通信と怪しい男

 ――ハルヨシ。


 その夜、ベッドに転がって漫画を読んでいたら、声が聞こえた。

 周りを見ても誰もいないし、扉を開けて外を見ても、誰もいなかった。

 気のせいかと思って、部屋に戻ってベッドに転がると、また声。


「幽霊か!」


 ぞぞっと寒気がしたが、次の言葉で落とされた。


 ――幽霊とはなんですか?魂のこと?そんなわけないですよ。ハルヨシ。


「ネギーラか!」


 ――やっと気がつきましたね。相変わらず理解力が低いですね


 ああ、むかつく。声だけだから、余計にいらつく。


 なんとか無視できないかと聞かない振りをしていたが、その間にも声は脳裏で説教を垂れ続けた。


 ――誰がその体を作ったのか、おわかりですか?そのおかげで、あなたはご家族を再会できたのですよ?しかも、境界から日本へ返してあげたのは私です。私はあなたを恩知らずに育てた覚えたありません。


「誰が、育てただよ。俺はあんたになんか育てられてない!」


 ぷちんとぶち切れ、部屋の中だというのに叫んでしまった。すると足音が聞こえてきて、姉ちゃんが飛び込んでくる。

 

「ハルヨシ?」


 ノックと同時にやってきた姉ちゃんは心配そうな顔をしていた。


「あ、姉ちゃん。なんでもないよ。ちょっと嫌なことがあってははは、思い出し怒り」

「嫌な事って、学校で何かあった?」

「いやいや、違う違う。学校じゃないから」

「じゃ何?変な人に絡まれたとか?あんた、いま物凄いエロいJKになっているから気をつけてね」

「は?エロい?どこが?」

「その顔、私によく似ているけど、童顔でしょ?その上、胸が馬鹿みたいにデカイ」

「馬鹿みたいって」

「そのあなたの体を作ってくれた人?大丈夫の人なの?ちょっと心配になるわよね」


 姉ちゃんの言葉に俺はウケてしまい、はじけるように笑い出してしまった。


「ど、どうしたの?」


 姉ちゃんは俺のあまりの爆笑に逆に心配になったみたいだ。

 そんな笑いの壷にはまり笑っている中、ひやりとする声が脳裏で響く。


 ――あなたの姉さんにはいつか会わないといけないでしょうね。


「だめだ。だめだ。俺が悪かったから!姉ちゃんにはちゃんと言っておくから」

「ハルヨシ?」

「あ、姉ちゃん。心配ないから。大丈夫だって。あ、後、俺の体作ってくれた人はとてもいい人だったよ。変な人じゃないから」


 俺は姉ちゃんがこれ以上おかしなことを言わないように、納得が言っていない様子だったが部屋から追い出した。


「ハルヨシ。何かあったらちゃんというのよ」

「わかってるよ。姉ちゃん、ありがとう」


 扉越しに溜息が聞こえたが、どうやら諦めて部屋に戻ってくれたようだ。


「ネギーラ。これでいいだろう」


 ――ええ、まあ。とりあえずよしとしましょうか。それよりも、あなたに話があって連絡したのです。


「話?もしかして連れ戻す話か?」


 それなら断固拒否する。

 っていうか、どうやって拒否できるかわからないけど。

 いやだ、帰りたくない。

 違う、戻りたくない!


