P.

 P.

 タジューク王は、

「ううむ」と唸った。「カイムやラミアの言う、教育問題の大切さは分かる。しかし、IT産業の充実はオビータ先王から引き継いだことでな。まず、わたしは国の富を増やしたい。それからの話にしようじゃないか。――産業を充実せずに高等教育機関だけ設けても、頭脳流出の事態を招くだけだ」

「これはバランスの問題です」カイムは粘り強く主張した。「何も、国の予算の全てを教育問題に充てろとは申しません。産業の充実も大切な問題です。これを進行しつつ、教育の問題にも取り組んで頂く訳には参りませんか?」

「この国には、大学は幾つございますの?」

 ラミアがカイムに問うた。

「モーラン記念大学とビリング総合大学の二校のみです」

 ラミアは吃驚した顔をした。

「まあ。幾らなんでも、それは少なすぎますわ。先王陛下は何をなさったのでしょう?」

 タジューク王はますます渋い顔をした。

「オビータ先王陛下のことを悪く言うのは許さん。――兎に角、先王陛下はこの国の近代化に力を注がれた。そして、わたしにもそれを望んだ。だからわたしはそれを遂行するのみだ」

「お言葉ですが、タジューク王」カイムが口を挟んだ。「オビータ王はオビータ王陛下ご自身のお考えでこの王国を運営なさったのでしょう。タジューク王にはタジューク王陛下なりのお考えでこの国を動かして頂きたいのです。よろしいですか、オビータ先王陛下は既に亡くなられているのですぞ」

 タジューク王は渋面を作って黙り込んだ。

「そうですわ」ラミアも調子を合わせた。「タジューク王は、先代の王さまのおっしゃったことを忠実に守ろうとなさっている。それは結構ですわ。ですが、タジューク王は先代とはもっと違う見方でこの王国を運営して頂きたいのです。差し出たことを申し上げるようですが、それがこの王国にとっても一番いいことだと思うのです」

 すると、タジューク王は憤然として席を立ち、

「わたしにはわたしのやり方がある。余り差し出がましいことを言うようなら、罷免する権限もわたしにはあるのだからな」

 と棄て台詞を吐き、

「わたしはこれから休息を取る」

 と言って足早に執務室を去った。


 アバスはその頃、侍従のハリーに呼び出させたビハイリ大臣と、中庭を見下ろすヴェランダで会談していた。

「タジューク王陛下には、もっと隣国との交易を盛んにするよう、おっしゃって頂けませんか?」

 ビハイリ産業革命相はアバスにそう求めた。アバスは、

「うむ、そうしよう。――如何せん、陛下はこの間まで腑抜けも同然のご様子だったからな。服喪の期間が明けても虚ろな感じで、何を申し上げても『うむ』『分かった』くらいの返事しかなかったので、話の切り出しようがなかったのだ。しかし、今はあの飼い犬のケルプの死をきっかけに起き出してご公務に就かれているようだし、そう進言しよう」

「よろしくお願いします」

「だが、我が国はせいぜい観光立国するのが関の山ではないかな?」

「いいえ、山地を切り拓けばもっと鉱脈――銅山や鉄鉱脈が見つかる筈です。そちらの方面にもっと投資して頂ければ…」

「陛下の目下の関心事は、IT産業だ。それと工業だな。まず情報産業で先進国に追い付きたいと考えているらしい」

「しかし、この国の現状を考えますと、それも遠い先の話になりますな」

「そうだな。それも併せてお伝えしよう。――しかし、情報産業で必要になるレア・メタルの輸入額を見ると――」とアバスは手元の書類を見て、「――とてもじゃないが充分とは言えない。しかし、我が国の貿易相手国はせいぜい隣国のモヌイ公国程度しかない。我が国は山国で、変わった風習をもつ少数部族も多いから、観光産業をもっと大々的にアピールできないものかな」

「タジューク王陛下は、わたしの顔を見る度にIT、ITとおっしゃいます。どうしてでしょうね?」

「それはもちろん、オビータ先王陛下のご遺志があるからだろう。タジューク王陛下は先代のご遺志を継いで、この国をせめて情報産業の一点だけでも先進国と肩を並べたいのだろう」

「しかし、それは的外れですな」ビハイリ大臣は指摘した。「わたしも、オビータ先王陛下には何度か直截に申し上げたのですが、お聞き入れ下さいませんでした。このままでは、国の行く末が案じられます」

