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翌日、朝のホームルームが終わると、早速昇、伸治、健司の三人は雁首揃えて協議した。
「おれさ、昨日半分徹夜したんだよね」
健司は眠そうな顔で言った。
「それにしては珍しく遅刻しなかったじゃん」
昇が指摘すると、
「うん。セルウィン王国のこと、真っ先に知らせようと思ってさ」
「おれも昨日、『お試し』コースで入ったぜ」
と伸治も言った。
「で、どうだったんだよ?」
昇は顔じゅう耳にして二人の言葉を待っている。
「おれは、セルウィン王国には、とりあえず路上音楽家ってことで入ったんだ」
健司が言う。健司はどこか「アーティスト」志向が強いのだ。
「路上音楽家? おれは、役人ということで入ったけどな」
伸治は言った。健司は、
「あちこち回ってひとに訊いたんだけど、あのセルウィン王国っていうのは政治的には安定しているみたいだな」
という。伸治も、
「うんうん。ゲンちゃん、タジューク王ってハンドルで登録しているらしいけど、みんないい王様だ、みたいなことしか言わなかったな。――最近らしいよ、代替わりしたのは。それまでの――オ…オビータ王とかいう先代の王様もいい政治をしていたらしいけど、それを継いで善政を布いているらしい」
「へえ。意外だな」昇は言った。「おれも昨日登録しようか迷ったんだけどさ、結局できなかったよ。うち、PCは姉貴と共有だもんで…」
「それでさ」と伸治は言葉を継いだ。「ゲンちゃん、どうやら動物をかわいがってるらしいんだよね」
「動物?」
「そう。イヌとかネコとか」
「あー、そうそう。おれも聞いた聞いた」健司は言った。「おれの英語力だから、アテになんないと思って聞き流していたんだけど、確かそんなこと言ってるひとがいたよな」
健司は昇をみて、
「お前も入れるじゃん」
と言った。
「え? おれ? おれはちょっとなあ…」昇は言葉を濁した。「姉貴うるせえんだよな。自分の方が年が上でいい大学に入ったからって、PC独占しやがるの。おれがPCの前にいると、必ず追い出しにかかるんだよね」
「ダメだ、入れよ」伸治も昇に言った。「大体、言い出したのはお前だろ?」
「そうだよ」健司も同調した。「お前が言い出したことじゃないか。何でもいいから、とにかく入れよ」
「うん…」昇は頭を掻いた。「じゃあ仕方ねえな、入るだけ入るか」
「そうだよ。動物でもOKだし、ゲンちゃんは動物をかわいがるらしいから、上手くすると王宮に入れるぜ」
「で? その…タ…何とか王が確かにゲンちゃんだって確認は取ったのか?」
昇は訊ねた。
「ダメダメ。それをやるには、実際に王宮に入って本人に会わないと詳しいプロフィールがみられない」
「簡単なプロフィールなら、セルウィン王国のプロフィールをみた時に、首長の簡単なプロフィールがみられるんだけど」健司はそこで口元を押さえて笑いをこらえた。「セルウィン王国の王様って、黒人なんだよね」
「ええ? 黒人? 奴隷王朝みたいの?」
「違うって」伸治が言った。「ああいうの…インド系っていうのかな。色は浅黒いんだけど、髭が生えてて、眉が濃くて、目が大きいの。何系って言ったかな、ああいうの」
「雰囲気は分かった」昇はにやにや笑って言った。「要するに日本人じゃない、ってことだな」
「そう。あのゲンちゃんとは思えない」
「で、その王国ってどこにあるの?」
「インドの真ん中辺り」
「じゃ、そんなルックスの王様でもぴったりじゃん。王国の位置に合わせて選んだんじゃねえの?」
健司は肩を竦めた。
「そこまでは分からねえな。大体、王位継承者を公募している国ってあんまり多くないし」
「公募? 就職試験みたいのがある訳?」
昇は訊ねた。伸治は、
「そう。セルウィン王国では、今は、侍従頭とか、王族の応募をしていたな」
「じゃ、仮におれが動物になって入れば、おれも応募できる訳か?」
「いや、動物は公募では選べないんだ。ペットの場合は、とりあえず誰かに飼われて、それから召し上げられる、って形で王宮に入ることになるらしい」
「なあんだ」昇は落胆した。「あのゲームって、寿命とか病気とかあるんだろ? よっぽど運がよくなきゃ、王宮にも入れないどころか野良のままで野垂れ死にすることだってあるじゃん」
そこまで話したところで、公民の教師が入って来て、
「こらあ。席に着け。もう授業始まってるんだぞ」
と怒鳴ったので、三人は散った。
体育ではプール授業が始まった。それだけがこの学校の学課での楽しみだ。水泳授業を受けていて感じるものは、全身で受ける熱い風だ。そろそろ夏が近いという期待感。実際は夏休みになっても予備校とかがあるので遊べるとは限らないのだが、夏休みに入る、というだけで「自由」の匂いが存分に嗅ぎ取れるのだ。
「あー、ここが共学だったらなあ」
伸治がワイシャツを脱ぎながら言った。蛍光灯が灯る薄暗い着替え室にはビート板やらコース・ロープやらが乱雑に置かれている。
「でもさ、水泳は楽しめるからまだいいよな。こないだみたいに、炎天下四百メートル走をやらされるよりはずっとマシじゃん」
昇はゴーグルを取り出しながら言う。
「ああ、水泳かあ」嘉幸は元気がない。「おれ、泳げないんだよね…」
「大丈夫だいじょうぶ」昇は嘉幸の背中を叩いて言った。「水泳部のやつにでも教えて貰えばすぐに泳げるって。案外簡単だぜ。おれだって泳げるようになったの、中三になってからだったし」
「そうかなあ…」嘉幸は尚不安そうだ。「ビート板使っても、身体が浮かないんだよね」
「ビート板なんか要らないって」昇は言った。「兎に角プール授業は解放感に浸れるから最高だぜ」
初日は、皆がどれだけ泳げるのかをみるから、と言って、体育教師の森屋は名前順に呼んで八コースに並ばせ、泳がせた。
昇は自由形と平泳ぎで何とか二十五メートルは行ける。伸治は自由形は苦手らしいが、平泳ぎなら五十くらい泳げると話していた。健司は小学校の高学年までスイミング・スクールに通っていたとかで、自由形や平泳ぎはおろか、背泳ぎやバタフライまで四泳法全てこなせる。
暑い教室の中に詰め込まれて知識の詰め込みを受けた後では、確かに冷たい水に全身で触れられる授業は楽しいものだ。
ひと泳ぎした昇が暑く焼けたプール・サイドでひと休みしていると、傍らに伸治が来た。
「おい」伸治は小声で言った。「竹下にも話、してみたぜ」
「ええ?」昇は驚いた。「もう?」
「ああ。あいつん家、割とおれん家と近いんだよね。それで、お前からも推薦があったし、どうかな、と思ってさ」
昇は吹き出した。
「この水泳授業の中で、いつ話す時間があるんだよ。水の中でどうやって話せた訳?」
「さっき竹下がプール・サイドでボンヤリしてたからさ、それに森屋が霜田にコーチしてたんで、うまく目を盗んで持ち掛けた」
「で、どうだって?」
「うん、ゲンちゃんが『キングダムズ』に入ってることを教えたら驚いてた。おれたちが包囲網を作ろうとしていることも教えたら、もっと驚いてた。興味はあるみたいだったな」
「そうか。で、引き込めそうか?」
昇が問うと、伸治は難しい顔をした。
「うーん」という。「そこが、まだ分からないんだよね」
「どうして?」
「月三百円からでもOKだから、って言っても、中々うん、って言わないんだ。とりあえず、放課後一緒にマックに集まろう、とは言っといた」
「そうか」
「お前、野中に声掛けといてくれよ」伸治は言った。「おれが竹下に声を掛けたことも、お前に野中を引き込ませようとしていることも、健司は知ってるから大丈夫」
「分かった」昇は言った。「ところでさ」
「なに?」
「あの子も入れられないかな」
「ああ、あの健司の彼女?」
伸治は気のない顔で言った。昇は慌てて、
「彼女じゃねえだろう。単なるお友だちだろう」
と言った。そう言って極め付けることで自らの気持ちを落ち着かせたい感情も働いて、昇の口調はついきつくなった。
「まあ、どっちでもいいけどさ」伸治は言った。「それは、健司次第だよな」
森屋が「坂口、どこ行った」と呼んだ。じゃな、と言って手を振り、伸治は去って行った。
六時限目の物理の授業前、昇は嘉幸の席に行った。
「おい、嘉幸」
昇が小声で話しかけると、教科書に目を落としていた嘉幸は、
「なに?」
と昇の方を向いた。
「ちょっとおれたちで計画してることがあるんだけどさ、放課後駅前のマックに寄れねえ?」
「計画って、どんな?」
昇は嘉幸の耳元に口を寄せた。
「ゲンちゃんが『キングダムズ』にハマってるらしい、ってことは知ってるだろ? 実はさ、おれたちでも『キングダムズ』に入って、ゲンちゃんを包囲しよう、って話し合ってんだ」
昇がそう言うと、嘉幸は笑みを浮かべた。
「そりゃ、面白そうだなあ」
「で、その相談をするのに、今日の放課後、マックに集まって話をしよう、ってんだけど。お前、来られる?」
「いいよ。行ける」
嘉幸も昇と同様、自転車通学だ。嘉幸は、
「で、他に誰がいるの?」
と訊ねた。
「とりあえず、おれと伸治、健司、それと幸男にも声を掛けた」
「幸男って、竹下?」
「そう。――あと、もしかしたら健司の友だちの女の子も入るかも知れねえ」
「そうなんだ」嘉幸は少し考えた。「でも、『キングダムズ』ってクレジット・カードが必要だ、って聞いたけど」
昇は首を振った。
「大丈夫、口座引き落としのサーヴィスもあるから」教師が教室に入って来た。昇は、「じゃ、後でな」と言うと自分の席に戻った。
ホームルームが終わり、訓示が済むと、健司や伸治は自然に昇の席の周りに集まって来た。それをみて幸男と嘉幸もやって来た。
「じゃ、行きますか」
昇はぐるりを見回して言った。昇はわくわくしていた。こんな気分になるのは、小学生の時分に学校の裏山に秘密基地を作ったりして遊んでいた頃以来ではなかろうか。
「行きましょう」
伸治が応じた。
「よし」
鞄を持って昇は立ち上がった。五人はぞろぞろと廊下を歩いた。
「それで」と幸男が口を開いた。「誰か、もう『キングダムズ』には入ってみたの?」
「おれと、伸治が入ってる」
健司は言った。
それみろ、と昇は伸治の顔をみた。幸男にはこういう鋭い目があるのだ。
「ふうん」幸男は言った。「で、その、源田が治めてる、何てったっけ、ええと」
「セルウィン王国」
「そう、その王国の様子も確かめたの?」
「ああ。それがさ、案外落ち着いた国なんだよ」伸治が言った。「クーデターも革命も、ゲンちゃんが王様の間なら起こりっこないね」
「それで、そうやって源田の王国に入って、最終的には何が目的なの?」
幸男は飽くまでもキレるヤツならではの質問をかまして来る。
その質問には伸治も健司も黙り込んだ。そこで昇は、
「まあ、ゲンちゃんの弱みでも握れたらめっけもんかな、って感じかな」と言った。「とりあえずはゲンちゃんがどうやって統治しているのかをみて、それから隙があったら革命運動でも起こすか、って感じ」
「なるほどね」幸男は頷いた。「だけど、結構カネ掛かるんだろ?」
「月々三百円から」
「ああそう」幸男は簡単に頷いた。「それなら出せるかな」
「最終的には、やっぱりゲンちゃんの弱み…、って言うか、裏の顔っつうか、そんなものでもみられたらいいかな、ってノリでやってんだけど。あの堅物のオッサンが裏でどういう生活を送ってるか。もしかしたらハーレムでも作ってるかも知れねえ」
うんうん、と幸男は頷いた。
昇と嘉幸と幸男の三人は自転車を押して歩く。駅前までは歩いて十二、三分ほどだ。三人は自転車を並べておくと、伸治、健司と共にマクドナルドに入った。
「おれ、腹減っちゃった。水泳の後って腹が空くんだよね」
という伸治はダブルクォーターパウンダー・チーズなるものとポテト、それにコークのLを注文し、それに同意した健司も、ビッグマックとホットアップルパイとジンジャーエールを注文した。昇は控え目にハンバーガーとコークのM、嘉幸はてりやきマックバーガーにマックシェイクのチョコレートをオーダーした。幸男は、と昇がみると、カフェモカのMサイズだけを注文していた。
五人は二階席に移った。今日は時間が早いせいか割と空いていて、二人用テーブルを二つ並べて何とか五人座れるスペースを作った。
五人は顔を並べると、まずめいめい飲み物を飲んだ。喉の渇きが癒えると、健司がポケットから煙草を出した。マルボロのメンソール・ライトだった。
「吸おうぜ」
健司は五人に一本ずつ配った。嘉幸は、最初、
「ぼくはいいよ」
と抵抗感を示していたが、昇が、
「ここでは吸えよ。一本くらい何てことねえだろう」
と言うと渋々受け取った。幸男は何も言わず受け取り、案外落ち着いた手つきで火を付けた。
「お前、煙草吸うの?」
意外そうな顔をする健司に訊かれて、幸男は、
「うん、時どき親父に貰ってるから…」
と答えた。
「それで」と昇はハンバーガーを一口食べてから言った。「まずは、役割分担を決めねえとな」
「その前に」と伸治は言った。「みんな、自分のPC持ってるよな?」
昇は肩を竦めた。
「おれは、あるようなないような、あってないようなもんだな」
嘉幸は、
「ぼくは親父のお下がりを貰って使ってる」
と答えた。健司が、
「もちろん、ウェブにはつながるよな?」
と確認すると、
「うん。無線LANを入れてあるから、大丈夫」
と答えた。健司は、
「おれと伸治は問題ない、と」
と言って幸男の顔をみた。伸治も幸男をみて、
「お前、PC持ってるの?」
と訊いた。幸男は、うん、と頷いたが、
「でも、家族で共用なんだ」
と言った。健司は、
「えーっ」
と言い、信じられない、といった顔付きをした。昇は、
「おまえん家、何人家族?」
と訊いた。幸男は、
「五人。おれと、兄貴と、親父とお袋と爺ちゃん」
と答える。健司は、
「五人で共有かあ。そりゃキツいなあ」
と言った。昇が、
「兄貴って何やってんの?」
と訊くと、幸男は、
「大学生。成蹊大に通ってる」
と言った。伸治は、
「そもそも、おれたち話すのって初めてに近くね? 幸男の親父さんって、何やってんの?」
と二本目の煙草を箱からだしながら問うた。幸男は、
「うち、豆腐屋なんだよね」
と答えた。
「豆腐屋かあ」伸治は大きな声を上げた。「家、どこ?」
「三上町。イオンの裏手」
伸治は、
「あ、じゃ、ウチの近くだわ」と言った。「一日、何時間くらいPC使える?」
「そうだなあ」幸男はコーヒーを飲みながら答える。「長くて一時間半くらいかな。親父は、兄貴の研究を優先しろ、っていうから、そんなに長くは使えない」
「一時間半かあ」
「そりゃ厳しいなあ」
すると、伸治は、
「おれ、今手元に二台PCあるんだわ。一台使ってないノーパがある。幸男ん家っておれんちの近くらしいし、貸してやってもいいよ」
と言ったが、幸男は、
「そんな、パソコン借りて帰ったりしたら、親父にどんな目に遭わされるか分かんないよ」
と断った。伸治はちょっと考えたが、
「じゃあお前、おれんち遊びに来いよ。それでPC使わせてやるよ。それでどうだ?」
すると幸男は、
「んまあそれならお言葉に甘えるけど、おれ、英語部の活動があるんだよね」
という。昇は、
「活動って週何回よ?」
と訊いた。
「月水金」
「何時まで?」
「えーと、大体放課後から六時ごろまでかな」
「じゃ、その後ウチに来いよ」伸治は言った。「まあ、英語部のヤツが参加してくれるならこんないい話はないよな」
「やっぱり『キングダムズ』って英語なの?」
「うん。部分的に日本語が使えるところもあるけど、ユーザー同士の会話は基本英語だな」
「そうか。なるほどね」
「じゃ、役割の分担を決めようぜ」昇は言った。「大体、王国の姿も大雑把につかめたし、誰が何の役をやるのか」
「それ、やっぱりひと月にいくら使えるのか、ってことが問題になるよね」
「そうだな」
「まず、伸治と健司は除外して」昇は言った。「おれと嘉幸と幸男の三人は基本的にビンボー人と考えてさ」
「王宮に入るには、少なくとも月千五百円から二千円くらいは必要だな」
健司が言った。
「ぼく、月三千円くらいなら使ってもいいよ」
嘉幸はそう言った。
「お前ん家もサラリーマンだろ」昇は言う。「どうしておれとそんなに違うのかね?」
「どこの会社?」
伸治が嘉幸に問うた。嘉幸は、朝日生命だと言った。
「幸男はどうよ?」
昇が訊ねると、幸男は頭を掻いて、
「おれもやっぱり月三百円コースだな」という。「月三百円だと、何になれるの?」
「動物だよ。ペット。それか、奴隷みたいな仕事か、小学生くらいかな」
昇は言った。
「え? ペットか奴隷か小学生?」幸男は笑った。「それじゃあ何も出来ないじゃないか」
「いやいや」と健司は言う。「それがさ、問題のセルウィン王国にちょっと探りを入れてみたんだけど、ゲンちゃん、小動物を可愛がる癖があるみたいなんだ。全国からペットを集めてる、って話だぜ」
「そうか。それじゃあ、うまくすると宮殿に入れるかも知れない訳だな」
幸男は事情を呑み込んだようだった。
「そ」昇は言った。「おれもペットでいいや。それ以上はムリ。何とかして、死んじまう前にゲンちゃんの寵愛を受けるようにならないとな」
すると幸男は、
「じゃあ、おれと脇田はペット役、と。しかも、何か特徴がないと困るな。際立った特徴がないと、源田には拾って貰えないだろ? それで、番いだという設定にして、二人一組で活動した方がいい」
と提案した。昇は、健司に、
「おい、ペットって何ができるんだ?」
と問うた。健司は首を傾げたが、伸治は、
「ペットってのは、大抵英語ができない人間がなるもんらしいな」と答えた。「それから、ペットの大方は『キングダムズ』のコンピュータ・システムが作り上げた、本物のヴァーチャル・ペットだな。大体、ペットになるような人間は、カネがない、というより、英語圏以外の出身で、これまで英語力不足のせいで入りたくても『キングダムズ』に入れなかった人間にも参加できるようにしよう、というサーヴィス拡充の一環で試験的に始めたことらしい。英語ができてカネがないヤツは、大抵奴隷みたいのになる」
昇は、
「じゃあ、何だ、ペットは何も喋らないのか?」
と訊ねた。健司は、
「おれがこれまで出会ったペットは、頭を撫でてやっても、『Arf』だとか『Bowwow』とか『Meow』しか鳴かなかった。中にはドイツ語みたいな言葉で鳴いてるイヌもいたぜ」
と言った。伸治は、
「せいぜい腹が減ったらひとに近付いて行って尻尾を振る訳さ。その程度が関の山だな」
と説明する。
「ずいぶんプライドを傷つけられる地位だな」昇は憮然とした。「ま、ペットじゃ人間に媚を売るぐらいしか能がないのか」
が、幸男は冷静に、
「じゃあ、喋るペットっていないのか?」
と問うた。
「え? 喋るペット?」
四人とも口を開けて幸男をみた。
「そうさ」幸男は言った。「バリバリ英語を喋れるペットがいたら、話題になるんじゃないか?」
四人とも唖然として幸男をみていたが、昇は不意にバシンと幸男の肩を叩き、
「お前、冴えてるじゃん!」と言った。「サイコーだぜ。だから、言ったろ、幸男を入れれば上手く行く、って」
伸治は腕組みをして、
「なるほどねえ」
と頻りに頷いている。嘉幸は相変わらず口をぽかんと開けて幸男をみていた。健司はうんうん、と言ってから、戸惑いを隠すかのように煙草を一本箱から出した。
「確かにな」昇は言った。「喋るイヌなんてのがいたら、きっと国中で話題になるに決まってら」
「それじゃあ、おれと幸男はペットで決まり、と。――おれは何も言わないことにするよ。おれ、英語苦手だもんね。ボロが出たら困るし。幸男、お前喋ってくれ。行動は二人一緒でいいから」
「それじゃあ、ネコだな」と幸男は言った。「イヌだとどうしてもワンワン吠えないといけないからな。ネコなら何も鳴かなくてもそれ程不自然さがない」
「それで行こう」
昇は即答した。
「じゃあ、残りのぼくたちは?」嘉幸が言った。「どんな役をやればいいのかな?」
「そうだな、まずもう一回おれん家か伸治ん家に集まろうや」健司は言った。「一体今、どういうポストに空きがあるのか、確かめてから考えよう」
「それから、『お試し』コースは止めて、入会の手続きを取ろう」伸治も言った。「『お試し』コースは十五日間しか利用できないし、使える機能にも制限があるからな」
「よっしゃ」昇は言った。「次、いつ集まる?」
「またウチに集まるなら、次の土曜の午後か日曜だな」
健司が言った。
「今週の土曜の午後、空いてないヤツいるか?」
昇は訊ねた。誰も返事をしなかった。
「よし、じゃあ決まりだな」
「みんな、銀行の通帳かキャッシュ・カードを持って来ること。契約に必要だからな」
「親には何て言おう?」
嘉幸が落ち着かなげに言った。
「そんなの、期末考査の準備であつまるから、とでも言っておけば済むだろうに」
昇は言い切った。それから健司に向き直り、
「ところでさ」と言った。「この間の、あの、夏目さんだっけ、あの子も連れて来てよ」
「ああ、美智子ちゃんか」健司はジンジャーエールの残りを飲みながら言う。「訊いてみるよ。興味ありそうだったら呼ぶ」
「そう言わず」昇はしつこく言った。「あの王様、まだ未婚なんじゃねえの? 王妃が必要なんじゃね?」
「ああ、それもそうだな」健司は言った。「まさか、おれたちの中から王妃役を出す訳には行かねえもんな。分かった。美智子ちゃんじゃない他の子になるかも知れないけど、とりあえず声かけとく」
さて、いつも受験対策授業が行われる土曜日の放課後、五人は集まってぞろぞろと十キロほどの道を歩いて健司の家に向かった。健司の家に行くには、本当は駅から電車に乗るのが一番の早道なのだが、自転車で通学している者が三人もいるし、嘉幸と幸男は健司の家を知らない。五人は暑い中、コンビニで買ったアイスを食べながらだらだら歩いた。昇がみると、サーブは車庫にあったが、ボルボはなかった。五人が一度に入っても尚玄関には余裕があった。幸男はもの珍しそうにあちこち見回している。
「あらあら、皆さんお揃いで」
健司の母親が顔を出した。綺麗なひとで、確り化粧している。五人はとりあえず食堂に通された。健司の家はキッチンと食堂が別になっている。五人は健司の母が用意してくれたフレンチ・トーストとハム・エッグとソーセージを食べ、コーヒーを飲んだ。
簡単な食事が済むと、五人は二階にある健司の居室に向かった。今度は皆無駄話はせず、健司はPCを起動した。早速「キングダムズ」に接続する。
「まず、おれが『お試し』コースでログ・インするから」
健司は言いながら手を動かした。すぐにセルウィン王国の首都ビリングの陋巷がウインドウに現れた。
「お前、この街で何やってんの?」
昇が問うと、健司は得意気に、
「流しのギター弾き」
と言った。なるほど、「ジョニー」というハンドルで登録している健司はギターを抱えており、むさ苦しい街角に立ってギターを弾きながら何やら歌っている。昇が、吹き出しに現れる歌詞をよく読むと、それは「ホテル・カリフォルニア」だった。大概の市民は無視して通り過ぎて行くが、中には五ペカーリ、あるいは十ペカーリの貨幣をギター・ケースの中に放り込んで行く者もいた。
「お前、こんなので稼ぎになる訳?」
伸治が問うた。健司は首を振った。
「何時間かやっても、一日分の稼ぎより、宿代の方が高いんだよね」
健司は続いて、隅のボタンをクリックし、セルウィン王国のプロフィールを出した。ポリゴンで表したような、現国王タジュークの顔が出る。普段の源田の印象とそ全くぐわないその顔をみて、五人は取り敢えず大笑いした。
「これがゲンちゃんかよ」
「日焼けして真っ黒だぜ」
「これ、ドラヴィダ系の顔だな」
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