I.
I.
昇はぱしん、と両手を叩いた。
「これで準備は万端整った、と」
「布陣は済んだな」
「あとはこちらの作戦次第だ」
「とりあえず、ゲンちゃんの様子を見守ることから始めようぜ」
と、幸男が、
「おい、みんな」と言った。「このお遊び、いつまで続けるつもりでいるんだ?」
一同は幸男をみた。昇は、
「何だよ」としかめっ面をして言った。「またさっきの続きかよ」
「しかし、始めに決めるべきところは決めないといけない」
幸男は言い張った。健司は、
「おれは、――とりあえず、そういうことについては何にも考えてなかったな、うん」
と言った。伸治も、
「おれもだな。まあ、毎日熱心にパソコンに張り付いてる訳じゃなし、適当にゲンちゃんを間接的にからかえられればいいかなあ、と…」
「それじゃあ、このままずるずると三年になっても続けるのか?」幸男は言った。「源田なんかそもそもどうだっていいじゃないか」
「でも、いじくる対象としては面白い」昇は言った。「だからこのゲームに入ったんじゃないか」
「おれが言いたいのはさ」幸男はもどかしそうに言った。「少なくとも、源田にああさせたい、こうさせたい、というシナリオの下書きぐらいは作っておいてもいいんじゃないか、ということだ」
「ああ、要するに」健司が言った。「このゲームに参加する目的意識を持とう、ということかな?」
「まあ、そんなとこだ」幸男は認めた。「兎に角、盲滅法こんなゲームを続けていては、カネと時間のムダにしかならねえ、ということだ」
「効率的にゲームを運ぶ、ってことかな?」
嘉幸が言った。
「そうさ」幸男は言う。「だからこそ、わざわざネコになって入国したんじゃないか」
「あれ、ただカネがない、ってことだけだったんじゃないの?」
伸治が何も知らない顔で問うた。幸男は渋い顔で首を振った。
「それもあるけど、それだけじゃない。おれと脇田はタジューク王に飼わせるためのネコとして生まれたんだ」
「でも、あんな地方を選んで…」
「だからいいんだ」幸男は言い張った。「都にいたってあんなネコ、単なる物言う野良ネコと変わらないだろ。地方の少数民族の許に生まれれば、知恵のある特殊なネコになれる」
昇は、
「それで、お前はどうしたい訳?」
と幸男に訊いた。幸男は、
「おれがしてみたいことは二つある。まず、今日のオビータとの会話で分かったけど、源田には人格的にちょい妙なところが見受けられる。それを掴みたい。それからもう一つは、源田をこのゲームの中で殺してみたい、ということだ」
幸男の言葉を聞いてみな黙った。一同は暫し黙った。それから嘉幸が、
「まあ、そんな過激なことをしなくても…」
と言いかけたが、幸男は、
「だって、考えてもみろよ。源田はおれたちの学校の教師なんだぜ。そいつが学校内でまでこんな人生ゲームみたいなものに熱中してやってるなんて、絶対おかしい。源田が果たしてどういうつもりなのか、いや、どういう人間なのか分からんが、兎も角高校教師らしくないとは言えるだろう。お前らはおかしいと思わないわけ?」
と逆に問うて来た。
一同はまた沈黙した。それをみて、幸男は更に、
「源田はあの通り、教室では真面目そのものの文法教師をやっているが、果たして裏の顔はどんなものか。娘を通じて話が漏れて来たことを考えれば、家の中でも家族からケンツクを喰らってるってことも考えられるな。あいつの化けの皮を剥がしてやりたい、おれはそう思ってる」
と熱心な口ぶりで言った。
「確かに、校内でゲームにログ・インするような先公に習ってるおれたちもいい面の皮だけどさ」昇は言った。「そこまでする価値のあるヤツかね?」
幸男はそれに対して、