「わたしも同感だ。では、銅山の開発に本格的に着手して頂けるよう、お話をしてみるか」

「銅鉱脈が眠っていると思われる山はいくつかリスト・アップしてありますが、山岳信仰を持つ部族もいます。おいそれと手を着ける訳には参らないかも知れません」

「そうか。厄介だな。――工業の点で何か目ぼしい産物はないのかな?」

「工業ですか。重工業製品はほとんどありません。自動車ですら、国内の製造業者は一社のみで、これは今のところ国内需要を満たすので手一杯の状態です。化学工業は現在研究開発を行っている会社が二社あるだけです」

「では、兵器産業はどうかな?」

「兵器ですか?」大臣の表情はやや曇った。「オビータ先王陛下は平和主義の方で、我が国を取り囲む隣国とも和平関係の構築に力を注いで来られました。ですから、元々重工業が発達していない上に、そのような対外関係をも反映しまして、兵器産業はほとんど未発達です。武力については分かり兼ねますが…」

「おい」とアバスはハリーを呼んだ。「マリ軍事相を呼べ」

「はい、かしこまりました」

 ハリーは立ち去り、間もなく軍事大臣を連れて戻って来た。

「お呼びでしょうか、アバスさま?」

 マリ軍事相はアバスの傍らに立って訊ねた。

「まあ、そこへお掛け」アバスは軍事大臣を座らせると、「この国の武力はいかほどだ?」

「はい、先王さまが平和的な方でしたので、武力はほとんどございません。――これは、先王さまがクーデターや革命を恐れていらしたこともありますが」

「具体的にはどの位なのだ?」

 アバスは訊ねた。

「ざっと申し上げますと、歩兵は三百名、戦車は三十輌、装甲車十八輌、戦闘機は五機ほどです」

「それでは有事の際に何の役にも立たないではないか。兵器類は全て輸入しているのだろうな?」

「はい」とマリ軍事相は頷いた。「全てタキラ帝国からの輸入品でございます」

「ううむ」アバスは唸った。「国産兵器の開発には着手していないのか?」

「目下のところ、いたしておりません。命令が下りませんので」

「そうか。――ではビハイリ大臣、我が国の主要な輸出品は何だ?」

「軽工業製品が主体です。山地では養蚕が盛んですので、絹織物製品や文房具といった類です」

「それで、輸出額は年何ペカーリほどだ?」

「九千万ペカーリから一億二千万ペカーリほどです」

「ふうむ。それではIT産業などに資金を注ぎ込めばあっという間に消えてしまうではないか。この点も申し上げないといけないな」

「左様でございます。IT産業を導入するにしても、どうせ他国から技術支援を受けなければなりませんし、そうなると設備投資や人件費であっという間に費消されてしまいます」

「うむ。分かった。――わたしはそろそろ休みたい。二人とも、ご足労であった」

 アバスはログ・アウトした。


 スビタアは相変わらず村長のテントで暮らしていた。スビタスが口を利き出すにつれて二匹のネコは地位が上がったと見え、今では寝床はスタニ神を祀った祭壇の直ぐ下、炉の脇の暖かな位置に移されていた。

 スビタアは大概寝ていたが、時おり起き出すと炉の周りを歩き回ったり、スビタスと並んで座ったりしていた。

 スビタスは、村人や村長の立てるお伺いに対し、

「今度の漁は三日後に始めるといいでしょう」

 とか、

「隣のラミジ族に使節を送るといいですね。その時には最高級の魚の燻製を贈り物として携えて行くといいです」

 とか、

「あと四日ほどしたら、畑に鍬を入れて下さい」

 などと指示を出した。スビタアはその横に座って、いかにもスビタスに同感だ、というような顔をしていたのだった。

 腹が減れば、今では炉の前にいつでも獲れたての魚が何匹かおいてあるので、それで栄養を補給することができる。テントの中が飽きれば、外に出て裏山を覗きに行ったりする。尤も、ペットのネコには移動できる区域に制限があるので、川っ淵まで歩いたりすることはできない。

 スビタアこと昇はそれで取り敢えず満足だった。何も言わないでいい、何もしないでいい。月に三百円取られるのは癪だったが、伸治や健司のように忙しく他の大臣や侍従と折衝したりするだけの英語力などないのだ。

