妹は、大変手強い子に育ってます 2
「あ、出てきた。ってあれ?ヴェロニカちゃんも一緒?」
「一緒に遊びたいらしい…」
「ふふ、ヴェロニカちゃんはお姉ちゃんが大好ですものね」
「うん!おねえちゃんがいちばん大すき!」
瞬間、思わず眉間を中央へと僅かに寄せてしまった。一番、なんて言葉をつけないでくれ、とはいえない。言ったら間違いなくヴェロニカは泣き始める。流石に妹を泣かせたくはない。しかし、こういった発言をされると、今度は父親が煩い。というか、面倒になるのが目に見えている。とくに、『大すき!』なんて言葉を、満面の笑みを浮かべて言ったとする。それが父親に向かって言ったのなら、それはもう、視界に入れたくないほどにだらしない姿が見れただろう。それはそれで面倒だが、二人だけで完結できるのだから、平和だと思う。寧ろ自分はいらないから退散させてもらおう、喜んで。だが、それが別の人物に向けられたら?考えるだけで頭痛が起きるのは、最早病気かも知れない。せめてもう少し、周りに気を遣って言葉を選んで欲しいと思うが、まだ3歳児。中々に難しいものである。
「なにして遊びたいって?」
「はあ…かくれんぼ、だそうだ」
「かくれんぼかあ…よーし!」
ヴェロニカが何して遊びたいのかを聞いたリアは気合を入れる。そして、次の言葉を言う前に、ホスが横からバッサリ言い放つ。
「リアが鬼で決定ですわね」
「なんでよ!?いや、鬼やるっていうつもりだったけど、なんでよ!」
「あら?あのリアが、体力と元気さと騒がしさだけが取り柄と言えるリアが、大人しく、静かに、息を潜めて同じ場所に留まっていられないと思ったので、そう言ったのですけれど」
「あんた最近言葉に毒盛りすぎてない?いい加減怒るわよ!!」
「まあ!リアが私のことを袋叩きにしてやるですって。ヴェロニカちゃん、ああいう直ぐ力で何とかしようとする人には気を付けるのですよ?」
視線だけでリアを指し示しながら、ホスはヴェロニカに言い聞かせるようにそういった。彼女がリアに対して言い放つ棘ばかりの言葉は、年々磨きがかかっている気がする。大方、父であるペルシールさんと共に商人の相手をしているため、自然と身についたのだろう。純粋な笑みと、嫌味な笑みとを使い分けるほどに、その成長ぶりは半端ない。ちなみに、もうそろそろドス黒い笑みも習得しそうな勢いである。ああ、リアを弄り倒して楽しむ笑みも追加しておこう。
「リアおねえちゃんこわーい!」
そして、そんなホスの言葉を真に受けた様子のヴェロニカは、リアを怯えた目で見ながら何故か自分の後ろに回ると足にしがみ付いた。そこは普通、正面にいたホスへしがみ付けばいいのに、わざわざこちらに来る意図がわからない。静かに視線だけヴェロニカを追うが、視線に気づいたヴェロニカは、数秒見つめ合うとふにゃりと笑みを浮かべた。つまり、ワザとである。3歳児にしてこの演技力は、一体誰から教わったのだろうかと聞きたくなった。
「ヴェロニカちゃんに変なこと吹き込まないでよ!!」
「これからヴェロニカちゃんは、多くの人たちと接触するのですよ?相手の性格や思考を読み取れるようになるには、今から鍛えることが重要ですの」
「……ホス、あんたヴェロニカちゃんを商人にするつもり?」
「そんな気はありませんわ。ですが、己一人でできる防衛手段というのは、身につけていても損にはなりませんもの。勿論、ヴェロニカちゃんが望むのでしたら喜んで仕込みますわ」
もし愛しい娘が「商人になる!」といえば、あの『娘世界一可愛い』、と言い張っている父はどう思うだろうか。許す…とは到底思えない。誰かもわからない不特定多数の相手と、礼儀としての握手すら許さない気がする。酷いと、笑顔を見せることすらダメだと言いそうだ。母は好きにしなさいというぐらい寛大だというのに、心が狭いというかなんというか。
「防衛手段ねえ…逃げ切れる体力つけた方がいいんじゃないの?」
「脳味噌まで筋肉のリアは口を挟まないでくださいな」