「あいつは今B組の担任だろ? このままだと三年になってもそのまま持ち上がる訳だ。来年あいつが何組の担任になるかは知らないけど、おれは、あんな教師には担任になって貰いたくない。受験指導だってしてもらわないといけないし、迷惑になるだけだ」
と言い切った。
一同はすっかり幸男の気に呑まれてしまっていた。
暫くの沈黙の後、
「じゃあお前は、まず何をするべきだと思うんだ?」
と伸治が訊ねた。幸男は即座に、
「まず、女を近付けてみたい。タジューク王は独身の筈だが、王妃の公募はしていない。アバスかカイムがタジューク王を説得して王妃の公募を出させる。それから、どっかから女を一人見付けて来ないといけないな」
と言った。昇は、
「すげえな。お前、一体どこからそんな風に計画が出て来るワケ? お前、おれは絶対にチェスの相手にはしたくねえな」
と冗談めかして言ったが、本音だった。
「おれの中には、こうあるべきものはこうあるべきだ、という鉄則がある」幸男は言った。「源田はそこからズレてるんだよ。それに、何ていうか、ちょっとファナティックで異常にみえる。もしかしたらどこか病気なのかも知れない」
幸男は淡々と言った。昇は、
「女かあ」と言った。「おれには姉貴がいるけど、とてもじゃないけどこんなゲームには引き込めねえな。――やっぱり健司の女関係の人脈に頼るしかなさそうだ」
と言って健司をみた。健司は、
「じゃあ、まあ、美智子ちゃんに声掛けてみるか」
と照れ笑いを浮かべながら言った。
「お前の彼女だろ? いいのかよ?」
伸治が問うた。が、健司は、
「いや、彼女ちがう。単なる友だちっす」
と伸治の言葉を否定した。やっぱりフラれたんだな、と昇は直感した。
「夏目さん、PCは持ってるんだろ?」
昇は訊ねた。健司は頷いた。
「でも、王妃のポストだとカネ掛かるぞ~」
「大丈夫、親父のアメックスにつけとくから。月十万くらいまでなら使って平気なんだ」
「引き込めそうか?」
「何とか説得してみる」
昇が、
「じゃあ、健司か伸治がゲンちゃんを説得して王妃を公募させることにして」
と言うと、健司は、
「おれはダメ。おれの英語力じゃあ頼りにならねえ。伸治やってよ」
と言った。
「いいよ。おれが何とか説き伏せてみる」
伸治は言った。昇は、
「それと並行して、健司は夏目さんを説得する、と」
「そっちの方が難題かもな」
「夏目さん、英語できんの?」
「あの子、桜台高の英語科に通ってんだよ。去年、交換留学生でカリフォルニアに行ってたから、その辺はバッチリだろ」
「あーあ」昇は言った。「健司みたくカネ持ちだったらおれだって彼女のひとりくらいいるのにさ」
「そううまく行かないのが世の中よ」健司は昇に言う。「好きなだけ飲み食いさせといて、じゃあ今度二人でどっか行かない、って話になると途端にガード堅くなるのが女の子」
「兎に角、いいな」幸男が言った。「おれの言ったこと、忘れるなよ」
「いいじゃねえか、そんなにお堅くならなくたって」と伸治は言う。「要するに楽しめればいいんだよ」
「だけどさ」昇は言った。「確かに幸男の言う通り、何かシナリオ作って、それに乗せてゲンちゃんを動かす、ってのも確かに面白そうだぜ。な、嘉幸?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、時どき集まって作戦会議、開くか」
伸治が提案した。
「どこに集まる?」
「やっぱりここしかないだろ」昇が言った。「どうも、おれらの家を地図上に並べてみると、健司の家が中心に来るような気がする」
「あとは携帯だな」伸治が言った。「おれ、幸男の携帯の番号知らねえ。メアドも教えてくれよ」
幸男は携帯を取り出した。健司は、
「おれたちは、チームを組んで行動するようにしようぜ。常に連絡を取り合って、単独でスタンド・プレーなんかしないように」