 スビタアがテントの外に出て、停めてある古びたヴァンの下に潜って寝転がっていると、隣にスビタスが来た。

「よう」

 スビタスは言った。

「んあ? 何か用か?」

「明日、また作戦会議だ。――中野や坂口、それに夏目さんはすごくいい感じでやってる。明日、来られるよな?」

「ああ、行ける。行きますよ。健司ん家で三時に集合、だよね?」

「そう」

「了解っす」

「じゃ、そろそろログ・アウトの時間だぞ」

「OK」


「カイムはすごくよくやってる」

健司の部屋で、幸男は健司の母親が運んで来たコークを飲みながら言った。

「アバスの方はどうなってる?」

 健司は、

「産業革命大臣と軍事大臣と話したよ。こっちもゲンちゃんに言いたいことは山ほどある」

「よし」幸男はぱちんと両手を合わせた。「まずは、アバスとカイムが対立する。ここでモーメントが生まれる筈だ」

「あのう」美智子が控え目な声で訊ねた。「あたしも、あんな感じでいいのかしら?」

「うん」幸男は答えた。「もっと自己主張してくれても構わない。わがままを言っていいよ」

「夏目さん、英語バリバリじゃん」伸治が言った。「流石だよ。あれじゃネイティヴと変わらない。ゲンちゃんの会話なんかめじゃないよ」

「そうかしら」

 美智子は照れた。幸男は、

「野中も、これからもあんな調子でやってくれよ。折衝役だからちょっときついだろうが」

「うん、分かった」

 嘉幸は返事をした。

「しかしなあ」と健司が言った。「どうにも、ゲンちゃんのやり方が分からんよ。どうしてあんなに頑ななのかねえ?」

「きっと、自信がないんだろう」幸男は考え深げに言う。「だから、先代の王さまの言うことに忠実に従おうとしているんだ」

 昇は、コーラを飲み干すと、

「おれたちが何もしなくても、あの王国は自然に滅びるんじゃないの?」

 と言ったが、幸男は首を横に振った。

「いいや。おれたちで追い詰めて、嫌と言うほど酷い目に遭わせてやらないとダメだ。そうじゃないとまた別の国で王さまをやる筈だ」

 すると、皆口々に、

「じゃあ、次に何をしたらいい?」

「いつ頃おれは王宮に行けるんだ?」

「対立って、どの程度の対立だよ?」

「ぼくも派閥に取り込まれそうになる時があるんだけど、どうしたらいいかな?」

 と疑問を口にした。が、幸男はまたコーラを一口含み、

「まあ、そう焦るな」と落ち着いて言った。「焦るのが一番まずい。気長に様子を見ながら次の一手を考えるさ」

 と言うだけだった。


 靖は「ウンラート教授」を読み終わり、セリーヌの「夜の果てへの旅」に取り掛かっていた。若いころ耽読した本だ――そう、真理子と出会う前に読んだ筈だ――が、改めて読み直すとやはり面白かった。やはり人生経験を積むと違うものだな、と靖は思う。

 それに引き換え、セルウィン王国の甥たちの可愛くないことと言ったら。靖は昨夜は缶ビール二本では足りず、滅多に手を出さない水割りまで飲んでしまった。

 王の言うことは絶対であるべきだ、と靖は思う。少なくとも、あの王国では自分が一番金を出して地位を買っているのだから、基本的には自分の好きにしていい筈だ。自分は故オビータ先王ことイアン・ロバーツ氏の言う通り、セルウィン王国ではIT立国をしようとしている。それなのに、教育問題がどうの、などと詰まらぬことで突っかかって来る。ああいうのはきっと実際にも若造なのだろう。あんなやつが自分の生徒にいたとしたら、無条件で迷わず赤点を付けてやるのだが。

 靖はいっそのこと、カイムは罷免して新しい甥を迎えようか、と思った。しかし、罷免するには全大臣の半数以上の賛同が得られなければならなかった。今の内に根回ししておこうか。それにしてもあの国の大臣に派閥ができていたとは。根回しする前に、どの侍従がどこの閥に属しているのか把握しておく必要があった。侍従は五十名からいる。その全てについて把握するのは難しそうだった。時間もかかる。そうすると公務にも差し支えるだろう。

 国王と言うのは、思ったより難しい立場なのだなあ。

 靖はため息を吐いた。

 先代の王の遺言を守ってどこが悪いと言うのだ。

 靖はだんだん眠くなって来たので、本を閉じた。暫し午睡の時が靖を訪れた。


 昇は気が進まない演習問題に取り組んでいた。定期的に健司の家に出向かなくてはならないというのは、受験準備に取り組む学生にとって中々負担になる。が、その代わり気晴らしにはなった。

