H.

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 期末考査は八日間に亘って行われた。その最終日に五人は再び健司の家に集まることに決めていた。その場で伸治もタジューク王のもう一人の甥役として応募する算段をしていた。

 試験は、昇の予想に反し、割と上出来、という感触だった。英文法も読本も、わざわざ少し過去に遡って勉強し直す、という手間を割いた効果があったのか、頭の中にカチリとフレーズが収まったような手応えが得られた。数学Ⅱも、嫌がらずに演習問題を繰り返し解いた成果なのか、久々に問題に付いて行けるようになっていた。この調子で勉強を続ければ、来年の今ごろには偏差値65も夢じゃないかもな、と昇は答案が戻る前から皮算用をする始末だった。それなら学部によっては早慶にも手が届く。由梨絵に大きな顔をされなくても済む。

 期末考査最終日、最後の試験が終わると、ホームルームの訓示の後で、昇は健司の席を訪れた。

「よう中野くん、試験は如何だったかね?」

 昇が問うと、健司は首を振った。

「ダメっす。ちょっとテスト前に遊び過ぎちゃってさ。調子悪かった。サイアクの出来じゃないのは救いだけど、全体的には低調だな」

「お、お前も『キングダムズ』にハマったのか?」

「いやいや。あんなの、一日十五分くらいでログ・アウトしたよ。ゲンちゃんも大抵イヌとかネコを何匹も侍らせて寝ていたしね。ゲンちゃんも試験監督の仕事とか採点の仕事があるから忙しいんだろ」

「じゃ、遊ぶって誰と遊んでたの? 伸治?」

「いやー」健司は照れたように笑った。「ちょっと、美智子ちゃんとさー」

「おっ」昇は不意を突かれてたじろいだ。「夏目さんと?」

「ああ」

 昇は健司の正面に回り込み、真っ直ぐに顔をみた。

「あの子、お前の彼女なの?」

 昇の問いに、健司はすぐに答えを返さなかった。

「…うーん、…まあ、正確に言えば、時どき友だち、たまに彼女っぽくなる、って感じかな」

 健司は言い難そうに答えた。

「なーる」昇はそれでやや安心した。「でさ、夏目さんは『キングダムズ』に引き込めそうなの?」

「あー、その話はまだしてないわ」健司は言った。「これから訊いてみるよ。PCは持ってるから、アクセスは問題ないけど」

「でも、王妃の座となると、月額のカネが問題だよな」

「それなら、おれが持っても構わないけどね」

 健司は平然として言った。昇は肘で健司を小突き、

「おー、流石金持ちは言うことが違うね、このー」

 と茶化した。

 やがて、伸治や嘉幸、幸男も集まって来たので、一同は教室を後にした。

「昇、今回の出来はどうだった?」

 伸治が訊ねた。

「おれ、今回はめっちゃ好調だった。問題文の意味がちゃんと分かる試験問題をみたのは久し振りだよ。お前はどうだった?」

 伸治は、

「おれは、そこそこかな。まあ絶好調ではなかったけど、それなりに点数は稼げたと思う。ま、少なくとも確実に赤点はないだろ」

 昇は、健司に、

「今日夏目さんも来られないか訊いてみてくれよ」

 と言ったが、健司は、

「ダメダメ。美智子ちゃんはこれから試験期間だから」

 という。確かに、昇たちの学校は他の私学や公立高校に比べて、学期末の試験期間はいつも少し早目に設定されている。それは、期末にも授業時間を設けて、試験内容の復習と受験に向けた演習を行うためだった。

 五人は自転車で行く昇、嘉幸、幸男と電車で行く健司と伸治に別れて健司の家に向かった。

「それにしても、いつまでこれを続けるつもりなんだ?」

 幸男が自転車を漕ぎながら問うた。

「いつまで? さあ、そりゃ決めてなかったな」

 昇は言った。

「とりあえず、ゲンちゃんが止めるまで、でいいんじゃないの?」

 嘉幸が言う。

「しかし、だらだら付き合っていたら、こっちは受験に差し支えるぜ」

 幸男は言った。昇は肩を竦めた。

「受験は来年の話だからな。まだ余裕はあるじゃん。それに、おれ、先のこと考えるのって苦手なんだよね」

「期限を切った方がいい」幸男は主張した。「源田に付き合うのは何月まで、と決めといた方がいいな」

「それなら、健司と伸治にも言ってみな」昇は言った。「あいつらは成績がいいから何とかなると思ってるんだろ。それに、幸男だって成績は学年でもトップ・クラスなんだろ?」

