鬼畜な狼

 変な奴に絡まれたが、無事に遅刻することなく門に滑り込んだ。

 いつも通りの朝が始まり、奈々子ちゃんが話しかけてきた。だけど、あの勘違いな持木が話しかけてこなかったのが、不思議だった。

 まあ、面倒だからいいけど。


 そうして授業が終わり、いつものように真っ直ぐ帰宅しようとしていると、拉致られた。


「ちょっとなんだよ!」


 いらだって思わず素で怒鳴ったが、持木は俺の手首をつかんだまま、ぐいぐいと道を歩く。

 イケメンなら何でも許せるのか、と思うくらいに誰も止めるやつがいなくて不気味だった。


 開放されたのは、公園の裏で、手首はひりひりと痛みを訴えている。


「ハルちゃん。今朝、男と一緒に歩いていただろ。あれ、誰?」


 自分がかっこいいと疑ってる、確かにかっこいい持木は、髪を掻き揚げ、俺を見下ろす。


「別に誰でもいいだろう」


 手首をつかまれた痛みもあって、もうこいつに気を使うつもりはなかった。まさか現実にTS転生があるなんて思わないだろうし。


「あいつとなんか仲よさそうだったよな」

「はあ?」


 何考えているんだよ?

 こいつ頭おかしいんじゃないか?

 

「俺のことは無視で、ああいう系の男にはなびくわけ?」

「ああいう系?なびく?」


 こいつ何言って……!


 言い返そうとしたところ、肩を押され木の幹を背に、両腕を逃げ出さないように拘束される。


「俺のどこが嫌なの?こんなにかっこいいのに?」


 ――気持ち悪い。いや、こんな自信過剰な奴にどこがいいんだ。女子たちよ。


「全部嫌。離せ」

「嫌だね。俺と付き合うって言うまで離さない」

「はあ?頭悪いんじゃないか?」


 俺が言い返し、奴の顔色が変わる。

 手が開放され、奴の腕が上がったのが見えた。殴られると思ったとき、奴がふっとんだ。


「じゃじゃーん。正義の味方登場」


 代わりに現れたのは今朝の人狼(多分)だった。


※※※


 だけど俺はまたピンチに陥っていた。

 相手が代わり、今度は別のところへ拉致られている。


 変なちょっかい出してこないから、まだましなのか、どうなのか。


 俺は公園の一角の小屋に閉じ込められていた。

 持木のその後は知らない。

 横目で見た奴は地面で伸びているようだったけど、死んではいないだろう。多分。


 小屋で椅子に座らされ、その向かいに奴は立っている。

 いや、奴らだ。

 2人の男、今朝の男ともう一人の男の顔は狼だ。

 こげ茶の狼顔は、どことなくダイケンの叔父に似ているような気がする。


「このままシュスールに連れて行くのですか?」

「そうだな。その前に私の言うことを聞くように調教する必要があるな。私の意のままに動くようにな。調教には痛みが必要だ」


 こげ茶の狼がどこから調達したのか、鞭を持っていた。


 ――まじか、はじめて見たぞ。鞭。


 痛みを想像して、俺はかなりびびっていたと思う。

 すると、鞭を持った奴はにやつく。


 ――うぎゃ。鬼畜体質か。最悪だ。意のままって何だろう。内容によっては聞いてもいいかな。


「ハルヨシ。おとなしく聞いたほうがいいよ。カンペイ様は気が短い方だから」


 ――カンペイ?ダイケンの叔父はジンペイだったな。やっぱり親族か、何かか??


「エッセル。いい忠告だ。その通り。ハルヨシとやら。私の手足となるのだ。そうすれば、痛い思いはさせぬぞ」


 ――なんかお母さんが好きな時代劇の悪代官の台詞みたいだな。でも聞いたほうがよさそう。まじで。


「何をすればいいんだ?」

「おお、素直だな。素直なことはいいことだ。私が望むことは、ダイケンの死だ。ガキの分際で、ジンペイ様を捕まえ、当主に収まった生意気な奴だ。あいつが死ねば、ジンペイ様に再び当主になってもらえる」


 ――そういうものか?だって、ジンペイは明らかにダイケンの暗殺を狙っていた。そんで、今度ダイケンが死ねば、疑いがかかるのでは?まあ、牢獄にいるから、何もできないってことになるのか?っていうか、俺がダイケンを殺したら、俺が捕まるんじゃ。そうしたら、結局死ぬ?だったら。


「ははは。自分の身が惜しいか。だが、今言うこと聞かなければ痛い目を見るだけだぞ」


 カンペイは鞭をばしん、 ばしんと床に打ちつけ、楽しそうだ。


 ――うう。究極の選択だな。いやでも手はある。言うことを聞く振りをして、この計画をダイケンにぶちまければいいんだ。なんだ。簡単だ。


 思わず笑いたくなったが、おびえている振りをつづなければと俺は笑わないように顔に力を入れた。


「……言うことを聞く。だから、開放してくれ」

「ほほーう。いい心がけだ」

「カンペイ様。だまされてはいけません。開放したところで、こいつは裏切る可能性があります」

「む、確かにそうだな」


 ――なんだよ。今朝のいけ狼!そこは気がつかない振りをすればいいんだろう!


 俺は奴をにらみつけた。


「家族を人質にとりましょう。僕は彼女の家族を把握してます。計画を実行しないと、家族に害をなすと言えば裏切ることもないでしょう」

「鬼畜野郎!」


 ――なんで、そんな卑怯な手を思いつくんだ。


 今朝の奴――エッセルの進言にカンペイは狼顔をにやけさせた。舌が出て気持ち悪い。


「エッセル。お前の案を採用する。お前はこの地に残り、こいつの家族を見張れ。私がこいつを連れ戻す。ハルヨシ。いいな。それとも痛い目を少しみるか?」


 鞭がしなり、俺は情けないことに体をびくつかせた。


「わかったよ。言うことを聞く。ダイケンを殺す。方法はなんだ?」


 殺すという言葉は胸をかき乱し、一瞬ダイケンが血を吐いた、あの時の情景を思い出させた。あれは演技だったが、今度は……。

 俺は弱いから、力づくではむりだから、毒に決まっている。

 予想通り、今度の計画も毒殺で、俺は奴から毒の入った小さな瓶を持たされた。

 そうして、俺は解放された。

 接点がないカンペイが俺を連れ戻すと疑われるということで、俺は自分の意思でダイケンに連絡を取り、戻ることになった。


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