Q.
Q.
「えーい、派閥を作ってナバを引き入れたはいいが、今夜はナバが邪魔で仕方がない」
伸治はディスプレイの前で歯がみした。スビタスを動かしていた幸男は、
「どうしてだ?」
と訊ねた。
「だってさ」伸治はため息を吐いた。「おれは夏目さんと話しているんだぜ。それに今は夏休みだ。一緒に海に行けるか誘いたいんだけど、この王国は山国だからおいそれと誘う訳には行かないもんね」
すると幸男は、
「お前、惚れたのか? 夏目さんに」
と訊いた。
伸治は、間髪おかず、
「もっちろん」と答えた。「かわいいし、アタマいいし、性格もいいし、申し分ないじゃん」
しかし幸男は飽くまでも冷静だった。
「坂口、私情は禁物だぞ」
「仕方ないじゃん。好きになったものは好きになったで」
幸男はため息を吐いた。
「ま、それはお前の勝手だけど、やるなら夏休みが終わってからにしてくれよ」
伸治は仕方なさそうに、
「分かった、分かった」
と答えた。幸男はログ・アウトし、ノートPCの電源を切ると立ち上がった。
「じゃおれ、帰るから。また近々中野の家で作戦会議だな」
と言い、伸治の部屋を去った。
伸治は、話せば話す程夏目美智子に惹かれるのを感じていた。夏目の英語力は大したものだった。話す内容も確りしている。幸男の言うことも理解は出来た。だが、どうやら昇も狙っているらしいので、うっかりできない。
ああ、せめてナバのいないところで二人きりになれたらなあ。
ベッドに寝転がって伸治はそう願うのだった。
「バアグス、アバスさまはどこにおられる?」
廊下で行き会ったハミル財務相が訊ねて来た。バアグスは、
「アバスさまでしたら、現在タジューク王陛下と会談中でございます」
と答えた。
「お急ぎのご用でしたら、わたしがお取り次ぎいたしますが…」
「いや、それほど急いでいる訳ではない。また後でよろしい」
ハミル大臣はそう言うと、手真似でバアグスを廊下の隅に呼んだ。
「何でしょう?」
「バアグス、お前はアバスさまの陣営に入っているのか?」
「いいえ、わたくしはアバスさまの陣営にもカイムさまの方にも入っておりません。どうしてですか?」
「いや、お前はアバスさまと親しいようなことをちょっと耳に入れたものでな。――もしわたしがアバスさまの陣営に入るとなったら、お前はどうする?」
「――さあ」バアグスは戸惑った顔をした。「目下のことを考えますと、どちらかと言えばカイムさまの方が有力でいらっしゃるように思いますが…」
「うむ。カイムさまの方が大きな閥になっていることは知っている」
「最初、派閥を作り始めたのはアバスさまの方ですよね?」
「そうだ。しかし、元々宮中にはカイムさまの支持者の方が多かった。アバスさまはどうも軍事の方面にも関心をお持ちのようだし、少々急進的に見えるのだが」
「確かに、武力の増強はこの王国の伝統からは外れるお考えですね。しかし、なぜアバスさまの陣営にお入りになろうとなどお考えになったのですか?」
「なに、後々のことを考えてのことだ。――どうだバアグス、タジューク王陛下はアバスさまかカイムさまを次代の国王に就かせたいとお考えのようだが、どちらが有力なのかな?」
「――いやあ、わたくしには即答はできかねます。こればかりはタジューク王陛下の胸先三寸ですから」
「そうだな。――バアグス、何か動きがあればわたしにも一報知らせてくれないか。どうもわたしの見方では、タジューク王陛下の御代は長いことないように思われるのだ」
「ハミルさま、お口をお慎み下さい」
「分かっている、分かっている」
ハミル大臣はうるさそうに顔の前で手を振った。
「だが、今言ったことは頼んだぞ」
「はい、承知つかまつりました」
バアグスは一礼し、ハミル財務相は立ち去った。
バアグスは何食わぬ顔をしてルイン内務相の執務室に向かった。内務相は在室だった。
「何かな、バアグス?」
ルイン大臣はそれまで向かっていたコンピュータのディスプレイから顔を上げた。バアグスは室内に誰もいないことを確認し、ドアを閉じた。
「実はルインさま、ラジム交通大臣が近々にもお会いしたいと」
ルイン大臣は眉を上げた。
「何の用かな?」
「カイムさまのことで、お話がしたいと…」
「ほう、そうか。どこでだ? わたしはいつでも構わない」
「中庭の東屋でお待ちしている、とのことでした。行かれますか?」
「うむ、行こう。案内を頼む」
バアグスはルイン大臣の先に立って歩き出した。
ふう、と嘉幸はPCの画面の前で思わず額を拭った。
根回し、根回し。更に根回し。
ゲームの中の政治ごっこだと言うのに、参加者は真面目すぎるほど真剣に取り組んでいる。
こういうのって、ぼく、苦手なんだけどなあ。
嘉幸は昇に誘われるままに入ってしまったことを少々後悔していた。しかし、今更止める訳にはいかない。
侍従頭のポストは各派閥の丁度中央に位置している。各大臣も派閥を作り、アバスもカイムも派閥を作っている。タジューク王は各派閥の扱いに苦慮しているようで、大臣間の取り持ちをバアグスに命じることも多かった。
ゲンちゃん、無能じゃないか。自分が一番偉いと思っているようだが、実際は各派閥のバランスを取りながら運営しているに過ぎない。それなのに、ゲンちゃんはそのことには意識が向かないようで、自分の思う通りに国を動かそうとしている。このままだと、この国の政治には立ち行かなくなる時が来るんじゃないかな?
