J.
J.
美智子が席に戻ると、幸男が早速、
「じゃあ、具体的な計画の方に話を移そうよ」
と切り出した。
「あたしは何をすればいいの?」
美智子の問いに、健司は、
「美智子ちゃんには、王妃役をやって欲しいんだ」と言った。「やってくれるかな?」
「王妃?」美智子は問い返した。「でも、『キングダムズ』ってお金掛かるんでしょ?」
「その辺は心配しなくていいよ」健司は言った。「その代わり、おれたちが言う通りに行動して欲しいんだよね」
「ふーん」美智子は腑に落ちない声で返事をした。「行動って、どんなことをすればいいの?」
「それは、これから話し合って決める」幸男が言った。「まず、おれの考えを言っても構わないかな?」
一同は無言で頷いた。
「まず、おれと脇田はネコ役になって地方に入っているから、おれたちを拾いに来て貰わないと困る。アバスかカイム、それとも――夏目さん、だっけ?、が説き伏せて、源田を行幸に出させるんだ」
「ちょっと待って」美智子が言った。「あたし、まだ何にも話を聞かされていないんだけど」
健司が簡単に説明した。美智子はうん、うん、と頷きながら聞いていた。
「要するに、あたしはその――タ」
「タジューク王」
「タジューク王を説得する役回りね?」
「そう」幸男は頷いた。「それから、タジューク王の反応もみて欲しい」
「反応?」
「うん。タジューク王は、王妃を公募できるのにこれまでそれをせず、なぜか甥のポストを二人も応募している。そこに中野と坂口が応募して、アバスとカイムになった、という訳」
「王妃のポストを公募してないの?」美智子は問うた。「それじゃあ、あたしはどうやって王室に入れるわけ?」
「それは、これからアバスとカイムが何とか説得してやらせる」
「分かった」美智子は言った。「女を近付けたらどうするのか、それがみたいのね?」
悪くない、と昇は思った。なかなかしっかり者のようだ。その点も気に入った。
「その通り」健司は言った。「ビンゴ」
「でもー」と美智子は否定的な口調で言った。「その、ゲンダっていう先生、オジサンなんでしょ? あたし、そんなひとの相手するのイヤだなー」
「まあ、そう言わずに」健司は必死で説得する。「実際に接触するワケじゃないんだし。あくまでもゲームの中だけの話だから」
「うん。まあ、それは分かるんだけど」美智子は言う。「生理的にイヤだって感じなんだよね」
「その源田っていう先公は、仕方のない野郎なんだよ」幸男が代わって言った。「相当『キングダムズ』にイカれてるらしくて、学校の中でもログ・インしてるところを校長に見つかって、謹慎処分を喰らったくらいなんだ。おれたちは、そういうやつが許せなくてね。だって、来年はそいつに進学指導を受けるワケだぜ? 冗談じゃないぜ」
幸男は力説してみせたので、美智子も少しずつ態度を変え始めた。
「ホント? そりゃー、相当ヒドい先生だよねー。なるほどねー」
「どう? 美智子ちゃん。一緒に『狩り』をやらない?」
健司が問うと、美智子は暫くウーロン茶を飲んだり髪をいじったりしていたが、やがて、
「うん。やる。というよりは協力してあげる」
と言った。
「やったあ」健司は相好を崩した。「ありがとー、美智子ちゃん」
「まず、アバスとカイムが説得して、王妃を公募させる、と」昇はまとめて言った。「それからそのポストに夏目さんが応募して、王妃の地位に就く。その後、どうするんだっけ?」
「王をアバスとカイム、または王妃が説得して、行幸に出す」幸男が言葉を継いだ。「それからおれたち、スビタスとスビタアが王宮に入る。まず、おれが言いたいのはそこまでだ」
「その先は?」
幸男は肩を竦めた。
「成り行き次第だな。あまり源田がゲームに入り浸るようだったら、隣国と結託して源田を追いだすという手もあるし、状況次第で幾らでも考えられる。ただ、一つ大事な点がある」
「何?」
「源田は、心の中で何か抱えているらしいな。この間もオビータが言っていたが…。できればそれも明るみに出したい」