 とんとん、とノックの音がした。

「入るわよ、昇」

 母だった。

「どーぞ」

 答える前にドアが開いた。

「あら、何やってるのかと思ったら、勉強してたのね。ゲームじゃなかったとは珍しい。感心感心。これなら再来年の春には由梨絵にも大きな顔ができるんじゃないの?」

 そう言いながら、初子は盆に載せて運んで来たエクレアとアイスコーヒーを昇の手の脇に置いた。

「ゲームはもう飽きたんだよ。だからちょっと勉強してみようかな、と思っただけっす」

 昇は運算していた手を止めてコーヒーのグラスに手を伸ばした。

「うまー。生き返るわ。お袋、さんきゅ」

 初子は出がけに戸口に立って、

「ところで」と言った。「お前、最近毎晩夜遅くパソコン使ってるみたいだけど、一体あれは何なの?」

「あれー?」昇は返答に窮した。が、「一種の社交上のお付き合いってやつ、かな」と誤魔化した。

「そうなの。インターネット、使ってるんでしょう?」

「あたりき」

「余り変なのに手を出すんじゃないよ。架空請求とか来たら知らないからね」

「あ、それは大丈夫。その点は大丈夫だから」

「そうなの。じゃ、しっかり勉強しなさい」

 初子は出て行った。

 ふー、参ったな。これから姉貴が帰って来たら、また取り合いになる。まあ、うちのマシンはそこそこのスペックだし、別ウインドウでやって貰えば済む話なんだけど。

 この夏は昇のプライドを賭けた戦いと言ってよかった。後期の夏期講習が終わったら、夏目さんか園田さんでも一緒にプールに行かないか、いやプールでなくてもいい、せめて健司みたいに二人きりでエクセルシオールカフェでお茶するのでもいい、是非とも誘ってみたかった。そのためには、何としても一つ取り柄を作っておかなければならない。昇には優れた容姿も潤沢な資金も欠けている。ここはひとつ、夏の終わりの全国総合模擬試験でいい成績を収めなければならなかった。英語、国語、数学の三教科で総合70以上の偏差値が叩き出せればOKだ。それだけやってダメなら、もう諦めるしかない。しかし、成績の点で夏目さんに大きく水をあけられている今、昇に出来ることはこの程度だ。せめて夏目さんたちと同じ大学に入りたい。折角夏目さんの携帯番号も聞いたんだし、同じ大学に入って同じサークルに誘えれば上出来というものだ。尤も、他大学の学生でも別の大学のサークルに入ることは出来るが、

「専修大の脇田です~」

 なんて自己紹介は恥ずかしくてできねえよ。

 夏目美智子たちの大学の選び方は、平たく言うとブランド志向だと言えなくもなかったが、同級生の中から東大生も出るような高校に通っている昇の考え方はそんな簡単なことにも気が付かない単純さだった。

 今ごろゲンちゃん何やってんだろうな、と次の演習問題に取り掛かりながら昇は思った。おれたちが裏にいることなんかてんで気付いてやしないだろう。そう思うと可笑しくて、問題文を読みながら自然に口元に笑みが浮かんだ。しかも、この「ゲーム」はおれが考え出したんだ。さあ、おれも早いとこジャンニ・ビハールとやらに行きたいものだ。


 タジューク王が執務室に入ると、バアグスが早速やって来た。

「お早うございます、タジューク王陛下」

「うむ、お早う」

「今日は陳情団との会見なさるご予定はなかった筈ですね?」

「うむ。ない。なぜだ?」

「それが、アバスさまがお目に掛かりたいとおっしゃっておいでなのですが」

「アバスが? 何の用件だ?」

「さあ…。ですが、ビハイリ産業革命相もご一緒です」

「ふん。よろしい。通せ」

 バアグスは一旦引き下がり、やがて二人を連れて戻って来た。

「お早うございます、陛下」

 アバスとビハイリ大臣は口々に挨拶した。タジューク王は、膝に乗せたネコの背を撫でていた。脇には大型犬が二頭控えている。

「アバスがわたしに用事とは珍しいな。何の用だ?」

 王が問うと、アバスは、

「王さまの現在の政策に関し、ご相談に参りました」

 それを聞くなりタジューク王は不機嫌な顔になった。

「この間もカイムが来てどうのこうの言っていたが、今度はお前か。よいか、お前たちはわたしの言うことを忠実に守っていればそれでよいのだ。そうすればわたしもお前たちの何れかに安心して王位を譲ることができるというものだ。お前たちが来て何を話そうが、わたしの政策に変更はない。わたしはIT立国を目指している」

