再びシュスールへ

「ハルちゃん。食べないの?」


 今日の夕飯は俺の大好きな豚カツだった。

 だけど食欲がわかなくて、半分くらい食べて箸を置いた。


「ちょっと疲れたから今日は早く寝るわ」


 心配そうな母、父と姉に声をかけ、俺は食器をシンクに入れた後、部屋に戻った。

 ふと窓から外を見れば、電柱の影に人が見えた。

 薄暗い中、目を凝らすとそれがエッセルであることがわかった。


 ――やっぱり夢とかそういうのじゃないんだな。

 

 わかっている。

 全部現実なんだ。

 だから、俺がやらないと本当に家族がどうにかなってしまうかもしれない。警察に駆け込んだところで、妄想話として相手にしてもらえないだろうし。


 ――ダイケンかあ。っていうか、思念って奴は考えることも筒抜けで、暗殺なんて無理じゃないのか?あ、でも思念を使えるはずの狼族でも、ジンペイの企みはダイケンにばれてなかったし、思念ってなんだろう。

 企みがばれると、俺の家族に手を出すかもしれない。


 俺はそれを確認するため、あの見張り役のエッセルに確認することにした。


「エッセル」


 ちょっと買い忘れたものがあるからコンビニに行ってくると、家族に言ってから家を出て、すぐにエッセルに声をかけた。

 俺の行動が予想外だったらしく、奴は驚いた顔をしていた。


「ちょっと聞きたいことがある」

「……何かな?」


 戸惑ったように聞き返されたが、どうでもいい。


「思念って奴は、相手の思いも筒抜けじゃないのか?」

「それはないよ。だったら、隠し事とかできないよ。思念はあくまでも会話する方法であって、考え事なんてわからない。通信がつながっている状態で声に出したらわかるものだよ」

「それじゃ、相手も声に出して思念で会話してるってことか?」

「そうだよ」


 ――なんか馬鹿みたいだな。独り言をつぶやくのか。思念ってことを知らないと危ない人みたいだな。まあ、いいや。でもこれで安心した。俺が声にださなきゃ、企みはばれないんだな。


「心配した?」


 敵なのに、家族を見張り役なのに、エッセルは親しげに聞いてくる。

 ――むかつく奴だ。


 俺は無視をして、家に戻ろうとしたのに……


「あ、伊予子さん」


 ――伊予子?


 突然エッセルが姉の名を言ったので、嫌な予感がして振り向いた。

 そこにいたのは姉だった。


「コンビニなんてやっぱり嘘だったわね。あんたとエッセルさん知り合いなの?」

「え?姉ちゃん、こいつ知ってるの?」

「うん。この辺に最近引越しした人でしょ?よく挨拶するから」

「え?」


 ――なんでそんなことになってるんだ?!


「ハルちゃんが、君の妹だとは知らなかったよ」


 エッセルはそのイケメン面を使って、いけしゃーしゃーとそんなことをいう。


「ハル、エッセルさんとどういう関係なの?」

「ど、どういうって?」


 姉ちゃん、目が怖いよ!

 っていうか、姉ちゃん、こいつのこと好きなの?まじで?やめてよ。


「ははは。今日痴漢に襲われていたから助けてあげたんですよ」


 ――持木が痴漢とすれば、確かにそうだ。その後拉致られたけどな。


「そうなの?だったらお礼をしなきゃ。エッセルさん、家に寄っていかない?お茶でも?」

「は?何で?必要ないよ」

「ハル。なんて失礼なことを。助けてもらったんでしょ?」

「そ、」

「じゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」


 俺の意志は無視され、エッセルは姉ちゃんの案内で家に向かって歩いていく。


「待って、なんでそんな」


 必死に後を追いかけるが、結局俺の主張が通ることはなかった。

 母と父にもエッセルは好評価で、俺は「こいつは悪い奴なんだ。俺がダイケンを殺さなきゃ、みんな命が危ないんだぞ」と言いたくなるのを堪えた。


 ――まてよ。そういえば、見張りはこいつ一人だよな。俺がどうにかすれば、この件すべて丸く収まるんじゃないか?


「エッセル。俺の部屋に来ない?」


 単純にそう考え、奴を説得するため部屋に招きいれようとしたが、みんなに反対され、エッセルは1時間程度で帰ることになった。

 

「それじゃ、また」

「あ、待って。俺、話が!」

「何の話?ここでできないの?」


 玄関で奴を呼び止めたが姉ちゃんが凄い目線していて、俺は諦めるしかなかった。

 しまいには、エッセルのことを好きだから諦めてとお願いされてしまい、もうなんだか。

 ずいぶん疲れて部屋に戻ると、声がした。


 ――ハルヨシ。


 それはエッセルで、俺は驚きながらも、待ってましたとすぐに返した。


「エッセル。どういうつもりだよ。なんで家族と仲良くするだよ。お前は見張りだろ?」


 ――うん。だから仲良くするんだよ。


「どういう意味だよ。仲良くなったら、見張りじゃないだろう。もしかして、見張りなんてする気ないのか」


 ――馬鹿だね。そんなわけないだろう。仲良くなれば、家に侵入するのも楽になる。だから、君が約束を守らない場合はすぐに手を下せる


「エッセル!」


 ――大丈夫。君が約束を守れば何もしないから。


「本当だな?」


 ――うん。


 俺は会話をしながらも、もう一つの可能性にかけ、あいつが潜伏している場所を考えていた。

 あいつは探し出して、どこかに閉じ込めたりできないのか?そうすれば問題解決なのに。


 俺は窓から奴の姿を探す。けれどもどこにも見当たらない。


 ――君は俺を一人でどうにかしようとしているけど、やめたほうがいいよ。君は弱い。僕のことをどうにもすることはできない。無駄なことはやめるんだね。


「考えていることが読めるのか?」


 ――それはできないといっただろう。君はわかりやすいんだよ。だからさ。この企みがダイケン様やネギーラにばれないように気をつけてね。ばれたら終わりだと思って。


 エッセルの声は家族と談笑していたときとは別人のように冷たくて、俺は震えそうになる。


「わかった。だから家族には何もするな」


 ――うん。安心して。


 安心ってなんだよ。


 ――今日のうちに、ダイケン様に連絡して、戻りたいと言うんだ。なるべく甘えた感じでね。ダイケン様が喜ぶだろう。


 笑いが混じった声に俺は吐き気を覚える。だけど俺には選択肢がない。

 だから、頷き、俺と奴の通信はそれで終わった。


 もうこっちに戻ってこれるかわからない。

 だったらみんなの顔をもう一回見ておこうか、そんな思いもよぎったけど、俺は首を横に振った。

 カンペイからもらった薬をポケットに忍ばして、深呼吸する。

 そうして、ダイケンの名を呼び、彼のことを想った。


 ――ハルヨシか?

 驚きの中に喜びが感じられる。

 ダイケンはなぜか知らないけど、俺のことを待っている。

 罪悪感が忍び寄り、心の動揺が彼に伝わらないことに安堵する。


「ダイケン。そっちに戻りたい。戻してくれないか?」


 沈黙が訪れ、心配になった。 

 やっぱり俺を待っているなんて、妄想じゃないか。気のせいだと思いたくなる。そうであってほしい思いもあった。


 ――ありがとう。すぐに戻す。俺のことを想って、目を閉じて。


 脳裏に響く奴の声は、なんだから色っぽくて、妙な気持ちになった。

 俺は首を横に振ってから、目を閉じる。

 奴の狼顔、黒のハスキーっぽい顔を思い浮かべる。


 そうすると床に黒い穴が開いて、何かに足を引っ張られた。一瞬で黒い空間に飲み込まれ、俺は意識を失った。


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