「そりゃ、健司の親父さんの守備範囲じゃねえか?」
昇は言った。幸男は冷静に、
「そうかも知れない。そうじゃないかも知れない。まだ何とも言えない」
と言うだけだった。
「じゃあ、また時どき集まって作戦会議をやるようだな」昇は言った。「その時どきの政局をみて。定期的に集まるか?」
「うん、そうしてもいい。中野の家に集まるのがよさそうだな」幸男は言った。「携帯電話で連絡は普段から取り合おう」
「でも、ログ・インしながらの会話じゃまずいぜ」健司が言った。「ゲンちゃん、夜の九時から十一時の間にログ・インしていることが多そうだから、その前に連絡を取ってからログ・インしようぜ」
「よし」昇は言った。「それで、話は変わるけどさ」
「何だよ?」
「盈進予備校の夏期講習、行くヤツいるか?」
「おれ、行くよ」健司が手を挙げた。「伸治、お前も行くだろ?」
「うん、行ってもいい」
「ぼくはどうしようかなあ」嘉幸は迷っている。「学校の補習授業を取ろうか、と考えているんだけど」
「おれも、学校の補習を取る。野中、一緒に行こうぜ」
幸男は言った。昇には嘉幸や幸男はどうでもよかった。問題は夏目美智子だった。と、その昇の気持ちを読んだように、健司が、
「美智子ちゃん、来る?」
と訊いた。
「どうしよっかなあ」美智子は迷いながら言った。「あたしの友だちも行くって言ったら、行ってもいいよ。申し込み期限はいつ?」
「十八日」
「そうなんだー。じゃ、とりあえず訊いてみるね」
「うん。そうしてよ」
「夏目さんてさ」昇は初めて美智子に直接声を掛けた。声が震えそうだった。「どこの大学目指してんの?」
「早稲田の英文か上智の外国語」
うひゃー、と昇は思った。相手になんねえ。こりゃ、マジで掛からないとおれだけ取り残されるかも。日大なんて言ってる場合じゃねえじゃん。
「ところで」と美智子が言った。「あたし、まだみんなのお名前よく分かんないんだけど、あ、中野くんは知ってるけど、他のひと、何ていうの?」
中野くん、と呼んでいる以上、ステディでないのは確かだ。
昇たちは一人ひとり自己紹介をした。それが済むと美智子は、
「それと一応、こういうことやる以上、携帯の番号とアドくらい交換しとこうよ」
と提案した。きたー、昇は思う。グッと美智子に近付いたような気がする。
「それじゃ、今日は一応この先の目途がついたから、解散するか」
と幸男が言った。
「よし」伸治が腰を上げた。「次は、いつ、どこで会う?」
「美智子ちゃん次第だな」健司は言った。「場所はウチがいいだろ。次に都合のいい日っていつかな?」
「えーと」美智子はピンクの革装のシステム手帳を取り出してページを繰った。「あ、明日でいいや。明後日はリーダーと保体のテストしかないから」
「リーダー、勉強しなくていいの?」
「うん。だって、あたし日ごろからこういうの読んでるし」
美智子は鞄の中から誰かのペーパーバックを出した。
「おれ、スティーヴン・キングを原書で読むんだよね」伸治が声高に言った。「それ、誰?」
「これ? ジョイス・キャロル・オーツ」
一同は沈黙した。一瞬間をおいて、昇は、
「知らねー」
と言った。こりゃ、太刀打ちできないわ。
幸男が一つふたつ咳払いして、
「んじゃまあ、今日は散ろうぜ」
と言った。
六人は別れた。
昇は途中まで嘉幸と一緒に自転車を漕ぎ、分かれ道で左右に別れると一人で家に帰った。由梨絵はおらず、初子がいた。
「午前中だけの授業にしちゃ、随分遅いじゃないの。お昼食べたの?」
と問うた。
「ああ。モスバーガーで食って来た」
「あんまり無駄遣いするんじゃないわよ」
「大丈夫。今日のは、こないだ代数を教えたお礼で、伸治の奢りだったから」
「まあ。坂口くんに悪いじゃないの」
「まー、あいつカネ持ちだから」
昇は二階の部屋に上がると、エアコンのスイッチを入れ、ネクタイを外し、ワイシャツを脱ぐと、ライヴで買って来たハロウィンのTシャツにリーバイスのパンツに着替えた。