「そこです」とアバスは指摘した。「そこに問題があるのです」

「一体どんな問題があると言うのだ?」

「陛下はIT立国を目指すとおっしゃいますが、その資源はどこから来ますか?」

「それは決まっておる。海外から企業を誘致して人材を求め、インフラストラクチャの整備に掛かるつもりだ」

「しかし、そのためには財源が不足しております」

「財源は貿易で賄う」

「その貿易ですよ。我が国が輸出で得ている金額を、陛下はご承知ですか?」

「大体な」

「年にたった一億ペカーリですよ。そこから他の歳出を差し引いて、一体どの位の額が残るとお考えですか?」

「一年や二年で一気に整備しようというのではない。五年、十年という長期の計画で進めるつもりでおる」

「しかし、そうしますとその分人件費がかさみます」

「では、どうしろと言うのだ?」

「この国の産業をもっと活性化させなければなりません」

「どのようにして?」

「折角、いまこの国では鉱工業が芽生えて来ているところです。これをもっと有効に活かすべきです」

 ビハイリ大臣も、

「我が国には、まだ未開発の鉱脈が多く残っています。これらを活用しない手はありません」

 と言った。

「鉱業なら、もう手を着けている。チタンの採掘やクロム鉱山の開発を行っている。これらは有力な輸出品目の一つだ」

 しかしアバスは、

「いいえ。それは陛下の認識違いです。セルウィン王国の主要な輸出品目の第一位は繊維製品です」

 ビハイリ大臣は、

「我が国には、まだ豊かな銅鉱脈、鉄鉱脈が眠ったままになっています。それらを開発してはいかがでしょう?」

 アバスも、

「特に銅は、IT産業立国を目指されるのでしたら、情報通信網には欠かせません。鉄鉱脈から鉄を採れば、重工業の発展にも望みが持てるでしょう」

 と言った。タジューク王は気難しい顔をして、

「今、お前たちの言う鉱脈の開発に掛けられる予算はない」

 と言う。アバスは、

「陛下がいま、トーピリ共和国の企業数社から人材を招聘し、必要な通信設備を導入するための準備をなさっていることは存じております。それは予算の無駄遣いというものです。それこそお止めになるべきだ」

 と反論した。ビハイリ大臣も、

「その通りです。その分の予算を割いて、銅鉱脈や鉄鉱脈の開発予算に充てて頂けるのなら、これは話が通るというものです。銅や鉄は国内需要が見込めるだけでなく、輸出品としても有力な候補になります」

 と言葉を添えた。

 しかし、タジューク王の顔はますます気難しくなるばかりだった。

「わたしは先王オビータ陛下の仰せの通りに公務を遂行しているだけだ。お前たちに意見される筋合いはない」

「そこです、陛下」アバスは言った。「陛下は何ごとにつけても、『オビータ王、オビータ王』とおっしゃる。わたくしもオビータ先王陛下にはお目通りが許されました。お話もいたしました。しかし、陛下はオビータ先王陛下のご遺志のごく一部分のみを拡大解釈しておられるようにしか思われないのです。いまこの国に大切なこと、この国が必要としていることは、臣民の富を増やすことです。臣民を富ませることです。情報通信網の整備などはその後でもよろしいではありませんか。陛下のお考えは、国を間違った方向に向かわせるようにしか思われないのですよ」

 ビハイリ大臣は、

「僭越ながら、わたくしめもそのように感じております。陛下は二言目にはIT、ITとおっしゃいますが、IT産業を充実させて恩恵を享けるのは、果たしてどの程度の国民でしょうか? まずは、国民のためになる政治の実行が不可欠なのではありませんか? このままですと、タジューク王陛下の支持率は二、三年後には確実に下落すると思われます。どうか、わたくしどもの言葉にお耳をお貸し下さいますよう」

 と言った。その言葉がタジューク王を激昂させた。

「お前たちは一体何の権限があってそんなことが言えるのだ。お前たちはわたしの国政に口出しをする気か? それならばお前たちの俸給も減俸することにするぞ。それとも罷免されたいか。ええい、アバスといいカイムといい、ろくなことを言わん。この王国はわたしのものだ。わたしの意思で動かすものだ。さっさとわたしの前を去れ」