と言った。
「よし、それはそれでいいだろ」と昇。「ところでさ、盈進予備校の夏期講習だけど」
「申込期間はあと十日くらいだぞ。一緒に科目取ろうぜ」
「おれ、親に訊いておくわ」昇は言った。「期末考査の出来次第で許してくれるかも知んねえ」
「お前、随分景気の良さそうなこと言ってたじゃねえか。おれなんか戦々兢々としてるよ」
「バカ、余裕って訳じゃねえよ。飽くまでも、いつもより出来はよさそうだ、って感じだよ」
「まー、じゃあ、今日はこんな感じで」
健司が言った。
「そだな」
昇は腰を上げた。
四人は健司の居室を出て、階段を下りた。
「あらあら、もうお帰り?」
健司の母親が顔を出した。
「どうもお邪魔しました」
「お昼ご馳走様でした」
口々に礼を言い、四人は健司の家を辞した。
「じゃあ、おれは電車なんで。――幸男、今度おれん家遊びに来いよ。場所教えるからさ」
「ああ。さんきゅ。――とりあえず、今日は帰って寝る」幸男は言った。「昨夜徹夜で詰め込み勉強やったから」
「じゃあな、嘉幸」
「うん、またね」
昇は自宅へ向けて自転車を漕ぎ出した。
家に帰ると、初子と由梨絵がいた。
「なにあんた、学校サボって来たの?」
由梨絵が咎めるような目付きで昇をみた。
「失礼なこと言うな、おれは今日で期末考査が終わったんだよ。そっちこそこんな時間に何でいるんだよ?」
「あたしだって試験期間だもん。――あんた、ちゃんと勉強しないと来年どこも入れないわよ」
「余計なお世話だよ」と昇は言ったが、その点では強く出られない。「今回の出来をみてから言って欲しいね」
「今回の試験では、何だか普段よりえらく熱を入れてたじゃないの」
初子が冷蔵庫からコークを出してくれた。
「ああ」昇は答えた。「大分手応えがあったよ。この分なら、盈進予備校の夏期講習、受講させてもらえるかも知れない」
「まあ」初子は感心したように言った。「そんなによかったの?」
「まだ蓋を開けてみないと分からないけどね」
昇はコーラを飲んでしまうと、由梨絵に取られる前に共有スペースに向かい、PCを起動した。
早速「キングダムズ」にアクセスし、IDとパスワードを入れる。と、タジキ族の村の風景が現れた。昇がスビタアとして「キングダムズ」にアクセスするのは初めてだった。起き上がって外を窺うと、ターバンを巻いた男がおり、その男に向かって別の若い男が頻りにぺこぺことお辞儀をしている。どうやらスビタアは村の村長か何か、高い位の人物の家庭に生まれたらしい。しかしテント暮らしをしているようだ。隣をみると、スビタスが眠っている。
スビタスとスビタアは籠のようなものの中に入っていた。布が敷き詰めてあり、居心地は悪くないようだ。しかし、空腹で体力ゲージが下がっている。
スビタアは籠から出て手隙のひとを探した。テントの隅で男が一人地べたに座り込んで縄をなっている。スビタアはそこに近寄り、最初は気色悪かったが、我慢して男に身体を擦り寄せた。男はこちらをみた。
「何だスビタア、起きたか。待ってろ、今餌をやるからな」
男はよっこらしょと立ち上がり、テントの片隅に置いてあった籠の中から魚を一、二匹取り出した。川魚らしい。
「ほれ、これでも食え」
スビタアは二匹の魚を生のまま骨だけ残して綺麗に平らげた。
うへー、と昇は思う。こりゃ、ネコ暮らしに慣れるにはまだ少し時間が要りそうだ。
しかし、スビタアはネコなので、人間に行動を束縛されることはない。スビタアはテントの隙間を掻い潜って外に出た。
テントの外はやや広い空地になっており、数十名の人間が集まれそうな空間ができていた。そこには今は大型のトラックが一台と、大きなワゴン車が二台停まっている。空地は藪に囲まれていた。