 ――……違いますよ。本当に、帰りたくないみたいですね。


 ネギーラは少し寂しそうに言い、用件を話し始めた。


***


 ――それでは、本当に気をつけて。


「ああ」


 そう返した後、声が一瞬聞こえなくなり、違う声がした。


 ――ハルヨシ。


 それは、ダイケンで、俺の心臓がなぜか跳ねた気がした。


 ――元気そうだな。黒田家の人はやっぱり受け入れたくれたんだな。


「ああ、生き返らせてくれてありがとう」


 俺は確かにあの時死んだ。

 だからこうして、女としてだけど自分の部屋に戻り、家族と過ごせるのはダイケンと、ネギーラのおかげだ。

 この部分では礼を言うべきだと思っている。


 ――元気そうならいい。


 ダイケンの声がちょっと変で、それっきり黙ってしまった。


「ダイケン?大丈夫か?」


 だから思わず心配になってしまい、問い返す。


 ――大丈夫じゃない。


「え?病気なのか?」


 ――いや、違う。

 ――病気ですよ。その名もこ、

 ――ネギーラ。余計なこと言うな。とりあえず他の人狼がお前のことを狙っているみたいだから、気をつけろよ。12歳になれば、俺たちは人間に変化できる。だから、狼姿とは限らないからな。

 ――わかってるよ。


 この様子じゃ、何の病気かわからないが、そんなに深刻じゃなさそうだ。

 だったらま、いっか。

 とりあえず、人狼には気をつけると。


 ――じゃあな。ハルヨシ。


 思いにふけっている間にダイケンがそう言って、それから何も聞こえなくなった。

 通信終了ってことか、あっけないな。


 妙に寂しくなったが、これは駄目な傾向だと俺は首を横に振り、ベッドに身を投げ出す。

 それよりも考えることは、シュスールからくるかもしれない人狼のことだ。

 なんでも、ダイケンの婚約者である俺を自由にできるようになれば、シュスールを乗っ取れるという考えを持った人狼が、境界から日本へ侵入したようだ。

 境界には見張りの兵がいるが、買収されていたらしい。


「まあ、どこの世界も一緒だな」


 しっかし、人狼に気をつけるか。人狼……まあ、変な奴に気をつければいいか。

 まずは、犬に気をつけようかな。

 それから変な人。


 そう思いながら、俺は電気を消して、就寝についた。

 夢に、犬姿のダイケンが出てきて、姉ちゃんだけ懐いていて、頭にきた。起きてもムカムカしていて、何だか朝からいやな思いで、仕度をすることになった。



「お嬢さん」


 セーラー服を身に着けて、すーすーする感覚にまだまだ違和感を覚えながら、玄関を出た。すると数分で、怪しい奴に出くわした。

 顔はいい。背も高い。

 だけど八重歯のような、犬歯が怪しいし、いまどきお嬢さんと声をかける奴なんているわけがない。


 ――無視だな。


 俺はそう決めたのに、怪しい奴は諦めない。

 外見がいいから、変質者にも見えないので、俺はそいつとしばらく一緒に歩くことになった。


「つれないなあ。僕と遊びに行こうよ。おいしいものあげるよ?」


 ――俺は子供じゃない。


「じゃあ、ダイケン様について」


 不覚には、俺は足を止めてしまった。すると怪しいイケメンがにたっと笑う。


「ダイケン様。病気みたいなんだよ。僕とシュスールに戻ろうよ」

「嘘つくな。昨日ダイケンは病気じゃないって言っていたぞ」

「あ、話したんだ。さすが、早いなあ」


 にやつく顔は苦手だ。


 俺は無視を決め込んで再び歩き出した。


「でも、実際見てないんでしょ?」


 だけど、また足を止める。


「声だけならいくらでも演技はできるよ。ダイケン様は君がいなくなってから、急に元気がなくなったんだ。執務室にこもりっぱなし。食欲もなくなったみたいで」

「俺のせいだと言いたいのか?」

「そんなこと言ってないでしょ。ダイケン様は君が好きでたまらないらしいだよ。だからさあ、僕と帰ってくれない?」

「は?誰が。ダイケンも別に戻って来いなんて言ってなかったぞ。だいたい戻る気なんてないし」

「え?戻る気ないの?」

「当然だろう。俺の国はここだから」

「そう、そうなんだ」


 ――なんだ。急に。


 俺が戻らないと言った途端、男の動きが鈍くなった。

 だから、俺は振り切って逃げた。


 ちょっと走って振り返ってみたが、男が追っかけてくることはなかった。



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