俺の選択

「起きられましたか?」


 目を覚ましたら、視界に細い目をした真っ白な顔、そして緑色の逆立った髪が飛び込んできた。


 ネギーラか。

 デジャブもいいところで、体を起こす。


「まさか、戻ってくるとは思わなかったです」


 細い目をますます細め、ネギーラは微笑んだ。


 ――久々に見たけど、やっぱり怖いなこの人、いやこの葱?


「ダイケン様がお待ちしております。どうしますか?」


「……わかった」


「それでは仕度を整えて、行きますよ」


 ――仕度?服か!

 ネギーラの手前、不自然にならないように、俺はポケットを確認する。毒薬の入った小瓶がまだそこにあって安堵した。

 彼が用意したのは、どうみても彼の趣味っぽいおっぱいを強調したドレス。

抵抗もあったがキャロにも手伝ってもらって身に着けた。小瓶は着替えの前にそっとハンカチの下に隠し、キャロが部屋を出た瞬間に、抵抗があったがおっぱいの谷間に小瓶を潜ませる。


 ――っていうかなんていうか爆乳って奴だよな。俺のおっぱい。自分のものになると、なんかうれしくないなあ。姉ちゃんが心配するのがわかった気がする。


 そんな余計なことを考えていると、ネギーラが部屋に入ってきた。

 仕度を整えた俺を見てちょっと嬉しそうで、姉ちゃんの言葉がよぎった


 ――やっぱりちょっと危ない奴かもしれない。



「ダイケン様。ハルヨシを連れて参りました」

「入れ」


 ダイケンの執務室に入り、俺は目の前の人物、いや、狼男の姿に目を瞬かせた。


 ――大きくなっている?

 っていうか、俺と同じサイズ?

 顔もなんかちょっとシャープになっている気がする。シャープな狼顔っていうのもあれだけど。


「驚いたか。狼族は10歳から成長が早まるんだ。12歳で、人型になれるんだ」


 ――そうなんだ。そういえば人型になれるようになったら結婚とか、言っていたっけ。

 いや、それはそれで困るんだけど。


 俺は場違いな思いを抱いて、自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 ――これから殺そうとしているのに、何が結婚だ。あほか俺は。


「ハルヨシ。戻ってきてくれてありがとう」


 そんな俺に奴は目尻を下げる。

 狼顔で笑顔って作れるんだなあと不思議に思う。

 でもお礼を言われても困る。戻ってきた理由がとんでもないのに。

 薬、そうだ。薬を盛らないといけないんだ。

 これ以上おかしな気持ちにならないように、早く実行してしまおう。


「ダ、ダイケン。ちょっと腹が減ったんだ。一緒にお茶でも飲まないか?」


 ――唐突すぎか?


 だけど、俺の誘いにダイケンは頷き、執務室にお茶セットを持ってこさせた。


「ネギーラ抜きで話があるんだが、いいか?」


 ――ネギーラがいると薬を盛ることなんてできない。だから邪魔。


 断れるかと思ったが、何も問題なくて、ネギーラが部屋を出て、俺とダイケンだけが取り残された。

 運び込まれたお茶セットを部屋の隅のテーブルにおいて、背中で隠すようにして、おっぱいの谷間から取り出した薬をカップに垂らす。再び小瓶を谷間に戻すとき、ひやっとして震えてしまった。

 だけど、ダイケンに怪しまれることなく、俺は奴の元へお茶を運ぶ。


 ダイケンは円卓に備え付けられた椅子に座りなおして、俺を待っていた。

 前は犬っぽかったのに、今は完全に狼だ。

 目の色が銀色で光を反射してきらきら輝いていた。

 黒の毛は艶やかな光沢がある。

 触って感触を試したくなるくらい、見事な毛並みだ。


 まずはダイケンの前に、次に自分の椅子の前にカップを置き、俺は座った。


「話とはなんだ?」


 銀色の瞳を閃かせ、俺を見る。


 ――ダイケンを殺す。彼に恨みはない。むしろ一度日本に戻してくれたこともあって、彼に感謝しているくらいだ。あのまま、死んでいたら家族と二度と会うこともなかった。

なのに、俺はいま、その恩を仇で返そうとしていた。


「ダイケン」

 

 話などない。

 俺は何を話すつもりなんだ?


 ダイケンはじっと俺を見つめたままだ。


「ジンペイって子供がいたのか?」

「突然だな」


 話してはいけない。

 俺は何をしようとしているんだ。

 

「二人息子がいて、血の繋がっているほうは拘束した。もう片方の養子の子は行方不明だ」

「名前は?」

「カンペイだ」

 

 ――やっぱりか。


「どうした?様子がおかしいぞ?」

「ダイケン。俺、」


 ――自分の口が信じられなかった。何を話そうとしているんだ。話したら終わりだ。エッセルはきっと姉ちゃんに甘くささやき、家に入るだろう。そして……。だめだ。だめだ。


「な、なんでもない」


 ――俺は家族を守らないと。俺のせいで、家族がつらい目にあるのはだめだ。


「本当か?」

「ああ」


 俺は必死に笑顔を取り繕う。

 するとダイケンはほっとしたように、優しい目をした。


「そうだ。黒田家のみんなは元気か?」


 ――ダイケン。


 再び決心が揺るぎそうになり、俺は奴から視線をそらした。湯気がたつカップには、醜い顔をした俺が映っていた。


 ――でも、家族を危険にさらすことはできない。


 顔を上げて、何事もないように答える。


「ああ、元気だ。お前のことも懐かしかっていたぞ」

「俺のことも?俺のこと話したのか?」

「当然だろ。じゃないと、説明付かないから」

「それでは、お前が俺の婚約者ってことも?」

「それは話してない!必要ないだろ」

「まあ、そんな怒ることではないだろう」


 おかしそうにダイケンは笑う。

 たった1ヶ月、シュスールだと3ヶ月しかたっていないのに、ダイケンはまるで別人のようだ。なんか落ち着いていてむかつく。

 それでもダイケンはまだ10歳だ。

 だけど、俺は……。


「ハルヨシ。怒りっぽいのは腹が減っているのも関係している。ほら、食べろ。これは黒田家で食べた事がある奴だぞ」


 薦められたのはサンドウィッチだった。

 そういえば、ダイケンは毎食人間フードを食べていた。

 サンドウィッチを食べていた時も驚いたな。

 そんなことを思い出して、俺はほほえましい気持ちになった。

 まさか、あの時はこんな事態になるなんて思わなかった。


「ハルヨシ?」

「ああ。ありがとう」


 俺は奴からサンドウィッチを受け取り、手が空いた奴はカップに手をやる。

 

 ――俺のカップには女の俺が映っている。女の俺。おかしな話だ。俺は一度死んでいる。それで女に生まれ変わった。だったら、もう一度死んでも変わらないじゃないか。どうせ一度は死んだ身だ。どっちにしても、俺は助からない。


「ハルヨシ?」

「あ、俺の分砂糖いれたんだった。ごめん」


 俺は奪い取るようにカップを交代し、覚悟を決める。


「ダイケン。ありがとう」


 初めてちゃんと奴に笑いかけた気がする。

 これで最後だ。


 カップを手に取り、俺は中身の液体を飲んだ。


「ハルヨシ?!」

「まさか!」


 動揺したダイケンの俺を呼ぶ声、珍しく驚いた様子のネギーラを横目に、俺は気を失った。

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