階下のダイニング・キッチンでペプシをグラスに注いでいると、初子が、
「成績はどうでした?」
と訊いた。それを訊かれて昇はそうだそうだ、と思い出し、二階に駆け上がった。急いで総合結果表を鞄から出すと、階段を駆け下りてキッチンに戻った。
「ん」
と言って初子の鼻面に結果表を突き出す。初子は、
「どれどれ」
と仔細らしく言って結果表に目を通していたが、やがて顔を上げると、昇の肩をポンと叩き、
「今回は上出来じゃないのよ。うん、上出来だわ」
と言った。昇が、
「じゃ、夏期講習受けてもいいよね?」
と訊ねると、
「そうねえ。これはお父さんに相談しないとね。でも、あたしは協力するわよ」
と言った。
「学年三十八位で偏差値68、か」と夕食の席で隆はビールを注ぎながら言った。「よく頑張ったじゃないか」
「ほんとー」由梨絵も同意した。「あんたが百位以内に入るのって初めてじゃない?」
「それで」と初子が言った。「盈進予備校の夏期講習を受けたい、って言ってるんだけど」
隆は昇をみた。
「昇、お前はどの辺の大学が目標なんだ?」
「おれー?」昇はちょっと考えた。「具体的に決めるのは来年の夏ごろになると思うけど、ホント、行けるなら上智辺りでも行きたいつもりはあるよ」
「そうか」隆はビールを飲んだ。「うむ。お前のためになるのなら、好きにしなさい」
「行ってもいいってこと?」
「そうだ」
「ありがとー」昇は単純に喜んだ。「感謝感激っすよ」
「但し、当然のことだが、行く以上は、しっかり勉強するんだぞ」
「はーい」
夕食が済むと、昇は携帯を出して健司の番号に掛けた。健司はすぐに出た。
「もしもし」
「あのさー、おれも夏期講習行っていいって。許可が出た」
「よかったじゃん」健司も嬉しそうだった。「それじゃあ、伸治と三人だな」
「夏目さんたちは来るの?」
「分かんない。とりあえず明日おれん家に集まるから、その時訊いてみようぜ」
「了解」
「じゃあな」
昇はその晩は「キングダムズ」にはログ・インしなかった。姉の由梨絵がまだレポート作成に使うから、と言って、PCを独占していたし、まだタジューク王が行幸に来ないのならば、寝ていても問題はないからだ。但し、王宮に入ったら寝ている訳には行かない。コンピュータ・システムが生成したペットは余り休まないからだ。加減をみて休まないとならない。ゲンちゃんがログ・インする時間、午後九時から午後十一時の間はログ・インしている必要がある。
さて、勝負はこの夏になりそうだな、と昇は思った。ゲンちゃんを追い込むには、長期戦になるとその分カネが掛かるから、なるべく短期決戦でやってしまった方がいい。しかし、焦ってボロが出ると昇たちとまでは特定されなくとも、自分の教え子あるいは大聖寺学院の生徒が関与していると疑われ兼ねない。
ことはビミョーで繊細だな。
しかし、作戦は恐らく臨機応変に幸男が立ててくれるだろうし、こっちはそれに乗っていればうまく運ぶだろう。
問題は、昇はPCを姉の由梨絵と共有している点にあるが、取り敢えずログ・インした後、別ウインドウを開いて貰えば問題はなかろう。由梨絵にはオンライン・ゲームをする習慣はないようで、友人や彼氏とのメールのやり取りが主らしかったから、マシンにも負担は掛からないだろう。
まったく、友だちとのメールのやり取りくらい携帯で済ませればいいじゃねえか。
とは思うのだが、地方の大学へ進学した友人とのやり取りや、余り親しくない相手との通信や、真面目で深刻な内容の長いメールとなるとPCメールの方が使いやすいらしい。
翌日、昇が登校すると、伸治が寄って来た。
「おはよー」
「おっす」
「昨日さ、ウチに幸男が来たぜ」
「マジ? スビタスでログ・インしたのか?」
「ああ。おれはカイムでログ・インして、隣で幸男がスビタスのIDで入った。あいつの選んだ村、えらい田舎だよな。あんな村に果たしてゲンちゃん、行く気になるかね?」
