こげ茶色の人狼ジンペイ

 おかしなダイケンとの妙な雰囲気、それを忌々しく思っていると救いの手がやってきた。

 奴に家庭教師以外の訪問者がいたのだ。

 なんでも、奴の代理で今当主をやっている人狼で、叔父に当たるそうだ。

 部屋に入ってきた人狼は、黒になりきれないこげ茶色のハスキーみたいな顔をしていた。

 人懐っこくない、如何にも狼って顔だ。

 視線は厳しく、俺をめっちゃ睨んでいた。 なんでだよ!


「ダイケン。人払いを頼む」

「叔父上。わかりました」


 ――まあいいけど。

 俺は部屋を追い出されとりあえず、扉のところで待機することになった。

 話は結構長く続き、俺が居眠りをこぎそうになったときに扉が開いた。

 出てきたのは奴の叔父さんだったが、今度はにやっと笑われた。

 不気味すぎて、睨まれたほうがよほどよかった。


「ハルヨシ。入っていいぞ」


 ああ、別に入りたくないですけどね。

 そう思ったが、召使なので、仕方なく部屋に入る。

 お茶セットでも片付けるか。

 そう思っていると、熱い視線を感じて顔を上げた。

 ダイケンが目をキラキラさせて俺を見ていた。


「叔父上が、俺たちの婚約に賛成してくれたぞ」

「は?」

 

 いや、今朝俺に興味ないって言っていたよな?確か。


 俺の視線に気づいたようで、奴はちょっとばかりテンションを落とした。


「えっと、なんだ。お前には興味ないけど、ほら、別の世界からきただろう。だから俺様が守ってやる必要があると思うんだ。しかも女の子だろ」


 ――連れてきたもの、女の子に転生させたのも、あんたの仕業なんだけど?


「大丈夫だ!責任は取るから」


 ――別に取られたくない。


 俺の心の声は届くことなく、奴は先ほど叔父さんと話した内容を聞かせてくれた。

 なんでも、今日来たのは、異世界から戻ってきた奴への見舞いと、婚約する予定の俺を確認したいということだった。

 確認もなにも、ちらっと見られただけだったがなあ。

 それでオッケーサインが出て、晴れて俺は婚約者になるそうだ。


「それで、発表パーティーがあるからな。服は用意する」

「は?いや、別に発表なんかしなくても」


 というか、誰にも知られず、っていうか、ダイケンが気を変えてくれると助かる。

 まじ婚約とか勘弁。結婚はもう死にたい。


「いや、みんなに知らせていたほうがいいから」


 ものすごく強く押されて、俺はその婚約発表パーティに出ることになった。


 

***


 その日、部屋に戻ろうとしているとネギーラに遭遇した。

 婚約発表パーティーなんて、喜んでいそうだったのに、意外にもシリアスな顔で、またしても部屋に連れ込まれた。


「今日、ジンペイ様がいらしたようですね」

「ジンペイ?ああ、ダイケンの叔父か」


 ダイケンと呼び捨てにしたところで一瞬睨まれたが、ネギーラは小言を言うことなく、意外なことを告げた。


「婚約発表パーティーは開催しないほうがいいもしれないですね」

「え?」

「どうせ。パーティーの事を持ち出したのは、ジンペイ様でしょう。ダイケン様はそれに乗せられた」


 ――それは知らないけど。

 まあ、あの奥手そうなダイケンが考えたようには思えないな。子供だし。っていうか、子供って思っているけど実際何歳なんだろう。今度聞いてみようか。

 

 俺がどうでもいいことを考えている前で、ネギーラはその細い目をさらに細くして、寝てるのかどうかわからないくらいに動かなくなっていた。


「あなたには話しておきましょう。敵ではなさそうですし」

 

 寝てたわけじゃないネギーラはそうして、俺に秘密を打ち明けた。


 ダイケンは10歳だった。

 いや、これはどうでもいいけど、両親は去年事故で他界。

 この事故がなにやらきな臭く、前当主の弟でもあったジンペイをネギーラは疑っているらしい。

 しかも、ダイケンが異世界――日本に置き座りにされたのもジンペイの仕業じゃないかと。

 そもそも、この世界、色々な種族がいて、ここは狼族が支配する地域らしい。基本は動物系が支配者、植物系はその家来というのが、この世界の掟ということだ。

 ちなみに、ここは狼族シュスールが治める地域として、シュスールを呼ばれている。

 そんで、ダイケンは別世界に留学のようなノリで、ジンペイに唆され行ったらしい。ところが、日本じゃ普通の犬扱い、言葉も話せず、帰ろうとしたが、通信が途絶えて俺の家に転がりこんだということだった。

 俺がトラックに跳ねられた直後、通信がつながり、このシュスールに戻ったらしい。

 通信というのは、機械をつかうんじゃなくて思念で会話するようなもの。

 思念で会話できるのは、狼族と樹族だけらしい。

 ああ、樹族っていうのは、ネギーラのことね。

 どうみても葱なんだけど、木を意味する樹族ということだった。


 ダイケンが日本に行ってから様子が違うと、連絡を取ろうとしてしたけど繋がらない。ネギーラも連絡が途絶えたことを心配して奔走して、やっと、境界に行きダイケンを連れ戻すことができたということだ。

 境界というのは、シュスールと日本をつなぐ場所。日本以外にも色々なところにいけるという話だ。境界に穴が開いており、そこの穴に入り込み、別の世界へ移動する。通信が繋がっている状態で送り、呼び戻すことも可能だ。

 ただしできるのは、思念が使える狼族と樹族だけ。

 ちなみに、樹族は絶滅寸前、ネギーラが最後の樹族ということだ。


 長々とネギーラから話を聞いて、ジンペイを疑う気持ちに合点がいく。だけど、ダイケンだけはジンペイを疑っていないらしい。

 だからこそ、ジンペイは彼の代理としてまだ当主をやっている。

 ネギーラを含め、家臣たちはジンペイを警戒しているというのに。


「まあ、この機会に畳みますか」

「うん?」

「どうせ、ジンペイ様に唆されたダイケン様に何を言っても聞いてくれないでしょう。まあ、あなたが何か言ってくれれば……。いや、駄目でしょうね」


 ――なんだそれ。自己消化しないでくれ。わからないぞ。


 首を傾げている俺に、ネギーラは薄気味悪い笑みを向けた。


「婚約発表パーティー。派手にいたしましょう。とことん目立ってもらって、悪い狼の尻尾を完全に捕まえます」


 思考が追いつかない俺の前でネギーラは宣言すると、婚約発表パーティに着る服やなんやらを語り始め、気がつくと俺は舟を漕いでいた。

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