない創作料理そんなもんだ。今回は定番であったが、給食ならではないラインナップでなく誰しもが一度は食べたことのあるようなが唯一の救いだった。


「問題は味か……」


 恐る、恐る、カレーすくったスプーンを口の中に運ぶ。


「あぁ…………味がする」


 がすることに赤石は思わず感銘の言葉を口にする。


「これなら…」


 赤石は今日の給食が、普通のカレーライスである事に栄養士に感謝をした。教員と生徒で食べる場所は違うが、所詮は同じ食堂の中。彼女たちの声は否応なく聞こえてくる。

 基本的に事なかれ主義の赤石にとって、生徒間の交友関係は最大のアンタッチャブルだ。誰が誰と付き合おうがそれは個人の勝手だからだ。しかし彼女ゆめだけは例外だ。彼女は彼がまだ教育に真摯に向き合っていたころに関わりを持ってしまった生徒で赤石がこの学校に入学させた生徒であるから。


「しゃーなしか」


 赤石は少し手を止めて、龍頼の行動を見張ることにした、おそらく食堂にいるすべての教員は視線を向けずとも、彼女ゆめを意識しているだろう。彼女は我が校のデーモンコアだ。非常に絶妙な精神バランスで、奇跡的に学校に来ている状態。ベリリウム半球とマイナスドライバーの調整はすべて俺にゆだねられているが、調整を失敗すれば俺と管理職一同はただでは済まないだろう。さっきのやり取りでさえ、副校長あたりが目撃したら卒倒ものだっただろう。


「やっぱそんなに世の中うまくは行かないか」


 赤石の耳には彼女たちのやりとりが聞こえる。


「ねーねー、ユメユメもっとこっちで食べようよ!」


「いいい、いい、いや、その……」


「ねー、ねー、それの方が絶対楽しいよ!ほらほら!」


「だか…ら…………あ」


 やばいな、相変わらず龍頼は空気が読めないし、いつの間にやら先ほどの第二ラウンドが開始されていやがる。入学当初の給食は、龍頼と仲良い蹟大あいつが居たので、優幻までアイツの注意が向かなかっただけか。これ以上はまずい。

 赤石が優幻に助け舟を出すために声を出そうとした瞬間、凛とした声が食堂に響く。


「陽十美」


「ん??」


「プリン食べない?」


 声をかけたのは龍頼の正面に座っている桜葉だった。


「えぇ!、いいんすか、成見の姉御」


「ええ、いいわよ。ほら、どうぞ。実は今日私、あまりお腹すいてないの」


「マァ?!やっぱり成見の姉御しか勝たん!サイコー」


 桜葉の機転で、龍頼の興味は優幻からプリンに移った。


「それでね、陽十美、この前見つけたこのダルゴナコ…………」


「なんすか!それ!…………」


 桜葉に助けられたな。さすがはクラスのまとめ役。あの様子じゃ今まで何回かこんなことがあったのか。あのプリンあからさまに残していたようだし。今もスマートフォンを使ってバカの気を引いている。優幻も落ち着きを取り戻して、給食を食べ始められたな。龍頼と優幻が二人になる展開は今後も気を付けなくてはな。


「おっ」


 そんなことを考えていると、龍頼と話している桜葉と目が合い、ウインクを返してきた。


「はい、はい。わかりましたよ」


 貸し1ということだろうか、まあいいだろう、今回はアイツがファインプレー過ぎた。赤石は彼女にだけわかるように、ハンドサインを行いそれに答えた。




 午後5時30分。赤石が給食を食べ終えるころには、龍頼と桜葉はすでに給食を食べ終え、食堂を去っていた。桜葉は龍頼がプリンを食べ終わった後も、言葉巧みに龍頼を教室まで連行してくれた。

 桜葉のやつ、食堂を出る際に、「また、放課後で」と耳打ちをしてきたが、十中八九今回の件か、今回はMVPだ、仕方なし、この俺様の貴重な放課後を割いてやるか。それとも昼の件か?

 赤石は遠目で優幻の様子を観察した、給食を半分ほど食べ終わったところで、手が止まっていた。


「ポテチを俺とヒトフクロウした割には、食べた方か」


 元々食が細いアイツにポテチを食べさせたのは俺だしな、頑張った方だろう。どうせアイツの性格だ、給食を残すのは作った人に悪いとか思って今でも孤軍奮闘しているんだろ。

 このままでは、1限開始に間に合わないのは明白であるため、赤石は自分の食器を型付けるという名目で優幻を助けに立ち上がった。


「もう、お腹いっぱいか?」


「………………ソンナコトナイデス」


「嘘つくなよ、さっきから牛乳しか手つけてないだろ」


「………………違うもん」


 赤石の受け答えにも目も合わせず、蚊の鳴くような声で意地を張る優幻。そう虚栄を張った優幻だったが、一向に給食に手を伸ばす様子はない。


「べつに、全部食えよなんて、前時代的なことは言わねぇよ。ほら早くご馳走様して上に戻るぞ」


「……はーい。ごちそうさまです」

 

 赤石から給食を残すように背中を押された彼女は、赤石と共に食器の返却窓口に向かった。食べ物を残したことに後悔している彼女の姿を見て、その一因を担った赤石も後悔をしたのだった。

 二人は食器をかたづけたその足で食堂を抜け、また近づ離れずの距離で教室へ向かうはずだった。しかし彼女は彼女たちの教室がある2階まで上がってきたところで、3階へ上がろうとする。


「小望月」


「ん?なんですか先生?」


「ん??っじゃねぇよ」


「そっちは教室じゃねぇぞ」


「だって、今日は……」


「今日は、1限の授業はお前がだろ、ただでさえクラスメイトとコミュニケーションとらねぇんだから、2限までは教室に居ろ」


 流石に彼女もこのままあの部屋まで逃げて、授業をごまかす気は無かった様子で、しぶしぶHRホームルーム教室へ向かった。


「はぁ‥‥めんどくせぇけど。仕事するか」


赤石はいつものペースで定時制職員室へ向かった。




そしてチャイムが鳴る。


午後5時45分 彼女たちの青春が始まる時間が訪れる

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