しかし、そうなったらそうなったでいいのかも知れない。幸男が言う通り、ゲンちゃんをこの下らないゲームから追い出すことができれば目的を達したと言ってもいいのだ。
源田靖はますます不機嫌だった。カイムに続いてアバスまで自分に意見をするようになるとは。全く生意気な連中だ。
それにも増して気分が悪いのは、大臣どもががっちりと派閥を固めていることだ。これでは強力な王権を発動することもままならない。大臣どもが陰で何をやっているのか、今度バアグス辺りを使って探らせた方がいいかも知れない。兎に角、旧態依然たるこの王国の王宮内の実情を見れば見る程、靖はその扱い難さに辟易するのだった。
この間はラミアまで自分に意見をした。たかが王妃と言うだけで知った風なことを言う。
さてさて、一体どうすれば自分の思う通りに国を運営して行くことができるだろうか。
しかし、若い時分から政治と名が付くものからことごとく身を遠ざけるようにして暮らして来た靖には、手の打ちようがなかった。選挙の投票へは欠かさず行くものの、いざ投票する段になると、いつも考えるのが面倒になって、投票用紙には目に付いた候補者の名前を書いて投票箱に放り込んでしまう。「キングダムズ」は、靖が当初思い描いていた世界とは違うものだった。
しかし、ここで止めては勿体ない。せめて自分の在位中にクリーンな政治ができるようにシステムを変えたいものだ。
靖はそう思って、ビールをぐびりと呷った。
昼下がり、六人は健司の居室に集まっていた。
「よし、うまく揺さぶりは掛けられているようだな」幸男が言う。「アバスもカイムも派閥作りがうまく行っている。ここまでは順調だ」
「だけど、ぼくは大変だよ」嘉幸が言った。「派閥の間で板挟みになって、正直辛いよ」
「もう少しだ」幸男はなだめた。「もう少ししたら、おれたちも王宮内に入る。そうしたら、全て変わるさ」
「どんな風に?」
嘉幸は頼りなげな様子で問うた。
「源田は動物を偏愛している。王妃のことなんか相手にしちゃいない。そこへ『神猫』が入れば、事情はがらっと変わる筈だ」
「そうかなあ。本当かい?」
「うん。保証する」
「おれ、いい加減飽き飽きっす」昇は弱音を吐いた。「何も喋んなくていいのはいいけど、その代わり疲れるもんだな。あんなど田舎で暮らすのももう勘弁して欲しいっす」
「あとちょっとだ」幸男は言い含める。「一緒に王宮へ行って貰わないと困るんだ。頼むからもう少し辛抱してくれ」
「あたしはこれからどう行動したらいいのかしら?」
床の上に置いたクッションに座って美智子が言った。
「あんな感じでいいのかなあ?」
「うん、あの感じでいいと思うよ」幸男が答えた。「だけど、もうちょっと積極的にやってもらってもいいと思うんだ」
「積極的に、ってどんな?」
すると伸治が、
「ほら、おれが言った通り、もっと自己主張していいんだよ。我が儘邦題にしていいんだ」
と言った。健司は、
「しかし美智子ちゃん、しっかりした英語しゃべるよねー。おれ、感心したわ、マジで」
と称賛した。美智子は照れたように黙り込んだ。
あー、おれも「美智子ちゃん」って呼びてーな、そんな関係になれたらいいのにな、と昇は思う。
健司は幸男に、
「お前、この先どんな計画を立てているのよ? いつ会っても自信たっぷりだけど、結末はどんな感じになるわけ?」
と問うた。幸男は盆の窪を掻きながら、
「いやあ、まだそんな先のことなんか考えていないさ」と答えた。「今はとりあえず、源田の出方を見て、一手先を読むだけだよ」
「そうは見えねえけどなあ」昇は腕組みをして言った。「もう、頭の中にすっかり設計図ができているんじゃねえの?」
「ないない」幸男はちょっと笑って否定した。「こういうゲームは生き物だ。全てはタイミングなんだよ。それをつかみ損ねたら、また次のタイミングを見計らって行動する。それが鉄則だ」
美智子は、
「竹下くんがいなかったら、みんなてんでんばらばらになっているとこね。竹下くんの眼力ってすごいよねえ」
と手放しで褒めそやした。昇は幸男に嫉妬する。
が、幸男はやはり冷静に、