「…ちょっと、脳味噌まで筋肉ってどういう意味よ!」
「あら?以前体力バカと呼称されるのは嫌だと仰っていましたので、特別に新しい呼称を考えただけですわ。愛称呼びで『ノウキン』なんていかがかしら?」
「嫌に決まってんでしょ!!」
ああ、落ち着いたと思ったらまたこの遣り取りである。二人のやり取りを見つめながら小さなため息が自然と零れ落ちた。その様子を見ていたヴェロニカが、心配気に自分の右手を静かに握った。
「ヴェニーの悲鳴が聞こえた…!!」
そんな二人の言い争いをかき消すように聞こえたのは、随分と焦った男性の声。いわずもがな、父ヴェスターである(ちなみに、ヴェニーとは、ヴェロニカの愛称)。ズサァッ、と家の裏手から滑り込むかのように姿を出した父に、リアとホスは驚きで言い争いを止めた。そういえば、薪割りで家の裏手に出ていたのだったなと、不意に思い出す。自分たちが表にいるとしても、大声を張り上げれば聞こえる距離。なるほど、ヴェロニカの「怖い」発言を拾ったということか。末恐ろしいほどの娘愛である。自分の子供が窮地に陥った場合、駆けつけたり身体を張って守ったりする親がいることも、知ってはいる(前世では全くもってそんな希望を抱いたことはないが)。だから、娘の悲鳴にいち早く駆けつけてきたことは、大変素敵だと思える。愛されているな、とヴェロニカも実感できるだろう。ただ、一つ言わせてもらいたい。
普段使わない薪割り用の斧を担いでくるんじゃない、恐いだろ。
まだ刃の部分があの色に染まっていないだけマシではあるが、元騎士団団長。鋭い視線は人を射殺せんばかりの鋭さがあることを、そろそろ自覚してほしいものである。だいぶ慣れてきているとはいえ、リアとホスは若干引き気味である。
「ヴェニー、ラルク!!無事か…!」
「無事だからとりあえず斧を捨ててくれ頼むから」
いうか早いか、敵がいないことを確認した父は斧を後方へ放り捨てると、一目散にこちらへ駆け寄り問題ないか目視で確認した。衣服の下に怪我が隠れていないかと、手を伸ばしてきたときは、反射的に手を叩き落としてしまった。心配してくれていることは痛いほどわかっているが、そこまで心配されるようなことは全くなかったための反応である。大変恨めしそうに叩かれた手を撫でているが、ここは無関心が一番である。
「ううぅ…ラルクが冷たい……」
やめろ、大の大人がそんな涙目で見るんじゃない。
「ヴェニー、お姉ちゃんが冷たいよ~」
「…おとうさん、うるさくてきらーい」
瞬間、ピシリと空気が凍った気がする。自分がダメだったからなのか、今度は妹に傷心した心を慰めてもらおうとしたのだろうが、返って来たのはまさかの『嫌い』発言である。これには予想外過ぎる爆弾発言に、自分のみならずこのやり取りを見守っていたリアとホスすらも、驚き目を見開いていた。言われた当人は、先ほどの泣き顔を浮かべたまま、石造のように固まっている始末。
「ラルクおねえちゃん、あっちであそぼ!」
己の父たる男の、なんとも言えない有様を見ても、同様することも、焦ることもなく我が妹はこれでもかというほどの笑顔を浮かべると、自分の手を引いていく。リアとホスも確りと呼んで、何事もなかったかのようにこの場を後にするその姿に、純粋さの恐ろしさをシミジミ感じていた。子供の無邪気さが、ここまで心臓に悪いモノだったとは。ある意味、知らない方が幸せだったのかとおもうほどである。最早父に掛ける言葉すら見当たらなかった。ただ―――
(…ああ、頭痛い……いや、腹の方が痛いな…)
足取り軽く、今にも飛び跳ねそうなほどの喜びを表している妹と、異様に重い足取りで頭を抱える姉という構図は、誰から見ても異様な光景でしかないのは言うまでもない。あとを追うようについてきている、幼馴染二人の乾いた笑い声が、風に乗って聞こえた。
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