「今はな」幸男は答えた。「だけど、これからは分からん」

「お前、怖気づいたの?」昇は訊ねた。「えらい弱気じゃん」

「いや。計画自体は面白いと思う。すごくね。だけど、幾らか冷静になって考えてみたら、受験の差し支えになると思ってさ」

「イヤんなったらいつでも抜ければいいじゃん」昇は気軽に言った。「別に、無理しなくていいんだし」

「そういう訳には行かない」幸男は言った。「スビタスの位置は、すごく重要なところにあると思う。きっとおれたちは王宮に召し上げられるだろう。そうなったら、おれの地位は王宮内で重要になる。もし源田が、中野が言っていたように動物を偏愛するような王様だったらな」

「えらい義理堅いな」

昇は言った。それに対しては幸男は無言で自転車を漕いでいた。

健司の家に三人が到着すると、健司と伸治の二人は既に到着していた。

「まあ、上がれよ」健司は言った。「まず昼飯にしようぜ」

 その日はボルボもサーブも車庫にあった。健司の母親はピザを焼いてくれた。五人は余り言葉も交わさずにピザを腹に収めた。

「まあまあ、試験が終わったのにまたうちでお勉強なの? 熱心なこと」

 健司の母親は何を誤解したのか、そんなのん気なことを言った。

「勉強、って訳でもないんだよな」健司は言った。「まあ、英語の勉強、と言えば一番近いんだけど」

「あらそう。でも、お友だちが多くていいことね」

 五人はデザートに出た、これも健司の母親手製のパイまで平らげると、二杯目のコーヒーを飲んだ。健司の母親は洗い物をするのに席を外した。

 健司が一同をぐるりと見回し、

「じゃ、今日は伸治の登録だな」

 と言った。皆頷いた。伸治は、

「準備はOKだよ。親父のカードも持って来た」

 という。五人は申し合わせたように席を立つと、二階に上がった。

 健司は部屋に入ると、まずエアコンのスイッチを入れ、次にPCの起動ボタンを押し、それからステレオの電源を入れて昇のみたことのないジャケットに入ったCDを掛けた。

「それ、何?」

 と昇が問うと、健司はマウスを操作しながら、

「ラヴィン・スプーンフル」

 と答えた。

「どこのバンドだよ?」

 昇は問うた。伸治は、

「おれが貸したんだ」

 と答えた。

 ブラウザを起動し、「キングダムズ」にアクセスする。IDとパスワードを入力する画面になると、健司は席を立って伸治に譲った。

「ここからはお前さんのやることだ」

健司は言った。伸治は黙って席に着き、ログ・インIDとパスワードを入力し、「お試し」コースで「キングダムズ」に入った。それから本登録のボタンを押し、クレジット・カード番号や名前を入力して行く。本名は「非公開」とし、年齢は「二十六歳」、人種はペルシア系。名前は「カイム」とした。

「おい、どのポストがいいかね?」

 伸治はディスプレイをみながら訊いた。昇は、

「やっぱり、健司と同じ、甥のポストがいいんじゃないかな?」

 と言った。幸男も同意した。

「よし、じゃあ甥、と」

 伸治が済むと、今度は嘉幸の番だ。

 嘉幸は銀行の預金通帳を持って来ていた。嘉幸は「侍従頭」のポストに応募した。名前は「バアグス」、年齢は三十五歳。人種は、やはりタジューク王と同じ、ドラヴィダ系を選択した。