この外側はどうなってるんだろう。
スビタアは空地の端まで歩いた。すると、このテントは台地の上に設けられていることが分かった。縁まで歩くと下は草地が続いている。見下ろすと、スビタアが生まれたと同じような、しかしずっと小型のテントが幾つも並んでいた。テントが並ぶのは山裾の隙間のような土地で、周りには緑一色の山並みがみえる。
うへっ、と昇は思った。とんでもない田舎じゃねえか。
しかし、ここに決めようと言ったのは幸男なのだ。何か考えがあってのことに違いない。
昇が自分のプロフィールを確かめると、「種族:ネコ」、「年齢:一歳」とだけなっており、本名や年齢に関するデータは表示されていない。つまり、外から見ただけでは動物がコンピュータ・システムの産物なのか、それとも人間がなり済ましているものなのか、簡単に判別は付きそうにない。それは今後活動する上で好都合だった。しかも、大半の動物はコンピュータ・システムの産物らしいから、喋るネコというのはもの珍しくみえても無理はなかろう。
ま、そこはゲンちゃんがどう判断するかどうか、だよな。
スビタアはしばらくその辺を歩き回ってみたが、目に入るのは森や草地や畑地ばかりで、面白いものは何も見当たらなかった。
その内、「眠気」のゲージが上がって来たので、スビタアは寝床に戻ることにした。スビタスは相変わらず眠っている。
幸男のやつ、まだ寝てるのかな。
スビタスに何か話しかけてみようかとも思ったが、そこでスビタアは一声も鳴かないネコだということに思い当たり、止めておいた。
そこへ由梨絵がやって来た。
「ねえ昇、あたしこれからレポート作成済ませなきゃいけないの。遊んでいるんだったら、悪いけど譲ってくれない?」
「はいはい」昇はログ・アウトの手続きを取って立ち上がった。「どうぞ、お姫様」
昇は自室に入ると、キャメロットのアルバムを聴きながら、ベッドの上で寝転がって考えた。
幸男のやつは案外計算高いんだな。しかし、ちょっと考え方に過激なとこがあるのが気になる。
昇としては、飽くまでもユルーい雰囲気でゲンちゃんを笑いの種にできればそれでよかったのだ。確かに来年、ゲンちゃんが昇の担任になる可能性はあり得る。しかし、担任がオンライン・ゲームに夢中になっていようがいまいが、大学に合格するやつは通るし、落ちるやつは落ちる。担任の進路指導など飽くまでも形だけのものだ。
あいつを引き込んだの、間違いだったかな?
いや、でも一つシナリオを決めて、それを基にゲンちゃんを振り回してみる、というのは確かに面白そうだ。
ま、暫くは遊べるかな。
キャメロットのアルバムが終わった。次にメタル・チャーチでも聴こうかな、と考えているうちに、試験勉強の疲れが出て昇は眠ってしまった。
二年生第一学期期末考査における昇の成績は、かなりのものだった。数学Ⅱの教師の宮坂など、答案用紙を返却する時に、
「おい、脇田、お前大進歩だぞ」
などと褒め言葉をくれたものだった。点数は84点。ま、ちょっとしたものだ。担任の矢崎は訓示の後で今回の期末考査の総合結果表というものをくれた。これには、各科目の点数並びに学年内での偏差値、それに総合点の学年内における順位と偏差値が載っている。昇は五百六十二人いる学年内で三十八位、偏差値は68と出ていた。
「どうだったー?」
ホームルームの後で健司が寄って来た。健司は総合結果表を貰った後ではいつでも見せに来るが、それは自分の成績がいいからだ。じっさい、健司はいつでも学年内で五十位以内をキープしている。昇も厭味だなと感じることはあるけれども、もっとも昇は自分の成績が悪いのを気にしたことはないので、ためらいなく自分の点数表も見せられる。
健司と昇はお互いの総合結果表を交換し合った。昇がみると、健司は二十四位だった。