「それはお前たちの説得次第だろ。――青学の相模原キャンパスも、あんな田舎にあるんだぞー」
適当なことを言って昇は伸治を脅かした。
「お前は昨日、ログ・インしてなかったじゃないか」
「ああ。昨夜は姉貴が大学の課題を仕上げるのに使ってたから、おれは使えなかった」
「困るぜ。システムのペットは余り休息を取らないんだからな。何とかゲンちゃんに、スビタスとスビタアはシステムが産み出したペットだと思わせなきゃならないんだから」
「大丈夫だと思う。これから夏休みだし、姉貴はグアムに行ったりバイトで忙しいみたいだから」
「少なくとも、午後九時から午後十一時の間は全員ログ・インしているという体勢で行こうぜ、と幸男は行ってた」
「了解。でも、まだゲンちゃんはおれたちの村のことは知らないし、余裕はあるだろ」
「だけど、幸男はこれから毎晩おれん家に来てログ・インして待ってる、って言ってるぜ。お前さんも合わせてくれないと困る」
「分かった、分かった。なるべくそうするよ」
一時限目は体育の水泳だ。昇は水着の入ったバッグを取り出し、ホームルームが始まるのを待った。
これから終業式まで十日くらだけど、毎日プールでもいいんだけどな。
水泳部の連中はうらやましいぜ。しかし、おれは運動部はちょっとな。
プール・サイドの建屋にある着替え室で制服を備え付けのバスケットに詰め込んでいると、健司が話しかけて来た。
「お前、夏期講習、よかったじゃん」
「ああ。今回はガンバッたもんねー。あの成績みせたら、親父もお袋も舞い上がっちゃって」
「美智子ちゃんにはまだ訊いてないんだ。今日うちに集まるし、その時確かめてみる」
「友だち連れて来てくれるといいんだけどなー」
昇は本心からため息を吐いた。
「ま、美智子ちゃんがダメでも、予備校に行けば行ったで出会いくらいあるんじゃねえの?」
「そう願うところだぜ」
プール授業の後は退屈な現代国語の時間だ。その頃になると、もう昇の腹は鳴り始めて空腹を訴えている。
長ったらしい訓示が終わり、ようやく2年G組は解放された。
学校の前で五人は健司と伸治のペア、昇と嘉幸と幸男のトリオに別れた。
「じゃあ、健司の家で」
昇はそう言うと、残りの二人を従えてペダルを漕ぎ出した。
「しかし、お前って頭冴えてるよなあ」昇はつくづく感心して幸男に言った。「お前を敵に回さなくてよかったぜ」
「そうかな」幸男は飽くまで淡々としている。「おれの中には、こうあるべきだということと、こうであってはならないということと、その二つしかないんだ。おれはそれに従って行動するだけの話だ」
「そうかね」
昇たちは途中、コンビニに寄ってハーシーのチョコレート・アイスを買い、日陰で休んでから健司の自宅に向かった。
「いらっしゃい。どうぞ上がって。お友だちが多いのはいいことね」
健司の母親が出迎えた。健司も二階の部屋から下りて来た。昼食は今日も健司の母親の手料理だった。今日はトマト・ソースのスパゲッティだった。缶詰のトマトではなく、露地物のトマトをふんだんに使ったソースが旨かった。
デザートの白桃を食べている時、幸男が口を開いた。
「アバスとカイムは、オビータを見舞って、あのひとからみた源田の印象をまとめて欲しいな。オビータは、もちろん本当はどうかは分からないが、経験豊かな医者らしいし、それなら人間もよく見ているだろう」
「ゲンちゃん、今日の午後もログ・インしているかな?」
「さあな。矢崎は、確か午後に職員会議があるとか言ってた覚えがあるから、流石のゲンちゃんでも無理だろう」
「そうすると、ログ・インして何をすればいい?」
「その前に、まず夏目さんが来るのを待たないと」
昇は健司の顔をみた。
「おい健司、夏目さんには連絡取ってみたのか?」
「ああ。さっき電話した。昼食べてから来る、って言ってた」
「おまえん家、知ってんだ?」
「うん。他の友だちも連れて、遊びに来たことがあるんだ。な、伸治?」
「そうそう。今年の五月の頭だったよな」