「これでよし、と」

「おれがとりあえずログ・インしてみる」健司が言った。「ゲンちゃん、ログ・インしているなら、メッセージが届いているだろう」

 健司はキーボードを操作して自分のIDでログ・インした。タジューク王は執務室の玉座にいた。膝の上にはネコを乗せ、脇に控えるイヌの頭を撫でている。

「おはようございます、タジューク王」

 健司が挨拶すると、タジューク王も、

「おはよう」と挨拶を返した。「実は今し方、甥のポストと侍従頭のポストに応募があった。これからわたしは面接をしなければならない」

「どのような人物ですか?」


 靖は自宅に帰り、ログ・インしたばかりだった。すると、早速甥と侍従頭のポストにほぼ同時に応募があったことが分かった。

 アバスがやって来たので、靖は、

「まだどんな者かはよく分からないのだ。甥のポストの候補は、年齢はきみと同年輩だが少し上だ。侍従頭の候補は三十五歳だそうだ」


「よい人物だといいですね」

 アバスこと健司は打ち込んだ。脇で見ていた昇は、

「お前、中々英語が上達したじゃん」

 と言った。健司は、

「ああ。何回かタジューク王と会っているしね。日本人だと悟られないように、『お疲れ様です』みたいな言葉は使わないでさ。緊張が解けると、おれでも結構喋れるもんだな」

 という。

 タジューク王は、ネコの背を撫でながら、

「ああ。動物好きだといいんだが」

 と答えた。


 靖は、学校で一クラス分の答案の採点を終えて帰ったばかりで、まだネクタイも外していなかった。本当は英語の答案は今日中にあと三クラス分済ませる筈だったのだが、夏風邪を引いたらしくて頭痛がする、という理由を付けて早退して来たのだった。妻は車で買い物に出たらしく、折り良く不在であり、娘は学校から帰っていないようだ。

「これから面接するが、もしこのカイムという候補で決まったら、仲良くやってくれたまえよ」

 タジューク王はそうキーボードに打ち込んだ。


「じゃ、そろそろ交代するか」

 健司はそう言い、アバスは、

「では、わたくしは産業革命相と会談して参りますので」

 と言って、タジューク王の御前から引き下がった。ラビイに、

「では、大臣の元へ案内してくれ」

 と命ずると、ラビイは

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 と言ってアバスを別室へ案内した。

「いま、大臣をお連れします」

「いや、わたしは少し休みたいのだ。後にしてくれ」

「承知いたしました。では後ほど」

 ラビイはアバスの前を離れた。アバスこと健司はそのまま一旦ログ・アウトした。

 健司はキーボードの前を離れると、伸治に向かって、

「じゃあ、まずお前の番だ」と言った。「おれよりは英語はできるから心配はいらないな」

 伸治は自分のIDとパスワードでログ・インした。タジューク国王からは早速メッセージが届いていて、採用するかどうか面接をしたいので王宮まで来られたし、との旨だった。

 伸治はビリングの街をアバスと同じように車で連れ回され、豪奢な王宮に連れて来られると、広大な建築の中を連れ回され、やがて王の執務室に連れて来られた。タジューク王はイヌの頭を膝に乗せ、撫でてやっているところだった。