「ちぇー」昇は言った。「今回はお前に負けないよう頑張ったつもりだったのに、やっぱりお前には負けるわ」
「でも、お前今回は調子いいじゃん。これまでは毎回三百位辺りをふらふらしてたのに」
「今回は特別リキ入れて頑張ったのよ。夏期講習に行けるように」
「申し込み期限まで、もう時間ないぞ」
「うん。今夜にも親父に頼んでみる」
「ところで、今日も昼飯一緒食わねえ?」
「え? いいよ。でも何で?」
「幸男が作戦会議を開きたい、っていうんだよ」
「また作戦会議、ねえ」昇は顎に手を当てた。「そんな綿密な計画、必要ねえと思うんだけどな」
「だけど、幸男は無駄なく効率よくゲンちゃんを一隅に追い込むためには、ぜひとも計画が必要だ、って言うんだよ」
「将棋でいう雪隠詰めってやつね」
「んまあ、そうだね」
「じゃあ、伸治と嘉幸も一緒だな」
「うん。あと、美智子ちゃんも呼ぶ」
「来るの? 試験期間中じゃないの?」
「昨夜携帯に掛けたら、いま試験前だって。でも、文系科目が多いし、予習復習はしっかりやる子なんで、余りやることはない、って言ってた」
「そうか。じゃあ連絡取ってみる価値はあるな」
「で、どこで飯にする?」
「モスバーガー」即座に昇は答えた。「おれ、伸治にハンバーガー奢ってもらう約束があるんだ」
すると、健司は小声になった。
「モスバーガーじゃまずくね?」
「何で?」
「だって、幸男ってあんまりカネ持ってないみたいじゃん」
「じゃあお前か伸治が奢ってやりゃいいだろに」
「でもあいつ、お前と違ってプライド高そうだし」
昇はむくれた。
「どうせおれは自尊心低いですよ。――でも、顧問料だとかそんな名目にすれば、食うんじゃねえか?」
「ま、それは本人に任せよう。じゃ、モスバーガーってことで決まりで」
「OK」
そこへ嘉幸や伸治も寄って来た。これから終業式まで学校は午前中だけだ。こうなると、ぐっと夏休みが近くなった印象が強くなる。外はかんかん照りだが、スカッと晴れている。こうなると、口笛でも吹きながら歩きたくなるというものだ。
「昼にモスバーガー集合」
健司が言った。幸男もクラスの隅で英語部の但馬と話し合っていたが、やがてやって来た。
「幸男、お前今日は部活ねえの?」
昇が問うと、幸男はないと言った。
「昼飯、モスバーガーでいいかな?」健司が控え目な調子で言った。「もしよかったら、今回の件ではお前にブレインになってもらっているし、おれらが持ってもいいんだけど」
「大丈夫、カネならある」幸男は答えた。「モスバーガーでいいぜ」
「じゃあ、早目に行きますか」伸治が言って、歩き出した。「昼前だし、混む前に入った方がいいぜ」
駅前のモスバーガーは、伸治の言った通り、まだ空いていた。健司はモスチーズバーガーとプレミアムアイスティー、それにコーンスープとオニオンフライ、デザートにティラミスをオーダーした。伸治はロースカツバーガーにアイスウーロン茶、モスチキンにやはりティラミスを取り、昇は伸治の奢りでWモスチーズバーガーとオニポテにコーラとアップルパイ、嘉幸はWテリヤキバーガーとコーンスープ、フレンチフライポテトとアイスカフェラテ、幸男はモスチーズバーガーとチキンナゲット、それとジンジャーエールをそれぞれ注文した。
注文したものが運ばれて来るまで暫く間があり、五人は成績のことを話した。
「おれ、この調子なら、帝大系の医学部行けるかも知んない」
健司が言った。昇が、
「おっ、大きく出ましたね。帝大系の医学部に行くなら学年で二十位以内にいないと危ないって話だけど」
と返すと、健司は、
「いやいや。おれ、北大の医学部狙ってるんだよね。あそこ、帝大系って言ってもおまけみたいなものらしいし。手軽でいいやん」