「いや、計算ばかりしているってのも、案外面白くないもんだよ」とさらりと言う。「他国が攻め入って来るとか、そんな突拍子もないことが起きないかな、とか願ったりすることもあるさ」
「で、幸男、次は何すればいいわけ?」
伸治が問うた。幸男は、
「変わらない。アバスとカイムが対立する。そこへラミアが絡んでくれ。こうなると源田も出方を考えざるを得ないだろう」
と言った。
作戦会議はそれで終わった。健司は帰ろうとする昇を呼び止めて、
「おい、この代数の問題、分かんないんだけど、教えてくんない?」
と言った。
タジューク王は食事を済ませると寝室を出て執務室に向かった。
今日もアバスかカイムがひと悶着起こすのではあるまいな、と王は危惧していたが、玉座に着いてもバアグスはやって来なかった。
王の許には財務大臣や内務大臣が訪れ、それぞれの抱える問題について王に伺いを立てた。王は大臣が抱える派閥の方が気に入らず、そちらが気になっていたのだが、敢えて言葉には出さなかった。態度に表すと、こちらの弱みになると恐れたのだった。
ハミル財務大臣は、
「首都の空気が汚れております。自動車税の増税をされた方がよろしいのではないかと思います」
と訴え、続いて訪れたルイン内務大臣は、
「もっと地方との格差の是正にお力をお入れください」
と述べた。何れに対しても、王はうん、うん、と聞くだけだった。
タジューク王には一体自分がどうすればいいのか、はっきりした考えが得られなかった。しかし、大臣や甥に振り回されるのはご免だ。そういう頑迷さが、王政をますます頼りないものにしていたのである。
ルイン内務相が去り、タジューク王はラビイに命じて飲み物を持って来させ、膝に乗せたイヌの頭を撫でながらそれをゆっくり飲んだ。「渇き」と「疲労」のゲージが少しずつ回復していく。
と、そこへバアグスが訪れた。バアグスは王座の前で跪き、
「タジューク王陛下」
と呼び掛けた。王は、
「何だ、バアグス。そんなへりくだった態度は取らなくてもよいから、用件を申せ」
と言った。するとバアグスは、
「ラミア女王さまが、お目通り願いたいとのことでございます」
と言う。
「何だ、ラミアか。それならお前など通さず好きに来れば良いのに」
とタジューク王は王妃との会談を快諾した。
ラミア王妃は間もなく姿を見せた。タジューク王は、
「ラミア、水臭いぞ。バアグスなど通さず、話したいことがあるなら直接わたしの許へ来てよいのだぞ」
と言った。ラミアは、
「――でも、王さまも他人のようですわ」
と言う。
「何故だ」
とタジューク王が問うと、ラミアはかすかに頬を赤らめるだけで、何も言わなかった。タジューク王はやや苛々して、
「一体、何の用だ?」
と改めて問うた。ラミアは、
「この都ビリングは、随分広い街でございますのね」
と言う。
「うむ、広いことは広い。が、それがどうしたのだ?」
「わたくし、まだ自分の目でこの街を隅々まで見ておりませんわ」
「なら、バラミに命じてリムジンを用意させるがいい」
「そういうのは好きではございません」
タジューク王は相手が何を言っているのかよく理解できないような顔付きになった。
「では、どうせよと申すのだ」
「わたくし、王さまの許に嫁いでから、一回も外には出たことがございませんわ」
「そうだったな。王宮の外に出たいと申すのか?」
「はい。ですが、カーテン付きのリムジンでは嫌ですわ。もっと市民の顔を近くで見とうございます」
タジューク王は難しい顔をした。
「そなたの言うことはよく分からないが…」
ラミアは黙ったままである。
タジューク王は、これは年齢の差ということもあるのではないかと思い、傍らに控えていたバアグスを呼んだ。
「おい、バアグス、アバスとカイムを連れて参れ」
バアグスは立ち去り、間もなく二人を連れて戻って来た。
タジューク王は早速、
「ラミアが、自分は結婚してから首都の街を見ていない、街が見たい、と申しておるのだ。しかし、どうして欲しいのかという点に話が及ぶと途端に口数が少なくなる。こういう場合、ラミアと年齢が近いお前たちの方が話が分かり易かろう。どういうことなのか、ラミアに訊いてはくれまいか?」
まずアバスが、