 そう言い残すと、タジューク王は怒って王座を立ち、ラビイにひと言、

「わたしは休む」

 とだけ伝えて奥へ下がってしまった。


「ああ、怒っちゃった」

 健司はPCの前でため息を吐いた。そう言えばもう十一時になる。ゲンちゃんは今のところ、午後九時から十一時までを執務の時間と決めているらしい。ログ・イン時間が分かれば対応しやすい。

 それにしても御し難い王さまだなあ。どうすれば動かせるだろうか。

 いや、その前に、幸男は伸治との対立の構図を作れと言っていた。

 一体どこから始めればいいか?

 国政に関する意見の相違、という手はもう使った。それに、これ以上その方針で行けば、いつか二人とも罷免されてしまいかねない。そうなったら全ておじゃんだ。

 ここは伸治や美智子ちゃんも交えて相談した方がいいかも知れない。

 健司は寝室に入ってログ・アウトすると、勉強机に向かった。今日は一学期の代数を復習するつもりだった。分からないところは、今度昇が来たら教えて貰うことにしよう。


 カイムはその頃、ヴェランダでラミアと密談していた。脇には専属の侍従となったナバが控えており、誰も来ないか見張っていた。

「カイムさま、わたくしはこれからどう王さまに対して行けばいいのでしょう?」

 ラミアは自信なげな様子だった。

「ラミアさまはもっと自己主張なさっていいのです。何かご希望のことがあれば、何なりとお伝えするのが宜しいかと存じます」

「だけど、わたくしも王妃の立場にある以上は、この国のために何かのお役目を果たしたいと思うのです。この間はそう思って王さまにわたくしの考えをお伝えしたのですが、そうしたら怒らせてしまって…」

「あれでいいのです。陛下が今の路線を変えなければ、早晩この王国はだめになるでしょう。そうしたら、元も子もありません。そうなる前に、わたしたちで出来る限りのことをしましょう」

「わたくしも、この国の内情を知れば知るほど、問題が山積していることに気付いて来ましたわ。まず地方に目を向けなければならない時に、王さまは情報通信産業のことばかりお考えです」

「それは先王陛下オビータさまのお考えを継承されたおつもりなのだと思います。しかし、タジューク王陛下のやり方はどう見てもゆがんでいる。それを修正できるのは我われ臣下の者だけです。臣民の税金を無駄遣いさせる訳には参りません。――それよりも、ラミアさまはもっと自己を主張なさるべきです。女王さまなのですから、もっと贅を尽くした生活をお求めになっても構わないでしょう。その点で、何かお考えはありませんか?」

「そうねえ」ラミアは暫く考えた。「うん、今のところの生活って、わたくしの現実生活の水準から考えても充分贅沢なのよね。でも、何か考えておくわ」

「それから、ラミアさまも閥を作られた方がよろしいかと存じます。そうやって、王宮内で勢力拡大されておくと、後々役に立つかも知れませんよ」

「でも、どうやって?」

「お気に入りの侍従がいたら、その者を専任の侍従の座に据えればいいのです。そうすれば、その侍従の仲間が自然に集まって来ますから。簡単なことです」

「やってみるわ。――国政に口を出すのは控えた方がよろしいかしら?」

「いいえ、もっとどんどん干渉するべきです。今はアバスどのが会談中かと思いますが、同席なさったってよかったのです」

「アバスさまは王さまにはどんなお考えをお持ちで?」

「さあ…、この所久しく二人で会談しておりませんから詳しくは申し上げられませんが、恐らく貿易と産業開発問題について疑問にお感じなのではないかと思います」

「わたくし、先日カイムさまの肩を持ちましたが、アバスさまのおっしゃることにも同意なさった方がいいかしら? そうなると、わたくしまで離婚の憂き目を見そうだわ」

「特に王さまに反対なさらなくてもいいのです。飽くまでご自分のお考え、ご自分のご希望のままに動かれて結構だと思いますよ」

「そうするわ。――あら、そろそろ王さまもお休みの時間だわ。わたくしも休まなくては」

「そうですな。――如何です、王さまがお寝間に入って来られるようなことはありますか?」

「いいえ。ほっとすることに、今のところは全然ないわ」

「そうでしょう。――では、わたしも休むことにしましょうか」

「お休みなさい」

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