といかにも簡単そうなことを言う。
「おれは、どうやら上智の理工を第一志望にして、東京理科大を滑り止めにする、って方向で決まりそう」
とは伸治。
「お前、何になりたいの?」
幸男が伸治に問うた。
「おれ? とりあえずはプログラマとかSEとかそんな職業。でも、最終的には会社経営者」
伸治の答えに、幸男は、
「プログラマなら、文系出身者でも一杯いるぞ」と言った。「経営者になりたいなら、それなりの手腕を身に付けないとダメなんじゃないの?」
幸男の言葉に伸治は詰まってしまったらしく、
「おれはまあ、親父の言う通りにやってるだけで…」
と語尾を濁した。
「お前はどうだったのよ?」
昇が嘉幸に訊ねると、
「うーん、今回は余りよくなかったなあ」
と言った。昇が、
「総合結果表見せてくれよ」
と言うと、嘉幸は渋りながら鞄から丁寧に畳んだ表を出した。昇が広げると、嘉幸は学年で三十一位だった。
「うーん、こりゃヒドいねえ」昇は大げさな声で皮肉を言った。「こりゃヒドいわ」
嘉幸は下を向いてしまった。伸治は幸男の方を向いて、
「お前、学年で何位だった?」
と臆面もなく問うた。幸男は淡々と、
「四位」
と一言だけ答えた。一瞬の間が空き、皆口々に
「すげーじゃん」
と言ったが、幸男は称賛の言葉には微塵も動じず、先に来たジンジャーエールを啜っていた。
昇は健司の方を向き、
「そうだ、夏目さんだよ。そろそろ学校終わってんじゃねえ?」
と訊ねた。健司は頷いて、
「そうね。そろそろ電話してみようか」
と言って携帯をポケットから出した。アドレス帳から目的の番号を探し、装置を耳に当てる。相手はすぐ出たらしい。
「もしもし。ああ、おれだけど。――ああ、そうなんだ。おれたち今、駅前のモスバーガーにいるんだけど、来られる?――あそう、ホント、よかった、じゃ待ってるから。はーい」
昇は心臓が喉元までせり上がって来るのを感じた。同年輩の女子高生と間近に話し合えるのは実に久し振りのことだ。昇に健司と伸治、それに嘉幸の四人で遊ぶことが多かったが、ビーチや遊園地で二人組や三人組の同年輩の女の子に声を掛けてみても、「えー、どうしよう」とか「今日はちょっと」などと、いつでも体よく断られてしまうのがオチだった。四人の中では健司が一番背が高く、モテそうなのだけれども、案外うまく行かないのだ。昇は、健司のおずおずとした話しかけ方とかブルジョア臭さが悪いのだろう、と思っている。
五人の前にハンバーガーやらポテトが運ばれて来た。
「でさ」と健司がパクつきながら言った。「計画のことだけど」
「それは」と幸男がすぐに言葉を返した。「女の子が来てからの方がいい」
「そうだね」伸治はチキンをかじりながら言った。「夏目さんを待った方がよさそうだな」
「夏目さんって、どこの学校なの?」
嘉幸が訊ねた。健司は、
「桜台女子高」
と答える。
「じゃあ、すぐ来るんじゃないか」
そんな話をしていると、店に見覚えのあるセーラー服を着た、すらりとした女の子が入って来た。
「待った?」
夏目美智子はそう言うと、五人掛けの壁際のテーブルの隣の席に座った。
「今回は引き込んじゃって悪いね」健司は言った。「来てくれてありがとう」
「ううん。いいの」美智子は言った。「どうせ夏、今年はヒマだし」
「試験は大丈夫?」
美智子に話し掛けるのは専ら健司だ。
「うん。そんなにがりがりやんなくても、それなりの点は取れると思う」
「まず、注文しておいでよ」
「あ、そうだね」
美智子は立ち上がると、カウンターへ行った。モスバーガーとアイスウーロン茶、という声が昇にも聞こえて来た。
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