「タジューク国王陛下、初めまして。わたしはカイムと申します」

 伸治はためらいのない手つきでキーボードに打ち込んだ。

 ひええ、と昇は感心した。やっぱり英語ができるヤツっていうのは違うなあ。


 靖はケルプの頭を撫でながら、カイムというペルシア人の顔をみた。歳は二十六だという。

「きみがカイムか。まず、よく来てくれた」

 タジューク王こと靖は打ち込んだ。

「この王国の大体の特徴は頭に入っているかね?」

 タジューク王が問うと、カイムは、

「はい。大まかなところはつかんでおります」

 と返事をする。カイムはどうやらアバスより英語が達者らしい。


「何でもはいはいって返事しておけばいいんだよ」

 と昇は伸治に言った。

「そうだな。この国の政治をどうするかは、まずゲンちゃんが決めるものだし、そこにどこまで参画できるかは状況次第だからな。まずはうまくやって入国しないと」


 タジューク王は、カイムという若者にこの国の産業や宗教などについて説明し、更に、動物のことを訊ねた。

「王宮では、小動物をとても大事にしている。どうかな、きみはペットは好きな方だろうか?」


 カイムこと伸治は、

「はい。わたしも動物は好きな方です」

 と答えた。


 タジューク王は、

「では、まずアバスと会うことだ。アバスも甥の一人だ。あれと会って話をしなさい。それから、オビータ先王にも会って挨拶して欲しい」

 と言った。


 カイムは、

「かしこまりました。仰せの通りにいたします。――まず、オビータ先王陛下にお目に掛かってから、アバスさまにお会いすることにいたしましょう」

 と返事をした。するとタジューク国王は、

「よろしい。では、きみも今日から王室の一員だ。我が国の政治に寄与してくれるよう、期待しているよ」

 と言った。

 カイムは、

「ありがとうございます。この国の発展に力を尽くす所存でおります」と返事をした。「では、まずオビータ先王陛下にお会いしたく存じます」

 タジューク王は、ラビイを呼び、

「おい、先王陛下はお休みのことと思うが、カイムくんをお連れしてくれ」

 と命じた。

 ラビイは、

「はい、承知いたしました」

 と答えると、カイムに向かって、

「カイムさま、オビータ先王さまはこちらのお部屋でお休みです」

 と言って、カイムを導いて奥の部屋へ通した。広く、採光がいい部屋だった。

 昇は、

「時差があるし、また寝てんじゃねえの?」

 と言ったが、意外にもオビータ先王は起きていた。

「初めまして。わたしが、この度セルウィン王国国王陛下の甥の地位に就きました、カイムと申します。オビータ先王陛下にご挨拶申し上げます」

 カイムがそう言うと、オビータ先王は、

「そうか。タジューク王は早速求人に努めているらしいな。大いに結構。きみがカイムくんか。わたしがオビータだ」そう言うと、傍らの点滴セットを指し、

「ご覧の通り、重病人だ。先は長くない」と言った。

 カイムは、

「まだ顔色はよろしいですよ。弱気になると病気に付け込まれます」

 と言ったが、オビータは、

「わたしの、実世界での職業は医者なんだ。わたしは前立腺がんの患者だ。あちこちに転移巣もできている。長くてあとひと月だ」

 と述べた。確かに、顔色は土気色で、胸の上に出した両腕はか細い。そのオビータ先王の枕元にもネコがいた。丸くなって寝ている。

「オビータ先王陛下は、ネコをお好みなのですか?」

 カイムは訊ねた。オビータは、

「まあな。イヌも好きだが、ネコの方が大人しいので最近はこの病室にはネコを入れさせるようにしている。タジューク王は幸いネコやイヌなどの小動物を好む性質らしくて、ほっとしているよ。きみはどうかな?」

「わたしもイヌやネコは嫌いではありません」

「では、この王国の伝統を継承できるのかな。――もう聞いたと思うが、この王国には、小動物の類を大事にする慣習がある。代々の国王は動物を大事に扱って来たものだ。この王宮内にはイヌとネコくらいしかいないが、外の厩舎に行けばウマもロバもいる。ウサギなんかもいる。暇があったらかまってやってくれ」

「はい。承知いたしました」

「しかし、きみはタジューク王の甥なんだろう?」

「仰せのとおりです」

「ちょっとわたしには解せないな。わたしなら王妃を早目に娶るところだが…」

「先王さまには、お妃さまはおられなかったのですか?」

「いたよ。しかし、若くしてマラリアにやられてしまった」

「そうですか。残念な話ですね」

「うむ。再婚しようにも、側室を持とうにも、その時点でわたしは既に病魔に冒されていたからな。後継者は仕方なく外部から選んだ」

 やり取りをみていた幸男が、

「新しく生まれて来た子供って、やっぱりコンピュータ仕掛けのアヴァターなのか?」

 と訊ねた。健司は、

「最初はそうだ。しかし、王子や王女のポストを設けて公募することができる。普通はそうするみたいだな。あと、子供が生まれていなくても、王子や王女を公に募ることができるシステムなんだ」

 と答えた。

 オビータ先王は、

「きみは、タジューク王の二人目の甥なのだろう?」

 と問うた。カイムは、

「仰せのとおりです」

 と答えた。するとオビータ先王は、

「やっぱり解せないね。なぜ王子や王女を求めず、甥を二人も公募する必要がある? いや、わたしはアメリカ人なんでね、何でも分かりやすいやり方が好きなんだ」

 と独り言のように言った。

「そこは、わたくしにも分かり兼ねますが…。しかし、タジューク王の後継者候補であることには変わりありません」

 と言った。オビータは、

「きみは、王位には執着があるかね?」

 と訊いた。カイムは、

「あると言えばありますが、強くはありません。もしアバスさまの方が適任なのでしたら、アバスさまに譲っても構わない、と考えております」

 と答えた。するとオビータは、少し考え、

「これはタジューク王が決めることで、わたしがどうこう言う義理ではないが」と前置きしたうえで、「アバスくんと協議してから、タジューク王に王妃を迎えるように進言してはどうかね?」と提案した。

 カイムは、

「そうですねえ…。これはタジューク王ご自身の問題ですので、わたしどもが口を出す問題ではないようにも思いますが…」

 と言った。オビータは二、三度頷き、

「そうだ、その通りだ」と言った。「きみは、どう思う、カイムくん?」

「は?」

 オビータは一度ウインクし、

「タジューク王はゲイではないか、と思ったことはないかね?」

 昇はそれをみて大爆笑した。

「ゲンちゃんがゲイじゃないか、って訊いてるぜ」

「違うよ」嘉幸も笑いながら言った。「だって、結婚して娘がいるじゃないか」

 伸治はどう答えたものか逡巡していたが、

「今のところ、わたしにはそうはみえません」

 と答えた。

「そうかね。――タジューク王は現実世界ではどこに住んでいるのかな?」

 カイムこと伸治は返答に詰まって昇と幸男を見上げた。

「どう答えればいいと思う?」

「正直に答えればいいじゃん。本名で登録しているんだし、日本人の名前だって分かったといえば済む話だろう」

 昇はそう言った。カイムは、結局、

「日本人のように思われます」

 と言った。オビータは、

「そうか…。あの男は中々口が堅くてね、わたしと余り馴染もうともしないのだよ。現実世界での職業は高校教師だ、ということまでは聞き出したのだが…。日本人というのはあんなものかね?」

 カイムは、

「いいえ。口が軽いひとも一杯いますよ」

 と答えた。しかしオビータは、尚も、

「どうもね…、あの男には何かある。そう思えてならないんだ。わたしは、現実生活では医者だし、これまでに何百人と患者を診て来た。その経験から言うのだが、タジューク王は内心何か厄介なものを抱えているように思えてならないんだ」

 そこまで一気に話すと、「渇き」のゲージが低くなったらしく、オビータは傍らの水差しを取り上げ、グラスに一杯水を注ぐと飲み干した。

 カイムは、

「わたくしは今日この王国に来たばかりですし、まだ分からないことだらけです。タジューク王については、これからゆっくりお付き合いの仕方を考えるつもりです」

 と無難な返事をした。オビータは、

「うむ、うむ」と頷いた。「それがいいと思う。だが、覚えておいて欲しい。いまこの国は、途上国ではあるとはいえ、そこそこ繁栄している。こうした国情に持って来たのは、ほぼひとえにわたしの手腕が大きかった。わたしは医者としてだけでなく、院長として病院経営にも当たった経験があるから、そのキャリアが生きたというものさ。このゲーム、いやこの世界は、実生活でそのひとが築いて来たものが如実に反映される。それを覚えておいて欲しい。タジューク王も認識しているようだが、この国の中興の祖はわたしなのだ。わたしが来る前は、この国は表面的な政治こそ安定していたが、経済的にはひどいものだった。経済不安から、いつ革命が起こってもおかしくない状態だった。そこに産業として工業と観光を持ち込み、ジャンニ・ビハール国際空港を建設したのはわたしだ。わたしが成し遂げたものが、わずか一代で消えてしまうというのは、やはり寂しい。わたしはもうこの『キングダムズ』に参加し出して数年になるが、今回の人生が終わったら、もう抜けるつもりでいる。もう生まれては来ないつもりだ。何より、実生活の院長職が忙しくなってしまって、まとまった時間が取れないのだ。そういう事情もあるから、今回こうしてがんに罹ったのは幸運だと言っていいだろう。いいかな?」オビータは人さし指を立てた。「まず、この国にIT産業を持ち込むこと。それから、動物を大事にすること。政治は過激を避け、穏便に施すこと。それを約束して欲しい。いいかな?」

 カイムは深く頷いた。

「承知いたしました」

 オビータはわずかに微笑んで頷いた。

「よろしい。――わたしはそろそろ休むよ。もう体力ゲージが下がっている。休息が必要なんだ。眠らせて貰う」

「お休みなさいませ」

 カイムはオビータの元を去り、部屋の入り口で待機していたラビイに、

「タジューク王陛下の元へ行く」

 と告げた。ラビイは玉座まで案内する。


 靖はケルプの頭を撫でてやりながら、次の応募者の到来を待っていた。が、侍従頭のポストの応募者は中々現れなかったので、靖は果物と果実酒を運ばせ、一人で葡萄や梨を食べ、ワインを飲んだ。体力ゲージが回復してきて、「酔い」の表示も赤く灯った。

 タジューク王は手ずからケルプにも葡萄をやった。ケルプは喜んで食べる。このイヌは大人しい性質で、時おりクンクンと鼻を鳴らすほかはほとんど鳴かなかった。

 そこへ、ラビイに連れられてカイムが戻って来た。

「オビータ先王には会えたかね?」

 タジューク王は訊ねた。カイムは頷いて、

「幸い、起きておいででした。色々とこの国についてお話をお伺いしました」

 と言った。タジューク王は、苦笑交じりの顔で、

「そうか。わたしが王妃を公募しないことについて、うるさかったろう」

 と述べた。カイムは首を振り、

「いいえ、それ程ではありませんでした」と適当にその場を繕った。「この国の産業を盛んにするよう、近代化を進めるよう、盛んにおっしゃっておいででしたが」

「うむ」タジューク王は答えた。「そう言えばアバスはどこにいるのかな? 先ほど産業革命相に会いに行くようなことを言っていたが」

 と、ラビイが、

「アバスさまはただ今、お休みを取られています」

 と言った。

「そうか。ではカイムよ、アバスが起きたら早速会うがいい」

「はい。左様にいたします。――あの、わたくしはちょっと市街をみて回って来たいのですが」

「うむ、構わん。好きにするがいい」

「では、失礼いたします」

 カイムはタジューク王に対し一礼すると、御前を離れた。

 カイムこと伸治は王の執務室を出て廊下を暫く歩き、角を幾つか曲がったところでログ・アウトの手続きを取った。

「さあ、最後にお前だぞ」伸治は立ち上がりながら嘉幸に言った。「お前、英語力に自信ある?」

 嘉幸は「あんまり自信ないな」と答えると、PCデスクの前に腰を下ろした。それから、IDとパスワードを入力すると、「キングダムズ」にログ・インした。

 タジューク王からメッセージが来ており、アバスやカイムと同様にバアグスは王宮へ招かれた。


 立ち去るカイムを見届けた後、靖がここは一旦ログ・アウトしようか、という気になりかけた時、バアグスと名乗る侍従頭の候補者が来城したとの連絡があった。

「こちらへお通しして構いませんか?」

 ラビイが問うので、タジューク王は、

「うむ、早速通せ」

 と命じた。間もなく自分と同じドラヴィダ系の浅黒い顔立ちをした青年が姿を見せた。

「ジャンニ・ビハールへようこそ、バアグス」

「初めてお目通り致します、タジューク王さま」

 余り淀みのない英語が返って来た。

「この度は、きみは侍従頭のポストに応募して来た訳だが」とタジューク王は言った。「恐らくきみの仕事は、侍従たちをまとめる他に、大臣やわたしの甥、――アバスとカイムの二人がいるのだが、こういった王宮でも主要な職にある者同士の連絡係といったものになるだろう。それから、この国には少数民族が何部族もいるのだが、そういった地方からの使者との接触にも当たってもらう。直接国政には関与しないが、重要な地位だ。分かるな?」

「はい」

「それから、この王宮では動物を大事にしている。この点は、アバスやカイムに倣って欲しい。それが分かってくれれば、問題ない」

「承知つかまつりました」

「給金は月二千五百ペカーリ出そう。それで如何かな?」

「充分でございます」

「よし。汝バアグスは今日からこの城での侍従頭だ」


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