「なあんだ。おれも呼んでくれればよかったのに」
「お前あの時風邪引いたとかで学校休んでたろ」
食事が済み、コーヒーを飲み終えると、一同は健司の居室に向かった。健司は既にPCを起動していて、ブラウザも立ち上がっていた。
健司はPCの前に座ると、ステレオ・セットにCDを入れた。
「今日はなに聴くの?」
「ロジャー・ジ・エンジニア」
「えっ?」
「ヤードバーズだよ」
「お前、おれの知らないものばっかり持ってんだなあ」
「おれ、ジェフ・ベックのファンなんだよ」
などと話している間に、「キングダムズ」へのログ・インが済んだ。アバスは自分の居室の寝台の上にいた。天蓋付きのベッドの足もとにはネコが一匹寝ている。
「そのネコは?」
「知らない。おれの知らない間に入って来たんだ」
「それより、ゲンちゃんはどうしてる?」
アバスは立ち上がった。健司もやっとアヴァターの操作法に習熟したらしい。王宮内を歩き、歩廊や廊下を通って王の執務室に入ったが、タジューク王はいなかった。
「いねえじゃん」
アバスは傍にいたラビイに向かって、
「タジューク王は?」
と問うた。すると、
「ただ今、お休みになられています」
との返事であった。
「まず、オビータを見舞えよ」
幸男が勧めた。アバスはその言葉に従い、奥の間に入って行った。
「寝てるんじゃないか?」
と健司は言ったが、オビータ先王は起きていた。
「オビータ先王陛下、ご気分はいかがですか?」
アバスは訊ねた。オビータは、
「いや、ご覧の通りだ。もう寝ていることしかできん。あと一週間はもたないだろうな」
「お痛ましいことで」
「なに。寿命は誰にもあるからな。どうかね、タジューク王の手腕は?」
「まだ代が代わったばかりですから、何とも言えません」
「ここだけの話だが、タジューク王には、確り目を付けておいてくれ」
「分かりました。――が、なぜですか?」
「うん――」オビータは言い淀んだが、「タジューク王は、コンプレックスの強い人間のようにわたしには思えるのだ」
「え? 優越感とか、劣等感ですか?」
オビータは弱々しく首を振った。
「そうじゃない。精神分析での用法をきみは知らないようだな。まあ、いい。タジューク王のやることには、よく気を付けておいてくれ。常軌を逸したことを言い出したりしたら、止めるんだ。今だって充分常識外のことをやっているよ。王妃を迎えて王子を儲けず、何と甥を迎えるとはな。しかも二人もだ。それに、あの動物への偏愛の仕方も異常だ。確かに、小動物を大事にしろ、というのはわたしの遺言だ。遺志だよ。だが、執務中も自分の膝の上からイヌやネコを片時も離さないというじゃないか。それは少々行き過ぎている。わたしはあの男を後継者に選んでよかったのかどうか、今は少々疑問に思っているところだ。タジューク王は、有事の際にはパニックになるかも知れない。いいかい、後継者たるきみとカイムが、よく見張っておくことだ。――おお、もう体力ゲージが持たない。いいかね、約束してくれ」
「承知いたしました」
「うむ。――わたしは休ませてもらおう」
オビータ先王は眠り込んだ。
アバスは一旦ログ・アウトした。
「おい、あのオビータの言っていた、コンプレックス、って何のことだ?」
健司が問うた。
「そりゃ、お前の親父さんがよく知ってるだろ」
「いや」幸男が顎の下を撫でながら言った。「その言葉、おれは読んだことがある」
「一体何の本でだ?」
「心理学書」
「へえ。お前がそんな本も読むとは知らなかったな」
「いや、入門書だったから。――要するに、何か心の奥底に強い感情的なこだわりを持っていることをいうらしいな。ほら、よく言うだろ、マザコンだとかファザコンだとか」
「ああ、そう言えばそんな言葉もあったな」
「オビータはそれが言いたかったんじゃないか」
「ゲンちゃんは異常者だったのかー」
昇は茶化したが、幸男は真面目な顔で否定した。
「いや、大抵の人間は持ってるものだ。源田の場合、それが他人より強いんだろう」
「ふうん」
「いやいや、幸男、お前勉強家だな。東大でも行けるんじゃねえの」
そんな話をしていると、階下から健司の母が呼ぶ声がした。
「健司。聞こえる? 夏目さん、いらっしゃったわよ」
「お、夏目さん来た」伸治はうきうきした気分で言った。「健司、早く呼んで来いよ」
間もなく夏目美智子が健司の部屋に姿を見せた。今日は制服ではなく、私服だ。上はキャミソール風ドレス、下はジーンズを穿いている。剥き出しの腕が昇には眩しかった。
「お邪魔しまーす」
と言って美智子は入って来た。
「美智子ちゃん、何か飲む?」
階下から美智子を部屋へ連れて来た健司が問うた。
「ううん、今は何もいらない」
「そう。じゃ、まずくつろいでもらって」
美智子はトート・バッグを置き、クッションの上に腰を下ろした。
「あ、美智子ちゃん、予備校の件、どうなった?」
健司が問うと、美智子はOKサインを作って見せた。
「あたしの友だち――二人なんだけど、一緒に夏期講習来るって言うし」
昇と伸治は密かに目を見交わして笑みを浮かべた。
やったじゃん。おれにもチャンスがある。
「科目、何とるの?」
「うーん、まだよくパンフみてないんだけど、とりあえず英語と現国と世界史かな。あたし歴史弱いから」
英語と国語で一緒になれそうだな、と昇は心中で計算した。
「数学とかとる気はないの?」
健司は弱気な声で訊ねる。
「うん。あたし数学嫌いだし、出来も悪いし、学校でもほとんど選択してないから。受験でも選択しないつもり」
「あーそう」
健司は暗い声で言った。
「おれと伸治も一緒に盈進予備校に通うからよろしく」昇は一応印象付けるために言った。「英語と国語で一緒になるんじゃないかな」
「あ、そうなの。よろしくー」
美智子はさらりと言った。
「じゃあ、早速始めようか」
健司はそう言うと、PCデスクに向かって腰を下ろした。美智子は、
「ねえ、中野くん、本当に大丈夫なの?」
と真面目な声で確かめる。
「大丈夫だよ。絶対安全だから」
「うん。それは分かってるけど、お金のことだよ。王妃の地位を買うのって、結構高いんでしょ?」
「まあね。でも、全部親父のカードで済む話なんだよ。月十万くらいまでは平気で使える。前、月に十五万使った時は流石に注意されたけど」
「そういう問題じゃないよ。こういうのって、何ていうか、やっぱり気になるんだよね」
普段健司に飯を奢らせているような女の子にしては随分遠慮がちなんだな、と昇は思った。
「いいんだって。おれたちに協力してくれたらおれたちも助かるんだし、人助けだと思ってやってよ」
健司は幸男の論法を真似して口説いた。
「うん、まあ、それならやるけど」
「じゃあ、登録するよ」
「いいよ」
健司は美智子に、本名は非公開にした方が得策であることを教え、希望する年齢や人種などを訊いて行った。美智子は、年齢は二十二歳、人種は白人、ハンドル・ネームはラミアがいい、と言った。
健司は父親のクレジット・カードを取り出し、番号を入力した。美智子は、まだ、
「ほんとにいいのかなー」
などと言いながら見守っている。
「できた」健司が言った。「ほら、これがIDとパスワードだから、メモっといて」
美智子は女子高生の持ち物らしくないシステム手帳を取り出し、メモを取った。
「それから、これからおれたちから指示があったら、セルウィン王国国王王妃のポストに応募して欲しいんだ。いいね?」
「分かった」
「王妃になれたら、午後九時から午後十一時までは毎日ログ・インすること」
「OK」
美智子はいちいちメモを取りながら話を聞いた。美智子は一通り話を聞き終わると、
「で、これっていつまで続くの?」
と訊ねた。
「え? いつまでって…」
男子五人は一瞬顔を見合わせたが、昇は、落ち着いて、
「夏が勝負だよ。夏の間に勝負を付けようぜ」
と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます