子供に好かれる体質だったか?
ヴェロニカに引っ張られる形で移動したのは、子供たちが遊び場として集まる広場だった。場所は丁度、民家が集まる中心地。といっても、ここは辺境の地だ。広場の中央に大きな噴水が…といったものはなく、地面が整備されているだけの、いい言葉で言えば「大変素晴らしく見通しの良い場所」である。もちろん、この場所が必要のない場所だと思うわけではない。領主がいらした際、領民が集まる集会場としても使われるし、祭りごとの際に出店となる小さな露店の設置場所としても活躍している。住民全員が集まれる場所というは、必要ではあるのだ。まあ、そういった大掛かりなことに使われるのは年に数回と少ないため、普段は子供たちの遊び場として使われているわけである。町の中心だから子供達が森の奥にいく心配も減るうえに、町の人達とはほぼ全員といっていいぐらいに顔見知りだ。監視のしやすさからも、広場で遊ぶことを禁止することはなかった。
そして、そんな場所に集まった子供たちが遊ぶことといえば。体力勝負の実力社会…もとい、身体を動かして遊ぶ鬼ごっこやかくれんぼ、騎士道の真似等が大人気であったりする。それはもう、男女関係なく皆で遊ぶのだ。しかも、2、3人で始めたはずの鬼ごっこは、いつの間にか10人や20人に増えていることなど常である。見かければ「オレもやるぞー!」「わたしもやりたーい!」といって普通に合流していく光景は、ある意味不思議なものである。貴族社会など、身分によっては同い年でも仲良くなれないし、同じ身分であってもお互いを牽制するため、幼少期のことから政治やら戦略などの知識、貴族としての振る舞いなどありとあらゆるものを詰め込まれていく。純粋に『遊んで、食べて、寝る』だけの日常を送ることすらできない時点で、他人と快く受け入れるという心根は淘汰されているようなものだから、致し方ないのかもしれないが。
とはいえ、流石に子供の浅い知識だけで魔法を使う、というのは危険であると重々承知しているのか、適正がある者も遊び半分で使うことはない。つまり、子どもたちの遊びの基本的は体力勝負、といったところか。リアは勿論、自分と違い、身体を動かすことが好きな方であるヴェロニカも父譲りの運動神経は勿論、自分より体力はある方なので、身体を動かす遊びを喜んで楽しむことができるだろう。しかし、ここで一つ問題がある。ヴェロニカがやろうと言っていたかくれんぼ。実はこれ、隠れる場所が広場だけとは限らない(というか広場だけだと絶対無理なのだが)。そう、小さな町であるためか子供たちの中では町全体が隠れる場所、つまり辺境の地とはいえ町一つ分が索敵範囲となるわけである。これだけで何が言いたいのか、わかる人にはわかってもらえると思うが、敢えてはっきり言おう。
―――オレの体力のなさを舐めるなと。
別に、走って探す必要性は本来なら全くない。隠れている相手を虱潰しにして探すだけで、制限時間というものは存在しないのだから、その考えは間違ってはいない。だが、そんな世間一般の常識となりえないのが、辛抱強くいられる卓越した精神を持っていない子供社会なのだ。まあ、何が言いたいかというと。
「ラルクー!いつになったら見つけにくるのさー!!」
「おせぇぞ!どこ探してんだよ!」
「ねえー!なにしてるのよ!?」
こういう状況に陥るのである。子供は辛抱や我慢といったことよりも新しいことに興味を惹かれるもので、早く見つけてもらい、そして次の遊びをしたいという意欲が有り余るほど持っている。そんな連中を相手にしている時点で、こうした一般常識的は、最早無に等しい。というか、知らぬ間に新しいルールが追加されていることもあれば、それを数日では全員に浸透しているという。なんでもありすぎて恐ろしいな、子供社会。
安定の体力のなさにより、早々に戦線離脱し座り込んでいる鬼に対し、この容赦ない追い打ちは流石としか言いようがない。ヴェロニカに至っては、「おねえちゃん、大丈夫?」と酷く心配しているが。大丈夫の意思表示を込めて頭を撫でてやるものの、疲労は声を出すのも億劫なほど蓄積されている。結局、自分の代わりにリアが鬼役をやることになったのだが、まあそこは彼女だというべきか。代わって数分も経たぬうちに全員見つけ出し、子供達からの評価は上がっていた。一応言っておくが、どこが隠れやすいか、隠れるなら何人か。そういった予測はできるため、数人は見つけることはできているのだ。それについていける体力がないんじゃ意味がないと、気付かされただけなのだ、と。
「……相変わらず、元気だよな。子供って」
木陰で休憩しながら、広場で元気よく駆けずり回る、見知った子供たちの姿にもう感嘆の言葉しかでない。「子供は元気が一番!」という父親の言葉を思い出すほどに、有り余る体力は称賛していいと思う。巻き込まれた大人も含めて。
「ラルクは体力がなさすぎるのよ。本ばっかじゃなくて、1ヶ月ぐらい毎日外で走れば、バテないのに」
「…頭を使う方が得意なんだよ、オレは」
「ラルクをリアのようなノウキンと一緒にするなんて、烏滸がましいですわよ」
「だから、なんで一々ホスが突っかかってくるのよ!それに、ホスだって昔はラルクとどっこいどっこいだったじゃない」
「商人は品物を仕入れる際、自分の目で見て決めるものですわ。品質のより良く、そしてできるだけ安く仕入れる。数字に強いだけでは意味がないですわ」
「ふーん。つまり少しは鍛えてるってことなのね。その割には、ラルクより少し長かっただけだと思うけど~?」
「まあ、ノウキンであるリアには、半分も理解できないでしょうけれど。そのような解釈で十二分ですわ」
「だから!なんで一言二言多いのよ!!」
どっちも、元気有り余ってるようにしか見えないのだが。
という言葉を静かに飲み込みながら、ほかの子供たちと楽しそうに遊んでいるヴェロニカを見やる。自身のリタイアに心配し付き添ってはいたのだが、ヴェロニカは自分と違い遊びたい年頃だ(俺も該当してるだと?知らん)。どこにもいかないから、気にせず遊んで来い、と言って遊ばせている。時折こちらに視線をくれるが、やはり遊ぶ楽しさには勝てないのだろう。走り回る姿は本当に楽しそうでよかったと思えた。
「ったく、なんで毎回くだらないことで口喧嘩しなくちゃならないのよ」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」
「……はあ。いい加減やめとけって、二人とも」
ラルクが言うなら。そういうかのように黙る二人に若干呆れつつも、素直に聞いてくれるところはありがたい。これ以上続ける場合は放置しようと思うぐらいには、疲弊しているのだから。
「………そういえば、もうすぐ収穫祭ね」
「…ああ、もうそんな時期か」
やっと落ち着けるようになり、元気いっぱいはしゃぐ子供たちと妹を眺めていたとき、ポツリと零れたリアの口から零れた言葉。この町では年に一度「収穫祭」という大きくもなく小さくもない、賑やかな祭りを行うという、町全体を挙げた祭ごとがある。来年無事に収穫できることを祈るとともに、今年無事収穫できたことを感謝するといった祭りである。話によると、この祭りを始めてからこの町では活気溢れるようになったようで、豊作が続くのだという。この地特産である果物の収穫は特にいいらしく、王都でも需要高く買い取りても多いと聞く。それもこれも、何代か前の領主がこの地で育てられる作物は何かないかと自ら足を運び、土の性質や水に含まれる成分、年間の気温の変化などを調べ上げ、それにあった作物をわざわざ他国から取り寄せたのだという。領民を思い遣り、尽力したといわれる歴代領主のその姿勢を、今代領主もしっかりと受け継いでいるようで、ここの町の人たちはみな領主には日々感謝しているとか。
(まさに、天と地ほどの差だな)
むしろ、自分なんかと比べるほうがおかしいのだろう。民のことを道具としか見ず、自分たちの私利私欲を満たすために傍若にふるまい続けた結果、民から嫌悪、憎悪を抱かれ、報復されるほどのことをし続けた者。身を扮してまで民のために行動し続けた結果、慕われている者。どちらに付いていきたいかなど、聞くほうが野暮というものだ。一応前者についてきた者もいたが、だいたいが甘い汁のお裾分けを狙って集まった連中だけだった。似たものが集まるというが、まさにそれだったのだろう。
「今年の収穫祭は100回目と区切りがいいとして、盛大にやるそうですわ。それに、領主様自らいらっしゃるとか」
「あ、それ私も聞いた。うちの父さんも騎士団として警護につくっていってたし」
「俺の親父も、人手が足りないから護衛に加われと言われたらしい。なんでも、『やめたとはいえ、元団長だった腕を生かせ』、と」
「まあ、そうでしたの」
「でも、なーんか不思議なのよね~」
「何が不思議ですの?」
「だって、領主様って結構なお抱え騎士がいるって父さん言ってたのよ。なのに、人手が足りないなんておかしいと思わない?」
その話は、自分も父から聞いた話だった。なんでも、領主様は昔王都で色々と活躍したのち、あとは若者に新しい時代を任せるとして領地に戻ってきたのだとか。その際、王都で残した功績や人柄から現王には大層気に入られ、また剣術や魔法にも優れていたために騎士団たちと交流を深めており、自分が領地に引きこもる際、同じく現役を引退した騎士たちがこぞってついてきたのだとか。本来なら辺境の地とはいえ一領地に多くの兵力を流れさせるというのは、多くの貴族たちから反感を買う恐れもあったそうなのだが、領主様自身の人柄を知っている者たちは、そんなことはしないだろうと判断し、数名の騎士たちを連れるとことを許したのだとか(ちなみに、その中の騎士の一人は父であり、王都で出会ったテルマと結婚するにあたって引退をすることを選び、領主様と仲が良かったためにこの地にやってきたのだとか)。今でも現王とは友人のような関係であるらしく、引退してもなお時折王都に呼ばれることもあるようだ。つまり、領主様のお抱え騎士は現役を引退したとはいえ、王の近くで働いていた者たちが多いはず。数名は領地を守る者として領主様の傍ではなく、町に移り住んではいるが、それでも十何名かはいるはずである。わざわざ父やリアのお父様を呼ぶ必要はないはずだ。リアが不思議と思うのにも頷ける。
「リア…ど、どうしたのですか?まさか変なモノでもお食べになったのです?だからあれほど、『落ちているものを拾って食べてはいけません』と申したでしょう!!」
「食べるわけないでしょ!アンタ私を何だと思ってるのよ!!」
「いいえ、そんなわけありませんわ!リアがこんなにも頭が回っているなんて、可笑しいと疑わない方がおかしいですわ!」
何故か話が脱線していく二人を余所に、どうしてそんなことになったのだろうかと考えてみる。
(領主様以外に、別の誰かがくる…?)
領主様だけなら、いつもと変わらない人数で事足りるはずだ。だがそれが足りなくなるということは、護衛対象が増える可能性だ。
(辺境とはいえ、爵位は伯爵だ。そんな人と仲が良く、この地に訪問してくるとなると…古くからの知人か、伯爵より高い身分の…)
100回目という区切りがいいとして、今年はいつもり盛大に行うとされる収穫祭。それを見に招待、もしくは頼まれてやってくる相手。侯爵、公爵、あるいはもっと高位の―――。
(…もう、自分には関係ないだろ)
引っ張られていた思考と、途中で切った。今更そんな詮索をしたとして自分にはなんの意味もないからだ。今や平民。多くいる民の一人として生を受けている時点で、そちらの世界と関わることなど早々ないのだ。将来、祖父と同じく王都に住まうことになったとしても、貴族としてのしがらみはない。それこそ、研究員の一人として、魔法の研究に勤しみ、静かに生涯を終えるつもりでいる者が、考えるだけ無駄だ。今のラルク・エーデルハルトには。
「ラルクもきっとそう思いますわ!リアがここまで頭が回るなんて、体調不良以外ありませんもの!!」
「思うわけないでしょ!?ちょっと、ラルクなんとか言ってやって!」
「……さすがにリアは拾い食いはしないだろ」
「ほーら!言ったじゃない」
「つまみ食いはするだろうけど」
「え?ラルクなんで知ってるの!?」
「…してんのかよ」
「…してるのですね」
「はっ!は、謀ったわね二人とも!!」
酷いと言いながら軽い力で自分とホスを叩くリアに、笑いながら二人で冗談だって、という。
そんな、平凡で日常なこの生活が、今いる場所なのだと。
ただ一人、心の中でそう思っていた。
大聖堂教会で静かに隠居したい 凪月夜 蒼志 @soushi_1206
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