「ラミアさま、ラミアさまはお好きな時に街へ出られて構わないのです。いつでも運転手をお呼びになればよろしいのです」
と言ったが、タジューク王は、
「運転手付きのリムジンでは嫌だそうだ」
と言った。ラミアは何も言わない。カイムが、
「では、ご自分で運転なさりたいと? それは不可能とまでは言えませんが、危険が伴います。外へお出での際は必ず運転手をお使い下さい」
と言っても、ラミアは黙って首を横に振るだけだった。
タジューク王はしびれを切らして、
「ええい、持って回ったことを申すな。ラミア、そちの望みは何か。何なりと申せ」
とややきつい口調で言った。するとラミアは、
「――オビータ先王陛下さまの時は、ご立派なお葬式をあげられたとわたくしは伺っております」
と言う。
「なに?」タジューク王はラミアの顔をじっと見た。「うむ、確かに、立派な葬儀になったとは思うが、あれは必要なことだったからな」
すると、アバスがぽんと手を叩いた。
「分かりました、ラミアさま」
「なに? 何だと申すのだ?」
タジューク王が訊ねると、アバスは、
「ひょっとしてラミアさまは、結婚のお披露目をお求めなのではありませんか?」
と言った。タジューク王は、微かな羞恥を含んで俯き加減に椅子に座るラミアの顔を覗き込むようにして、
「ラミア、そうなのか?」
と問うた。するとラミアは、暫くの沈黙をおいて、
「――――はい」
と短く答えた。タジューク王は、
「では、結婚祝賀パレードでも行えばそちは満足なのか?」
と問うた。ラミアは微かに頷いた。
「よろしい」王は言った。「これから、わたしと王妃ラミアの結婚祝賀パレードを挙行する」
カイムが、
「日時はいつになさいますか?」
と訊ねると、王は時計を見て、
「今日はもう遅い。明日以降だ」
と言って、王座を立った。
「わたしは休む」
女心と秋の空、とはいうものの、何とラミアの心のつかみ難いことか。
靖はげんなりした思いでウイスキーの水割りを飲んだ。
しかし、これで大体、ラミアが本当に女性であることまでは分かった。これまでは、ラミアは実は男が化けているのではないか、と思い、気持ちが悪くなったこともあるのだが、その疑いは晴れた。
さて、シャワーを浴びて休むことにしようか。
明日は補講と三年生向けの受験演習があるので学校へ出なくてはならない。
本当は家でのんびりしていたいのだが。
靖は立ち上がった。
タジューク王が寝室に下がるのを見て、アバスもバアグスもその場を去ろうとしたが、カイムがそれを止めた。
「待て、待て、二人とも」
アバスもバアグスもカイムを見た。カイムは、
「ラミアさまもこちらへ。四人でヴェランダでお話しましょう」
と言い、先に立って廊下へ出ると、人気のないヴェランダを選んで席を取った。
「何の用かな、カイムどの?」
とアバスが訊いた。ラミアも、
「もう遅うござますわ。何のご用ですの?」
と訊ねる。カイムは、バアグスに誰も来ないように、回廊から張り出たヴェランダに幕を降ろさせると、そのままバアグスを見張りに立たせ、
「さあ、ここからが一つ勝負ですぞ」
と言った。
「なに? 勝負?」
アバスが訊ねる。
「そう。ラミアさまのご希望は分かりました。要するにパレードをして首都ビリングの市街を回り、市民の顔を直にご覧になりたい、と」
「ええ。そんなところです」
カイムは、
「そこで我われがひと悶着起こしてもよろしかろう」
と二人の顔を見ながら言った。それで二人とも得心したようだった。アバスは、
「それは、スビタスの知恵だね?」
とカイムに訊ねた。カイムは、辺りを窺って、
「しっ」
と言った。ラミアは、
「お話、わたくしにもよく分かりました。じゃあ、今夜はこの辺でね」
と言い、立ち上がった。アバスとカイムも、各々の部屋へ引き揚げるべく腰を上げた。
「一体、おれたちはどう行動すればいいんだい?」
伸治は幸男に問うた。幸男は、
「言ったじゃないか。アバスと対立すればいいのさ」
とだけ短く答えるだけだった。
健司はログ・アウトの手続きを取りながら、
「なるほどねー」
と呟いた。健司の頭の中では大体構図ができて来ていた。
伸治と口裏合わせをする必要はあるだろうか?
いや、ここは成り行きに任せるだけでいいだろう。
美智子は自分なりに計画を立てていた。タジューク王は女心の分からないひとのようだ。どうやら自分を持て余し気味にしているようだ。それならそれで、扱いやすい。
スビタアこと昇は、テントの裏に出て昼寝をしていた。そこへスビタスがやって来た。辺りには誰もいない。スビタアは、スビタスに、
「おれたちの出番はまだかい?」
と訊ねた。スビタスは、
「まだだ。もう少し待ってくれ」
とだけ言って立ち去った。
しかしまあ、このゲームの退屈なこと。
昇はPCの画面を見ながら欠伸をした。ペットというのはこんなに退屈な立場だったか。それなら、大多数のユーザがペットなどという地位を選ばなくても当たり前の話だ。
さてさて、今日は現代国語の問題集の続きをやって、それから嫌な嫌な英文法も少しやってから寝ましょうかね。
昇もログ・アウトしてPCの電源を切った。
タジューク王は、食事を終えて執務室に入ると、折よくそこにいたバアグスをつかまえて、
「おい、全大臣をこの場に集めよ」
と命じた。時間は十分ほど掛かったが、十数名の大臣全てが大理石のテーブルに着席した。肌の色も年齢もばらばらである。もちろんアバスとカイム、ラミアもやって来た。
上座に着いたタジューク王は、
「この度、わたしとラミア女王の結婚祝賀パレードを開催することになった。異存のある者はあるか」
と一座に問うた。暫く待ったが、異議は出なかった。
タジューク王は一つ「えへん」と咳払いして、
「日取りは明日だ。ビリング市内を一周してからこの城に戻って来るようにしたい。市民への告知を頼むぞ。ハイリ警察大臣は、通り道に当たる大通りの交通規制を行っておくように」
と続けた。
ナイマン教育大臣が恐る恐る手を挙げた。
「陛下、それは、一体何の目的で行うものですか?」
「無論、わたしがラミア王妃を迎えたことを広く国民に告知するために行うものだ」
ハミル財務大臣も、
「貴族を迎えてのパーティも挙行なさるのでしょうか? そうだとすると、予算の点で不安が残りますが…」
と言った。
このセルウィン王国にも公爵や子爵などの貴族階級は存在したが、多くは普段王宮におらず、従って政治に口出しすることはなく、各々の構える屋敷でのん気に暮らしていた。一種の名誉階級と言ってよかった。ただ、公の行事の際に王の顔を直接見ることができる点だけが平民と異なっている。
タジューク王は、ハミル大臣の言葉を聞き、
「なに、パーティなどはしない。ただ、ラミア王妃がお披露目のパレードを望んでいるので、それを聞き入れて行うまでの話だ」
と答えた。
ナイマン教育大臣が、
「では、具体的な段取りを決めておきませんと…」
と声を上げた。
「うむ。まず、王宮の展望台から集まった市民に向かって挨拶をする。それから最初にわたしが外に下り、続いてラミアはアバスかカイムのエスコートでわたしに続いて車に乗る。車はオープン・カーがよい。それで市街を一周して王宮に戻って来る。それでどうだ」
タジューク王は口ひげを捻りながら言った。膝の上にはネコが乗っていた。その背を撫でながら話すのである。
それには異論は出ず、一座はやや静かになった。
すると、カイムが、
「わたしがエスコート役をお引き受けしましょう、ラミア女王」
と言った。アバスも対抗するように、
「いや、カイムどの、わたしの方が年若で適任だと思いますぞ。ここはわたしがお引き受けする」
と言う。カイムは、
「わたしの方が手勢が多いし、王位継承権にもあなたより近い。ここはわたしが」
と言い張った。
「わたしの方が有効な政策を提言しているのだし、ここはわたしが任されるべきところ」
「いや、あなたの政策など問題にはならない。どう見てもわたしの方が適当だ」
アバスもカイムも互いに譲らず、ついには口論に発展しそうになった。
タジューク王は成り行きを暫く見守っていたが、やがて渋面を作って二人の間に割って入った。
「まあ、待て、二人とも。ここはくじ引きで決めればよいことではないか。お前たちが対立しなければならない理由はどこにもない。我を張るな。分かったな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます